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竜の民  作者: とんぼ
一章

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35/151

生きにくい世界



【戦え】


突然聞こえたその声は赤い竜のものだった。

けれど朝から色々なことを話していた赤い竜は再び眠りに落ち、目の前で動かぬ骨となっている。

こんなにはっきり音として聞こえたのは初めてで、しかも目の前の骨からではなく外から聞こえたのに背骨が身震いし、シシーのいる方角を探した。

シシーと絆を結んでから初めて使う、互いの場所を探す感覚を楽しむ気持ちは、彼女のいる場所からかすかに感じた赤い竜の気配にかき消える。


大股で階段を飛び越え、地上に出てからすぐに翼を広げて飛び立つ。

何かがおかしい。シシーのいる方角から、いや、シシーの『中』から赤い竜の気配がする。

昨日の記憶のせいなのか、それともまた赤い竜が何かしたのか。

シシーからしたら広いんだろうが、俺からすればひとっ飛びで一周できてしまう町の大きさを全速力で飛び、オドとかいう冒険者の匂いもする建物の外に降り立った。


俺が降り立つ直前に、建物の中から足をもつれさせながら慌てた様子で飛び出して行く何人かが俺の影を見て、叫び声なんだか雄叫びなんだか分からない声を上げながら走り去っていったのに首を傾げる。

中でシシーに何かあったのか。

彼女以外の人間を案ずる必要などない。あいつら何をしてくれたんだ、と鼻息荒くガラス窓から中を伺えば、当の本人が襲いかかってくる人間たちを掴んでは投げ、投げては掴んでしていた。


(なんだ、やればできるじゃないか)


どこか気の弱いところがあるシシーが本当に武器を持っただけで戦えるか不安だったが、あの様子なら問題なさそうだと事が終わるのを待つ。

そして気づいた。シシーの目が赤く光っていることに。

まるであの竜の鱗のような、赤と黄色が交互に揺らめく溶岩の色。

赤い光が一際強く輝く度、赤い竜の気配が強くなりシシーがシシーじゃないような感覚が襲ってきて思わず低く唸る。


(俺の相棒によくも…!)


何かしでかしたのだ、また、あいつが、シシーに。あんなに言ったのに。

今すぐ地下に戻って怒鳴りつけて喉をかみ砕いてやりたいが、すでにあいつは死んでいる。

苛立ちがそのまま爪先に伝わり、ガリガリと石造りの道を削っていった。

遠巻きに眺めていたり、声をかけるタイミングを伺っているらしい背後の人間たちを振り返って睨み付ければ、小さく悲鳴を上げてそそくさと去って行く。

熱を上げてきた息を吐き出し、建物の中へ炎の一つ吐き出してやろうかと一歩後ずさった時、陽炎のようだった赤い竜の気配がフッと消えた。


不思議に思いながら再び中を伺えば、ニーチェという冒険者に抱きしめられているシシーがいる。

その目は元の黒に戻っており、さっきまで奮われていた怪力も収まって大人しくしていた。

シシーは焦点の合わない目をゆらゆらと左右に振りながら、自分を抱いている冒険者に手を添える。


眉間に皺を寄せて、口の端を噛むような癖がどういう時に出てくるのか、俺は知っている。


意志の炎がまだまだ不安定だった時、俺と出会う前にいた場所での記憶を夢で見る時、記憶ではなくとも呪いのようにまとわりついている実際にあった出来事とそっくりな幻覚を夢で見る時、シシーはあんな顔をする。

いつもゆすり起こしたり夢の中で無理やり話しかけたりしてそれらから断ち切ってやれば、どこまでも無垢に生きてきた子どもの顔をするけれど、起きている時はどうすれば良いのか。なんせ、シシーは起きている間、悪夢を見ている記憶がないのだ。

