槍と地図
もう一人の自分を受け入れたその日の夜、晩ご飯を届けてくれた使用人さんがお礼を言う私を見るなり持っていたお皿をその場に落とし、大声でお館様とイリサ様の名前を叫んで走り去った。
(なんで?)
散らばったお皿の破片を集め、掃除用具が見つからなかったので要らない布で絨毯の毛に染みていく汁を吸い取っていると、二人どころかかなりの数の足音が耳に入る。
さっきまであんなに真剣に話していたズメイは寝床に座り込んで欠伸をしているが、私と同じく足音が聞こえたのか顔を合せて同時に首を傾げた。
そして音が部屋の扉の前で止まる。
【シシー!!!!!】
あの重厚な石造りの扉を木の板を割るような勢いで開けれるのかと思う暇もなく、私に伸びてきた四本の腕に捕まってぎゅうぎゅうと抱き締められた。
イリサ様とお館様である。
二人分の波立ってうねる髪が鼻下をくすぐってうっかりくしゃみが出そうになるのをぐっと我慢する。
お館様は滝のような涙を流しながら、鼻先を赤くして泣いていた。すでに私の服がしっとり湿り始めている。
汚れた布を手にしたままイリサ様やお館様に触れる訳にもいかず、行く当てのない手を中途半端に上げたままにしていると、意図を察した使用人さんが汚れた布を取って丁寧に拭いてくれた。
その拭いてくれた人も、瞳に薄く水を張っている。
「5日も閉じこもったままで…!一体どうしたの、病気!?」
「え」
「一度高熱が出たんじゃよ~!宮医!早くシシーを診よ!」
「え」
どれぐらい時間が経ったか分からないとは思ってはいたが5日も経っていただなんて。
その5日間、ズメイは一人であちこち飛び回っていたそうだが、離宮で働く人たちは塞ぎ込んで何も話さない私に右往左往し、イリサ様はお仕事の合間に訪ねてきては『今日も話せなかった』と意気消沈し、お館様はお医者さんの診断に歯がみする日々が続き…。
そしてつい昨日、槍が完成したと意気揚々とやってきたヴィーリンさんもまた私の状態を知ってお医者さんに詰め寄ったという。
出会って間もないただの客人だというのに多大な迷惑をかけてしまったらしい。
まだ声が枯れているがようやく泣き止んだ二人から解放されれば、そこからは怒濤の『お見舞い』が始まった。
まず、消化の良い物より精がつく物を、とお医者さんから指示された料理人さんと使用人さんたちから今日の晩ご飯を。
なんでも私にはこの年齢に必要な栄養が足りていないらしい。
ズメイにも魚料理がこれでもかと運び込まれた。
次にいつの間に採寸されていたのか私の体ぴったりに作られているドレス数着。
「ドワーフの女よ?見ただけでサイズは分かるわ」
イリサ様がそう言えば背後に控える使用人さんたちが深く頷いた。
赤に藍色に、ズメイの鱗色のような、光の当たり具合で青に変わる不思議な布たちが人形に着せられて並べられているのを見て、持っていたパンが膝に落ちる。
イリサ様の言い方からして、ご本人自ら作っていると分かってしまったので。
食べながら見ろ、と言われたので言われるがままにそうしていたのだが、あまりに唐突すぎて体が石のように固まった。
「久しぶりに若い娘さんのドレスを手がけたものだから、私まで若返ったようだわ」
十分お若いと思います、とは言えず、どんどん縮んでいく心臓を抑えながら『光栄です』とだけ返した。
ふんだんに使われている金糸に銀糸、あとたぶん細かく切りそろえられた宝石がついたそれらを着る機会があるのか全く分からないけれど、頷かないとまた泣かれそうで怖い。
ドレスの衝撃を水で落ち着かせていると、次に渡されたのは無骨な木箱だった。
箱自体に装飾はなく、中身こそが大事なのだと言わんばかりのそれはお館様とヴィーリンさんかららしい。
さっきからソワソワそわそわと落ち着かない二人のため、軽く手を拭ってからそっと蓋を開ける。
きい。金具が軋む音を小さく立てて開いた箱の中には、竹筒より細く、手の長さより少し長いぐらいの鉄の棒が5つ並んでいた。
