帰還と出現
「シシーたちはいつ戻るんじゃ!?」
「落ち着いてくだされ、お館様。ズメイ殿と一緒なんです、きっと無事「もう何日坑道に潜っておると!?」…二週間です」
『最後の仕事』の話をした日から、離宮に黒髪の少女と黒いドラゴンの姿がない。
すぐに出て行ったのだからなんて勤勉な、帰ってくるまでに報酬の準備と感謝の宴の準備をしなければ、旅の用意には何が良いだろう、と末端の使用人たちまで浮き足立った。
今までも数日経てば帰ってきた。だからきっとまた大量の成果と一緒に帰ってくるだろう。
誰もがそう思っていたのに、数日が一週間となり、一週間が二週間になった。
彼女たちと仲が良いという冒険者3人に捜索を頼むも、おそらく上へ上へと進んでいる一人と一頭の足には居場所の検討もつかないと頭を下げられ、連絡も表立った異変もないまま時が経つ。
落盤に巻き込まれたのでは。
多すぎるミルメコレオの群れに襲われたのでは。
道に迷って飢えているのでは。
不満の溜まった冒険者たちが牙を向けたのでは。
どれも無いと思いたい。特に最後の不安は。
彼女たちが坑道に入る前、律儀にもギルドに顔を出した時に町の上を飛ぶドラゴンを見た冒険者たちが後を追いかけたという。
可能性としては一番高い。が、ギルドの者に聞いても冒険者たちの数は減ったようには見えないらしい。
全てを把握はしていなくても、いつもいる顔が姿を消したかどうかぐらいは分かるものだ。
その目は信頼して良いだろう。
「どこにおるんじゃ…」
思えば無茶な頼みをしてしまった。
ドラゴンと話しをし、その背に跨がることを許された人間。
実際に見たことはないが、大の大人を投げ飛ばせるほどの怪力を持っていて、槍の扱いも素人とは思えなかったために、特別な存在なのだと愚かにも見誤った。
イリサの話を聞けばどうだ。
なんてことはない。刺繍に悩み、見知らぬ景色にはしゃぐ、ただの娘。
それも14にしては知識が豊富なのに、妙に幼い、ただの子ども。
そんな子どもにミルメコレオ相手とはいえ『戦ってくれ』と言ってしまった。
一番に戦うべきは長く生きるわしの方だというのに。
この手に斧を持たなくなって何年になるだろう。
この頭に鉄兜を被らなくなって、何年経ったろう。
すっかり紙とペンを握るのが日常になってしまったが、かつての戦乱の世では鍛冶の鎚と戦うための斧を交互に握る生活を送っていた。
仲間が何人も死んだ。
兄弟も同然に育った友人も、わしに『王とはなんたるか』を説いた父母も。
もうあんな砂を噛むような思いはしたくないと、頭に王冠を被ることで斧を捨てた。
突然変わったミルメコレオがカザンビークに与えた影響は大きかった。
坑道にあれらが現れるようになって早二年。
ミルメコレオに腕や足を食いちぎられて坑道に通うことができなくなった坑夫たちは仕事にあぶれ、鍛冶工房の見習い、あるいは雑用として働き出した。
慣れない体で行う作業に苦戦し続けたことだろう。
簡単に採取できなくなった鉱物を他所から買い付けるようになった職人たちは、商品の価値を上げざるを得ない状況になってどんどん客が買い渋るようになった。
それでも食いつないでこれたのはわしらが『ドワーフ』だからだ。
ドワーフの武器は世界一。その評判があったからこそ、今も注文がある。
最初は国が召し抱える兵たちで対処するはずだったのに、それができなくなったのは『ドワーフの背丈』のせいだ。
どんな種族でも、体が大きい生き物は強い。
一番背が高くとも140センチあるかないかのドワーフでほとんどが構成された兵たちでは、数十数百と湧き出てくる数メートルはあろうミルメコレオに対処しきれなかった。
いくら知恵と武器があるといっても、背丈の低さだけはどうしようもない。
だから、人間が多く所属する冒険者ギルドに依頼した。
金のために命を捨てる覚悟のある荒くれ者。
