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竜の民  作者: とんぼ
二章

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重傷



私が目を覚ました日を皮切りに、一人、また一人と目を覚まし始めた。

幸いにも細かい切り傷と捻挫ですんだ者もいたが、気を失う寸前に頭を強く打ったようで全身が痺れている者もおり、かといえば早々に回復してすぐに動きたがる者もいる。

そういう場合は、シシー・ルーの手で強制的に寝台に放り込まれていった。

『強制的』というのは口での脅しとか、なだめすかしとかではない。

文字通り軽々と大の男をその細い肩に担ぎ上げて、傷に障りがないように寝台に降ろす。

担がれた本人も予想外の強制執行に面食らい、怒らせてはいけないのでは、と認識を改め、寒さ以外の意味で震え上がるところまでがワンセットである。

ご丁寧にブランケットを肩までかけられて呆れのため息を吐かれる様子は、さながら『寝るのをぐずる子どもを寝かしつける母親』だ。


「力が強すぎないか…?」

「あの細い体のどこにあんな…さっきの奴、バルド郷より少し背が低いだけで肩幅はほとんど同じなのに…」


目覚めた人数が増えたことで、一日三食の食事は部屋の中で調理されるようになった。

両手が動く者も増えたので野菜を切ったり、火の番をしたりと役割分担が課される。

ようやくシシー・ルーの負担を少し減らせたことに安堵し、野営訓練時のように和気藹々とした雰囲気を出す部下たちと話す彼女をじっと見た。


一向に顔を見せる素振りが無いのが唯一不審な点である、というのが今のところの観察結果だ。

私の剣を何の躊躇いもなく渡してきたことと、重傷だったという部下二人が包帯だらけながらも杖をつきながら顔を見せたことで、彼女のことを『少なくとも敵ではない』と思うようになった。

ちょこまかと部下たちを看病していく様子からも、毒を盛ろうとか洗脳しようとかの気配は感じない。

実際、魔法使いの部下が目を覚ました時にそういった魔法が使われているか確認してもらったが、チラとも感じないそうだ。


ノード城とも連絡が取れていることから、彼女が間諜である可能性が限りなくゼロになった。


ミグによって出された手紙は、封筒にもそうだが手紙自体にも、本人であることの『証』を刻んだという。

ずばり言えば剣の柄頭に入れている紋章だ。

魔法による特殊な加工をされており、持ち主が決まった動作をしないと浮き彫りにならないその紋章はノルトマルク騎士団のもので、それを判代わりにして押したという。

シシー・ルーに蝋はあるかと聞いたが、首を振られたので水で溶かした灰をインクにした。

形がしっかりしているのを確認したので問題ないそうだ。


まず最初に、ミグは当たり障りなく『生きていること』『怪我で動けないこと』を書き、スノッリに届けるよう頼んだ。

どうやって届けたか分からないが、早速出しに行ったそう。

そして、目を覚ました者が増えたため物資の調達をしに行き、ついでに最初の手紙の返事を受け取ったという。

内容は『内密かつ迅速に、王都にいる家族に連絡し、ノード城には国境線を警戒するよう呼びかける』というもの。

スノッリの代官は祖父の代から仕えてくれている家の者で、忠義に厚い。

昔から知っている者だ。『こういう指示を出すだろうな』と想定内の内容に満足した。


想定外だったのはシシー・ルーの行動である。


間諜であるならば、この手紙の操作が唯一介入できるところなのではないかと思っていたのだ。

例えば敵の意図した場所に軍をおびき寄せるとか、家族である当主夫妻と妹を呼び寄せるとか、いろいろできるだろうと思う。

それを全く、本当に全く、邪な思いなど何一つ持っていないことを証明するように頼まれたことを忠実にやってくれる。

疑ってかかったこっちが罪悪感を感じるぐらいだ。


「ですから、シーは『違う』と言ったでしょう」

「…だがな」

「お気持ちも分かりますが認めましょう、ジークハイン様」

「むう…」


目を覚ました日より圧が強まったバルド郷とミグ。

疑うところどころか気遣いの塊でしかないシシー・ルー。

今では同じ部屋の全員が目を覚まして、彼女は味方だ、と説得してくる。


爪熊に襲われ、ここに運び込まれて二週間。

常にマスクをつけているのはそういう宗教なのだろう、と提言されたのもあって、ようやく私は『シシー・ルー』を信用することにした。



「おや、ようやく歩けるようになりましたか」

「杖がいるがな。寒さと傷の二重でダメージが多いらしい」


最初の4日間を眠っていたのもあって、時間が経った今でも全身が軋んでいる。

左足は『動かすな』と言われたけれど、ずっと寝てばかりなのも体に悪いということで、簡易的に作られた松葉杖を用意された。

どこからか木材を持ってきて、縄一本で組み立ててしまったシシー・ルーの器用さは素直にありがたい。

ここに来てからいつも共にいるミグの手を借りながら、隣で眠っているという重傷者の見舞いをしに来た。


初めて出た廊下は、建物の古さと等しく古いものだが、埃っぽさを感じないことから常に掃除されているんだろう。

短い廊下の先に、外からの光が差し込む出入り口がある。

その出入り口の向こうの部屋に重傷者が寝ているが、久しぶりに外に出てみたくなって先にそちらへ進んだ。

立ち入り禁止、と言われた道の向こう側以外は自由に動いて良いそうで、小川の近くで寝転がる者、畑らしき場所を観察している者、太陽石の大きさに呆然とする者など何人かが外に出ている。もはやちょっとした休暇だ。