「これは…?」
「シシー、自分が何を注文したのか忘れたのか?」
自慢気に胸を張るヴィーリンさんに注文したもの。それはもちろん、槍と角飾り。
まさかと思って棒を見つめる。
5日で仕上げたというのか。ヴィーリさんの親父さんが。
『驚くのはそこなのか』とズメイに指摘されたけれど、彼だって驚いているんだからお相子である。
「わしも仕掛けを手伝ったんじゃ。ヴィーリンに任せていたらとんでもなく重いものができるからの」
「お館様、シシーは大剣だって持てる力持ち。重い方がきっと良い」
「にしたって試作品のあれは不格好すぎる」
「なにを」
言い争いが始まってしまったがそちらはイリサ様に任せるとして、五本のうち一本を手に取り上下左右を眺める。
重くは無い。今持っている鉈より少し重いぐらいだ。
手の平から僅かにはみ出すぐらいの大きさのそれがどうやって伸びるのだろうと眺め、棒の両端に突起が1つずつあるのに気づいた。
試しに1つ押してみる。
「わあっ!?」
突起を押した方から棒が伸びた。
天上に向かって伸びているそれは、先端に向かえば向かうほど細くなっていき、鋭さを保ったまま真っ直ぐだ。
赤い竜の記憶で見た、テンジンさんが使っていた『槍』ととてもよく似ている。
伸びた先端に口を開けて固まっていると、ズメイが『もっと伸びるんじゃないか』と言うので。
椅子から立ち上がり、他の人と距離を取ってもう一つの突起を押してみた。
片方と同じだけ、同じように真っ直ぐ伸びたそれは縦に持てば私の身長を軽く飛び越える。
伸びて重くなるかと思いきやそうでもなく、上に下に腕を動かしても当たり前だが歪まず、しっかりと手に握りしめて馴染む持ち手が心地よい。
なんというか、改めて見ると槍に見えない。
「「どうじゃ?」」
ヴィーリンさんとお館様の声が重なる。
言い争いが終わったらしい二人の方へ向けば、幼子のように目を輝かせていた。
たぶん私も晴れやかな顔をしていたんだろう。
二度三度、目を瞬かせたイリサ様がにっこりと満面に笑って『ドレスより嬉しそうね。見所があるわ』と言った。
「すごい、これ、すごい!」
東の言葉でならもう少しうまく言い表せられただろうに、口をついて出るのは『すごい』の一言。
それでも言わんとしていることは伝わってくれたのか満足そうに笑った二人は顎髭を撫でた。
突起をもう一度押せば元の長さに戻るそうで、片方を閉じてみたり、また伸ばしたり、その場で一回転させてみたりと感触を確かめていると『あれ』と思う。
(持ち方が分かる…?)
槍どころか武器なんて持ったことがない。しかもこんな風なからくり付きの武器なんて。
なのに自身の背より長い槍をどう動かせばいいのか、どう構えればいいのか、この槍で何ができて何ができないのかが分かるのだ。
元の長さに戻した棒を手に、ふと思い立って窓から部屋の外に出る。
石造りの露台の上で立ち止まって、再びめいいっぱい伸ばした槍を両手で掴んだ。
■
東から来た竜の乗り手は、シシーという少女は、今まで武器を持ったことはなく戦ったことさえないと言っていた。
だから最初、剣の方が良いんじゃないかと心配していたのだが、どうやら杞憂だったらしい。
(見事なもんじゃ)
部屋に閉じこもっていたシシーにお館様と共に鎚を振るって完成したからくり仕掛けの槍を渡せば、何を思ったかその内の一本を手に部屋の外に躍り出た。
そうして少女が始めたのは、まるで見えない相手と手合わせをするかのような『試し』であった。
手の平を軸にして左右に伸びる槍を回転させ、片方の先端を地面に刺して体を上へ押し上げたかと思えば、地面に刺している方が元の長さに戻ることで地面から離れる。
空中で半身を捻ったかと思えば横凪ぎに腕を振るい、着地したかと思えば頭上でくるりと槍を回して、突起をいつ押したのか、回転に合せて槍が伸びた。
ああ、あの槍はああやって使うのか。そう思って違和感のない動き。
