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竜の民  作者: とんぼ
二章

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47/152

ルーの役割

矛盾点を見つけたので修正しました。(2023/12/10)



月明かりが僅かに差し込むだけの、分厚い煉瓦作りの倉庫の奥。

きちんと掃除さえされていないのか、中は殺風景だというのに倉庫全体がかび臭い。

小さい足音とキイキイという鳴き声もするので、きっとネズミも巣を作っているんだろう。

牢屋。そう表現するに相応しいそんな倉庫に竜が二頭、枷をはめられ鎖に繋がれている。


鮮やかな青色の竜と蜂蜜を溶かしたような黄色い竜は、何事もなければ今日も優雅に空を飛び、眼下に広がる人の営みなど気にも留めなかっただろう。

けれど今は、翼こそ傷ついていないものの体中にある傷によって、無尽蔵に近いはずの体力を削り取られ、魔力という魔力を抜かれて瞼を開けるのもおぼつかないほど弱っている。

こうなる前にもっと早く助けを求めてくれたなら、と歯がゆいが、竜は生来、よっぽどのことが無い限り他者に助けを求めることをしない。

縄張りに入った侵入者と争い、負けることは即ち『死』を意味するため、たとえ己が命を落とそうともそこは弱肉強食、これが寿命と諦めてしまう。

だからこそ、『まだ生きたい』と願うことが思いもつかない。

たとえ人間の罠にはまって捕まろうとも、こんなになるまで虐げられようとも、自分の寿命はここではないと気づくまで助けを求めないのだ。

助けを求めていないから助けない、とまで無情なことは言わない。

私やズメイまで『声』が届かなければ助けられるものも助けられないから、正しくは助けることができないのだ。

できるものなら、なるべく早く助けたいのに。


大きな体に見合わないか細い唸り声を喉奥から響かせながら、『人間』への恨みを零し、痛い痛いと囁いた。

この二頭を見つけたさっきは人間の姿をしている私を見て、少ない力を振り絞り翼を広げて威嚇をしたけれど、同じ竜であるズメイが落ち着かせてくれて今は身を任せてくれている。

痛みを落ち着かせるべく手に『青い火』を灯して傷口に当てながらそうっと鼻筋を撫でた。

薄らいでいく鈍痛に、さっきとは違う穏やかな唸り声が二つ響く。


この青い火には竜を癒やせる『癒やし』の力が宿っていると分かって早3年。

最初こそ扱いきれず、ただの火になったり手の平でろうそく並のか細い火になったりしたが、ようやく扱えるようになった。

ここ最近は何度も何度も繰り返し使わざるを得ない状況だから、という理由もあるけれど。


とはいえ、ここは竜を捕まえて利用しようという人間たちがいる『敵地』

本格的に治療をするには場所が悪ければ時間もない。

もう少し辛抱してくれ、と額を擦りつけながら囁けば、頭の中で相棒の低い声が聞こえてきた。


「準備はいいか、シシー」

「あともうちょっと…よし。良いぞ」


竜を捕らえている枷は特別な魔法などかかっておらず、ただの鉄だというのは分かっている。

ここまで竜が大人しくしされるがままになっているのが腹立たしいのに、痕跡がまだ掴めていないのがまた腹立たしさに拍車をかける。思わず枷をいじる手が荒っぽくなった。


留め具を壊して前足と後ろ足から外してやれば、青い竜と黄色い竜は一度だけゆっくりと瞬きをする。

これは礼を言っているのだ、と分かるようになったのはずいぶん前である。

顔の下半分を覆うマスクの下で微笑みながら、倉庫の外にいるズメイに合図をした。

外から翼を大きく羽ばたかせる音がして、一瞬遠のいたかと思うと空気を貫いていく音がする。


二頭の頭をかばうように外に面する壁側に背中を向け『出口』ができる時を待った。

途端、轟音と膨大な熱波が倉庫内を包み、砂埃が消えていくと同時に落ち着いていく。

カラカラ。背後から煉瓦が木っ端みじんになって崩れる音がした。

月明かりもさっきより大く差し込むようになったので無事に出口が出来たようである。


「…チッ、忌々しい」


そう言いながら崩れた壁の外側に降り立ったズメイはそう舌打ちし、怒りをあらわにする。

もちろん私にでも、傷ついた二頭の竜にでもない。

竜を『こんなにまで弱らせ傷つけた人間たち』にだ。

のっしのっしと足を進めながら『帰るぞ』と鼻先を同族へ擦りつけた彼に飛び乗れば、ズメイに続いて地上に降りてきた鈍色の竜とオレンジの濃い竜が倉庫の中を見て不機嫌そうに尻尾をくゆらせた。