トン、トン。杖の先が音を鳴らさなくなったのは土の上に出たから。

元々、入り口の扉がないのか、それとも取り外したのか、ぽっかりと穴を空けたままの出入り口から一歩踏み出せば、新鮮な草の匂いと涼しげな川の流れる音に満ちていた。


「本当に山の中とは信じられないな…」


ここに青空があれば、外の世界となんら変わりない。

削りっぱなしの土の天井と壁を一通り見渡し、窮屈感のない広さに感嘆の息を吐く。

建物の外に出たことのあるミグも、ぐっと背伸びして十分にくつろいでいるようだ。

数歩、庭と呼ぶべき場所に足を進め、振り返って建物を見る。


苔むして蔦の這う壁、カーテンがついている部屋は今いる部屋と、隣の部屋。

二階建てであることを初めて知った。

正面から見て二つ、円形の屋根をした一階の部屋が並んでおり、出入り口の真上に一階より小さな、同じ形状の二階にあたる部屋が乗っている。

異教徒の礼拝堂のような形だな、と思った。

生憎、二階にあたる部屋は屋根が半分以上崩れて、その中にも草や花が自生しているので『礼拝堂』というより『廃墟』に近いが。


(そういえば、窓ガラスも古いな)


今いる部屋の窓にはガラスが発明され始めたばかりの分厚く、表面が波打ったようなガラスが取り付けられている。

それも全部の窓に取り付けられている訳ではなく、一部が木の板を当てられているため、そこのガラスは割れてしまって急いで取って付けたんだろう。

シシー・ルーが私たちのためにしたことだ。


感謝してもし尽くせないのに、どう伝えるべきだろう。

無事にノード城に戻った後、急いですべきは私たちの世話になった金銭の支払いだが、他になにができるだろうか。

本当に『竜の民』ならば城に呼んでもてなすことも難しい。

城に来る、イコール、ドラゴンが来る、ということになってしまう。


(気が早いか?)


なにはともあれ、怪我を治さなければ。

外の空気をめい一杯吸い込み、重傷者のいる部屋に戻ろうとミグに声をかけた時、ガラゴロと荷台を引きながらシシー・ルーが『立ち入り禁止』の道から現れた。

その荷台には今日の食事であろう材料が乗っている。

手を挙げて声をかければ、少しだけ眉を潜めて『外、良くない』と苦言を呈された。


「体を少しでも動かさないと歩き方を忘れそうだ」

「骨、くっつく、ない。時間、いる」

「分かっている。無理はしない」

「…見舞い?」


はあ、と深くため息を吐いて気を取り直したシシー・ルーが、見舞いのための外出かと聞いてくる。

立ち入り禁止に近い場所での挨拶だったため、その黒い瞳に厳しさが浮き上がった。

見舞いのために出てきたのはその通りなので頷けば、そう、と頷いて先導する。

荷台を入り口の横に止めた後、向きを変えて両腕を広げたのでとっさに身を引いた。

どうやら私を担いで運ぼうとしたようである。

そこまですることはない、と全力で辞退すれば『そう?』とすんなり諦め、さっさと重傷者の部屋に入って行ってしまった。


「運んでもらえばよろしいでしょう」

「私にも矜持というものがある」

「…今さらでは?」


ミグが心底、不思議そうに首を傾げる。

今さらとは。

少し考えて、気を失っている時にも担いで運ばれたことに思い至り、危うく杖を取り落としそうになったのは言うまでもない。



重傷者の部屋に入る前に、より強い鎮痛作用がある香を炊いているのでマスクをして欲しい、と指示された。

どこにでもある布で口と鼻を覆って中に入れば、たしかにいつもしている匂いとは違う。

部屋の中央に焚き火があり、寝台が二つ、焚き火を挟むように並んでいた。

その上の部下たちは、たしかに別にしていた方が良いと思うほど重傷で。


「っ、」


骨折しているとかえぐれているとか、判断できる状態ではなかった。

どこが触れて良い場所か分からないほど全身に包帯が巻かれており、ところどころ黄色い膿と赤い血が滲んでいる。

洞穴から偵察として、先んじて外に出たアッシャー郷。

爪熊の追撃を受けて片目を失ってしまったのか、顔に斜めにかけられた包帯。

瞼を雪焼けしたのか、目元の包帯の上から乾燥を抑える濡れた布が置かれている。

肩の血は止まっているようだが、包帯の形を見て分かったのは、明らかに肉が抉れていること。

足も腕も凍傷になりかけていただけで骨折の類はないのか添え木はない。


先日入団したばかりで『一度はノードリッチの真冬を体験しておいた方が良い』と討伐隊に加わったモンロー郷。

こちらも瞼を覆うように濡れた布が置かれており、側頭部にガーゼが当てられていることから頭を怪我したことが分かった。

体の包帯はアッシャー郷と比較して部分的ではあるが、それでもあちこちが凍傷になりかけていたのか、包帯だらけなのは変わりない。


(、手が)