ごめんなさい、ごめんなさい、と謝り続けるシシーの前にオドが立つ。


「シシーは悪くない。よくやった」


そうか、ああやれば良いのか。

気遣いのできる人間だな、とオドを見直しながら、ガラス窓から体を離して、建物の中へ続く扉へと体を向ける。

前足一つを上げて扉を押せば、バタン!と思ったより大きな音を立てて開いた。

と、同時に、力が強すぎたのか両開きになるはずの扉が片方壊れて倒れ、その向こう側に倒れている人間を押しつぶす。

ようやく意識を取り戻して来たところだったようで、再び唸り声を上げて頭を伏せた人間に『ざまあみろ』と鼻を鳴らした。

騒ぎを聞きつけてやってきた違う人間たちをなだめ始めたオドを押しやって、シシーに近寄る。

焦点の合わなかった黒い目がしっかりと俺を見つめ、雛が親を求めるように震えるシシーの手が額に触れた。


「…ズメイ、?」

「ああ」


そう返事をしてやれば、幻でも見ている感覚だったのか、だんだんと見開かれていく目。

鱗の枚数を数えるように伸びていた手に力が込められ、がばっと抱きついてきた。

自分のやったことを思い出したのか、それとも周りの惨状を見て恐怖がこみ上げてきたのか、シシーの体が小刻みに揺れている。


「私、さっき、何を、知らない声、戦えって、何で、私、何てこと」


先ほど人間を掴んで投げてをしていたのを覚えていないらしい。

赤い竜が乗り移っているような状態だったようで、そう考えればずいぶん大人しい暴れ具合のような気もする。

どんな理由でも攻撃されれば敵がいなくなるまで手を止めないのが俺たちだ。

目を見開いて顔を青ざめているシシーの背中を翼の先で撫でながら、オドがやっていたことと同じことを告げた。


「落ち着け。お前は何も悪くない」

「でも、人、いっぱい、そうだ、怪我、怪我は」

「まあ…してるだろうな」

「!」


怪我どころじゃない気もするが、と床で伸びている人間たちを眺めながらそう言えば、どんどん泣きそうな目になっていくシシー。

慌てて『悪くない』と何度も言い、周りが視界に入らないように両の翼で囲ってやる。


「冒険者は危ない仕事なんだろう。怪我なんていつもしてるはずだ」

「私、私のせいで、」

「違う。人間たちが悪い」

「敵じゃない、のに」

「襲ってきたんだろう?だったら敵だ」


(戦いたいと自分で言ったくせに、敵と分かっていない相手には戦えないのか)


そこの考え方を変えないとこれから先ずっとこの調子だろうことが分かって、罵られたり絡まれたりしただけでも『敵』だと言い聞かせる。

けれど、どれだけ言っても震えが止まらない。

この怯えよう。初めて暴れたのを怖がっているだけじゃなさそうだ。

そういえば、倒れているのはシシーより大きな男で、かなりの大人数なことに気づく。

ようやく腑に落ちた。これは『苦手』からくるものだ。


「シシー」

「なに、?」

「ここはモンロニアじゃない」

「っ」


ひゅ、と息を呑んだ音が翼に跳ね返って、やけに大きく聞こえる。

首を伸ばしてシシーの顔を覆う布を鼻先でつつけば、さらに喉が引きつった。

目を細めて、赤い光のない目を覗き込む。

いつもの強気に振る舞っている姿からは想像もつかないほど取り乱していた。

オドたちと話すようになって、カザンビークに来て、少しは和らいだと思ったが、まだまだだったらしい。

元いた場所の片鱗がちらつくだけで、こんなにも揺らぐぐらいには。

だから『戦いたい』と、『強くありたい』と言い出したのだろうか。


「ここにはお前を知る人間はいない」

「、ぁ」

「どれだけ遠くに来たと思ってる」


そう、人間の子どもの足では考えられない速さで、到底叶うはずのない道を通ってきた。

最初は森を、次に竜の背に乗って空を飛び、人間の国を2つ3つ越える人間がシシー以外にいるものか。

不安げに揺れていた黒い瞳が少しずつ芯を取り戻し、喉で止まっていた空気が吐き出される音がした。

最後に首に抱きついてきたシシーから震えが止まっているのを確認して、ゆっくり翼を開いて暗がりからシシーを出してやれば、ありがとう、と鼻筋を撫でられる。

また小さくなりかけていた意志の炎が元に戻っていくのを感じた。

こんなに不安定で大丈夫だろうかと思うが、これから鍛えて行けば良いだけのことだと思い直す。


「良いか。これからお前を傷つける奴らは全員敵だ」

「…うん」

「全部投げ飛ばしてやれ」

「…やっぱりさっき、人を投げてたのか、私」


うっすら記憶があるようで、やってしまった、と頭を抱えている子どもの頭を、悪くないと言っただろう、と戒めの意味も込めて甘噛みした。



自分でも分かるほど取り乱したのを、いつのまにか側にやってきていたズメイに宥められてようやく落ち着いた。

あの日有罪の判決を言い渡された日と崖で会った男の人たちのこととが重なって完全に正気を失ってしまった自覚がある。

だから強くなりたかったのに、最初の一歩がこれでは先が思いやられる。

両手で顔を覆って罪悪感をひしひしと感じていると、オドさんたちが恐る恐る近寄ってきて『ギルドの人たちに話をつけた』と言ってくれた。

今回の騒ぎは完全に冒険者側が悪く、今後こんなことが無いよう本人の同意のない勧誘は禁止とし、もし禁を破れば冒険者の資格を剥奪する、となったそうだ。

各国にあるギルド全てに適用するのに時間はかかるが、少なくともカザンビークでは今日からすぐに告知されるらしい。


私が原因でそんな大それた規則が決まって良いのかと焦ったけれど、元々、荒っぽい手段でお金を稼ぐ人たちが多くなってきて頭を悩ませていたところだったそうで、今回はきっかけになったに過ぎないそうだ。

