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竜の民  作者: とんぼ
二章

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黒い硬貨



岩山を掘り進めた洞窟の中で角笛の音が響いている。

カザンビーク全体に私とズメイの来訪を告げる音だ。

1年ぶりに来たけれど、最初に来た時同様に、あるいはそれ以上の歓声が眼下の町から聞こえてくる。

案内の旗はなかったが、離宮の方からしきりに鈴の音がするので彼女が呼んでいるのだろうとそちらに向かった。


「しばらく離してもらえなさそうだ」

「ギータか?なんて言ってる?」

「また『冒険』だ。どこに行っただの何をしただの…」


年を取るとああなるのか?とうんざり言い放ったズメイは、ため息を吐きながら離宮の庭に降りる。

駆け寄ってきた人たちの中にお館様とイリサ様はおらず、名前は知らないがお世話をしてくれた人たちが一つお辞儀をし、挨拶もそこそこに先導してくれた。

前もって今日行くとは伝えていたけれど、どこか彼ら彼女らに焦りが見える。

長い髪と髭がたなびく速さで地下へと続く階段の前まで歩き続けると、ぴたっと止まって『下』を指差した。


「お館様と御所殿は地下におられます」

「ギータに何かありましたか」

「その、私どもからはなんとも…」


一様に口籠もり、指を重ねて握りしめたり離したりを繰り返している人たち。

ズメイと顔を見合わせ、指し示される地下に向かう。

ギータは話したがっていると分かったからなのか、地下へ続く階段は前はなかった松明によって明るくなっている。

地下の方から、りんりんしゃんしゃんと鈴の音が囁くように聞こえてきた。

早く早くと期待に飛び跳ねる子どものようで、口布(マスク)の下で小さく笑う。


「お館様、イリサ様、お久しぶりです」

「おお、ズメイ殿!シシー!もう着いとったのか、久しぶりじゃの!」

「すっかり言葉を話せるようになったのね」


頭上から差し込む何本もの光が相変わらず戦士たちの墓を照らしていた。

けれど前のように物寂しい雰囲気はない。

人の手が頻繁に入るようになったからか、花がいたるところに飾られているのだ。

そんな新鮮に感じる墓所の中央、ギータの骨が置かれている前に親方様たちはいた。

光で象られた赤い竜の姿は見えない。

ズメイと共に駆け寄れば、手を握られて再会を喜ばれる。

簡単に近況を報告し合い、竜たちが捕らわれている件はまた後で、となった時、光の粒が一粒二粒と増えて行き、以前よりゆっくりと赤い竜の形ができあがった。

相変わらず大きな体である。

触れることのできないギータに駆け寄り、光の肌を撫でるよう手をかざした。


「お待たせ、ギータ」

「―――、――」

「分かった、分かったから少し落ち着け」


ギータは『冒険』の話が好きだ。

ズメイが通訳してくれているのを聞くに、シドニアに行ったと聞いて今はどうなっているのかとしきりに尋ねているらしい。

しょうがないなあ。

そんな気持ちでいっぱいになってお館様たちに話していて良いか聞くと快く頷かれ、二人は墓所を離れていった。

ここに出入りできる人たちが頻繁にギータに話しかけてはいるものの、声が聞こえないのでなんとなくの頷きと、なんとなくの首振りで『会話らしきもの』をしていたという。

それでもギータは満足していたようだ。


赤い竜の体が前より透明になっている。

存在が薄れてきているでも言おうか。

竜の民の村のことを話し、今のシドニアのことを話している間、たまに蝋燭の火が揺らぐように形が朧げになった。

ズメイ曰く、『いよいよ未練がなくなってきている』と。