間に合わなかった部分があったと見てとったのは寝台のすぐ傍に寄ってから。

モンロー郷の右手中指が、第二関節までの長さを失っていた。

生きているだけでも奇跡的だが、この怪我も奇跡的だ。

剣を握る騎士にとって手も指も重要だ。

片腕の剣士もいるにはいるが、そういう者は騎士にはなれず、冒険者になるか町の警備隊に入るかの二択である。

戦うことを諦めていなければ、だが。


剣を握れる手であることと、その精神は別だろう。

モンロー郷の実戦は初めてではないが、『一本でも指を失った』という点は十分打撃を与えるはずだ。それは片目を失ったアッシャー郷も同様。

奥歯を噛みしめ、すまない、と口の中で呟く。

私が任務を与えた。私が指示を出した。

忠実に命令に従うことは騎士の美徳であり、主人を守ることは誇りである。

すまない、と軽々しく言ってはいけないことなど十二分に分かっているからこそ、声には出せなかった。


不意に、シシー・ルーが水で湿らせた布でアッシャー郷の唇を拭っているのに気づく。

それは何かと問えば『水を飲めないから湿らせている』と片言で。

少しだが唇から水分を得られるのだそうだ。


「…私が、やっても良いか」

「、どうぞ」


多めの水分を含ませた布をモンロー郷の口元に持って行き、滑らすように唇を濡らす。

乾いて萎んでいるようにも見えたそこが濡れると、ちろり、口の中から小さく舌が覗いて僅かな水をなめとった。

そしてほんの少しではあるものの、彼の口の端が上がる。

喉が渇いていることが分かって急いでもう一度濡らせば、安心したのか寝息を立て始めた。

アッシャー郷も同様で、寝台から離れたシシー・ルーが私の手から濡れた布を取り上げた。


「大丈夫」

「…?大丈夫、とは」


不思議な説得力のある声を出したシシー・ルーを見上げれば、思ったより近い場所にいた。

肩が触れあうほど近づいたのは初めてで、目元が涼しげだなとぼんやり思う。

宵闇のような、深い深い黒なのに、光を受ければ違う色を灯す黒曜石の瞳。

その瞳が、強い意志を感じる何かを宿して『大丈夫』ともう一度。


「二人、生きるしたい、思ってる。だから、死ぬ、ない」


二人は生きたいと思っているから、死ぬことはない。

拙い言葉遣いだというのに、なんと頼もしい言葉だろう。

彼女が言うなら信じてみようか。

数秒前まで憂鬱な気持ちだったのが少しだけ晴れた。


「ああ、二人を信じる」


見舞いの時間はそれで終わりだった。

というより、ミグがあまりの匂いの濃さに酔ってしまい、終わりにすることになった。

強い鎮痛作用というのは本当で、寝台に横になったミグはあっという間に眠りに落ちてしまう。

そんな彼にブランケットをかけたシシー・ルーが、どこか疲れているように見えて。


(さっきみた目元、隈が濃くなっていたような…?)


この人数の世話をしているのだから疲れが溜まって当然だろう。

しかも二週間だ。全く世話がないのは困るが、少なくとも食事ぐらいは私たちで作るべきでは。

それに、アッシャー郷とモンロー郷の看病。

頻繁に通っているというのはあの口を湿らすためだろう。

その他に包帯を変えたり、傷口の様子を見たりといったことはなかった。

口を湿らすだけなら今動ける者でできる。


「シシー・ルー。提案なんだが…」

「?」

「君の負担を減らしたい。私たちの食事と、あの二人の看病を任せてくれないか」


その提案に目を見開いた彼女は、窓の外にいる者と部屋にいる者をぐるりと見渡し、うんうんと目を閉じて唸って、頷いた。


「助かる」


一言そう言ったシシー・ルーは、安心したような、気が抜けたような。

眉も眦も下げて笑うとこういう顔をするのかと、初めて知る。

顔の半分が隠れているのが惜しい。

きっと村の子どもたちのように、見ているこちらが安心する表情だろうに。


「用事、できた。忙しい、なる」


用事。その用事が何か、と考えて思わず警戒してしまったが、純粋に喜んでいるらしい姿を見て思い直す。

信用すると決めたのだから、ちょっとしたことで警戒することはない。

小さく咳払いして暗い気持ちを誤魔化し、動ける者たちに役割を振り分けていく。



シシー・ルーの負担が減るならと快く頷いた彼らにも『助かる』と喜ぶ彼女の手が、すぐに必要になることなど、思いも寄らなかった。





沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。

とても励みにさせていただいています。


不定期更新で申し訳ないですが、

必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。

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