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竜の民  作者: とんぼ
二章

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ルーの魔法


ヒュミル山脈での生活は慌ただしかった。

竜たちの生き方の研究に、あちこちの探検。

雑草だらけの畑をかつて読んだ本の知識を頼りに耕し、散らかったまま埃を被っているたくさんの部屋の掃除をする。


見つけた本たちを読み進めれば薬草の調合の仕方から『竜の民』の暮らし方まで分かったので、その通りにしてみる日々。

基本的に魚を食べ、たまに魔獣をズメイと共に狩り、森の上を飛んで海岸まで『散歩』しに行ったり、自分で染めた皮を竜の民が着ていたという服にしてみたり。

やらなければならないことも、やりたいことも数え切れない。

あっという間に過ぎていく日々の中で、ズメイは元より他の竜たちも力を貸してくれるようになり、最初は話してくれなかった竜たちも話をしてくれるようになった。


『よそ者』を受け入れてくれたこの場所に、満足していたのだ。心の底から。


体が頑丈ゆえに怪我をしない竜たちの『手当て』はしないものの、簡単な薬草の調合と安定した暮らしができるようになって一年ぐらい経った頃、いつもの『夢』にヒュミル山脈に住む竜たち以外の『声』が届いた。


『痛い』

『苦しい』

『助けてくれ』


初めてズメイと話した時のように、私に助けを求める声たちに『否』なんて言うはずもなく。

一緒に聞いていたズメイと共に夢から覚めて旅支度を整え、声がする『方位磁石』を頼りに進めば、声の主たちがいた。


鉄枷をはめられ、鎖に繋がれて。

あるいは翼を切り落とされて。

駆けつけるのが間に合わず命を落とした者さえいた。

明らかに『人間』の手によって。


涙を流さなかった時はない。

不甲斐ない自分に、眉間に皺が寄るばっかりだ。

俯く私の顎を、何度もズメイの尾の先で掬い上げられたことか。


「しっかりしろ、シシー。まだ間に合う」

「、うん」

「他の竜も連れて来よう。そしたらたくさん運べる」

「分かってる。…大丈夫、絶対治すから。また飛べるように、するから」


大きく背中が切り裂かれた一頭の竜を宥めるべく鼻筋を撫でれば、安心したようにゆっくり瞼が落ちる。

生きては、いる。ただひたすらに痛がっているだけで。

竜は強い。魔獣の頂点、人間より遥かに強い存在だ。

ヒュミル山脈を新たな住処家とした日はこんな光景を見る日が来るなど思っていなかった。

湖の傍にも森のあちこちにも、傷だらけの竜が横たわっている。


片翼、あるいは両翼を無くした竜たちが。

深い傷による痛みで動けない竜たちが。

深い眠りに落ちて目を覚さない竜たちが。


「何が起きてるんだ、?」


昼夜問わず飛び回って疲れ果てたズメイが横たわる竜たちと同じように荒い息を漏らし始めたのは、最後の一頭を連れて山に帰ってきた、そのすぐ後だった。



正直、かなり無理をさせていた自覚はある。

『声』のする方へ飛び、捕らわれている竜たちを解放するだけならいざ知らず、自分と同等かそれ以上の大きさの竜を運んで貰っていたのだから。

それも一度ではない、山との距離を何往復もさせてしまった。

傷ついて荒っぽくなった竜もいるので、それを無理矢理押さえつけるのも一苦労なのに。


ようやく最後の声を回収し終わった後、ズメイが倒れた。

竜が捕まっていた場所に毒でもあったのかと思ったけれど、ただひどく疲れた、と彼は言って。

妙に体が重く、頭もうまく回らない。そう言った相棒は寝床で休み続けること丸3日。

食事は取るものの飛んだり歩いたりはしない。

本当に『疲れている』だけのような状態が続くことに焦りを覚えた私は、傷ついた竜たちの手当てを続けながら村のあちこちを探し回り、ようやく本や調剤用と思しき道具が集まった部屋を見つけた。


誰かが持ち去ったのか、壁一面にある本棚には空白が多く荒らされた名残さえあったけれど、役に立つ『知識』があると信じて片っ端から読み込んだ。

ルーの役割を、治癒師として働くことが、唯一私にできることだと信じて。


(薬草畑、ちがう、お香の作り方、違う、毒の種類と症例……違う!)