銀色の竜に立て続き、ギータもいなくなるのかと寂しさが募るが、出会った時から死んでいるのだ。

出会えたことがそもそも奇跡。そう思い直す。


「そういえば私は『ルー』の名前を貰って…ギータ?」


ちりん。一つ鈴の音を立ててフッと消えてしまったギータ。

いつもなら眠るように返事をして消えるのに、今日は突然だ。


「…眠った。しばらく起きてこないだろう」

「、そっか。じゃあまた来よう」


座り込んでいた腰を上げ、眠っているギータを一瞥し墓所を出る。

ここからどこに行けば、と思いながら階段を上がっていると、予想されていたのか使用人の人が一人、出口で待ってくれていた。

次に案内されたのは行った事のない一室だった。


謁見の間とは違うが、お館様がいるんだろうなと分かる重厚な造りの扉。

軋みなく開かれた両開きのそれの向こう側には、扉の真正面にある机に向かって紙を睨んでいるお館様がいる。

そして、机の前に二つの長椅子が背の低い机を挟んで向かい合っており、そのうちの一つに座って刺繍をしているイリサ様がいた。


(もしかしてここはお仕事をする部屋では…?)


王には謁見する部屋以外に普段の仕事をする『執務室』があるという。

その部屋は側近や大臣たちしか入れず、家族でさえ入るのには事前の許可がいるはずだ。

案内してくれた使用人の人も部屋の中に入らず、扉の外側で立ち止まっているのできっと『執務室』だ。

久しぶりに冷や汗を流して立ち止まっていると、不思議そうに首を傾げたイリサ様に手招きされる。

ズメイも入って良いのか分からなかったが、隣にいるズメイを見ると時すでに遅し。

執務室に入って部屋の隅の空間に丸まった後だった。

彼もまた不思議そうに私を見ているので、諦めのため息を吐いて一歩進む。


「ギータ様はお眠りに?」

「はい。未練がだいぶ薄れてきているようで、突然」

「やはり…でも悪いことではないはず。そうよね?」


刺繍の手を止めたイリサ様もまた寂しそうに口端を上げた。

未練がなくなる。やり残したこと、やり損ねたことがなくなるのは、良いことのはずだ。

ようやく出会えたカザンビークの人たちにとっては『死』も同然なので悲しいかもしれないが。

イリサ様を否定せず頷いて返せば、安心したように肩から力を抜いた。

小さく鼻を鳴らしたのをゆとりのある袖で隠した彼女は、さて、と目に鋭い光を灯して背筋を伸ばす。

何かの紙を見ていた視線を上げたお館様が私も長椅子に座るように促したので、イリサ様と向かい合わせで座った。


「ドラゴンたちの怪我の具合はどうじゃ?手紙には大分落ち着いたとあったが」

「完治はしていないものの、休んでいれば自然と治る程度には落ち着きました。束縛の魔法が長い間かかっていたからか、まだ疲れが取れないようですが…」

「そうか。それは良かった。何か必要なものはないか、薬は足りておるか?」

「はい、山にある薬草で十分です。…あの、新しい手がかりは」

「………そのことなんじゃがの」


唸ったお館様が引き出しから手の平に収まる大きさの何かを取り出し、イリサ様の隣に座った。

机に手の中のそれを置いたお館様は、静かな声音をそのままに『これが見つかった』と伝える。

それは硬貨のようだった。

ただ、見たことのない硬貨だ。

西の方で使われている銅貨、銀貨、金貨とは違って、真っ黒なそれは光に照らされなければ刻印されている模様が見えない。


「一番最近、調べた場所で見つかったものじゃ。鉄の混ざりものに色がつけられとる。ナイフで削れる上に、低い温度で溶けるぐらい柔いもんじゃ。これぐらい柔い金属は装飾品にも使われん。おそらく仲間の証。見つかった時にすぐ『なかったこと』にできるようにしておるんじゃろう」


