一人とたくさんの村
一部を次の話に移動させました。(2023/11/23)
ヒュルン山脈は竜の住処。そして、かつてここに住んでいた『竜の民』の村。
それを証明するように、山の中のあちこちに生活の跡があった。
まず小さく加工された太陽石。
山頂から差し込む太陽の光が当たらない場所には、まるで街頭のように太陽石がはめ込まれた石柱が並べられ、今は雑草だらけでそれと分からない畑の成長を助けつつ、一日の始まりと終わりを告げている。
その石柱も長い年月によりひび割れ、苔むしているので手入れが必要だ。
ちなみに畑には何が植っているのか分からないので、手を入れるなら全部引っこ抜いたほうが良さそうである。
次に、人が生活するための部屋。
普通の村のように水の傍に建物はなかった。
岩壁のあちこちに空いている洞穴は竜の寝床。
そしてその寝床と続くよう、隣り合わせで人が住めるように岩壁がくりぬかれた部屋があったのだ。
森や湖を壊さないための壁があり、その壁が建物にもなっているというか。
メルグで見た四階建てだったり五階建てだったりした『アパートメント』のようなものを山の中に作っているというべきか。
カザンビークとはまた違う『地下』の作りに、わくわくと胸が躍った。
部屋には飛んで入らなければならないかと思ったが、そうでもない。
たしかに竜も入れるよう、露台付きの大きな入り口が森と湖が面する方にあるけれど、岩壁しかないはずの反対側には部屋同士を繋ぐように長い廊下があり、きちんと扉もついている。
木製なのでほとんどが朽ちているけれど。
ズメイが使っているという寝床の隣の部屋を私の部屋とし、まず寝れるようにと掃除をすることにした。
物がほとんどない部屋の中から桶を見つけたので、ズメイにお願いして水を汲んできて貰い、まずは床に溜まった埃を払おうと箒を探す。
部屋を4つほど覗いて、古いが十分使えそうな箒を手に、きっと埃が舞い上がってくしゃみと咳が止まらなくなることを予想して下げっぱなしだった口布を上へ引き上げた。
「げほっ、ごほっ、おい!」
「あ、ごめん」
ちりとりが見つからなかったので露台の方へ埃を寄せ、一気に追い出していたらちょうどズメイが飛んできて、その鼻先に当たってしまった。
文字通り火花を散らしながらくしゃみをしたズメイはその揺れで組んできた水を落としてしまい、文句を言いながら再び湖へ飛んでいく。
今のうちにと、天井のそこかしこにある蜘蛛の巣を箒で巻き取った。
年月に相当する巣がついてしまったのでもうこの箒は使えそうにない。
無事に掃き掃除が終わったので、次は拭き掃除だ。
こうやっていると『シンシャ』を思い出す。
あの頃は、部屋が汚れているとすぐに体調を崩していたので必死になって掃除していた。
(あれ、なんで自分でやってたんだっけ)
本来なら家の使用人がやる仕事のはずなのに。
薄灰色の記憶に浸りそうになったのを頭を振って止める。
せっかくどんどん綺麗に、本来の姿に戻って行く部屋を見ているのが楽しいのだ。
『シンシャ』のことを思い出している時間がもったいない。
ズメイが組んできてくれた水を床に放り投げて、旅の荷物の中からもう使わなくなった布を取り出す。
刺繍の練習で失敗し、もはや何が刺繍されているのかよく分からない布が、箒で取れなかった埃に汚れていった。
岩壁をくり抜いてできている部屋の床には木の板が張り巡らされていて、簡素ながらも頑丈に作られている引き出しつきの木机と、軽いものならばおけそうな小物置きが壁に打ち込んである。
椅子だけは4本足の一つが折れて転がっていた。
なので今は端に避けているけれど、机に合う椅子をどこかから見つけてこなければ。
貴族の部屋のように広くない、岩壁をくり抜いてできている寝台と机のみがある部屋。
