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竜の民  作者: とんぼ
一章

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39/152

冒険者たちの訴え



ミルメコレオの巣穴の一つを駆除できたことで、私とズメイは一気に忙しくなった。

地図にない道の調査と報告、被害報告がされていなかった場所を見つけたらそれも報告、坑道の奥深くまで進むことが増えたので岩を枕にして眠ることも増えた。

町に戻ったら戻ったで色んな人に会わなければならないし、隙を見て赤い竜が話を聞かせろと言ってくるので、寝台に倒れ込めば夢を見る暇もなく眠りに落ちる。


他の冒険者たちに直接依頼が行かず、私の方に来るのはなぜだろうと思ったが、ズメイがいるからだと気づいたのは割とすぐだ。

ミルメコレオは縦横無尽に穴を開けるため、上へ続く道を今まで進めなかったのだろう。

あの巨躯が開ける穴なんだから、ズメイが通れて当然だ。


「従魔だったか?空を飛べる魔獣と契約している人間はいないのか」

「いるとは思うけど…私たちみたいに言葉を話せないから、地図を描けないんじゃないか?」

「使えんな」

「そういうことは言うもんじゃない」


坑道も広ければ、ミルメコレオが開けた穴も多い。

まだまだあるであろう巣穴を探すべく洞窟の奥の奥へと進み、戻ることはせず今は道がいくつかに分かれた分岐点にいる。

焚き火を挟んで向かい合い、地図にこれまでの情報をまとめている最中だ。

行き止まりだったりミルメコレオを駆除済みの場所には×の印をつけていると、遠くから足音がする。

この仕事をし始めてそう日は経っていないはずなのに、この足音が何の訪れなのか分かるようになってしまった。


戦い方はまだまだテンジンさんの真似だけれど、槍は蟻と会えば会うほどだんだん手に馴染んできた。

ズメイから見ても『手慣れてきた』らしいので小さな群れであれば任せてくれるように。

今回はその小さな群れだ。


(さて今回は、と)