なるほど。模様を削ってよし、火に投げ入れてよし、ということか。

つまり正体を隠したい誰かがいるということで、さらにその『誰か』は『複数』いるということ。


「触っても?」

「構わんよ。魔法も何もかかっとらんのは確認済みじゃ」


手に取って模様を指でなぞる。

一番大きく刻まれているのは竜だろうか。それに剣の形。

光を当てる角度を変えれば、剣に突き刺された竜が火を吹いている模様である。

見たことがない模様だが、気分が良いものじゃない。

眉間に皺を寄せたままお館様たちに何を意味するか尋ねるも、二人も分からないという。


「調べた限り、どこかの宗教でも、『家』のものでもないわ。考えられるのは騎士団ね」

「騎士団?『国』が関係していると?」

「考えたくはないがな…騎士団といっても役割は様々じゃ。国境線の防衛、国内の治安維持、王族の警護なんかは『表』の役割じゃが、『裏』の役割となると『騎士団』とも呼べんものが多い」

「つまり諜報や暗殺ね。あなたたちが無事で何よりだわ」


無事で良かった。そう言われて気づく。

竜たちが捕らわれている場所にいた人たちも『裏』の人たちだったということだ。

けれど『裏』と言うには弱かった気もする。


(竜たちが暴れた時もあったからな…)