物が少ないことも相まって、掃き掃除と拭き掃除でひとまず今日寝る場所には困らなさそうだ。
旅の荷物から毛布を引っ張り出して寝台に置き、さて次は、と考えを張り巡らせたところで腹の虫が鳴いた。
「ご飯にしようか、ズメイ」
「ならとびきり大きい魚を獲ってこよう!」
隣の寝床へと続く、木枠だけがはめられた窓からズメイに声をかければ、意気揚々と湖へ飛び去り、飛んでいる時の勢いそのままに突っ込んでいく。
初めて見るやり方だったが、あれが『いつも』なんだろう。
きっと久しぶりの故郷の水の中で、久しぶりに食べる故郷の味を探している。
もしかしたら獲りながらつまみ食いしているかもしれない。
他の竜たちもご飯の時間だったのか、湖に飛んでいくもの、山頂の穴から外に出て行くものと様々だ。
(そういえば何頭ぐらいいるんだろう)
追いかけられていた時には無数に思えたけれど、数えられるぐらいにしかいないような気もする。
後で聞いてみようと思った。
患畜になるかもしれない数は把握しておいて損はない。たぶん。
断じて好奇心とかではない。絶対に。
気を取り直して料理に必要な調味料とナイフを荷物から探り当て、ズメイの元へ行こうとしてある事に気づく。
飛んで行くことができないので必然的に、扉の向こう側に続く廊下を通って湖の方に出なければならないのだが、道が分からない。なんせ飛んで入ってきたので。
幸い相棒のいる方角は分かる。
右に左によそ見をしながら歩いてみた。
二度ほど突き当たりに出てしまったが、下に行けば良いのでは、と気づいてからは足が早くなる。
やたらと物が多い大部屋を見つけたので後で行ってみよう。なんとなく本の形も見えたし。
早々にここの造りを把握しなければ迷子になってしまいそうなので、ご飯が終わったら探検がてらあちこち見て回ろうと決めた。
部屋と同じように岩壁をくり抜いてできている階段を降り続け、二度三度折れ曲がれば湖が見える『外』に出た。
ヒュルン山脈のあちこちに名前があるかもしれないが、私には分からないので湖のある場所を『外』と言うことにする。
太陽石のはまった石柱を数本通り過ぎ、薄桃や黄色の野花が咲き乱れる小さな草原を突っ切って、腰まである小麦色に変わり始めている草をかき分ければズメイがいる場所だ。
私が来たことに気づいた黒い竜が、別の3頭からのちょっかいから守るべく獲ってきたらしい魚を腕で囲っている。
「遅かったな」
「道が分からなかったんだ。…友だちか?」
ズメイの故郷なんだから親しいやつぐらいいる。もしかしたら家族かも。
人でも竜でも当たり前のことだと頭では分かっているのに私以外と戯れあっている姿を見るとなぜだかモヤモヤした。
なんと声をかければ良いのか分からず、近いような遠いような距離を保ったまま立ち止まってしまう。
それに首を傾げたズメイと3頭が顔を見合わせ、ズメイを先頭にこちらに近づいてきた。
「こいつらは取って食ったりしないぞ?」
「あ…いや、」
「?」
「、ズメイには久しぶりの故郷だろ」
私は邪魔だ。と言おうとして、黒ではない色の鱗が目の前を横切る。
長い尻尾が私に巻き付いたのだと分かったのは、そのすぐ後。
「この人間が長の言ってた『竜の民』か?」
緑と濃い黄色がまばらにその巨躯を染めている、ズメイより一回り大きい竜。
その黄色い竜がドワーフのようにガハガハ笑いながら黄色の尻尾で私を引き寄せた。
予想していなかった行動にびっくりしてズメイを見つめるしかできない。
匂いを嗅いで、じっと見つめてからフスッとため息のような音が漏れる。
「長から聞いてたよりひょろっちいんだな!」
「シシーはまだ成長中だ。それより放せ。これから飯だ」
「おうおう、ずいぶん甘やかしてんなあ。『人間なんて』って言ってたやつがよー!なあ!」