焚き火越しにズメイを見やれば大きな欠伸をして素知らぬフリをしているので、手伝ってはくれない様子。

小さくため息を吐いて腰から槍を抜き取り、地図に重しを置く。

立ち上がりながら槍の両方を伸ばして、ミルメコレオの足音がする穴へ足を進めた。



最近、カザンビーク全体が喜びの声を上げている。

それはもちろんシシーとズメイのおかげだ。

あの二人のおかげで、今まで見つからなかった道も、ミルメコレオの巣穴も一つ見つかり、国全体にはびこっていた災いが晴れてきたから。


「シシー、一人で大丈夫かしら」

「誰よりも安全だろ。なんてったってドラゴンが一緒なんだから」


シシーと一緒に仕事はしたくない。

どれだけ話し合ってもそう言い切ったニコとニーチェの気持ちを汲んで地図だけ渡したのだが、二人の仕事ぶりを聞いて一喜一憂している仕事仲間二人に苦笑する。

知っているのだ。時間が経てばあの日の恐怖が薄れ、シシーを『ただの子ども』として見始めていることなんて。

急斜面の続く道を先へ先へ進んでいく二人の背中はランタンの明かりに照らされてぼんやり光った。

この方向の先にあるものを思い浮かべれば、思わずにやけてしまう。


「…何にやにやしてるんだよ、リーダー」

「ん?」

「油断禁物っていつも自分で言ってるくせに」

「ん~…まあ、お前らが気づいているか分からないが…俺が決めた方向と違う方向に進んでるよな?」

「「…」」

「おやあ~?こっちって確かシシーたちがいるって聞いた方向「「知らない!」」ククッ、心配なら素直に言えば良いのに」


花瓶を割ったことが親にばれたように、気まずそうに視線が端へ寄った二人はさすがは双子と言うべきか、そっくりな顔だ。

ニコの肩を軽く叩いて二人より一歩前へ躍り出て、先導の役を変わる。

遅れて後をついてくる足音が響き、さらに笑みは深まった。


洞窟の中で結露となった水滴がどこかの岩に落ちる音が響いている。

ランタンの明かりではせいぜい数メートル先までしか明るくないが、何度も坑道に潜ってきた俺たちにとっては慣れたものだった。

たまに金属が重なり合う音だったり、男の野太い叫び声が響いてきたりする。

近くの道にミルメコレオが出てきたんだろう。


ミルメコレオは、一匹一匹は大した強さじゃない。

牛二頭分ぐらいに大きいが、体の強度は蟻そのもの。

刃が掠れば簡単に切れるし、もしのしかかられても蹴り飛ばせば簡単に倒れる。


最近のミルメコレオの恐ろしいところは、その数だ。


前までなら数匹ぐらいしか出くわさなかったのが、今や数十、数百と一気に襲いかかってくる。

この数じゃいくら弱くても分が悪すぎる。

食べるのが石になったからか牙は前より鋭くなり、噛みつかれた冒険者が腕や足を失った、なんてことも当たり前になった。

魔法を使える冒険者はいるものの、そういう奴らのほとんどは近接戦闘を得意としておらず、魔力切れを起こして動けなくなって逆に足手まといに、なんてのもよくある話だ。

坑道近くに縦横無尽に走るミルメコレオの開けた穴のせいで、落盤も起き始めている。


シシーとズメイが現れて解決の兆しが見えてきた。

今思えば、あの湿地で出会えて運が良かったと思うが、それを直接伝えるにはまだまだ俺たちの方にわだかまりがありすぎる。


どんな気持ちだったろうか。自分から獣の気配がすると知って。

あの気配のせいでドラゴンと旅をしているんだろうか。

だとしたら彼女の親は、家族は、故郷は。


(もし、シシーだけが『ああ』なんだとしたら)


