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竜の民  作者: とんぼ
一章

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44/152

新しい始まり



「どうした、ギータ。いつも下にいるのに」

「――、―――」

「心配した、だそうだ。そんなに長くいたか?」

「さあ…」


坑道の中じゃ日付の感覚が分からない。

両腕を広げながら赤い竜に近づくも、もしかして臭いのでは、と立ち止まった。

その心配は杞憂だったようで、大きな体を地面にぺったり張り付け、地下で眠っている骨とそっくり同じ体勢になると遠慮無く鼻先を近づけてくる。

幽体に嗅覚はないようだった。

生きている体であれば鼻先で私の体が吹っ飛んでいたかもしれない勢いで、光の体の中に私が入り込む。

薄い膜越しに、唖然としている大勢の人たちが見えてこっそり苦笑した。


『ずるい?何がだ。冒険?蟻の相手が冒険なものか』

『―――、――!』


フスーフス―、とギータの息が荒くなる。ゆっくり竜の頭が上がったので、光の膜から解放された。

ズメイとギータが話しているのを…というよりズメイの方の言い分だけを聞くに、私たちが大冒険をしてきたと思っていて、羨ましい、と不機嫌なのだとか。

長く帰ってきていないから何かあったのかと心配もしていたらしい。

本当に、見た目に似合わず優しい竜である。


とはいえ、今の状況は少々、いただけない


すでに知っているイリサ様はともかく、お館様なんかは口髭に四角の空洞をぽっかりあけて固まっているし、槍やら斧やらを掲げていた兵たちは手から力を抜いて全てを地面に投げ出していた。

離宮の外からざわめきも聞こえる。

子どもたちの興奮する声、ギータを知る大人たちが涙ぐむ音、何が起きたか分からないが巨大な竜が出たと逃げ出す声、この庭に押しかけようと門番さんたちが右往左往している音もする。

色んな風に誰もが大混乱だ。というかやっぱり外からギータは丸見えだった。


「あー、ギータ、あのな、ちょっと私たち、お風呂に入ってくるから、それまで下で待っててくれ」

『―――――』


一緒に行く。ズメイ曰く、そう言っているらしい。

早く『大冒険』の話を聞きたいそうだ。

正直その話をするより先にお館様たちへの説明が必要なのだけれど。

この世に残った未練の実情を考えればぜひとも話したいところだが、説明の後になるとだいぶ後になりそうだと考え、『体を小さくできるならお風呂で話す』と伝えれば、確かに目を輝かせてスルスルと体を小さくした。

ズメイより一回り大きいぐらいだろうか。


「できたのか…小さく…」

「幽霊だからな」


他の人から見れば人の言葉と竜の鳴き声が私たちの間に飛び交う中、まだまだ呆けているお館様に『あとで説明するので!』と伝えて、一目散に空へと逃げた。

飛び去った後、眼下から『どういうことじゃあ!?』と大きな大きな叫び声が聞こえたので、ああ、どうやって説明しようかなと、天を仰ぐ。


ズメイと隣り合って飛ぶギータは、地下で見るより生き生きしていた。もう死んでいるのに。

光の粒をたまに背後に散らしながら進む姿は楽しんでいるというより、喜んでいる気がする。


(どうやって地下から出てきたんだ…?)


もしかして幽体は自由にどこにでも行けるんだろうか。

私が地下に行っていたから出なかった?と、そこまで考えて、ギータもまた『姿を見せてはいけない』理由を理解しているんだろうと予想する。

ギータが姿を見せたら、カザンビークの人たちは。

そう考えたらやめろとも言えず、しょうがないなあ、と力んでいた肩から力を抜いた。



「の、のぼせる…」

「懲りないやつだな、シシーは」

「だって…」


温泉街に入っていつもの浴場でまず、ズメイの体を洗った。

いつもより泡をかなり多めに擦りつけたため、暴れ具合が凄かったが、泡が土色だったり黄色だったりに変わったので、さすがのズメイも途中から大人しく泡にまみれさせてくれた。泡を付けては流してを繰り返し、なんとか角の先から尻尾の先端まで洗うことができたのである。