「そんなに良いものなの?人間との絆って」
「僕、こんなに近くで人間を見るの初めてだ」
力加減が分からないのか黄色い尻尾がキリキリと締め上げてくるのにズメイが前足2本で引き離してくれた。
初めて見る3頭の内、1頭はメスらしく、晴れ渡った空のような青い瞳に青い鱗を私に近づけながら匂いを嗅いでくる。
拒絶、しているわけではなさそうだ。
不思議、好奇心、そういった未知なるものに興味が湧いているというか。
ズメイと同じ大きさの体が優雅に座り、つん、と顎をあげている。
自分のことを『僕』と呼んだ竜はメスの竜に似た青色で、口布越しに伝わる匂いが似ているからたぶん姉弟だ。
ズメイが言うには、彼に近い年に産まれた竜たちで、獲物を取り合ったり寝床を行き来したりと人間でいう『家族』らしい。
血の繋がりはないけれど。
そもそも竜という種族、血の繋がりを知らないらしい。
基本的に母親が卵を温めるものの、四六時中一緒にいるわけではなく、番でもなければ兄弟姉妹でもない竜が交代で温める。
故に、孵って最初に見る『大人の竜』が母親である可能性はまちまちなんだとか。
卵から孵ることができたら『同族』として認められ、随時距離的に近い竜が餌を与え、必要に応じて狩りを教えるそうだ。
(村全体で子育てしているようなものか)
全体数が少ない種族ならではの子育てだ。
ふむふむと知識として貯めながら頷けば、ズメイに火を起こすよう頼まれた。
慣れていない3頭に見られているのが居た堪れないが、焼き魚も食べたい彼に従い、適当な枝を集めて焚き火を作る。
程よく大きくなった火に、獲ってくれた魚を枝に刺した状態で一気に6本かざした。
油と水分が皮を通り越して染み出し、枝をつたってじゅわりと弾ける。
美味しそうな香りがしたのとこんがり焼き目がついたのを確認して塩を振りかけ、一匹を自分用に、他をズメイの口の中に放り込んだ。
「うん、うまい!ここの魚を焼いた味が楽しみだったんだ!」
「それは良かった」
魚の種類はわからないが、薄い皮はパリパリ砕け、噛めば噛むほど旨味が染み出してくる。良い魚だ。
さっぱりした味なのに胃に落ちていくと溜まっているのが分かるので腹持ちしそう。
これなら掃除も探検も問題なさそうだと1人頷いていると、じゅるり、涎を啜り上げる音が3つ…いや、たくさん聞こえて。
音を頼りに辺りを見渡せば、先ほどの3頭だけじゃなくいつのまにか近くにいた大小様々な竜10頭以上がズメイの表情と焚き火を交互に見つめている。
いいなあ、とその目が訴えているなんて分かりきっていて。
「…………焼き魚を食べたいなら食べたいだけ獲ってきてくれるか?」
食べたいんだろうなと思って自分の分を食べ進めつつそう言ってみれば、我先にと湖に川に飛び込んでいく竜たくさん。
水飛沫がちょっとした洪水になって焚き火の火を消してしまったので、湖から離れた場所にズメイと一緒に移動して一つ、二つ、三つと焚き火をたくさん起こす。
ちゃっかり自分が獲ってきた分を私に差し出したズメイに呆れまじりのため息を吐きながら、焚き火にかざしてやった。
私の分もあるので文句はないが。
【焼いた魚、食べたい!】
ほどなくして積み上がった大量の生魚とたくさんのお願い。
その全てに枝を通し、塩を振りかける作業が大変だと知ったのはこのすぐ後で、ズメイ以外の竜も可愛く思えて笑えたのも、このすぐ後だった。
沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。
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不定期更新で申し訳ないですが、
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