このまま人間の町へ飛んでいって全てを焼き尽くさんばかりには、皆怒っている。


けれどこの倉庫の近くにいる人間たちとここから近い場所にある町の人間たちは『違う』

何が違うって、おそらく所属する組織、あるいは国が。

近くの町を襲ったって何の意味もない。改めてそう言い聞かせれば、まだまだ不服そうではあるが傷ついた竜の首を一頭ずつくわえた。

親猫が子猫を運ぶような力加減なのに、痛みによる唸り声が大きく響く。


「こっちだ!ドラゴンが逃げるぞ!」

「殺したって構わん!逃がすな!」


打ち損じた敵がさきほどの破壊音を聞いて駆けつけてきたようで、倉庫の外を囲む森の方で松明の明かりが揺らめいた。

急いで倉庫から傷ついた二頭を引っ張り出してもらい、鈍色の竜とオレンジの竜が傷ついている方の二頭を一頭ずつ自分の四つ足で抱えて一気に空へ舞い上がる。

先に行くぞ、と一足先に飛び去っていく四頭に『いつも』の場所に連れて行くよう伝えながら私も飛び立ったズメイの背中へ体を倒した。


すぐに倉庫より高い場所に到着したけれど、このまま立ち去る訳にはいかない。

ズメイも、私も、『彼ら』に怒っているのだから。それはもう、言葉にできないほどに。

腰から槍を取り出し、めいいっぱい伸ばしながら黒い竜の背中で身構える。

何をしようとしているかは、お互い何も言わなくても分かりきっていた。


一気に加速して、地上近くを飛び、剣を構える男たちへ火の玉を飛ばしたズメイ。

そして火の玉をぎりぎりで避けた男たちを槍で突いていく私。

攻撃の手はたったの二度で終わってしまい、お互い暴れ足りない心地だったがこれ以上敵がいるわけでもないので一度鼻を鳴らす。

カシャン、と槍が縮む音を響かせた後は、先に飛び去った竜たちを追って、闇夜に溶け込んだ。


「何を企んでるんだ、あいつらは…!」

「分からない。けど、あいつらは竜の世話係で詳しく知らないみたいだ。『命令されてやった』って言ってただろ。前に潰した野営地で」

「黒幕を見つけたら俺に寄越せ!爪で切り裂いた後にじっくり弱火で焼いてやる!」

「なら私はその火傷を何度も治してやろうかな」

「くくっ、悪いことを考えるようになったな、シシー」

「そりゃあ、悪いことを考える相棒がいるからさ」


カザンビークを出てからそろそろ四年。

軽口を言い合えるほど、互いが次の指示をしなくても次の動きが分かるほど、ズメイと一緒にいる。



地下王国を出てすぐに向かったシドニア騎士王国の北方・ノードリッチ。

歴史の本の一文によれば、ノードリッチの外れには海が広がっているため交易が盛んらしい。

北方ということもあって冬になれば寒さが厳しいけれど、肥沃な森を切り開けば農耕に適した柔らかい土があるため、よほどの災害が起きない限り平和な土地。


そんなノードリッチには、人が滅多に寄りつかない『山脈』がある。

四季はあるのに年中雪が降り続け、麓の森には凶暴な獣が住む。

森に実りはあるものの、寒さの続く場所に生活を支えるほどの実りがあるはずもなく、ただただ『危険だから』という理由で麓の森にさえ近寄らない。

けれどこの山脈の半分が隣国・ビザンチン王国との国境線と重なる場所のため、国境線の代名詞として多くの人に知られているようだ。


麓の森近くにある町や村から見上げると雲の上まで続く山頂と、いつもどんより空が曇っている『ヒュミル山脈』

