ちょっと休憩
普段なら『仕事を横取りした』『手柄を取られた』といった冒険者たちの訴えは聞き入れられないそうだ。
ギルド側は、依頼を受けた人全てを記録しているわけじゃない。
たとえばオドさんたち。
仕事を『オドさん』の名前で受け、仕事を達成できたら報酬がオドさんに支払われ、そこからニコさんとニーチェさんに分割する。
一カ所を拠点にしていれば顔見知りになり、親しくなれば顔も名前も覚えられるので『ああ、あの人の仲間なのか』と認識され、自然と『パーティ』になっていくそう。
なので、今のカザンビークのように他所からやってきた『顔見知りじゃない』冒険者たちは、誰が誰と一緒に仕事をしているかを把握されていないので『取った取られた』の判断ができないそうなのだ。
彼らの仕事は『取捨選択』が個人に委ねられる仕事というのも理由らしい。
どの依頼を受け、どんな人間を仲間にするかに始まり、命を取るか、金を取るかまで。
ようは全て自己責任。たとえ騙されたとしても。
「シシーとズメイ殿は…なんというか…仕事が出来すぎたようじゃの」
今回は『国』が出した依頼ということで、人が集まりに集まった。
長く続けば続くほど報酬が長くもらえるので、そこそこの群れを倒して調査をしないとか、新しい道を見つけても知らせないとか、そういった手抜きをする冒険者たちまで現れ始めたという。
国の存続がかかっているといっても、自分の故郷でもなければ思い出の場所でもない人たちからしたら、確実にお金が手に入る上に簡単な仕事だろう。
できればギリギリのところまで粘って居着き、得られるだけ得たら退散したい、と考えていたかもしれない。
まあ、気持ちは分からないでも、ない。私がやりたくないだけで。
そんな中、きちんと調査と駆除をし続けた私たちに数日で依頼が偏った。
依頼主であるお館様が私を名指ししたのを皮切りに、いろんな人から名指しされたのは知っていた。
いわゆるご指名、というやつ。
ズメイはともかく、私はお館様たちに恩返しをするべく働きに働いた。
そうしたらどうなったか。
ミルメコレオの駆除という割の良い仕事を求める人たちに不満が溜まった。
なんせ自分たちの仕事をどんどん私たちが受けていくので。
それで『横取りされた』となったらしい。
「シシー、気にするなよ。ちゃんと仕事してない奴らが悪いんだから」
「ニコの言う通り!気にしちゃダメ。あなたのせいじゃないわ」
ニコさんとニーチェさんはそう言うが、それでヴィーリンさんたちが困っているならやはり私のせいだと思う。
不満が溜まった結果どうなったか、それを聞いた。
ようやく得た仕事を取り合い、逆に怪我をする者、なけなしのお金で飲んだくれる者、酔った勢いであちこち壊す者、お金を得るため自分の武器を売るだけでなく仲間や他人の者を盗って売る者などなどが増え続け、町の治安が一気に下がったそう。
もう子どもたちだけで遊ぶのは禁止となったそうだ。
オドさんが『荒くれ者の集団』と言っていたがこういうことかと思わず納得してしまう。
仕事量を減らす?群れを駆るのを抑える?巣穴を見つけるだけして、駆除自体は他の人に任せる?
どれも無理だ。
不思議なことに、ミルメコレオは人間が上下を無視して歩き回れないことを知っている。
と、思う。
今まで見つけた巣穴はすべてカザンビークより地下ではなく上の方にあることからそう予想した。
地下からではなく上から行けばいいのでは、といつかに提案してみたけれど、カザンビークの外側はつるつるした岩肌がむき出しになっている硬い斜面が続いており、巣穴を見つける以前に登るのに体力を使うし、まず岩が硬いので穴を開けるのも難しいという。
混乱して黙ったままの私の手を取ったヴィーリンさんが、小さく揺すりながら目線を合わせてくる。
モゴモゴと白髪交じりの口髭が蠢いた。
「良いか、シシー。これからお前さんも狙われる。ズメイ殿がそばにおっても、油断するんじゃないぞ。怒りに任せて何をしてくるか分からん奴らばかりじゃ」
「…うん」
「よし。約束じゃ」
ヴィーリンさんと小指を絡めた指切りをする。
初めての指切りなのになぜか心が浮つかない。嬉しいはずなのに。
私を心配する声が有り難いはずなのに。
ヴァンドットさんが取り分けてくれたお菓子が皿に乗って渡された。
皮を向かれた果物がどういうわけだか輝いていてとても美味しそうだし、実際一口食べてみても今まで食べたどのお菓子より美味しい。
けれどなぜか、舌の奥を突くような酸っぱさが離宮の戻ってからもずっと残った。
■
翌朝、お館様とイリサ様の耳にも冒険者の訴えが届いたそうで、数日休むように言われた。
あまりに数が多いので、どうするか決めるとのことだが私たちに悪いようにはしない、と付け足して眉間に皺を寄せたお館様に頭を下げる。
ズメイが魚を食べている横で槍を点検し、ほつれた布を縫っていく。
カチコチと時計の針が刻んでいく音だけが響いていく部屋で、ぐるる、竜の喉が鳴る音がした。