そう言われる冒険者たちだが、その覚悟のおかげで、少しずつではあるがミルメコレオの脅威は治まってきた。
あとは巣穴さえ見つければ、という時になって、冒険者たちの成果が一定になり。
よく考えなくとも分かる。カザンビークは『金のなる木』になっているのだと。
外から来た脅威に身構えていたら今度は内側が食い荒らされる。
このままではミルメコレオと冒険者に外と内からカザンビークが壊される。
そうなったら民は、誇り高きドワーフの炉は、どうなってしまうのか。
どんな時代にもある国の浮き沈みに違う方面で頭を悩ませている時、シシーとズメイ殿が現れた。
藁にも縋る、思いだった。
彼女たちのおかげで、以前とは比べものにならないぐらい問題が解決していくのが目に見えて分かって選択は間違っていなかったと思ったところだったのに。
また120年前のように恩人に恩を返すこともできないのだろうか。
「わしは何度、他人に救われれば…」
執務室の椅子に深く腰掛けてうなだれていると、妻のイリサが慌てた様子で扉を開けた。
普段からゆったりと、穏やかな彼女がこうも焦る姿を見るのは何年ぶりだろう。
いつにない慌てぶりに片眉を上げれば、イリサがわしの手を掴んで勢いよく引っ張る。
「お早く!ほらほら!」
「なんじゃ…そんなに慌てて…」
「もう!知らせを一番に走らせると言っていたのに!さあお立ちになって!」
「、は?」
イリサのドレスが翻った。
もうお互い全力で走るような年でもないのに、二人で手を取り合って『あちらです』と指差す方向へ。
離宮の庭へ続く廊下を進み、さっと開かれた両の扉の向こう側は、夕方の明かりとなった太陽石の光に満ちていて、ぽっかりと待ち望んだ大小の影が二つ並んでいる。
光に慣れた目がその影の主たちを明確に捉えれば、思わず両腕が広がった。
「シシー!ズメイ殿!」
ズメイ殿の背から鞍を外して小脇に抱え、背負っている荷物を地面に降ろして周りに集まった者たちと話しているところに駆け寄る。
帰ってきた。無事に帰ってきた。
あまりに長いから巣穴を見つけられなかったのだろうけれど、無事に帰ってきてくれただけで十分だ。
目尻に溜まっていく涙をそのままに、疲れているはずの二人を妻と共に労おうと、広げた腕の中に収めようとして。
「「!?」」
つん、と鼻の奥を突き抜ける刺激臭に、反射的に足が止まった。
咄嗟に手で鼻を塞ぐも、脳裏に刻まれてしまった匂いの衝撃は中々取れない。
ゴーグルをつけたままのシシーは元気そうだが、申し訳なさそうに眉尻を下げて、二週間、坑道の中に籠もりきりだったから体臭がきつくなってしまった、と。
それはそうである。熟練した坑夫でさえ、何週間ぶりかに家に戻れば家族にタオルを投げつけられ『風呂!』と怒鳴られるのだから。
臭い、なんて年頃の娘に言えるはずもなく、低い唸り声をあげながら『おかえり』を言えば、『戻った、ます』と頭を下げた。
「に、二週間もいないから驚いたぞ。怪我は、熱はないか」
「はい。あ、巣穴、見つけたます。潰してきた、一番大きかったます。ミルメコレオの数、もっと減る思う」
「そ、そうか、ぐふ、うむ、よくやってくれた、感謝してもし尽くせな、げほっ」
「無事で何より、だわ。っんん!まずはゆっくり休んで」
あまりにきつい匂いが喉に来る。
無意識のうちに後ずさっていくわしらを見たシシーは、少し怒ったようにまなじりをつり上げてズメイ殿を見た。
「温泉、入ってくるます、ね」
「……………すまん」
「お食事、用意しておくからね」
「ありがとう、ございます。………ん?」
「「ん??」」
荷物だけ置いて温泉街に行こうというのだろう。
大人しく待っているズメイ殿に跨がろうとしたシシーが、途中で足を地面に降ろして離宮の中、いや、地面を見た。
まるでその下に何かいるかのように、じっと見つめている。
(まさかミルメコレオが…!)