ズメイの故郷。


元は火山だったらしい。

何百年も前にその活動が終わり、続けて起きた噴火のせいで山頂には大きな穴が開いた。

溶岩が通っていた道はそのまま地下水脈となって山の『中』に逃げ道を作り、湖と川に。

どうやって飛んできたのか、花や草の種が『中』に入り込んで根を張り、ちょっとした森に。

そうして何百年もかけて自然が作り上げたヒュミル山脈の『中』は、竜にとって住処にするのに最適な場所となったらしい。


竜に連なる伝説、言い伝えは多いけれど数が多いわけではない。

寿命が長い種族はもともと全体の数が少ないのもそうだが、卵の段階で殻を破れなかったり、幼い時であれば他の魔獣より弱いため命を落とすことが多い。

よって、他の獣が入り込まず、空を飛んでしか入れない場所というだけで竜たちはヒュミル山脈を『寝床』であると同時に『子育ての場所』にした。


一頭一頭が自分にあった洞穴を空け、好みの『光り物』で寝床を飾り、川と湖を泳ぐ魚を食べて、無事に卵から孵った子竜を安心して育てる。

そういった竜たちによる竜たちのための生活空間に最初私が入った時は、雪に染まった山の中にこんなに緑があるなんて、と感動したのも束の間『よそ者』が来たと洞穴から顔を出した様々な大きさの竜たちに追いかけ回された。

もちろんズメイに乗っていたので牙や爪が体に食い込むことはなかったけれど、あちこちから飛んでくる火の息吹にはズメイとて逃げるのに必死で。

どうやって落ち着かせようか、そもそも落ち着くなんてことあるんだろうかとズメイと一緒に焦っていると、誰よりも大きな唸り声が山の中に木霊する。


一番大きな洞穴、いや、縦に大きい亀裂の奥からした大きな大きな唸り声は、ズメイによれば『長』の声だという。


「長がシシーを呼んでる」

「…いきなり行って良いのか?」

「ああ。嬉しそうだぞ」

「そ、そうか」


カザンビークで聞いた角笛より野太く、荒々しく響いた轟音に心臓がすっかり縮こまってしまった。

バッサバッサと元気に翼を羽ばたかせ、鼻歌さえ歌いながら亀裂の間に体を滑り込ませたズメイに体を寄せる。

亀裂は意外にも大きかったようで、ズメイが体を斜めにさせてはいるものの、翼の先が壁に掠ることはない。


亀裂の入り口から他の竜たちの鳴き声がするので恐る恐る振り返ると、さきほど追いかけて来ていた竜たちの何頭かが私たちの後をついてきていた。

ぎらぎらと輝く赤や黄色の目が獲物を見る目つきのような気がして慌てて前を向き、ズメイの鼻歌に集中する。

もう一度後ろを見る気概はなかった。

相棒のおかげでずいぶん慣れたと思っていたのに、まだまだだったらしい。


姿の見えない竜の鳴き声がもう一度。

早く早くと急かしているそうで、ズメイが速度をぐんと上げた。

後ろから文句を言うように不服そうな鳴き声がする。


(そういえば、ズメイの声は分かるのにあの竜たちの声は分からない…)


ギャア、ガア、グルルルルル。

初めてズメイと会った時と同じように、人の言葉は聞こえない。

絆を結んでいないからだろうか。

だとしたら全部の竜と絆を結ばないと意思疎通もできないのでは、と不安に思っている私を他所に、帰郷できて心底嬉しいらしいズメイが体の角度を変えて亀裂の奥、ぼんやりとした光がところどころ暗闇に浮かぶ大きな洞穴に躍り出た。