私はといえばズメイを洗っている最中に洗えたようなもので、最後に丁寧に髪を洗って終わった。

私が一度洗うだけで終わったので、ズメイが浸かっている湯の辺りだけふくふくと泡が弾けたのに仕返しが成功したことを確信し、意気揚々と熱い湯船に浸かる。


そうして始まった、ギータへの話が長引いた結果、二度目の『湯あたり』を経験しているわけだ。


ちりん、と小さめの鈴の音は楽しげで、というより顔を赤くさせている私を笑っているよう。

そんなに面白いだろうか。

体にタオル一枚を巻き付けた姿で、ズメイが翼を乾かすべくゆっくり羽ばたいて起こる風に身を任せる。

すでに冷たい水は胸が痛くなるほど飲んだので、濡らしたタオルを額に置いた。


小さくなったギータは、この浴場がテンジンさんの好きだった温泉と一緒だと、私たちの話を聞いたのも相まって興奮気味である。

光の体では温泉の気持ちよさが分からないだろうに、一番先に湯に浸かってうっとりと目を細ませていた。かつての相棒との思い出に浸っているのかもしれない。


「さっぱりしたら腹が減った」

「私も…もうご飯あるかな」

「期待するとしよう」


足下をふらつかせながら服を着て、熱いからつけたくないなと思いながら口布を被る。

こればかりは外せないから仕方が無い。

ギータはもう少しここにいるかと思いきや、大方満足したようで一緒に戻るという。


(また大騒ぎになるだろうな…)


頼むから小さいままで、と浴場の外に出る前に言えば渋々頷かれた。

元の大きさで現れた時の、周りの人たちの驚き具合が気に入っていたらしい。

竜って皆こうなんだろうか。こう、人を驚かせるのが好きというか。

ほとんどの人は『驚く』というより『恐れおののく』の方が強いと思うのだけれど。


温泉街には大勢、人がいるはずだから覚悟をして外に出ると、以外なことに人気(ひとけ)がなかった。

建物の中にはいると思う。布が擦れる音やこしょこしょと囁く声がするので。

ズメイ以外にもギータと一緒に来たから隠れてしまったんだろうか。

騒ぎにならずに済んだと胸を撫で下ろす反面、ギータには寂しい思いをさせたな、と触れない光の体に手を伸ばす。

意図を察してくれたのか、すっと鼻を手に当てて撫でられてくれたので、やっぱり寂しかったようだ。


「戻ったらいっぱい人に会えるからな」


ちりん


ズメイを伝わらずとも『そうだといいな』と言っているのが分かる、そんな鈴の音だった。

人がいないのを良いことにズメイは大きく翼を広げて、砂埃を立てながら空へ舞い上がる。

ギータも温泉街の方を振り返りつつ、後をついてきた。

どうしても町の上を通らなければならないけれど、ここから離宮の部屋までは目と鼻の先。

きゅるりと鳴いた自分のお腹を撫でる。


「…様子が変だぞ、シシー」

「どうした、ズメイ」

「町からも人がいなくなってる」


黒い竜がそう言いながら町の外側を一周するのに合わせて眼下を見れば、確かに動いている人が少ない。

しかも見える人見える人みんな、『人間』だ。大人のドワーフも、子どものドワーフも見えない。

店という店も閉まっているような気がする。

すっかり夜になってしまったカザンビークの町の明かりが最低限しか灯っていない。

首を傾げながら竜二頭と顔を見合わせ、屋根の近くを飛びながら離宮へ。


庭に降り立っても人はいない。てっきり騒ぎになると覚悟していたのに。

静かな庭園を歩いて一旦部屋に戻れば、荷物が届けられているので運んではくれた様子。

けれどいつもならすぐ駆けつけてくる使用人さんはおらず、離宮の中はいつも以上にがらんと静まりかえっていた。

ますますおかしい。もしかしてミルメコレオがどこかに現れてそちらに人が駆けつけているのだろうか、町の人たちは避難しているんだろうか。


(でもそれなら私たちにも声がかかるはず…?)


呼び鈴を鳴らしても人が来ない。

不安と心配をない交ぜにしながらどうしようかと、頭を悩ませていると廊下の奥からふわりと良い匂いがした。

こんがりと焼かれた肉と魚の匂い、味の深い『そーす』と一緒に炒めた果物の匂い、とうもろこしをすり潰した『すーぷ』の匂い、そしてワインの匂い。

ズメイも気づいたようで、じゅるりと舌舐めずりをして部屋の外に出ると、匂いがする方向へ頭を動かしながら進んでいく。


ギータは匂いこそ分からないものの、何かに気づいたようで尻尾をくゆらせながらズメイの隣に並ぶ。

何が起きているか分からないけれど、お腹が空いた体にこの匂いは大変そそられる。

手招きされるように歩みを進めれば前使った大広間ではなく、地下へ続く階段についた。

暗闇しかなかった階段が、等間隔に並ぶ橙色のランタンに照らされて誰もが通れる場所になっている。


階段の下、地下にあるお墓からざわめきが聞こえた。

まさか、とズメイを見るも、すでに彼には分かりきっているのか私の襟首をくわえてのっしのっしと降りていく。

ギータはいつの間にか姿を消していたが、光の粒が煙のように連なって階段下へ消えていくので、先に行ったようだった。


まず見えたのは、苔むした地に斧や兜が立ち並ぶ、無数の墓。

斧も兜もさび付いたり、欠けたりしている大昔のもの。

苔の緑の中で異質に立ち並ぶそれらが、天井から降り注ぐ細い光に一人ずつ照らされていて、そんな武具に守られるように、同じように天上から差し込む光に照らされているギータの骨。