いくら強くとも建物が崩れれば中にいる人間は怪我の一つや二つぐらいするだろう。

それにあんなに重そうな鎧兜を着ているなら尚更だ。

無事で良かったのだ、うん、きっとそう。竜たちが強すぎるとかいう問題ではない。


「他にも捕らわれているドラゴンはおるのか?」

「それは分かりません。竜たちが助けを求めないと私には聞こえないので」

「そうか…もう無いと信じたいが、次があるなら正体が分かるものを手に入れた方が良いじゃろう」

「はい、そうします」


束縛の魔法を使った魔法使いについても分からず、どうやって竜たちを捕まえたのかも分からない。

結局、黒い硬貨以外の手がかりはなく、お館様たちとしても『カザンビーク』の民がいるためこれ以上の手助けは難しいとのことだった。

元よりカザンビークの人たちを巻き込むつもりはない。

調査をしてくれただけでも有り難いのだから。

今できる最大の感謝を二人に伝え、もし何かを知る機会があれば教えて欲しいとだけお願いした。


「もちろんじゃ」

「あなた達のおかげでカザンビークは救われたわ。ミルメコレオの被害も減ってきているのよ」

「そうじゃぞ、シシー。冒険者たちも真面目に仕事をしてくれるようになった。全てはシシーとズメイ殿のおかげじゃ。できることなら国を挙げて協力したいんじゃがの」


それだけはお館様だけの気持ちを優先できないところだ。

国を挙げるということは民も巻き込むということ。

もしこの黒い硬貨の持ち主が本当に『騎士団』だったなら、国同士の戦争に突入してしまう可能性だってある。

正体が分からない以上、判断できかねる、というのは『王』として正しい在り方だ。


黒い硬貨は持って行って良いという。

改めてお礼を言い、執務室を下がった。

うっかり力を込めれば半分に折れてしまう、柔らかい金属。


「燃やして良いか?」

「だめ」


執務室では大人しくしていたけれど、二人になった途端この調子だ。

私の手ごと燃やしそうなズメイを制し、今日は離宮に泊まらせてもらうべく一年ぶりの綺麗な廊下を歩いた。


カザンビークに滞在したのは三日。

ヴィーリンさんに槍を点検してもらい、温泉に浸かり、冒険者ギルドを尋ねてオドさんたちと話し、ヴァンドットさんのお店で買い物をする。

空いている時間は全てギータと話していた。

あっという間の三日間でお別れは名残惜しいものがあったけれど、そうも言っていられない。

山には手当てが必要な竜たちがいる。

長く時間を空ければまた傷が悪化するかもしれない。


「気をつけてね、シシー」

「シシーを頼みますぞ、ズメイ殿」


お別れの時、お館様がイリサ様の肩を抱いて、引き留めようとしているのを抑えていた。

伸ばされた手は『ここにいてくれ』と懇願していたけれど、その手に甘えることはできない。

ここは素敵な場所で、安心できる場所だが、私がいていい場所じゃない。

変わらない思いと共に空中から手を振って離宮から、王宮から、イリサ様たちから離れる。

次にここに来れるのはいつだろうかと、楽しみにしながら。



ヒュミル山脈にある『竜の民』の村に日が昇りきってから戻れば、2頭が完治していた。

私たちの帰還を待ち、これから旅立つという。


「てっきりここに住むと思ってた」

「好きな場所に住むさ。寒い場所が良いやつも、ここより暖かい場所が好きなやつもいるからな」

「そっか…そうだよな」


私がカザンビークを選ばなかったように、必ずしもヒュミル山脈を選ぶことはない。

完治した2頭は生え替わって抜け落ちた鱗を感謝の印にくれた。

頬に頭を擦りつけ、『必ず恩を返す』と言って山頂の穴の向こう側へ消えていった。


青い空に竜の影が二つ浮かび、ずいぶん小さくなってから反対方向に分かれる。

あの2頭は違う方向へ向かうようだ。

どこに行くんだろうか。どこまで行くんだろうか。

その先を見てみたくもあり、戻ってきて欲しくもあり。


(イリサ様もこんな気分だったのかな)


未来に幸あれと願いながらも心配だったのだろうか。

我ながら詮無いことを考えた。知ったからといって何になるだろう。

イリサ様もまた『カザンビーク』を守らなければならない人。

私とは違う生き方をしている人だ。


「…さて!手当ての続きしてくるよ」

「手伝いはいるか?」

「ううん。あちこち回るだけだし…ズメイは眠いだろ?昼寝してきなよ」

「分かった…ふあ、何かあれば呼べ」

「うん。ありがとう」


欠伸混じりでゆっくり飛び上がり、一度旋回して自分の寝床へ入っていった黒い竜の姿を見届け、一番近くにいる竜から順番に回っていく。

経過は良好、悪化した傷もなさそうだった。

ゆっくりゆっくり、束縛の魔法の効果が薄れているようで体も軽く感じるんだとか。

何よりだと安心したのも束の間、次なる『声』が聞こえ始める。


今度はシドニアから離れた場所から、南に北に、東に西に。

本の中でしか見たことがない砂漠も、散歩で行く海より広く見える海岸も、飛ぶのが難しいくらい濃い霧に出くわして森を歩き続けたことも、すべて『冒険』と呼べるものだけれど向かう先に傷ついている竜たちがいるから楽しむことはなかった。

少しばかりの余韻に浸りながら飛び続け、山に戻って治療をする。


その途中途中で、こんなことをしているやつらの正体を探るべく何人か捕まえたのだけれど、黒い硬貨を持っているやつらは少数で、問いただそうとしてもすぐに自ら命を絶ってしまう。

青い火で手当てをしても、なぜだか人間には効きが遅いようで手遅れになってしまった。

硬貨を持っていない人たちは『金で雇われた人』たち。

大した情報を持っていない上にだいたいがならず者なので、近くの騎士団だったり憲兵団だったりの詰め所の前に縛って放っておいた。


この繰り返しを、気づいたら三年していた。その間にギータも未練を無くし、今は静かな骨のまま、地下の墓所に安置されている。

ヒュミル山脈に住み始めてもう四年。


竜たちの治療に手が足りない、というのはある。

薬草の育て方も、薬の作り方も、青い火の使い方だって上達したけれど『ルー』は私一人しかいないから。

救い出すのに手間がかかるようになった、というのもある。

『黒い硬貨』のやつらも竜たちが襲ってくるというのを知ったのか、より一層巧妙に隠すようになった。

出入り口自体を分からなくしたり、町中の地下に隠したり、匂いを消して音も消す魔法も使うようになったり。


これだけ時間が経っているのに『黒い硬貨』の正体は一向に分からなかった。





沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。

とても励みにさせていただいています。


不定期更新で申し訳ないですが、

必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。

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