鍾乳洞、というには綺麗に整えられているその洞穴は人の手が入っていると分かる。

削られて面となっている床と、何か彫刻がされている壁。

天井はところどころ突起が目立つけれど、それでも地道に削り広げられているのが分かった。

その鍾乳洞の一番開けた場所に降り立ったズメイは、私に背中から降りるように伝えると後ろ足だけを座らせて背筋を伸ばす。

開けた場所の目の前にはアーチ状に整えられた、門にも見える巨大な『穴』があった。

全体が分かるのはそれだけ距離が離れているからだが、その大きさはカザンビークの入り口と大差ない。


続いてやってきた竜たちもここでは暴れることはせず、小さな唸り声を上げながら同じように腰を落ち着ける。

皆一様に頭を垂れて、翼を慎ましく広げて下げ始めた。

まるでこれから王に謁見でもするかのように。


たったそれだけの仕草で『長』がどういうものか分かってしまい、穴の向こう側からズシンズシンと重い足音を響かせている主に、私も両手を組んで頭を下げた。

これから現れるのはここの竜たちの『王』なのだろう。

ズメイも含めてその意志に従う、ここで一番『強い』竜。

足音の大きさからしてギータと同じくらいかもしれない。

喜んでいるというなら希望はあるが、もし嫌われでもしたら今度こそ食われてしまうのでは。

冷や汗など流れる隙もないぐらい全身が冷たくなった。

どうかそれだけは、ズメイと離れたくない、生きていたい。

足音が止まり、唸り声が一際大きく聞こえてきたのに目をぎゅっと瞑る。


「…グルルルルル」


頭を下げたままなので地面しか見えないが、明らかに頭上に影が差した。

大きい。大きすぎる。生きている分、ギータより大きい気がする。

私の匂いを嗅いで正体を確かめようとしているのか、ズメイがさせるより強い硫黄の匂いが鼻をついた。

スンスン、フシュウ、グルルルルル。

恐ろしいの一言に尽きる竜の長の気配に小さく身を震わせていると、トン、と隣から慣れ親しんだ衝撃がやってくる。

ズメイが足先で小突いてきたのだ。

頭を下げたまま黒い竜に視線をやれば、にやりと悪戯っ気満載に笑って顎をしゃくった。

前を見ろ、と言っている。


絶対、無理。

そう言いたくて首を振るも、もう一度小突かれて『いいから』と言われた。

良くない。何もかもが良くない。そもそも心の準備というものが出来ていない。

何度首を振っても顔を青ざめさせてもズメイは小突くばかりで、黄色い目に苛立ちの色が見え隠れし始める。

無駄な押し問答をしていることは分かっている。

ここでちゃんと『お目通り』しなければならないと、頭では分かっていた。

ズメイから視線を外し、地面を見つめたまま三回、深呼吸をする。


どうせ一度死んだも同然。

帰る場所も無ければ行く場所もない。

そりゃあ怖いけれど、いつか通らなければならないのなら。


ぐっとお腹に力を入れて腕で作った輪の間から頭を上げれば、巨大な水晶で出来ているのかと思うほど透き通った白い目が私を映し出す。


(、大きい)