古い古い、東の文字で書かれた本ばかりだった。

それでも貴族ならば教養として詩歌で扱うため、読めなくもない文字の羅列。

自分の生まれをこんな形で感謝することになるとは思わなかったが、目的の『知識』にはたどり着かない。

どれもこれも違う。全部違う。

本の山が二つ、三つ、と増えて行くと同時に焦りが募る。

自分の寝食さえ削る私の目はかなり血走っていたことだろう。

読めていない本棚が残り一つ。

その半分ほどを読んで次の本に手をかけた時、見慣れぬ文字が表紙に刻んであった。


それが西の文字だと分かったのは手に取って少しした後だ。

ずっと東の文字を目にしていたので頭が上手く切り替わらない。

目頭を揉んで首をぐるりと回す。溜まった凝りが鈍い音を鳴らした。

一、に、3。

瞼の裏にしっかりと西の文字が写し出されたのに安堵し、走り書きもできるよう何も書かれていない紙束を手元に添える。


「るー、の、まほう、…ルーの魔法!」


ようやく見つけたその本は、今までのように文章や図案があるものではなく、いつかに読んだ絵本のように物語調で進んでいくものだった。



むかしむかしのそのむかし

とある村に『ひと』であって『ひと』でない『子ども』がいました


その『子ども』は生まれ育った村に家族も友だちもいました。

けれど『ひと』であって『ひと』じゃないその子は、一つ年を取るごとに石を投げられます

何回も、たくさんに。


『ひとじゃないやつは出て行け!』


子どもはそんな村で生きていましたが、ある日、ついに村の人たちにそう言われます。

出て行きたくない、ここにいさせてくれと泣く子どもに、村の人たちは冷たく、ろくな食べ物も与えないまま、たくさんの石と火で追い出しました。


行く当てのなくなった子どもは森を歩き続けます。

どこを進んでいるか分からないまま、体が動く間ずっと。


疲れ果てて倒れた時、通りすがりの旅人がかけよって食べ物をわけてくれました。

子どもは旅人に感謝し、お礼をしたいがお金がない。何かできることはないかと申し出ます。


ちょうど話し相手が欲しかった旅人は

『では次の町まで一緒に行こう』そう言いました。


子どもは手を打って喜び、旅人の隣を歩きながらたくさん話しました。

日が昇って月が昇ってを繰り返したある日、旅人が『今日は先を歩くから後ろをついてきてくれ』と言いました。

もっと話したいけれど、話しすぎたみたいだ。

子どもは申し訳なく思って旅人の後をついて行きます。


その次の日も、その次の次の日も、旅人は先を歩き、子どもは後ろを歩きました。

そうしている内に旅人に追いつけなくなった子どもは置いて行かれます。

子どもは、旅人にも嫌われたのだと分かって立ち止まりました。


『どこに行けばいいんだろう。そもそも行って良い場所はあるんだろうか』


道の先にある村に、村の向こうにある町に、子どもは行く気になりませんでした。

ただ、戻る気にもならないのでずっとずっと、旅人に置いて行かれた場所で座り続けました。

何日も、何日も。


ある日、空から一頭の竜が降りてきて、子どもの前で大きな口を広げました。

食べられる。そう思った子どもは目を閉じて、最後の時を待ちます。

けれどいっこうに、自分が食べられる気配がありません。

不思議に思った子どもはおそるおそる目を開くと、口を開けて止まったままの竜を見ました。


『どうしたの?』


なぜ口を開けたままなのか。首を傾げながらそう聞くと、竜は口の中を指差します。

悲しそうな声を上げる竜は子どもに何かを伝えたいみたい。

怖がりながらもじっと竜の口の中を見ると、何かが牙の間に刺さっていました。


『抜いて欲しいの?』


子どもの問いかけに頷いた竜。

抜いてあげることにした子どもは、竜の口からそれを抜いてあげました。

それは子どもが持つには大きすぎる、金の剣でした。


『ああ、痛かった、ありがとう』


話ができるようになった竜は子どもにそう言うと、お礼をしたい、と背中に乗せます。

また旅人のように嫌われる。

そう思った子どもは降りようとしますが、竜は離しません。


『たしかにお前はひとじゃないけど、恩人だから。それにお前にやってほしいことがあるんだ』


あっという間に子どもを乗せて空に舞い上がった竜は、山をいくつも飛んでいった先にある竜の巣に、子どもを連れてきました。

そこには大きな大きな竜が。


『こいつを治してやって欲しいんだ』


見れば大きな竜は怪我をしています。

とてもとても深い傷口から赤い血が川のように流れています。

子どもは口の中から剣を抜くことはできても、血を止めることも、傷口をふさぐこともできません。


『できないよ』


頭を下げる子どもに首を傾げた竜は、手を出すように言いました。


