完治
重傷者二人を地面に横たえた後、ズメイが後ろに回り込んだのに合わせて彼の体に背中を預ける。
上着を脱いで一つ首と両肩を回し、長い息を吐いてから目を閉じた。
パン。
手を叩いて『開始』の合図を自分に送る。
助けろ、と強く思う。助けなければ、と強く願う。
絶対に治す、と強く強く念じれば、青い火が高く燃え上がった。
■
この山には『ルー』のための部屋、いわゆる治療室がある。
大きさも形も様々な竜に合わせた天井と通路は高く、広く、どんな竜も丸まって眠れるように地面にくぼみがあり、どこに丸まっても青い焚き火の光が届くようになっている部屋。
傷ついている竜たちと人間二人を視界に収めながら、ぼんやりと治療室を見つけた時のことを思い出す。
かつての『ルー』が使っていたのであろう治療室を見つけたのは、青い火を使い始めて2年ぐらい後のこと。
今は完治しているが、蛇のような体躯に短い四つ足、小さな翼を持った珍しい種類の中型の竜が暴れた時、『ルー』のための部屋へ通じる通路を隠していた木々をなぎ倒したので見つけられた。
もちろん見つけた最初はどう使うのかまるで分からなかったが、蛇のような竜が暴れた音で目を覚ましたノースデインが昔話をするついでに『記憶』を見せてくれたのだ。
ノースデインの夢の中に入り込むような感覚だった。
彼が見たもの、聞いたものを、ギータが見せてくれた幻よりも鮮明に写し出す夢の中は、まるで私も『昔』に生きているよう。
当時の『ルー』は三人いて、家族のようだった。
幼い弟と、若い姉、そして父親。
竜たちだけでなく『竜の民』の治癒師でもあるらしい三人は、治療室へ続く通路の両側についた石に自分の青い火を灯してランプとし、治療室の中心で青い焚き火を焚いて、周りに傷ついた竜と人を並べて治療していた。
軽い傷であれば通路を進んでいる内に治ってしまうので、奥に来るほど重傷ということになる。
三人の『ルー』はほとんどずっと奥の部屋に籠もりきりだった。
服が血に汚れるのも厭わず、竜たちに寄り添い、『竜の民』に寄り添う姿をこの時見ていたからこそ、ジークハイン様たちを助けようと判断したのかも、と目の前の大きな青い火を見つめながら考える。
ノースデインの記憶の中で石に『青い火』を込めて治療の補助とする方法を学んだ。
さきほど背後で男たちが喜んでいたのは石に込めた魔法で傷が治ったからだろう。
最初からノースデインに聞けば良かったな、と当時は猛省したけれど、ズメイからは『聞きに行っても起きるか分からんぞ』と言われたので表現しがたい脱力感に襲われたものだ。
ノースデインは『長』だけれど、基本的に干渉しない存在らしい。
そういえば彼らがいる建物を見つけたのも治療室を見つけた時だった。
あそこは私のような性質を持たない者や、竜と絆を結んでいない子どもたちが住むところで、ズメイのような小型の竜でさえ通れない程、あそこへ続く通路が狭いので、隔離されているようなもの。
今回は都合が良かった。私にも、彼らにも。
私は監視しやすいし、彼らは安全が確保できたことだろう。
ゆらり。大きく青い焚き火の先端が揺らいだので、集中が途切れてきたようだ。
一つ手を叩いて、自分自身に『気を取り直せ』と合図をしてしっかり気を保てば、持ち直した火がまっすぐに伸びていき、怪我をしている者全てを照らす。
(何を思い出していたっけ。そうだ、ノースデインの昔話)
あれを思い出すと私が『やりたいこと』がはっきりして使いやすいのだ、青い火が。
全身から力が抜けていく感覚の中、ノースデインのしていた、取るに足らない穏やかな日々の話を思い出す。
竜の民の子どもたちが新しく作った遊びが湖を汚してしまい、大人を困らせたこと。
シドニアのどこかで吟遊詩人の歌が流行り、それを聞きつけた竜たちが真似しようと好き勝手に大合唱して地響きが起きたこと。
年に二度、夏至と冬至の日には竜の民と竜たちが集まってお祭りをしたこと。
かつてこの山でやっていたことを、いつか私もやってみたい。
竜の民を大勢集めるのは難しいだろうけれど、いつかどこかで私のような性質を持っている人がいて、もし困っているようならここに連れてこよう。
竜たちも元気なのが一番だ。たまに長生きしすぎて惚けてしまっているやつもいるけれど。
そうやって竜も人も悔いを残さないようにしていくのだ。
(だから早く治れ…!)