合図だ。赤い竜に呼ばれているという合図。
やることも終わったし、と飲み物だけ持って地下へと歩く。
離宮の中は、町の喧噪など知らないように静まりかえっていた。
滅多に客人が滞在しないここは、それに合わせて使用人の数も少ない。
相変わらず豪華で、繊細な彫刻の廊下を歩いていると時が止まったような感覚になる。
地下への階段に入れば赤い竜の息づかいが木霊して小さく笑った。
もうとっくの昔に死んでいるはずなのに元気なことである。
「お待たせ、赤い竜。今日は休みだ、いっぱい話そうな」
「どれだけ暇なんだ、この婆さんは。いっそのこと外に出てしまえ」
「失礼だぞ、ズメイ」
たしかにズメイどころか人間に比べてとても長生きをした竜だけれども。
光の粒でできた鱗を撫でてやりながら腰を下ろす。
目の前には私の背より大きな牙があって相変わらず山のような大きさだなと思った。
硫黄の匂いをさせないまま口を開き、チリチリと鈴が転がるような音が響く。
話すのは、もっぱらカザンビークの町のことと、赤い竜が行った場所のことだ。
シドニア騎士王国の話もする。
赤い竜は言っていた。生まれたのはここよりずっとずっと南だったが、シドニア騎士王国に移り住んで、テンジンさんと出会ったと。
そこから彼女の故郷になったそうだ。
ズメイの知っている『故郷』とあまり変わらないかつての『故郷』の話を聞くと、自分でも行った気になるから不思議だ。
「シシーの故郷の話を聞きたがってる」
「私の?…話せることがない」
「好きに話せ。本で読んだことでもなんでも「ギータ様!?」ん?」
「?」
地下の墓地には私たち以外に誰もいなかったはずだ。
けれど墓地の入り口の方から声がした。イリサ様の声が。
話に夢中で足音に気づかなかったようだ。
一度ズメイと顔を見合わせて振り返れば、朝と同じく藍色のドレスを着て、豊かな白い髪を頭の上でお団子にまとめ上げているイリサ様の姿が見える。
お団子を彩る銀細工が、頭上からの光でキラリと輝いた。
驚きに目を見開き、口を両手で押さえている彼女はその場で膝をついて顔を下へ。
くる、と寂しそうな赤い竜の鳴き声が聞こえた気がした。
赤い竜はズメイに任せて、イリサ様の元へ駆け寄る。
いつのまにかはらはらと涙を流している彼女の顔を指先で上げてみた。
何かを言おうと口を動かしては嗚咽を漏らしているイリサ様の手を引き、赤い竜の…ギータと呼ばれた竜の傍へ導く。
「シシー、これは、生きて、いえ、どういうこと?一体何が、あなたどんな魔法を」
「落ち着く、良い。赤い竜、ギータ?は死んでる。今は幽霊」
「幽霊…ま、まさか心残りが、ああどうしましょ、私たちのせいね、人間たちとの戦争で亡くなられたから」
両の指を絡めて貝の手になったイリサ様がぎゅっと目を瞑ったまま何度も謝る。
それを見た赤い竜はスッと目を細めて、小さい方の牙をカチカチ鳴らした。
怒っているのかと肩を跳ねさせるイリサ様を支え、閉じている目を開くよう、手の平を当てる。
「大丈夫、怒ってない。ただ話したかっただけ」
「…話したい?」
「そう」
もう一度、竜と、人と、話したかった。
ただそれだけだと言えば全身から力が抜けたように尻餅をつく。
イリサ様の灰色がかった茶色の目をのぞき込み、さっきのように手を導いて赤い竜の鱗へ置いてみた。
一度だけ跳ねた手はただの光の粒だと分かるとゆっくり、輪郭をなぞるように動いていく。
私の支えは要らないなと手を離せば、それに気づかないままイリサ様は食い入るように赤い鱗を見つめた。
「どうしましょ、シシー、私、ギータ様を撫でているわ…」
「赤い竜、喜んでる」
「喜んでいる…?どうして?」
「ずっと一人で、話し相手、欲しかった。もう相棒、いないから」
「それは、戦争の後の話…?」
「ううん。その前から」
「そう………そう、でしたか」
申し訳ありません、ずっと気づかずに
流していた涙はもう無かった。
まるで幼子の頭を撫でるように手を伸ばすイリサ様に、赤い竜も嬉しそうに目を細める。
竜の言葉が分からない人と、人と話したかった竜。
今も生きている者と、もう生きていない者。
(こういうのが奇跡っていうんだろうな)
口布の下で静かに笑いながらズメイにもたれかかる。
角に飾りがないのに気づいて、そういえば角飾りはどうなったろうかと。
「そろそろ角飾りできたかな」
「まだじゃないか。言ってこないんだから」
「それもそうだ」
ドワーフのヴィーリンさんのことだから、きっとこだわりにこだわって、もしかしたら今も作った物をたたき壊しているかもしれない。
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不定期更新で申し訳ないですが、
必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。