力持ちというのは知っていたが、こんな風に身軽だとは思っていなかった。
これから誰かに師事して、研鑽を積んでいくんだろうとばかり。
あらかた試し終わったのか、最後に一度、上から下へ振るわれた槍がシシーの手の平に収まる。
一瞬の出来事に呆然と見ているだけだったが、今も脳裏に刻まれている動きはまるで舞を踊っているような軽やかさ。
思わず拍手すれば、お館様も御守殿も力強く拍手をし始めた。
ズメイ殿も部屋の外に出て、シシーの背中を尻尾で叩いたり、頭を擦りつけたりしている。
マスクが顔のほとんどを隠しているのでよく分からないが、笑い声がするのできっと激励されているのだろう。
まるで夢のような光景だと今更感じる。
ドラゴンと人間の少女が、違う言葉を使いながらも意思疎通をし、笑い合う、この光景。
月明かりの小ささとなった太陽石の光を受けてわしらには分からない話をしている『二人』を見て、息子も同じことを考えたんだろうかと思った。
カザンビークで『工房師』にならず、外の世界でひたすら自分の腕を磨いていくと啖呵を切って出ていった息子。
自分に似て頑固者だが、きっと外の世界に不満を持っていつかカザンビークに戻ってくるだろうと構えていたが、久しぶりにやってきた手紙には『ドラゴンと会った』と羨ましいに尽きる言葉の数々で。
何度も読み返し、何度も酒場で語った息子の話が目の前に。
今こそ胸を張って、ヴィーリに言える気がした。
(『まだまだ』じゃな!)
■
少し動いただけのはずなのに、息が切れている。
5日間、ほとんど飲まず食わずだったので体力が落ちていたのだろうか。
(そんなことより何で扱い方が分かるんだ…?)
手の平の中に収まっている筒をじっと見つめる。
未だに手には馴染まない。
いまだに頭で小突いてくるズメイを落ち着かせ、使い方が分かる理由に心当たりがあるかと。
赤い竜だろうな、とすぐに答えは返ってきた。
『記憶をもらっただろう』
『記憶だけだろ?それに私のじゃない』
『それでも記憶だ。真似るのが上手いな、シシーは』
真似。そう言われて納得できたような、できないような。
たしかに真似た。記憶の中にしかいない竜の民、赤い竜の相棒、テンジンさんの動きを。
けれどたった一度見ただけで今まで扱ったことのない武器を扱えるものだろうか。
焚き火の起こし方、動物の解体の仕方、地図の読み方に異国の文字の読み方、それらはすべて本から学んだ。
何日、何年もかけたそれは『知識』と呼ばれるもので間違いなく私だけのもの。
『記憶』は本とまるで違う。まるでテンジンさんの何かを盗んだようじゃないか。
モヤモヤする気持ちを押し込めながら手を叩く音がし続ける方へ目を向ければ、お館様もヴィーリンさんもイリサ様も、使用人の人たちも、満面の笑顔どころか赤く頬を紅潮させているので、この気持ちは今言うことじゃないと口をつぐんだ。
言うべき言葉はまずこれだと思う。
「ミルメコレオ、駆除する、ます」
よろしく頼むとお館様に手を握られた。
タコのできている手の平が思ったより力強くてびっくりしたが、恩のある彼に報いるためにも頑張らなければと。
弱い私はもう死んだのだから。
■
槍を手にした翌日、念のためもう一日ゆっくり休めと言われてベッドで大の字に寝転がっていると離宮の外に『私に客が来た』と連絡があった。
私に客?と思ったけれど一人だけ心当たりがあり、駆け足で門の所まで走る。
中に招こうとしたが、王宮ではないとはいえ、敷地内に入るには手続きがいくつかあるとかでそれは出来なかった。
見覚えのある背の高い人影に予想が当たったと分かって、一瞬止まりかけた足を前へ。
ズメイはといえば、庭に出て日光浴をしている最中だ。
太陽石の光なので日光じゃないかもしれないけれど。
それはさておき、オドさんである。
ぎこちなく手を上げたオドさんに導かれ、門から少し離れた場所で向かい合う。