竜たちの方は問題ない。
両翼を失っていないければ竜の寿命は縮まない。失った片翼は、時間はかかるが、治療を続ければ元に戻るだろう。
両目を失った竜は、視界は元に戻らなくとも匂いと音で動けるようになる。あとは全身にはびこっている『束縛』の魔法を解くだけ。
今回は特にこの魔法が強いが、順調に解けていっている。
問題は人間二人の方だ。
青い火をどこに行き渡らせれば良いのか分からない。
竜たちの方は、まるで自分がどこを悪くしているのか知っているように青い火を吸い込んでいくので、私は照らせばいいだけなのに、人間を治す時はそうじゃないので、川の水が流れるように魔力と体力がごっそり持って行かれる。
昔呼んだ小説の中では『魔法は想像して使うもの』なんだそうだ。
自分自身が人間なのに、人間の体をよく知らない。
だからなのか、何をどう想像しても人間の体の治し方が分からない。
壊しちゃいけない場所があるのは分かるけれど。
あっちだろうか、こっちだろうか、ここはどうだと探っている内に息が荒くなってきた。
視界が朧になっていき、青い明かりしか目に入らない。
今どこまで治せただろう。
『ズメイ、今どんな感じだ?』
『竜たちは眠ってる。痛みもなさそうだ』
『人間は?』
『血は止まってるな。呼吸も落ち着いてきてる』
『傷は?』
『広がっちゃいないが、塞がってもいない』
『そうか…、もう少しこのままで』
『はあ…お人好しめ』
『褒め言葉をどうも』
より強く背中を支えるようにズメイが体を寄せてくれたのが分かる。
しばらく探っているとようやく人間二人に手応えを感じた。
するっと青い火が吸い込まれていくような感覚があったのだ。
もう目の前がぼんやりしているので、どこに当てているか分からないけれど、これ以上、青い火を使い続ければ身が持たないことは分かっているので、一気に力を込める。
二枚の布を糸で縫い合わせるような感覚と、小麦をこねてパンを作るような感覚が交互にやってきては、ごっそり体力を持って行かれた。
今どうなってる。もう一度ズメイに聞けば、あと少し、と返事が返ってくる。
少しして同じ質問をしてみる。
『あと少し』
今はどうだ。あと少し。
もう限界だ。あと少し。
体がぐらぐらと左右に揺れる。今にも横に倒れそうだ。
ひやりと冷たい温度が頬に触れて、視界の端に黄色い光が差し込む。
ズメイの角飾りについている宝石だった。
どうやら倒れ込みそうだった体を頭で支えてくれているらしい。
ぐっと近づいた鱗の感触に息を整え、乱れかけた青い火を保つべく居住まいを正す。
『あと少し、だ』
『、分かってる』
横たわっている人間二人を見やる。
青い明かりで顔色は分からないが、熱にうなされている風ではない。
ちゃんと治療が効いていることに安堵した。
■
どれぐらいそうしていただろう。
ズメイが『あと少し』と言うぐらいだからきっと短い時間のはずなのに、とんでもなく長い時間が経った気がする。
不意に、片目を失った一人が大きく深呼吸をして跳ね起きた。
汗だくにもならず、突然無くなった痛みに驚きながら両手を見やり、自分の足元を見て、周囲を見渡す。
竜がいることにまたもや驚いて後ろに両手をついた後、私と目が合った。
「………君が、助けてくれたのか、?」
綺麗な水色の目だと思いながら一度目を瞬かせる。
包帯に隠れて片目しか見えないのが勿体ない。
ただ瞬いただけなのにイエスと取ったらしい男は体を前のめりにして頭を低くした。
「あり、がとう…!感謝しても、ごほっ、ごほごほっ」
誰もイエスとは言っていない。合ってはいるけれど。
そもそも『取引』ありきのことなのだ。礼を受け取るのはなんだか申し訳ない。