地面に頭をつけて私を見ている竜は、やはりギータと同じぐらいかそれ以上の大きさで。

白い鱗だった。まるで山肌を染める雪のように。

ズメイにもギータにもないのに、羽毛のようなふわふわとした毛がちょうど人間で言うところの眉毛の部分にあり、おそらく背びれのような形で背中にも続いているのだろう。

目の後ろ側へと伸びる角の間に、鱗と同じく真っ白な毛先が踊っていた。


体も大きいが、今は折りたたまれている翼も大きい。

けれど長く生きているのを証明するかのように、僅かに見える翼膜の先は布を無理に裂いたように波打っている。

コフ。白い竜が少しだけ牙を覗かせて口を開いたかと思うと、すっと首を上へ伸ばした。

首が長い。

今まで見たことのない種類の竜に口布の下で自分の口がぱかりと開くのが分かった。


「ガア、グルル」


白い眉毛を器用に動かしてなにがしかの感情を伝えている白い竜。

私のその言葉は分からないけれどズメイには伝わったようで、黒い竜は満足気に頷いて前に出るよう、翼で私の背中を押した。


「間違いない、と言ってる」

「…………え?」

「『竜の民』と同じ人間だとさ。良かったな、シシー」


黒い翼に支えられていなければ力が抜けてへたり込んでいたかもしれない。

震える膝に活を入れて一歩踏み出し、白い竜を真っ直ぐ見上げる。

何をすれば良いか分からなかったが、言葉は伝わっていると信じて聞いた。


私はここにいて良いのでしょうか、と


不思議そうに長い首をうねらせた白い竜は、確かに私に分かるように頷く。

その頷きに、後をついてきていた竜たちが鳴き声を上げた。

それが嫌がっているように思えて身を震わせると、察したらしいズメイが白い竜に告げる。


「長、他の竜の言葉がシシーに分かるようにしたい。どうすればいい」


敬語も使わず堂々としすぎているズメイを注意する余裕はない。

ギャアギャアと唸る鳴き声がここにも私はいてはいけない気にさせてくる。

できることなら言葉が分かるようになりたいが、そんな方法、あるんだろうか。


何かを考える仕草をした白い竜は、再び地面に頭をつけて私に息を吹きかけてきた。

ズメイの通訳によって『力を示せ』と伝えられた。

その『力』が何なのか分からず、ズメイも問いかけるもただ『力を示せ』と言っているらしい。

意味もやり方も分からず、黙りこくって考える。

力。力とは何か。腕力は上がった、体も丈夫になった、目だって耳だってよくなった。

それは『力』だろうか。ズメイにもらったものなのに。


(もらい物じゃない、力)


それはズメイを助けた『癒やし』の魔法。おそらく私が最初から持っている力。

どうやってそれを示せば良いのか。傷ついている竜を治せば示せるだろうか。

いや、できない。癒やしの魔法の扱い方を、私はズメイを手当てしている間も知らなかった。


(本当に?)


思い出せ。なぜ私と話せたのか。

火。火があったと。意志の火が、あったと。

私の火は竜を癒やせる。体の大きさに関わらず、明かりが届けばいくらでも、と。

確かにズメイ(相棒)はそう言った。

夢の中で出来たことを現実でできるのだろうか。


そもそもいつかに【意志の火】があれば話ができると言っていなかったか。

ならば、今目の前にいる白い竜も、後ろにいる竜たちとも、話そうと思えば話せるわけで。

ただ、話したくないと思っているから言葉が分からないわけで。


(力を示せば、認めてもらえる…?)


