明星の剣
頭の中を整理している間に、シシー・ルーと名乗った娘は部下たちの様子を見ることに戻り、たまに早足になりながら包帯を取り替えたり、傷口に薬を塗ったり、熱が出ている者の額に濡れた布を置いたりと忙しない。
甘えているばかりでは立つ瀬がないと、バルド郷に手伝いをするよう言ってみる。
私たち三人の中でバルド郷だけがまともに動けるというのにその申し出は、ミグとシシー・ルーが二人して首を振って却下した。
「我々は大人しくしているべきです」
「バルド、雑」
ミグはともかく、シシー・ルーは言葉が端的な分、余計にばっさりである。
曰く、前にバルド郷が手伝いを申し出て包帯の取り替えを頼まれた際、きつく締めすぎて逆に傷口が悪化しかけたことがあったらしい。
水の取り替えでは水桶自体をひっくり返して焚き火を消し、香炉の確認ではくしゃみをして灰を床にまき散らす始末。
戦力外どころか完璧にシシー・ルーの邪魔でしかないバルド郷は、今もなおその認識のままらしい。
ちなみに、目が覚めたばかりで本調子では無いだけ、いつもはもっと器用、というのが本人の談だが『本調子でないなら休んでいろ』といった意味の正論が返ってきたそうだ。
然もありなん。
一通りの様子を確認し、追加の包帯と冷たい水を持ってくるべく再び部屋を出て行ったシシー・ルーを土下座して感謝したい気持ちで見送り、食事を続ける。
今の状況をもっと詳しく知るべく、どれぐらい自分は眠っていたのかと聞けば、4日だという。
もっと眠っている気がしたが、たった4日で目を覚ますことができたのは一重に彼女の手当てのおかげだろう。
どれだけ感謝したって感謝したりない。
「山に戻る途中、倒れていた俺たちを見つけて運んだそうです。ジークハイン様、覚えてます?あなた、たった一人で爪熊の残りを倒しちゃったんですよ。血だらけの傷だらけでしたけど」
「…私がか?」
「一騎当千とはあの姿のことでしょうな」
覚えているのは『頭に血が上った』ということだ。
なんせ部下を目の前で失うなど初めてだった。
今年で20になる私に、誰かが瀕死になるようなことは今まで一度たりとも、ない。
今までの討伐戦は事前に念入りな調査が進められ、各騎士に役割を与えてその役割に集中させていた。
何人もの仲間を失った父からの教えである。
一人で成せないことは、大勢でやるのだと。
(今まで誰も死ななかったのは、それだけ平和だったということではあるが)
怒りで我を忘れて暴れるなど、次期当主としてあってはならない。
感情を消そうとか、冷徹になろうなどとは思わないが、怒りを制御できないのは論外だ。
気を引き締める良いきっかけになった、ということにしたい。
が、そうできないのは、ここにいない4人の部下たちである。
「私のことはともかく…寝台の数が合わない。残りの4人は」
討伐隊の騎士は私を除いて20人。ここにいるのは16人。
残り少ない皿の中身を一口で平らげたミグが、口の中を飲み干してニカリと笑う。
「死んだ訳じゃありませんよ」
「そうなのか!?」
「はい。俺が起きた時は残りの4人もここにいました。ただ、そいつらは特に重傷で…違う場所で手当てを受けています」
手を挙げたバルド郷の説明では、ちょうど隣の部屋にその4人がいるらしい。
ここより小さい円形の部屋で、こことは違う匂いの薬香が炊かれ、頻繁にシシー・ルーが様子を見ているんだとか。
見舞いができたのは一度きり。
全員、片目が切り裂かれていたり、足の骨が見えるほどえぐられていたりと、よく生きていてくれたと思う傷ばかりなのだそうだ。
この部屋にいるのは骨折や捻挫、比較的浅い切り傷などど、中軽傷者が集められているらしい。
一度きりの見舞いの後は、安静にさせなければならないからと部屋の立ち入りを禁じられたという。
死んだと思った4人が生きていると知って、氷の中に沈んだかのごとく冷たくなった心臓が息を吹き返す。
いつのまにか力が入って丸まっていた動きづらい手も、それに合わせてゆっくり解けていった。
よかった、と小さく呟いてふと、これまでの会話の中で『シシー・ルー』しか出てこないことに気づく。
「ここには彼女以外に誰がいる?」
二人の目が横目に交差し、ぐ、と喉で言葉が詰まった。
痛いところを突かれた、と顔に書いてある二人をじっと見つめ、名前を呼ぶことで命じる。
知らなければならないのだ。
次期当主として、今回の隊長として、上に立つべき者として。
難儀な立場である。
大恩ある人物でも調査対象であるなら疑ってかからなければならないなんて。
「ミグ、バルド郷」
「、彼女だけです」
予想した通りだった。
渋々答えたミグから視線を外し、食べ終えた皿にスプーンを置いて、吊り下げられた自分の足を見つめる。
その視線の先にあるのは包帯の巻かれた足ではなく、報告に上がってきていた文字の羅列だ。