年の割に礼儀正しい子ども。

そう感心もするが、嫌われないよう、捨てられないように自分の意志を押さえつけるようにも見えた。

それにいくら東と西の文化が違うといったって、食事一つに目を輝かせたり、子どもが酒を飲んじゃいけないことを知らなかったりと、当たり前のことを知らなさすぎる。

もし、誰にも『当たり前』を教えられなかったのだとしたら。

周囲の人たちに疎まれていたのかもしれないと、その可能性に思い至ってしまってからあの日、あの時、ギルドに連れて行ったことをずっと後悔している。

もっと別のタイミングで、もっと別の方法が、あったんじゃないかと。


「、リーダー」

「おう、来たな」


カサカサ、シャワシャワと砂が滑るような音が壁に跳ね返って聞こえてくると、それは近くにミルメコレオがいる証拠。

自分の武器は大剣なので、できればもっと広い場所で出会いたかったが。


ランタンを腰につけて落ちないようにしつつ、背中側の柄を掴む。

ニコが俺の右側を、ニーチェが左側を固めた。

足音はミルメコレオが牙を打ち鳴らす音を追加して大きくなり、どんどんこちらへ近づいてきているのが分かる。

地震より規則的な振動が足の裏を揺らし始めたのを合図にグッと腰を深く落とした。



「ふう」


危ういところなどなく一人でできたはず、と鈍色の槍を薄く黄色に変化させている液体をふるい落としながら息を吐く。

ズメイのいる場所まで戻ったらまた手入れをしなければ。

動かなくなった蟻が小山となっている場所に近寄り、触覚を一匹に一本ずつナイフで切り取っていく。

この触覚の数で報酬が決まるというのだから、冒険者とは大変な仕事だ。

本当に、虫が苦手じゃなくて良かったとつくづく思う。


腰の小袋がほどよく膨らんだのを確認して口を縛った。

一度首を回して肩に詰まった何かを解してからズメイのいる所へ戻ろうとした時、聞き覚えのある音がした気がする。

通路を挟んで、いや、もっと深く、さっき通った道よりずっともっと深くから。

また赤い竜が話しかけてきたんだろうかと思ったけれど、いつものように鈴のような音はしない。

音のした方へ顔を向け、一歩ずつ近づいていくと不意に地面が揺れた。


「!」


これが本に書かれていた地震かと、急いでズメイのいる場所へ戻る。

焚き火を消して上や下へ首を動かしている彼は、地図をしまえ、と告げながらその大きな翼の下に私を誘った。

最初は大きかった揺れがだんだん小さくなっていき、小石が一つ二つ落ちた音が響いたのを最後に止まる。

そっとズメイの翼の下から顔を出すも、来た道が塞がっていたり、天井が崩れてくるといった様子はない。


「これ、地震か?」

「分からん。どうする、出るか」

「うーん…」


道が無くなったり壁が崩れてきたりが怖いから今日はもう戻ろうと鞍に跨がりながら決める。

飛んでいる最中に地図が飛んでしまわないようにと、持ってきた木の板に地図をピンで刺して固定した。

来た道を戻るべく、ズメイが下へ続く穴へ身を乗り出す。

と、うさぎが穴から顔を出す勢いでズメイの頭が跳ね上がった。

てっきり下に降りると思っていた自分の体が追いつかず、強かに鼻先をズメイの頭にぶつける。

ずれた口布を元に戻しながら、潰れてしまった鼻先をさすった。


「どうした、?」

