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竜の民  作者: とんぼ
一章

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仕事の話



赤い竜の『ギータ』という名前は、お館様の父の代から伝わっている名前だそうだ。

王族しか入れない図書室に記録として残っているのみの名前は誰がつけたか分からないが、たしかにその名前で呼ぶと応じるように嘶いたという。


(きっとテンジンさんがつけたんだろうな)


私と同じように竜と絆を結んだならきっとそうだろう。

ひとしきり泣いて笑って目元を赤くさせているイリサ様が鼻を一度すすって落ち着いた様子だったのでここに来た理由を聞いてみた。

そうそう、と思い出したように声を出した彼女は、喉の調子を整えて手を叩く。


「お仕事が無くなって暇じゃないかしらと思って、刺繍をね、一緒にしようと思ったのよ」

「、ししゅう?」

「そう。知らない?色とりどりの糸で布に模様を縫っていくの」


身振り手振りで表されるそれは私の知る『刺繍』で合っているようだ。

部屋に裁縫道具があるからできるものと見なされたようだけれど、残念ながら私に刺繍の才はない。

良くて花の輪郭を作れる程度で、色の移り変わりや濃淡を作ることができないのだ。

もごもごと口布の下で口籠もりながらそう伝えれば、なぜか目を輝かせたイリサ様がすっくと立ち上がってドレスの袖を腕まくりする。


「何事も練習よ!練習さえすればきっとできるようになるわ!」


あまりに輝いている目に思わず目を閉じてしまった。眩しい、眩しすぎる。

ズメイとギータも、面白いものを見つけたと言わんばかりに尻尾を動かし、きっと私にしか分からない悪戯っ気満載の笑い方でこっちを見ている。

やめろ、そんな目で見るなと言い争っていると、いつの間にか消えていたイリサ様がいつの間にか手に裁縫道具の箱を二つ持って再び現れ『最初は簡単な図にしましょうね』と布と刺繍用の木枠を手渡してきた。


『真似は得意だろう?』

『刺繍はそんなんじゃない…』


イリサ様もズメイも、多分ギータも浮き足立っているこの空気を壊すのもはばかられ、しぶしぶ一番簡単だという子どもの絵のような花柄を布に描き写し、針に糸を通して、イリサ様の指示のもと手を進めていく。

が、糸はよじれるし、裏側でも表側でも糸が絡まってだま(・・)になるしですぐに『花』は『花』じゃなくなった。


「これは…そうね…うん…」

「…」


いっそのこと『ダメ』と言ってくれればいいのに口に手を当てながら顔を青ざめているイリサ様。

前足二本で自分の目を覆い、肩と翼を震わせているズメイとギータ。

い、と下唇だけを突き出して唸りながら、ひとまずズメイの体だけ勢いよく叩いた。



糸はね、針はね、と丁寧に教わってもようやく花っぽい何かにしかならない模様を見てまたしても唇を突き出していると、イリサ様が『あらもうこんな時間』とドレスにあるポケットから小さな時計を出してそう言った。


「今日はこれぐらいにしておきましょうか」


今日は、の部分が強調された気がする。

けれど他にやることもないので静かに頷いた。

ちなみにギータは途中から眠ったので無言になり、ズメイは私が一片完成させるたびに笑い転げていたりする。

そんなに笑うならズメイもやってみれば良いと思う。やれるものならば、だが。

散らばった糸くずだったり布の切れ端だったりを拾い集めて立ち上がれば、同じく立ち上がったイリサ様がギータの骨に向き直って頭を下げた。


「彼の、ギータ様のことは皆に黙っておくわ。今は色々なことを話し合っている最中だから…まだ早いと思うの」

「それがいい、思うます。…あの、私の仕事、いつ始める、決まったますか」

「いいえ、まだよ。シシーのおかげでかなりミルメコレオの数が減ったし、坑道も動き出し始めたから『危機が迫っている』わけではないわ」

「分かった、です」

「ごめんなさいね、夫の采配のせいで」


国が冒険者ギルドに依頼を出したのは、人数が集まれば集まるほどより早く解決できると判断されたからだったそうだ。

カザンビークを拠点にしている冒険者たちの仕事が早かった、というのもあり、まさか他所の冒険者たちにこうも怠け癖がついているとは思わなかったと。

今後こういう事態が起きないように、を考えるより先に『今どうしよう』とお館様も他の大臣たちも頭を抱えているらしい。


一度仕事を依頼してしまったが故に、今更『やめた』とはいかないようだ。

国の上の人たちは大変だな、と考えて背筋がぞわっとしたので、それ以上考えないことにする。

大変だな、そこまででいい。

代わりに過ぎったことを伝えるべく、イリサ様の手にある裁縫道具を私の腕で抱え直し、ギータは、と続ける。


「ギータはメス」

「…え?」

「メス、です。『彼』じゃない」

「……………………………この大きさで!?」


やっぱりそう思いますよね、とズメイから初めて性別を聞いた時の自分が目を見開いているイリサ様に重なり、深く、深く頷いた。



ミルメコレオの駆除に出なくなってもう4日。

歩いて町に出ると異様な目つきでこっちを睨まれるので、ズメイの背に乗って移動している。

行く場所はもっぱらヴィーリンさんの工房だ。

やはりというかなんというか、角飾りを作っては壊し、作っては壊しをしているので微調整が続いている。

ファイアーオパールだけのはずだったのに他の宝石も使うとかで最初の案からかなり豪華になっていた。

それでもギラギラした悪趣味なものではなく、試作品の段階で上品な組み合わせになっているのでドワーフの職人さんはすごい。

『とぱーず』と呼ばれる石と『しとりん』と呼ばれる石はどちらも黄色で、ズメイの瞳の色とよく似ている。


「シシーのイヤーカフも作っとるからの」

「…え!?」

「なーに、ついでじゃついで」


ヴィーリさんそっくりに土埃にまみれながら細いやすりを持って手を動かしていた彼の父親は、何かに納得がいかなかったのか数十個目になる角飾りをトンカチで叩き、ただの金属の塊にしてしまった。