それにあのまま咳を続ければ喉が切れてしまう。せっかく治したのにそれじゃ意味がない。
ひとまず、もう青い火は使わなくて良いことが分かったので力を抜く。
青い火が赤い火に変わって、治療室全体が橙色の温もりに包まれた。
色が変わったのに気づいたジークハイン様たちの視線を背後から感じる。
近づいて良いものか考えあぐねるように、靴の裏が小石を踏んで、止まる音がした。
残念ながら声を出す体力すら残っていない。
一度抜いた力はもう二度と入らず、ぐったりとズメイの体に身を預けた。
本気で疲れた。こんなに疲れるだなんて久しぶりだ。
けれど何も言わない訳にはいかないと分かってもいるので、左腕を挙げて乱暴に手招きをする。
ああ、腕を振ってるだけなのに残り少ない体力がさらに半分になった。
「治ったから二人をさっきいた建物に戻してくれ。もう一人は数時間もすれば目を覚ますはずだ」
誰か分からないが近づいてきた影にこの後のことを告げると、何かを指示して手早く二人を回収していく。
力尽きている私の前にしゃがみ込んだ誰かは、膝をついたまま私の手を取った。
引き寄せようとしているのが分かったけれど反抗する力もない。
誰が何をしようとしているのか、と呆れているとズメイの尻尾が私の手を取っている誰かを叩き落とした。
「何する気だ」
相手にはズメイが歯をむき出しにして唸っているようにしか聞こえないだろうその問いかけを明確に察した誰かは『運ぼうと思っただけだ』と。
『私はいい』と短く返事をして、重たい体を引きずってズメイの背に乗り上がる。
鞍に跨がったのを確認したズメイが腰を上げたため、視界が一段高くなった。
「少し休む。起きたら領都に連れてくから、準備しといてくれ」
「、分かった」
硫黄の匂いがする鼻息を一つ漏らして不満げに牙を打ち鳴らしたズメイを一つ撫で、寝床に戻るよう念を飛ばす。
まだまだ不満そうではあるが、ふすっー、と火花の散るため息を吐いた後、大人しく翼を広げてくれた。
青い明かりの続く通路を通り過ぎ、来た道をおっかなびっくり引き返している男たちを眼下に、右へ4つ分、穴を通り過ぎれば私たちの寝床だ。
露台部分に崩れ落ちるようにズメイから降りれば、見かねた彼の前足二本が私を掴んで私の寝台に放り込んでくれた。
ぼふ、と真新しい綿の感触が全身を包む。
少しでも疲れを取ろうと毛布を買い換えた甲斐があった。
口布を頭から抜いて、枕元に置いているはずの水差しを手探りで探す。
水差しを斜めにしながら直接水を飲み干し、体を仰向けにした。
ギリギリだった睡魔が一気に襲ってくる。
「シシーがそんなになるまですることはなかっただろう」
「黒い硬貨のこと調べてくれるって約束した…」
「はっ、口約束か」
「あの人たちは…だいじょぶ…」
私の寝台とズメイの寝床を繋ぐ窓から頭だけを出したズメイが、口の先で器用に上掛けを引き寄せて肩までかけてくれる。
何が大丈夫なんだか、と囁くように言ったズメイが、寝るのを促すよう鼻先で額を小突いてきた。
前髪が乱れた感触がしてくすぐったい。
「よく頑張ったな」
「うん…がんばっ、た…」
そうか、小突かれたんじゃなく撫でられたのか。
力の抜けた頬を溶けさせながら頷けば、瞼がぴっちり閉じてしまう。
指先一つもう動かせなくて、遠くから聞こえる竜の鳴き声を子守歌に夢の中の草原に旅立った。
沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。
とても励みにさせていただいています。
不定期更新で申し訳ないですが、
必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。