「…知ってる奴の声がする」

「声?」


声がしたという方向は今降りようとした穴とまるで方向が違う。

左側の穴の前へ移動してしまったズメイを止めないまま、ひゅるりと奥側から吹いてくるやけに生ぬるい風に眉間に皺が寄った。


「…!掴まれシシー!」

「え、あ、うん!?」

「オドたちだ!」

「オドさん!?」


オドさんを聞きつけたらしいズメイが両翼を大きく広げて飛び立ち、生ぬるい風に逆らってぐんぐん進んでいく。

たまに天井から尖っている岩が突き出しているのを身をかがめて避ける。

ズメイが翼を閉じないと通れないような幅になる時は急旋回するため、急いで命綱を短く固定した。


(待った、さっきオドさん『たち』って言った?)


オドさんのパーティにはニコさんとニーチェさんがいる。

カザンビークにもう何日滞在しているか分からないが、あの二人には初めてギルドに行った日から会っていない。

怖がられていると分かっていて無理に会うのもどうかと思うし、話をしたいと思っても何を話したら良いのか分からないから。

オドさんはまだ話せる、と思う。

忙しすぎて彼ともしばらく会っていないけれどもらった地図は折り目が跡になるほど使っているし、彼はおそらく、あの二人ほど私を怖がっていない。


ようは気まずい。ニコさんとニーチェさんに会うのが。


そんな二人がこの道の先にいるという。

ランタンの明かりであろう橙色の小さな点が見えた頃には私も3人分の声が聞こえて、同時にミルメコレオの大群の音がするのに気づいた。


「シシー!構えろ!」

「、ん」


会ったらどうしよう、何を言えば、とにかく近寄らないように。

ぐるぐるとそんなことを考えながら手綱から片手を離す。

まだ短いままの槍を握りしめれば、いつの間にか滲んでいた汗が『ぎゅ』と音を立てた。


出口が近づく。ランタンの明かりが一段階減った。

ズメイが大きく翼を上下させて出口の外へ躍り出た時、天井の一部が崩れ、そこから大量の蟻が出てきているのが目に飛び込んでくる。

その分岐点はできあがったばかりのようで、柔らかい土を掘った時独特の泥臭さがあった。

少しだけ宙に留まったズメイは、ぐるりと首を回して下を見る。


大量のミルメコレオを相手に奮闘する3人の冒険者の姿


オドさんは広い空間にいることで遠慮なく大剣を振るい、ニコさんは短剣で急所をついたり、蟻の足を切り落として動けなくしたりしている。

ニーチェさんは弓だからか援護の役割が強いようだ。

上に飛び跳ねたり地面すれすれにしゃがみ込んだりしているのに、何匹ものミルメコレオの目を射貫いている。


「先に『入り口』だ」

「分かった」


黒い絨毯のようにぞくぞくと押し寄せてくる蟻の大元を叩くべく、崩れている天井近くに飛んでまずズメイが火を吹いた。

引火性の鉱物が、と思ったけれどそんなことは言っていられない。

たぶんおそらくこの辺りは大丈夫だったはずだ、と言い聞かせ、ちらりと眼下を見る。


ばっちり、ニコさんと視線がかち合った。


驚きに目を見開いている顔。何かを言いたげに開いては閉じている口。

そんなニコさんはすぐに蟻の巨躯に遮られて見えなくなってしまったけれど、会うにはまだまだ早かったと思うのには十分で。

口布の下で唇を噛んでから顔を上へ。


(今はこっちに集中、!)