何も一から作り直さなくても良いと思うのだが。


たまにズメイと一緒に重い材料だったり、炉の点検だったりを手伝って、汚れた体を温泉に入って綺麗にし、まっすぐ離宮に戻る。戻ればイリサ様との刺繍の特訓だ。

あっという間に時間は過ぎるけれど、あっという間にやることがなくなってしまう。

どうしようかな、と考えた結果、寝るまでの空いている時間にヴィーリさんに選んでもらった歴史の本を読むことにする。


思えば久しぶりに本を読む気がした。

知らない単語や読めない単語が出てきたことに気づき、行き先に図書館が追加される。

ズメイも不思議そうに本を覗き込んでくるので、説明しがてら一緒に『歴史』を学んだ。

かつてあったという三国間の戦争、そこから生まれたシドニア騎士王国、ビザンチン王国の始まり、カザンビークの始まり、その他諸外国の王朝の変化。

戦乱の世で生まれた宗教と、かつてよりあったという宗教。

南方との貿易で生まれた経済の移り変わりや、各国を襲った天変地異による飢饉。


異民族に侵略し、吸収していくモンロニアの成り立ちとまるで違う歴史だった。

聞き慣れない単語、活躍したという偉人の名前はまるで小説を読んでいるよう。

時間を潰す、という目的だったけれど思いのほか楽しんでしまって気づいたら朝が来ていた。


(ズメイは…寝てる)


かなり夢中になっていたようだ。

朝とはいえ時間は早朝。

今日ぐらいは寝坊しても良いか、と瞼の上を擦りつつ寝台に横になった。

夢の中の焚き火を目を細めて見ていると、さっきまで読んでいた歴史が動く絵になって浮かんでは消えていく。

想像した偉人の顔、見たことのない戦場、頭の中で描いた王冠の形。

風が草原を駆け抜けていくような音が焚き火の音と合わさって心地よい。

いつも歴史の本を読む時にする音だ。前はよく聞いていた。

すぐ傍にいるズメイもこの音が気に入ったのか、歌うようにいびきをかいている。


(ミルメコレオの仕事が終わったら、今度こそ)


シドニアへ。

そろそろギータやズメイの話す故郷をこの目で見てみたくなった。


遠慮がちに叩かれた扉に意識が浮上する。

枕元に置いている口布を手に取り、イヤーカフが外れていないことを確認してから『どうぞ』と返事をした。

ちなみにズメイはまだ寝こけている。

早朝に寝たからか体が少しばかり重い。ふかふかの絨毯に裸足の足裏が包まれれば、さらに眠気が強まった。


「おはようございます、シシー様。お休みのところ申し訳ありませんがお館様がお呼びです」

「お館様が…?仕事のこと、?」

「恐らくは…お話があると」

「、分かったます」


お館様と大臣が何日も話し合っていることは知っていた。

今日、何かが決まったらしい。

知らせてくれた使用人さんにお礼を言って一度下がってもらい、服を着替える。

眠気はまだまだあるけれど、これから聞く話のために覚まさなければと冷たい水で顔を洗う。

傷のある顔を見ないまま再び口布を身につけ、ズメイに一声かけた。


「ズメイ、お館様と話してくるよ」

「……ああ」


黄色い目は一度瞬いただけですぐに眠りに落ちてしまう。

穏やかな寝息を立てる竜の鼻筋を一撫でしてから、案内に従う。


いつもの長い廊下の先は、初日に訪れた宴の広間に行くかと思われたが、その部屋を素通りして違う部屋へ続いているであろう階段を上がっていく。

螺旋状になっているその階段を登り切れば、両側に近衛兵が控えた、何かの木が彫られている大きな扉の前についた。

なんとなく、この扉の向こうには『玉座』があるのではないかと身構える。


玉座、王の座る椅子


砂をまぶすようなざらつきが頭の中を引っ掻いた。

モンロニアの皇族たちの姿がちらついたけれど、目を閉じて深呼吸する。

あともう少しで整う、という時に『シシー様の拝謁』と近衛兵二人が声を張り上げた。

扉が内側に開く。

大きくなっていく隙間の向こう側で、白い石材に金細工が施されている玉座が輝いていた。

『王』がいる。

いつものお館様のはずなのに、いつもと違う緊張感。

隣にいるイリサ様も、玉座へと続く道のりに立つ大臣たちも、どこか険しい顔をしていた。


嫌な予感がする


「…おはよう、シシー。ゆっくり休めたかの」

「はい」

「そうか、それはよかった。…早速で悪いが『仕事』の話だ」


重苦しそうに白い髭を動かすお館様が、これからのことを告げる。

その『決定』に否はなかった。

元よりカザンビークにずっと住む予定じゃなかったから。

ここは居心地が良いとはいっても私は『客人』で、優遇され続ければどうなるかなんて、冒険者たちの訴えだけでも十分、分かっていたから。

けれど寂しさは変わらない。


「すまない、シシー。今は、今だけは、引いて欲しい」


また共に宴をするために、と目頭を揉んでそう言ったお館様に、両手を合わせて辞儀を捧げる。

結論として、カザンビークを去る時が来た。


沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。

とても励みにさせていただいています。


不定期更新で申し訳ないですが、

必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。

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