いつも付けている鉄の防具はその体に見当たらないので休日のようだけれど、寝不足なのか目の下には隈が出来ていた。
防具に隠されている腕に細かい切り傷がいくつもあるのに気づいて、冒険者の中でも長い経歴なんだろうなと思う。
もしテンジンさんの記憶がなければオドさんから剣を学んでいたかもしれない。
「すまん、シシー」
違う方向に思考が飛んでいた自分を引っ張り戻すと、目の前にはつむじを見せて謝るオドさんがいて面食らう。
何に謝っているのか全く分からない。
「ミルメコレオの駆除だが…、一緒に行けない」
そういう意味か、と腑に落ちる。
どうしても二人を説得できなかった、と付け足したオドさんは何も悪くない。
もちろんニコさんもニーチェさんも。
あの日の『暴走』の理由ははっきりしないけれど、たぶん赤い竜からの記憶のためだろうと思う。
死後の魔法は魔力をそのまま飛ばしているようなもの、だそうなので。
それが慣れていない私に入り込んだからちょっとした刺激で出てきたんだろう。
部屋に閉じこもって5日間、ずっと彼はニコさんとニーチェさんと話し合いをしていたそうだ。
二人とも頭じゃ分かっているのだという。
子どもが竜と一緒に旅をしている時点で人に言えない事情があり、それ故の暴走だと思っているし、初めてのあの状態で襲われなかったのだから次も襲われないだろうと。
それでも、もし『赤い目』が自分に向いたら、何をするか分からない、と
人じゃない生き物に襲われる気持ちはよく分かる。
分かるからこそ何も言えない。
悪くないのだ、本当に。
誰が悪いとかいう話ではない。肌で感じる命の危険に抗うのは相当の覚悟がいるから。
「正直、少し…いや、かなり怯えててな…ミルメコレオが弱いと言ったって数が数だ。今の二人じゃ、何かの拍子に連携が取れなくなったら危険が高まる。坑道じゃどうしても逃げ道が限られるし…」
「、うん」
「これはカザンビークの坑道と、ミルメコレオが作った道がまとまった地図だ。ズメイも入れそうな坑道に印を付けておいたから、その、使ってくれ。良かったら」
差し出された地図を広げると入り口であろう場所に○印が描かれており、所々『落石注意』や『岩盤崩れ注意』『引火注意』など注意書きが書かれている。
オドさんのできるめい一杯の『気持ち』が伺えて胸の奥がじんわり温かくなった。
丸め直してしっかり両手で握りしめる。
「ありがとう、オドさん」
「ああ。……あー、坑道に入る前にギルドに行って『ミルメコレオの駆除』をすると受付に言伝するんだぞ、それで仕事が始められるから。もうあんな奴らはいないからな、そこは安心していい」
「うん」
「引火には気をつけろよ、たまに発火性の強い鉱物がある」
「うん」
「あとな「オドさん」な、なんだ?」
地図にもう書いてあることを伝えてくれるオドさんは良い人だ。本当に。
ニコさんとニーチェさんを説得しようとして、『竜に近い』私を人として扱ってくれる、今までで一番の良い人だ。
だから私といて気が引けるというなら、オドさんがオドさんじゃなくなってしまうというなら。
いつかまた一緒にご飯を食べれることを夢見ながら、騒がしくも楽しかったあんな時間がまたやってくると信じて、今は離れなければ。
顔半分で隠れてしまっているけれど、私にできる最大限の笑顔で言い切る。
「行ってくるます」
「!…おう。…気をつけてな、シシー」
いつかのように伸びた大きな手は、何の躊躇いもなく私の髪をかき回した。
乱れる前髪の向こう側で、ぎこちなさはあれど『壁』の無いオドさんの表情に少しだけ、ほんの少しだけ、寂しくなった。
沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。
とても励みにさせていただいています。
不定期更新で申し訳ないですが、
必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。