いつもなら寂しい雰囲気をさせている地下の墓所は、色とりどりの花と魔法によって光る水晶の明かりに飾られて、宴会場となっていた。


【おかえりー!】


お館様とイリサ様を筆頭に、大臣の人たちやヴィーリンさんを含む工房師たち、オドさんもニコさんもニーチェさんもいて、温泉街の代表であるダゴンさんも、ヴァンドットさんも彼の家族らしき人たちも、名前も知らない町の大人も子どもも手に盃を持って高く上げ、歓声を上げている。

どこからともなく花びらが舞い降り、ご馳走の匂いに華やかさを加えて。

クルルルルル、とズメイが今まで聞いたことのない高い鳴き声を喉から出しながら飛び立ち、ギータの骨の前に着地した。

もちろんくわえられたままの私もだ。

着地するなりお館様に盃を持たされる。中に入っているのはお酒じゃなくてジュースで少し残念な気持ちに…いやそれより。


「これ、どうして?何で、皆いるます?ここ、お墓」

「イリサから話を聞いての」

「ギータ様も交えて、シシーとズメイ殿の帰還をお祝いしようということになったのよ」


そうするのが一番だと思って


心の底から嬉しそうに笑ったイリサ様は、私が説明するより先に話してくれたらしい。

ギータの『未練』を。神様のように崇めるのではなく、いつでも傍で話ができる『友人』としてありたかった、その心を。

ただし通訳はよろしくね、と可愛らしく固めを瞑ったイリサ様に頷けば、宴の始まりも同然だった。


乾杯!