慌てて兵らに号令をかけて守りを固めるも『違う、敵、違う』と止められた。
あれじゃないなら一体何が。
警戒は解かないままシシーが見ている方向に一同、視線を投げれば、地面の下から光の粒が竜巻のように舞い上がる。
吸い上げられるように上へ上へ、円を描きながら昇っていく光の粒を見て、兵らは戸惑いの声をあげているのに、あきらかにシシーが『げ』と言った。
げ、とはなんじゃ。げ、とは。
「あら、待ち遠しかったみたいですね」
「なんじゃ、イリサは知っておるのか」
「はい。事が落ち着くまで、内緒にしていたんですよ」
内緒。シシーと内緒。なんだそれずるいぞ、いつの間にそんなに仲良くなっていたんだ。
わしは書類と大臣たちの愚痴と顔を突き合わせていたというのに。
うらやましさに髭を蠢かせていると、ほら、とイリサが腕を伸ばして指を差す。
上へ。
離宮の庭には見上げるものなどないのに、上へ。
導かれるままに地面から上へ視線を動かすと、てっぺんを見る前に目が止まった。
光の粒で形作られた、黒いかぎ爪がある。巨大な。それこそ職人が何十人もかかって切りそろえる巨大な石材をひとつかみできてしまいそうな。
そのかぎ爪は赤い鱗に覆われた四つ足にそれぞれ5本ずつついていて、四つ足の向こうでくるりと弧を描く、同じく赤い鱗の尻尾が一度上下に揺らめいた。
見たことがある、なんてものじゃない。
今でも瞼の裏に見る、夢にも出てくる、かつての恩人。
返したかった恩を、返すことが出来なかった赤い竜。
イリサの指差した先には、溶岩のような赤と黄の混ざった鱗を持つ巨大なドラゴンがいた。
■
ようやくミルメコレオのメスを見つけて倒し、今までで一番大きな巣穴も潰せた。
刺激臭を嗅ぎすぎて鼻は効かなくなってしまったし、靴も服も汚れに汚れてしまったけれど。
唯一幸運だったのは口布がそんなに汚れなかったことだろうか。
いや、何が幸運なものか。手も槍もドロドロになって気持ち悪いったらありゃしない。
ミルメコレオのメスは今まで見つかっていないので、きちんと駆除の成功を証明するためにギルドに運ばなければならない。
その過程で、匂いにつられてやってきたオスたちが攻撃してきたのもあり、戻るのが遅れてしまったのを駆けつけてきた人たちに言うも、誰も私たちに近寄ってこない。
ギルドでは引き渡したメスの方に注目が集まり、あまり私たちの方は注目されなかったのだけれど、離宮に戻ってきたら皆一様に鼻を押さえて後ずさるので、思わずズメイを睨み付けた。
『だから先に温泉に行こうって言ったのに!』
『気持ちよくなった後に荷物なんて持ちたくない』
不遜な態度でふすっーと胸を張ったズメイだが、その大きな体を洗うのは誰だと思っているのか。
最近、泡が苦手らしいと気づいたので、せめてもの意趣返しにあとで泡だらけにしてやろうと決めた。
ギルドにも行ったし、荷物も預けられた。
それでは身綺麗にしてこようとズメイに跨がろうとした時に、何度も何度も鈴の音が頭の中に鳴り響く。
ちりちり、ちりちりちりん
『ギータ?』
『ああ。強く呼ばれてる。怒り…いや、なんて言ってる?おい、少し落ち着け!出てくるな!』
『出てくるって何だ!?』
途端、地面の下側から光の粒が吹き出てきて、あっという間に普段の体を形作る。
どうやって地下から出てこれたのか分からないけれど、出てきてしまったものは仕方が無い。
やっぱり王宮より大きかったな、と思いながら、四つ足をついて私とズメイを見下ろすギータに近寄った。
沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。
とても励みにさせていただいています。
不定期更新で申し訳ないですが、
必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。