だから『力を示せ』と言っているのか、と腑に落ちた。

腑に落ちたからといってやり方は分からないのだが。

心配そうに見つめるズメイに額を擦りつけられて我に返る。

思ったより落ち込んでいたようで、黄色い目に写っている私の目元が下がりに下がっていた。

自分だけで悩み続けても答えは出ない。

縋る思いでズメイに聞いてみた。


「、どうしたら良いかな」

「そうだな…俺を手当てした時と同じようにやってみるといい」

「手当てした時…」


何をしただろう。一緒にいただけだったような気がするが。

手当てらしいことといえば傷口を縫った時だけ。

暴れるズメイを落ち着けるのに苦労したな、と思い出せば焦りが落ち着いてくる。

あの時と同じことをするならば、まずは。


長らく人に見せていない顔を見せるべく、口布をずり下げる。

目の前にいるのは竜だけれど、私にとっては人間と同じようなものだ。

私の顔を見た白い竜は驚いたように瞼を上げきり、くる、とさっきの唸り声とは打って変わってか細い声を上げた。


「…私の『火』には癒やしの力があると、ズメイに聞きました」


夢の中の火とは違うけれど、手の平を擦っていつものように火を起こし、両手で包み込んだ火を捧げるようその場に膝をついて白い竜に腕を伸ばす。

ゆらり。いつもまっすぐに伸びている火の先端が風もないのに左右に揺れた。


「この明かりがどこまで届くか、分かりませんが」


白い瞳に私が映っている。本当の私が、傷だらけで人に疎まれてきた私が。

すぐ傍にはズメイもいるのに、なぜだか私だけを見ている気がした。


「明かりが届く場所にいる全ての竜を、私は癒やしたい」


そう言った瞬間、手の平の赤い炎が青に変わった。

中心は青で、外側に向かうほど色を薄くさせて水色になる、今まで見たことがない炎に。

自分でも驚いて手の平を見つめると、一度大きく膨れ上がったかと思ったらすぐに消えてしまう。

妙な静寂が続き、その静寂が私の視界を暗く狭くしていく。

『やり方は合っていただろうか』と上目で白い竜を見やれば、『長』が満足するに十分だったようで。


「シシー」


ズメイではない、低くしわがれた男の声。

それが目の前の『長』の声だと分かり、狭まっていた視界が広がった。

声が、聞こえた。ズメイ以外の声が。

嬉しくて頬が緩んだまま隣の相棒を見れば、得意げに胸を張って『俺のおかげだな』と言っている。

偉そうな態度だが今回は全くその通りなので、飛びついてお礼を言った。

ズメイの頭を撫でたり頬ずりしたりしていると、では、と長が声を出したので、我に返って居住まいを正す。

あんまり嬉しかったものだから今どこにいるのか忘れていた。


「我が同胞と絆を交わした者。シシーを同胞と認め、ルーの名を与える」


シシーの他に名前をもらってしまった。

これからは『シシー・ルー』と名乗ると良い、と分かりやすく笑った長は、後ろにいる竜たちにも声をかけて私を受け入れてくれた。…らしい。

らしい、というのは後ろの竜たちからは戸惑う声がしているからだ。

こちらも言葉が分かるようになっているのに驚いたけれど、話をする分は認めてくれたと思う事にする。


「ふむ、久しぶりのルーだな。これで子竜たちも生まれやすくなるだろう」


その口ぶりが引っかかって、アーチ状の穴に戻って行こうとする白い竜を引き留めた。

聞くなら今しかない。そう思って。

意外にも嫌がらず止まってくれた白い竜は、どうした、と鼻先をズメイがやるように擦りつけて聞いてくれる。


「『ルー』には何か意味があるんですか?」


久しぶりのルー。その口ぶりからは私以外にも『ルー』がいるということが分かって、もしかしてここには他に人間がいるんじゃないかと。

その予想は当たっていたけれど、今はいないそう。

かつてこのヒュミル山脈に竜と共に住んでいた『竜の民』の言葉で、名前をつけてくれたらしい。


「意味はなんだったか…そうだそうだ。『治癒師』の意味を持つ」

「治癒師」

「人間でいうところの『医者』だったか?そういう意味だ。シシー・ルー。それがお前の名前となり、役割だ。再び竜の民に会えて嬉しいぞ」

「ここに住んでたっていう、」

「そうだ。ああ、今日は良い日だ。また人間と話すことができる日が来るとは」

「……あなたにも、名前があるんですか?」


それは俺も聞きたいな、と他の竜たちとじゃれていたズメイが会話に入ってくる。

背中につけている鞍に興味をかき立てられ、角飾りの輝きに『いいないいな』と言われていたようで、さっきより満足そうだ。

長は懐かしそうに虚空を見つめ、竜の民ならば良いだろう、と私を『彼ら』と同じだと認めるよう頷きながら、大切そうに教えてくれた。


「ノースデイン。私はかつて、そう呼ばれていた。これからはシシーが呼んでくれると嬉しいぞ」

「ノース、デイン…はい、呼びます。何度でも」


名前を呼べば『良いものだな』と言いながら巨大な白竜、ノースデインは穏やかに笑って、今度こそアーチ状の穴の向こうへ戻って行った。

ここがノースデインの、竜の長が住む寝床らしい。

折りを見て『贈り物』を贈ろうかと思ってズメイに相談すれば、次に会えるのがいつか分からないと言われた。


今日は竜たちの騒ぎに目を覚まし、私がいたから出てきたけれど普段は寝床でずっと眠っているらしい。

長生きのおじいちゃんだからよく寝るんだとか。

話は終わったとばかりに飛び去っていく竜たちの最後、ズメイに跨がって先ほど森や湖があった場所に戻ろうと言う時、おやすみ、とノースデインの消えていった暗がりへ呟く。

その呟きに呼応するように、嬉しそうな眠そうな、穏やかな唸り声が一際大きく、私たちに届いた。





沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。

とても励みにさせていただいています。


不定期更新で申し訳ないですが、

必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。

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