一斉に上がった声を合図に、ギータが元の大きさになって骨の上に浮かび上がる。

色んな人の畏敬と好奇の視線を受けながら、色んな人の話し声を聞くギータはご機嫌だ。

すでに運び込まれているご馳走の山が取り分けられ、大部分の魚料理はズメイの前に並べられた。

そうなったらもう我慢の限界で。


「~~~~~、美味しい!」


もちろんいつも美味しいけれど、今日は一際だ。

思わず飛び出た感想は思ったより大きく響いたようで、色んな人がにんまりと笑っている。

少し恥ずかしくなって肩を縮こまらせたけれど、またまたきゅるりと鳴いた腹の虫に、見なかったことにした。

口に入れれるだけ詰め込んで味を噛みしめていると、どこからともなく楽器が鳴り始め、色んな人たちが踊り出す。

ここはお墓で、この下にはかつての『兵士(英雄)』がいるのに、『これが誇り』といわんばかりに騒がしい。

まだ酔っていないはずなのに、皆頬を赤く染めて大きく口を開けていた。


「心配したんだぞ、シシー!」

「怪我はない!?ミルメコレオのメスがあんなに大きいなんて!」

「ギルドのやつらびっくりしすぎて腰が抜けてたぞ~。あとで挨拶に来るってよ」


お館様とイリサ様と乾杯した後は、オドさんたちが駆けつけてきた。

挨拶代わりの乾杯もそこそこに、頭や肩や腕を触られる。怪我がないことを確認すると、力が抜けた笑顔を見せて。

無事で良かったと、初めて言われた。

オドさんたちだけではない、見知らぬ大勢からも『よくぞ無事で』と涙を流してくれた。

つん、と泣きたくないのに鼻の奥が痛んで、さっとズメイが翼で隠してくれる。


『泣き虫め』

『……ズメイ』

『ん?』

『嬉しくても、涙は出るんだな』


嬉しくて泣く時は悲しくて泣く時より涙が甘い。

それは初めて知ったことだった。

ズメイが隠してくれている内に目元を拭って笑顔を作る。

衝立が開くように黒い翼から解放されれば、オドさんたちを押しのけて、次はヴィーリンさんが大きな木箱を持って現れた。


「祝いの品ってわけじゃないがの!」

「?」


ようやく完成した、との言葉に角飾りの事を思い出し、我先にと覗き込むズメイの頭をどかしながら木箱の蓋を開ける。

大ぶりな銀の輪に、細かく砕いた黄色い宝石で作られた花。

一番大きな花びらは、その形に切りそろえられたファイアーオパールである。

見たことのない花だが、黄金もかくやと言わんばかりに輝くそれに思わず感嘆の呻きを上げれば、早く付けろとズメイの頭突きが飛んできた。


「その花は『クロッカス』じゃよ」

「くろっかす?」

「あんまり意匠には使われんが、シシーらならぴったりじゃと思うてな」


肌寒さが続く冬から春先にかけて黄色い花を咲かせるというクロッカス。

ほかにも紫や、白色の花びらをつけるのだという。

そのクロッカスの花言葉は、『信頼』『新しい始まり』

ぴったりじゃろう、と胸を張るヴィーリンさんに大きく頷き、その花言葉を胸に刻んだ。


取り外しできるようになっている留め具を外して、ズメイの角につける。

どこからともなく差し出された大きな鏡に自分の体を写した黒い竜は、右に左に、上に下にと頭を動かしては満足気に唸って、ヴィーリンさんに頬ずりした。珍しい。


やっぱり光に輝く黒い角に、黄色い宝石は瞳の色も相まって似合っていると思う。

んふふ。

我ながら気持ち悪い笑い声が漏れたけれど、周りは気にしていない様子。

角飾りをつけたズメイに気づいたギータが、ヌッと大きな頭を突き出して『いいなあ』と言わんばかりに鳴いた。

あ、と思いついたことが一つ。


「ギータの分、も、お願い、します」

「…何じゃと!?」

「赤い鱗、そこある。ギータ、よく似合う、思うます」

「わしか!?わしが作ってええんか!?」

「は、はい」


ギータにも贈り物を、との思いつきだったのだけれど、がっくんがっくんとヴィーリンさんに頭も体も揺さぶられてしまって何を考えていたか一瞬忘れた。

と、次の瞬間、興奮のしすぎで後ろ向きにぶっ倒れてしまったヴィーリンさんが、何人かに胴上げされて端に置かれる。

彼には申し訳ないが、こんなに素晴らしいものを作れるのだから、腕は間違いない。ヴィーリさんの親父さんだし。


ぶっ倒れたヴィーリンさんに笑い声。ギータに会えた人たちの嬉し泣き。

カザンビークの『心配ごと』が一段落した安堵の声。

ズメイに群がる子どもたちと、私の前に山と積まれるご馳走のお皿。


声が響く。食器が重なる音がする。歌が聞こえる。足を踏みならす音がする。

光が降り注ぐ『宴会場』に、もう寂しいお墓の雰囲気はどこにもなかった。


「あっー!シシー!お酒はダメって言ったでしょ!」

「す、少しだけ、お願い、ニーチェさん」

「ダメったらダメ!めっ!」


ズメイの翼に隠れて飲もうとしたのだけれど、めざとく見つかってやっぱりお酒は飲めなかったのは、ここだけの話だ。



ミルメコレオのメスを駆除してきてから数日、私とズメイは行った事のない町のあちこちに顔を出したり、図書館に入り浸ったりして時間を過ごしていた。

お館様の言った通り、もう私たちへの依頼はない。

冒険者ギルドも、治安維持のために仕事を怠けた、あるいは町で暴れた冒険者たちに罰として『カザンビークへの3年間の立ち入り禁止』を下した。

これは冒険者の証である銅板(タグ)に記録されるので、入国時に分かるそうだ。


ミルメコレオの駆除は国王軍預かりとなったが、ようやく正体が分かったメスが大きすぎてドワーフだけでは太刀打ちできないため、兵士だけで構成されることはないそうだ。

真面目に働く冒険者たちが同行し協力体制になるという。

国王軍が冒険者たちを雇う、という形に落ち着いたのだと思う。


カザンビークの工房全てが全稼働しているわけではないけれど、ようやく回復し始めた『元の』カザンビークの姿に、道行く人たちから何度もお礼を言われた。

お礼を言いたいのは私の方だけれど、あまりに数が多いので今となってはにこりと笑顔で応えるのみだ。最近笑いすぎて頬が痛い。

ギータと話したのは宴の夜が最後だった。

色んな人と話すことができて未練が薄くなり、じきに骨だけとなるだろうと、ズメイは言っている。

いつか来ると分かっていたけれど、いざあの鈴の音が聞こえなくなるとなると寂しい。


「まだまだ先の話だ。シドニアに行ってからでも話に来れば良い」

「、うん」


―――そうして、シドニアへ行く日がやってきた


最初、これでもか!とお館様が用意した旅支度は、もしかしてズメイに馬が引くような荷台でも付ける気なんじゃないかというぐらい多かったけれど、イリサ様に諭されて最小限になった。