『できるさ。その力がお前にはある』


深い傷口に子どもの手が触れた瞬間、子どもから青い火が吹き上がり、あっという間に傷を治してしまいました。

驚いた子どもだけれど、役に立てたことに大喜びしました。

すっかり元気になった竜もまたお礼を言い、子どもと竜たちは一緒に暮らし始めます。


その子どもは『ルー』という名前でした。


『ひと』であって『ひと』でない『ひと』

『青い火』で竜を治すことのできる『ひと』


だから、竜の民の治癒師は『ルー』という名前を持つのです。



絵本は、竜の民の伝説を綴ったものだった。

詳しい治療法もやり方も分からないけれど、一つ分かったことがある。


「青い火…」


心当たりはあった。

ノースデインに『力』を示した時のあの火だ。

あの火に癒しの力がある。


「どうすれば、やり方、どうやって出したら…!」


手の平を擦り、赤が灯ればすぐに消す。

それを繰り返している時にも竜たちの呻き声が聞こえてきた。

もしかしたら耳の奥にこびりついている幻だったかもしれない。

本当か幻か分からないけれど、ズメイの声が、初めて会った時のように大きく聞こえて。


助けたい


まともに寝ておらず上手く働かない頭と、治癒師の名前をもらったくせに何もできない自分が情けなくて悔しくて、焦りに焦っていた自分の中がそう思った瞬間、雲が一つもない青空のように晴れた。

手をこすってもいないのに指先に、手の平に、手首まで広がっていく炎は待ち望んでいた青色。

その色が視界に入ってすぐ無我夢中で走った。

どれだけ速く走っても消えることのない火に『これだ』と確信する。


最初にこの青い火を使ったのはズメイにだ


ズメイの元に到着するまでに青い火は両肩まで広がってしまった。

布の一つ、肌の表面すら焦がすことのない青は、きっと普通の魔法(ちから)じゃないんだろう。

それでも、今の私にできることはこれだけだ。


荒い息を吐き出しながら青く燃える私を見たズメイは静かに慌てたけれど、青い火から何かを感じ取ったのか『そうか』と再び横たわった。


「任せたぞ」

「、うん」


やり方なんて知らない、絵本にあったのは『触った』だけだ。

喉を鳴らしながら黒い鱗に指を滑らせてみる。唸っていた喉が落ち着いた。

苦しんでいるなら肺、あるいは心臓のあたりだろうか。

そう思って前足の中央に両手を当ててみる。


「!?」


肩まで灯っていた青い火がズメイの体を包んでいった。

うっかり手を離しそうになったけれど、青い火が全身に広がれば広がるほど、ズメイの呼吸が落ち着いていくので慌てて当て直す。

血が全身を巡るように、何かを目指して広がっていく青い火は、目的のものを見失ったかのように一度揺れ動いて、ぱっと消えてしまった。


「………ズメイ?」


目を閉じたままの黒い竜に声をかけるも返事はない。

もしかして、と慌てて顔を覗き込めば、健やかな寝息を立てているので眠っただけだと分かった。

深い深い安堵のため息を吐くと、自分にも睡魔が襲ってくる。


(ちょっとだけ、ちょっとだけ寝て…起きたら、他の皆も…)


ズメイの心臓の音を聞くように竜の足の間に体を滑り込ませ、背を丸くして目を閉じる。

とくり、とくり。

自分からする音となんら変わらないことに、酷く安心した。


『夢』を見る。

どこまでも続く草原、初めて飛んだ星空、私の『焚き火』があるいつもの夢。

その夢にはズメイがいる。さっき見た寝姿そのままの彼が。

今も夢と知らずにくうくうと寝息を立てていた。


焚き火の周りを見る。

朧な輪郭だが、傷ついて弱っている竜の姿が一つ、二つ、三つ、…うん、たくさん。

『焚き火』の明かりを求めるように身を寄せ合う朧に、届きますようにと願う。

そうすれば焚き火は高く、大きくなった。

薪で描く円も広がった気がするし、朧な輪郭もどんどんしっかりしてきたような気がする。


『…ルー。シシー、ルー』


そうか、これが私の力か。

泣きたくなるほど、誰かに『ありがとう』と言ったのは初めてだった。

その誰かは私を産んだ親かもしれないし、神様かもしれないし、あの本を残してくれた人かもしれない。

とにかく今は、ありがとう、そう言うしかなかった。




沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。

とても励みにさせていただいています。


不定期更新で申し訳ないですが、

必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。

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