無理やり意識を切り替えて、手の平に火を灯す。

ちょうど硫黄の匂いが薄くなった時で、私はズメイの代わりに火を吹いた。

身を焦がしながら落ちていくミルメコレオたち。

その数も、穴の奥から聞こえてくる足音も落ち着いてきた頃合いでズメイが下に降ろしてくれる。


『油断するなよ』

『…分かってる』


蟻の全ては焼き払えていない。

炎から逃れた蟻たちは全てオドさんたちの方に向かっていて、ズメイが顎でしゃくって『手を貸してやれ』と意味深に言った。

すぐに飛んでいってしまったうえに、私の方にもミルメコレオが群がってきたので言い返す暇もない。


トラバサミの口が飛びかかってきたのを槍を伸ばしながら貫く。

びしばしこちらを見る視線を感じているが気にするなと言い聞かせた。



今いる場所がどこだか曖昧だった。

数匹しかいないと思われたミルメコレオを駆除できたかと思えば、突然開いた横穴から追加のミルメコレオが現れ、しかもその数が十匹なんてものじゃなかったので逃げたのだが。

頭の中に叩き込んでいる地図を辿っているはずだった。

けれど途中から、新しい道ができていてそちらに進んでしまったのに気づき、覚えのない分岐点に出てしまう。

リーダーも『しまった』という顔をしながら舌打ちをした。


下へ降りる足場のない壁を転がり落ちながら、ここなら派手に動いても問題ないだろうとリーダーが大剣を上へ高く振り上げたのに合わせて二つの短剣を握りしめた。


順調だったのはここまでだ。

巣穴が近いのか、波のように押し寄せてくるミルメコレオに、ニーチェの矢も底をつき始めた。

精神的にトドメを差したのは、来た道が、突然崩れた天井に埋まったのを見た時だ。

道順をちゃんと覚えちゃいないが帰り道が分からなくなった、というのは緊張と不安を高めるのに十分すぎて。


「リーダー!矢があと少し!」

「っ、できる限り拾って使い回せ!ニコ!ニーチェの傍を離れるなよ!」

「無茶言うなって、の!やるけど、さ!」


この数、乱戦なんてもんじゃない状況で、一人を守りながら戦うなんて無茶にも程がある。

まずいことになったな、と頭の奥の奥にいる冷静な自分が呟いた。


不意に、地面に見覚えのある影が通り過ぎたのに気づく。


今度は上から来たかと舌打ちしながら、ひとまず目の前の蟻を切り伏せて見上げた時、苛烈な炎が天井に広がった。

赤と黄色が交互に揺らいでいるそこにミルメコレオが焼かれて落ちていく。

その中心に、黒いトカゲのような影が見えた。


「あれズメイじゃない!?」


ニーチェが叫んだその正体に、助かった、素直にそう思った。

その気持ちが先行して肩から力を抜いたが、果たして火を使って問題なかったろうか。

たぶん問題ないはずだ。この分岐点の壁は少しだが湿っているので。

頭上の熱で乾いてしまったらどうなるか分からないけれど。


嫌なことは一旦忘れて目先のことを考えるに限る。

口を広げ、足を広げて群がってくるミルメコレオの数が減ってきたのを良いことに力の限り腕を振った。

ニーチェの方は矢が切れたのか、手頃な石を拾って投げ始める。

2本あった短剣は今は一本になってしまった。ああ、やっぱりさっき投げるんじゃなかったな。


どれぐらいそうしていただろう。

息切れしていることさえ忘れ、力の限り戦っていると俺たちのいる場所から離れた場所で小さな群がりができていた。

その中心は当然のようにシシーで。


ズメイの影がないことに焦ったけれど、頭上から炎が上がり続けているので、彼は彼でミルメコレオの群れを押しのけてくれているんだろう。

シシーはいわば打ち損じの対処だ。

見たことのない、両側に先端がある槍を手に、自分より何倍も大きな巨躯の間をすり抜け進みながら的確に倒していく様子に面食らう。


「…ははっ」


思わず漏れた笑い声は、感嘆か、安堵か。

マスクで顔の半分が隠れた少女と一瞬視線が重なる。

シシーが『動くな』と言った気がした。


俺の顔の真横を通り過ぎた鈍色の一本線


背後から聞こえた、金属を引っ掻くような悲鳴に我に返って振り返ると、シシーの槍に頭を貫かれて後ろへ倒れるミルメコレオ。

数回足を動かしてぴくりとも動かなくなったそれから目が離せなかったが、シシーの唯一の武器がここにある事実に気づいて引き抜く。

リーダーの大剣より少し軽いぐらいのそれに驚いたけれど、それどころじゃないので急いで返そうと目標は再びシシーへ。

が、どこから取り出したのかもう一本持っていたらしい少女は、手首を軸にくるりくるりと器用に槍を操りながらどんどんミルメコレオを倒していた。


自分の残酷な事実に泣いていた子どもが、リーダーに守られるように肩に乗っていた小さな姿が、長年の冒険者よりもよっぽど一人前に戦っている。

なぜだか負けていられない気持ちになった。

手にした槍をニーチェに渡し、いつの間にか近くに落ちていたもう一つの短剣を拾い上げた。

焦った顔をしているリーダーが視界の端に写る。

長い付き合いの男を肩で押しのけ、大きく一歩踏み出して。


「シシー!お前、良いとこ取りはずるいぞ!」

「ニコさん!?い、いいとこ、何!?」


ほどなくして、大量の蟻の死体を前に立ち尽くした俺たち3人は、巣穴を探しに行くと天井の穴へ上っていったズメイとシシーを見送った。

お互い無言だった。

さっきまでの危機が嘘のように解決してしまった安堵。

今まで見たことのないほど大量のミルメコレオを前にした疲労感。

それに、初めてまともに見たシシーの戦う姿があまりに鮮烈で。


身軽な藍色の装束ではなく、初めて会った時と同じ黒い衣装で右に左に動き回る姿。

鈍色の槍が回転する度に同じ色の光が円を描いて。

ズメイと同じように火を操った背中も。


感情だけが渦巻く中、瞼の裏にちらちらとさっきの光景が流れていく。

やはり違和感はあった。獣の気配は今回も拭えなかった。

が、そんな違和感も気にならなくなるほど、シシーは強かった。

文句のつけどころなんて一つもないほど、本当に、強かった。


(戦ったことがないなんて嘘じゃん)