カザンビークとシドニアはお隣同士、すぐにまた会えるから、と。

確かにそうだ。歩いて移動するには遠いが、竜の翼にかかれば一晩の距離である。


関わった人たちと別れの挨拶をし、離れがたい気持ちを抑え込みながらゴーグルに手をかけると、お館様とイリサ様がそっと、顔にある傷跡を口布越しに触れた。


「!」

「すまんの、ヴィーリからの手紙で知っていた。じゃが、見たいとは思わん。見せたくもないんじゃろう?」

「見せてくれたら嬉しいけれど、ね。シシーがもっと大きくなって、今も十分強いけれど、もっと強くなって…もし、いつか、私たちなら良いと思ってくれたなら」


それは私に対する初めての『お願い』だった。

仕事とか、頼み事とかのことではない、別の意味の『お願い』

けれど残念なことに、まだこの傷を表に出すには足が竦む。

なんと言って良いか分からない気持ちで目を細めれば、全て分かっている、という風に二人は頷いて抱きしめてくれた。


「いつか、じゃよ。そのいつかが来ても、来なくても、誰もシシーを嫌わん」

「竜の乗り手、カザンビークの恩人を誰が嫌うものですか」

「………はい」


その言葉は信じられると感じながら、二人の背を軽く叩いて最後とする。

今度こそゴーグルを頭から降ろしてズメイに飛び乗った。


ぎりぎりまで触れあいたかったらしいオドさんたちからは、もう最初の頃のように怯える様子は無い。それがなぜだか嬉しい。

今はギータのために角飾りを作っているらしいヴィーリンさんは再び土埃に塗れていて少し笑った。

そんな彼に、昨日の夜、用意したものを思い出して懐に手を伸ばす。


「手紙かの?」

「はい。ヴィーリンさんの息子、ヴィーリさんに」

「これを出せばいいんじゃな。任された」


大事に両手で掴まれた手紙は、メルグにいる人たちへの手紙。

セラフィーヌお姉さん宛のものも一緒だけれど、ヴィーリさんに届くならきっとお姉さんにも届くだろう。住所も書いてあるから安心だ。

じゃあ、と声を出して、どう言うのが正解だろうかと。


カザンビークは素晴らしい国だ。

気難しいし乱暴だけれど、嫌な思いも少しはしたけれど、誰もが優しく、誇りを持っている。

けれど私の『家』じゃないので『行ってきます』は違うのだ。


「…、お世話に、なるました!」


間違えているかもしれない西の言葉で精一杯の声を出せば、あっという間に離宮もあの庭も、職人街も温泉街も小さくなる。

角笛の音が岩壁に反射して深く、低く、響き渡った。

とっくの昔にズメイと私の姿は見えなくなっているだろうに、ずっとずっと、町の方から声がした。


カザンビークをありがとう、と


今回は泣かなかった。泣くより先に笑い声が出た。

そんな私に『良い傾向だ』とよく分からないことを言ったズメイは、もう地上へと続く道を半分通り過ぎている。

カザンビークの歴史を遡っていると視界の先に、半円形の光が見えた。

最後に門番さんに手を振り、私たちを見て身構える『初めまして』の列の上を飛んでから顔を上げれば、深緑の上と、乾いていた茶色の上におしろいが施された、一面の銀世界が広がっている。


泣きたいわけじゃないのに鼻の奥がツンとした。

その痛みが寒さからだというのを思い出して、はあ、と息を吐き出す。

世界を白く染めているふわふわの綿が『雪』なのだそうだ。


「ズメイ、触りたい!」

「…しょうがないな」


森の木々の先すれすれを飛んでくれた竜の背から腕を伸ばせば、手の平に積もっていく白い『雪』

冷たかった。ふわふわして優しい感触なのに。

塊かと思ったそれはすぐに溶けてしまって水になる。なぜ。


「満足したか?」

「、…少しだけ。なあ、後で『雪遊び』しよう」

「何で俺がそんな…どうせすぐ見飽きるぞ」

「私は!初めて!」

「はいはい…」


すぐに見飽きると言ったズメイには悪いけれど、どこまで行っても続く白銀の世界にも、肌を通り抜けていく冬の風にも、吸い込んで分かる雪の『匂い』も、しばらく飽きることはなさそうだ。

世界が白いだけでこんなに美しい。

春の緑も、夏の緑も、秋の黄金(こがね)も綺麗だけれど、今日という日が『特別』だから、冬の白が一番好きになる気がした。




これにて一章終了です!!!!!!

ここからはシドニア中心になる予定!!!!!!カザンビークも出しますが!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。

とても励みにさせていただいています。


不定期更新で申し訳ないですが、

必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。

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