ここ数年、隣国のビザンチンがきな臭い。
何を仕掛けられた訳では無い。何か持ち込まれた訳でもない。
ただ、シドニアを含むあちこちの国に間諜らしき者たちが立ち入っては何もせずに立ち去っているらしい。
持ち物が増えている訳でも減っている訳でもない。
かの国はどちらかというと好戦的な国柄だ。
自国に無いものを『外交』という手段ではなく、力ずくで得ようとする節がある。
過去も、現在も。
そんな国の間諜が何も成さずにいるのだから情報収集をしているのは一目瞭然だが、一体なんのために。
最悪のケースが容易に想像できてしまい、ふう、となるべく静かに息を吐く。
「……間諜の、可能性は」
「…少なくともわざわざ手当てするだけの良心はあるかと」
たとえ『竜の民』だとしても間諜でない可能性は否定できない。そう言っているも同然のミグに、バルド郷が狼狽した。
例えば今いる場所が城だったり村であり、この人数の怪我人が出ていなければ、バルド郷も腕を組みながら唸って頷いただろう。可能性はある、と。
それだけの経験があり、それだけ多くの人間を見てきたはずなのに、今の状況が特殊すぎるのと、シシー・ルーから受けた恩が大きすぎるため、彼はその可能性を否定する。
「ジークハイン様、彼女の言葉遣いを聞いたでしょう。あれだけ訛りがあったらどこに忍び込んだってバレます。それに、嘘をついていないのはあなたも分かったはずだ」
「言葉遣いに関しては同意するが、嘘をついていないかどうかは分からない。残念ながら『目を見るだけでどんな人間か分かる』なんて能力はないからな」
「それはっ、ですがシシーは…!」
声を荒げようとしたバルド郷を止める。
大きな声を出したため、近くの寝台から小さな呻きが聞こえたのだ。
自然と目を覚ますならまだしも、無理に起こす段階ではない。
静かな沈黙によって呻き声の主は目を覚ますことなく、再び深い眠りに落ちたようだった。
それを3人で確認した時、ミグが『注意事項』だと思い出したように手を打った。
無理やり陽気にさせようという意図が見て取れたが、生憎、乗ってやれそうな気分ではない。
小さく苦笑したミグが注意事項の続きを話す。
「立ち入るなと言われた場所があるんですよ。ほら、あそこ。見えます?あの道の先です」
開きっぱなしだったカーテンの向こう側を指差した方向に首を動かす。
この建物の真正面と言って良い場所に、門のような形の通路がある。
月明かり程度の太陽石の光でようやく分かるぐらいおぼろげだが、奥に道が続いているようで道の近くに咲いている花が風に揺れ、まるで手招きしているようだ。
(そう言えば今は夜なのか)
太陽石は太陽の動きに合わせて明るさを変える。
細い光の中で目を凝らすも、どうしたって道の先は見えそうに無かった。
あの先に何があるのか。彼女にそう聞いたミグは、あっさりと教えられた内容に面食らったらしい。
「ドラゴンの住処だそうです。たしかに時折、獣の唸り声のような音と、翼がはためく音がします。といっても、離れた場所にいるようで音は小さく、姿は見えませんが何かがいるのは確実です」
この山にいるドラゴンは人間を嫌っているらしい。
だから今近づけば焼き殺されると、神妙な顔つきで…といっても口元は分からないので目だけだが、確かに釘を刺されたと。
このままここにいても良いのだろうかと思ったけれど、あの道の幅をドラゴンが通れるとも思わない。
おそらく人間だけが住む隔離空間なのだろう。
と、いうことはだ。
怪我の手当ての名目で監禁、ないし軟禁されているも同然という訳である。
動くに動けない体なのは分かっているので、今はなすがまま、傷がある程度治るのを待つべきだろう。
ミグは連絡の手紙を預けたと言っていた。シシーがちゃんとスノッリに届けたのなら、程なく返事は来るだろう。
帰ったら大量に仕事が溜まっているんだろうな、とうんざりしたが、紙の山よりこちらの方が重要だ。
穏やかに孫を愛でていそうな雰囲気をしておきながら仕事の鬼となるエミールには目をつむってもらおう。
体の回復を優先し、引き続きシシー・ルーの観察を続ける、と決めて二人にもそう伝えると、バルド郷は分かりやすく安堵の息を吐いた。
情が深いのはこの男の長所だが、今回は顕著だなと思う。無理も無いが。
(私だって、素直に信じたい気持ちはある)
怪我の手当ての礼を言った時、はにかむように照れていたシシー・ルーが嘘をついているようには見えなかったし、短い時間しか関わっていないが取り入ろうとしている様子もない。
何より、照れていた時の彼女からは子犬がじゃれついてくるような感覚を感じた。
人間の娘であるのは分かりきっているのに、どうにも幼い頃、一緒に庭を駆け回った犬と雰囲気が被る。
(背が小さいからか?)