ほう、と息を吐き出したのはニーチェが先か、俺が先か。

妹であり姉である女に肘で小突かれたので小突き返す。

なんの意味もない、ただの戯れだ。

同じタイミングで同じ動きをしたら、と昔から続く二人だけの遊び。


「…謝らないと、だな」

「、そうね」


この遊びが出来ているのも彼女のおかげなのだと、声には出さずにいるとリーダーが呆れた顔で首を振った。



再びズメイが楽しそうに卵を潰していくのを見届けた後、オドさんたちの元へ戻ると、あまりにズメイの足元が汚れているのに気づかれて経緯を説明した。

全て聞いた後、3人ともズメイから一歩後ろへ離れた気持ちはよく分かる。


焼死体となったミルメコレオを数えるのにまた時間がいるな、とか、もう今回は何も報告せずにいようかな、とか、どうでも良いことを考え続けた。

少しでも思考を止めてしまえば、ニコさんとニーチェさんとの気まずさを思い出してしまいそうで。

こう考えている時点でもう思い出しているのだけれど。


指先で頬を少しかいてから、ニーチェさんから返された槍を腰に戻しつつ3人に背を向ける。

ズメイの鞍に跨がろうと鐙に足先を入れれば、待って、と女の人の声が。


「シシー、その、…………この前は、」

「悪かった!」

「ごめんなさい!」


10歩ほど離れた場所でつむじが見えるようになっているニコさんとニーチェさんにびっくりしつつ、そういえばこの二人は家族だった、と今思い出す。

それだけ同じ角度で頭が下がり、同じ声の調子で謝罪された。

何を、と思う。二人が謝る必要はないのに。

慌てて頭を上げるよう言うも、オドさんに両肩を押さえられる。

顎を上向きに傾げれば、晴れやかに笑っている彼がいた。

続きを話させてやってくれと、そう言っている。


「あれから落ち着いて、シシーに言ったことを振り返って、とても、とても酷いことを言ったって…知らなかったんでしょう?自分が…その、他と違うって」

「勝手に怖がって、勝手に傷つけた俺たちが言える立場じゃないけど、さ」


また一緒に飯食おうぜ


今ゴーグルをつけていて良かった。

目頭を上から押さえていなかったら、今頃、泣いていたかもしれない。

この嬉しい仲直りは受けるべきだろうか。受けて良いんだろうか。


(どうしよう)


横目でズメイを見る。念で話さずとも『シシーの好きに』と言っているのが分かって、肩に置かれたオドさんの手に触れた。それを合図に大きな手が離れる。

泥だらけの手がらしいな、と思いつつ、ニコさんとニーチェさんの前まで歩み寄って、二人が僅かに肩を跳ねさせた距離を確認した。

あと、4歩。

これが今の限界。もしかしたら、話もしたことがない人からしたらもっと離れているかも。

その場に留まって二人を見る。

戸惑いながらも私を見てくれている二人。これが今の限界(さいぜん)


(うん、満足だ)


「ごちになる、ます」


この言葉は覚えなくて良いとオドさんに言われたのを思い出したけれど、言うなら今だと思った。



オドさんたちとの2回目の食事は、ミルメコレオの2つ目の巣穴が潰れたことが確認された日すぐ、『拳を振り上げる女亭』の中庭で行われた。

まだ日の高い内から『これでもか!』と並ぶご馳走に手を叩いて喜ぶ。

本当に今回も『ご馳走』になるつもりはないので、きちんと私とズメイの払わせてもらうが。


今回はヴァンドットさんも合流した。

無事に娘さんへ誕生日プレゼントを渡し、大層喜んでくれたそうだ。

『お父さんが髪飾りを!?』と心底驚かれたことが耳に痛かったそうだけれど。

お礼代わりに、と結局買えずじまいだったお菓子のお店の小包をくれた。

中から甘い匂いがするので後で皆でいただこうと思う。


「凄かったんですよ、シシーのやつ!ドラゴンみたいに火を吹いて!」

「火を!?」

「あれも魔法なの?」

「焚き火の火付けしかできないって言ってたよな?」

「えっと、手、加えた。おうよう、した」

「おうよう…ああ、応用ね。やるじゃない!」


3人とヴァンドットさんと私との席は少しだけ離れている。

こうしていれば、ほんのちょっと、気のせい程度かもしれないけれど『壁』ができるまで時間を稼げそうなので。


ズメイは『やれやれ』と首を振りながらワイン樽に舌を伸ばしている。

その中身をあわよくば隙を見て飲めないかな、と狙っていると中庭にヴィーリンさんが血相を変えて走り込んできた。


「何だ、ヴィーリンさん、そんなに慌てて!」


額から文字通り粒となった汗を滴らせ、豊かな髭でそれを拭うヴィーリンさんにオドさんが水の入ったコップを手渡す。

店員さんがさっと新しい椅子を私の近くに持ってきてくれ、そこに座ったヴィーリンさんは一気に水を飲み干すと、がっしと私の肩を掴んだ。


「シシー、まずいことになった…!」

「?」


そうして彼から聞いたのは『冒険者たちが私とズメイが彼らの仕事を横取りしている』とギルドだけでなく王宮にまで訴えが上がった、ということだった。




沢山のPVと評価、感想をいただきありがとうございます。

とても励みにさせていただいています。


不定期更新で申し訳ないですが、

必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。

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