うん?と一人首を傾げていると、必要なものを手に持って戻ってきたシシー・ルーが、てきぱきと包帯を取り替え、焚き火に薪を足していく。
先ほど会話していた内容が内容だけに、どう話しかけるか、そもそも声をかけて良いのか、と悩んでいると『あ』と娘の思い出したような声が部屋の中に響いた。
「ジークハインサマ、ミグ、バルド」
「な、なんだ?」
「見る、する」
「「「みるする…?」」」
さすがに分からない。
3人で顔を見合わせ『何が言いたい?』『知るもんか』『なんて返事を?』と囁き合っていると、先ほど床に降ろした布包みを今度は両腕で抱えて、空いているミグの寝台の上に置いた。
そのちょっとした瞬間に、ポンチョの裾がまくれ上がって微かな胸の膨らみが見えてしまう。
すぐに隠れたけれど、ふと、嫌な予感がして。
長い黒髪は貴族の女性のように艶があるものではないが、その長さをひとまとめにしている横顔には凜々しさがある。
演劇に出てくる男装の麗人と、凜々しさの方向性は似ていた。
そっと彼女の手を見る。
10歳未満の子どもでないのは明らかだけれど、その手に子どもの丸みはなく、普段から自活しているのが見てとれるほど荒れていた。
ほっそりしているとも言えるが、関節が骨張っているので間違いなく『子ども』ではない。
(もしかして、成人している…?)
と、思い至り、全く別方面の心配が出た時、布包みが開かれ、一枚の布となる。
布包みの中、鞘があったり無かったりはするものの、確かに人数分と思しき剣があった。
降ろされた時に聞き覚えのある音がしたのはこのためだったらしい。
「近く、落ちてた」
『見る、する』の意味は『見せたいものがある』とか『確認してほしい』とかいう意味だったのだとようやく理解する。
さすがに予備の剣とメインの剣の見分けはつかなかったようだけれど、それでも落ちていたのは片っ端から集めてくれたのだろう。
溶けて水となったであろう雪は一滴も残っておらず、鞘の無い剣の刃には革当てがされていた。
部下たちと同様に、剣もまた丁重に扱われている事実に、何か胸にくるものがある。
「これ、は」
「宝物、思う、拾った」
宝物。
そう言ったシシー・ルーは、どれが誰の剣なのか分からないから好きに取ってくれ、と拙い言葉で続けた。
これにはさすがのミグもバルド郷も驚いたようで、分かりやすく目を見開いて自分の剣を探る。
柄の部分に自分に分かる飾りを付けていたのが幸いして、あっさり二人の分は見つかった。
その探る最中、剣が重なる一番奥で青い光がきらりと瞬く。
私を見たミグに頷けば、鞘に収められた私の『宝』が姿を現した。
黒く塗られた鞘に装飾はなく、そこから飛び出た鍔も柄も装飾は少ない。
全体的に銀色で、実用に特化した剣。
ただ、柄頭だけは違う。
『明星』と名付けられた、特別なブルーサファイヤ。
青い宝石であるはずなのに白い光の粒を内側に宿していることから『夜空をそのまま閉じ込めたようだ』と評されているノルトマルク家の家宝の一つ。
柄頭にできるだけの大きさのものは国内どころか世界中を探しても珍しく、それだけでこの剣の希少価値は跳ね上がるが、私にとっての価値はそれではない。
次期当主の証。
国境を守護する者の証。
かつて、戦乱に惑う民を守り、初代シドニア騎士王国と共に導いたノルトマルク家『初代』の象徴。
私の目指す理想。
(まさかこんなに早く戻ってくるとは)
鞘を握る力も、柄を握る力も今の手にはない。
少しでも刃の輝きを見たくて鍔に指を引っかけ、ゆっくり力を込めるとすんなり姿を見せてくれた。
衰えることなく、消えることもない銀色の刃
全て引き抜くことは叶わなかったが、確かにある重みに鼻の奥がツンと痛んだ。
「…シシー・ルー」
「?」
「拾ってくれて、感謝する。本当に、ありがとう」
下げていた頭を再び上げた時、確かにシシー・ルーの目尻が手当てに対して礼を言った時と同じように溶けたのを見た。
同時に、彼女の目に柔らかい印象を受ける青い光が差し込む。
細い光は冷たい夜の色で、黒い瞳は黒以外の色などあるはずがないのに。
驚いたものの、剣についている『明星』の色と同じだと分かって、なんだかおかしくなった。
(、少しぐらい信じても問題ないだろうか)
少なくとも騎士の剣を『宝』と言った、その気持ちだけは信じていたい。
そう思った。
沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。
とても励みにさせていただいています。
不定期更新で申し訳ないですが、
必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。