ギルドの中で壊れたまま転がっている机と椅子は襲ってきた人たちに弁償させると言われたけれど、ズメイが壊して入ってきた扉は私持ちとなった。


「実力を見せなきゃならなかった事態なのは分かるけど、次はなるべく穏便に済ませるように!」

「はい。ごめんなさい。迷惑、かけた」

「よろしい!」


眼鏡をかけた偉い立場にいそうな職員さんが、倒れている冒険者たちを怒鳴りつけながら何かの書類に鉛筆を走らせている。

ちらと見えた数字のゼロの多さに、扉の弁償だけで済んで良かったと胸を撫で下ろした。

弁償代を稼ぐためにもちゃんと力の制御ができるようにならないと、と決意を新たにしていると、頬をかいて口籠もっているオドさんがギルドの外を指差す。


「あー…シシー…ちょっと、場所を変えて話がしたいんだが…」

「うん」


さすがにこの混乱している場所では落ち着いて話はできそうにない。

さっきのようにオドさんの腕に掴まれば良いのだろうかと一歩踏み出せば、オドさんの隣にいるニコさんが大げさに肩を跳ねさせたのが分かってズメイにそっと寄り添う。

そうだった。取り乱していたから頭から抜けていたが、三人は初めて私の怪力を見たのだ。

大人でさえ持っていないであろう力が暴走する姿も。


ニーチェさんの肩越しに見た時、二人は父と同じ目をしていた。

私を人間として見ていない目。近寄りたくないと本心で言っている目。

忘れてはいけない。私は人との関わり方だけは分からないということを。

三人を傷つけるつもりはないと行動で示すため、先にギルドから出てみた。

意図は伝わったようで、その後は黙りこくったまま道の先をどんどん進んでいく。

さっきの騒ぎなどなかったかのような町の喧噪が沈黙が走る私たちには有り難いけれど、オドさんが先導する道の先は町の外だった。


「ここらで良いかな」


カザンビークの町の外は元々採掘場所だったのか、乱雑に四角を描く岩があるだけで建物らしい建物はなく、かろうじて道が整備されているだけで人気はない。

岩の一つに腰を下ろしたオドさんと、彼の両側に並ぶニコさんとニーチェさんに向かい合い、『これから』の話が無事に進みますようにと祈る。

口を開けたり閉めたりして言葉を選んでいるオドさんに痺れを切らして、ニーチェさんがさっきまでの泣きそうな顔の中にも心配の色があった表情を一変させ、目をつり上げて口火を切った。


「シシー、あなた、何者なの?」


その質問の意図が分からない。

何者、とは。罪人だということがバレたのか、いやそんなまさか。

どくりと嫌な音を立てて心臓が潰れた感覚がしたが、絶対違うと自分に言い聞かせてどういう意味かを返した。


「だっておかしいじゃない!そんな細い体で、あれだけの人数を投げ飛ばして!それに目が赤くなってた!今は元通りだけど、体を強化する魔法を使ったって目の色が変わるなんてあり得ないわ!」

「…目?」


目が赤くなっていた、とは。

訳が分からず、見ていたであろうズメイに聞けば『赤い竜がまた何かしたらしい』と不満そうに目を細める。

暴れた記憶がおぼろげなのは赤い竜の魔法のせいらしい。

それを説明したくとも赤い竜のことは内緒だ。正しくは内緒にした方が良い、とズメイと決めただけだが。

どう説明したものかと口籠もっていると、言えない秘密があると判断されてしまう。

間違ってはいない。間違ってはいないけれど、私が伝えたいのはそういうことじゃなく。


「あの、力持ちなのは」

「確かにあなたたちがいてくれたら心強いとは言ったけど、あんな風に見境なく暴れるんじゃ、危なくて一緒に仕事なんてできないわ」

「…ぁ」


少なくとも竜と絆を結んだことだけは伝えなければと口を開いたのだが、食い気味にニーチェさんが言い放った言葉に返す言葉もない。

確かにそうだと思ったのだ。

さっきみたいに記憶があやふやな状態になったら、次は三人を襲うかもしれない。

なぜ三人は無事だったのか、それは分からないけれど、次も無事だという保証なんてないのだから。

警戒心が高まっているニーチェさんに見つめられて、思わず視線を下げた。

西の言葉でどう伝えたら良いのか分からない。そもそも東の言葉でですらどう言えばいいのか分からない。

再び沈黙が落ちる中、シシー、とオドさんの低い声が響く。


「さっき、怖かったか?」

「…うん」

「なんでだ?何が怖かった?」


正直ズメイの方が強面だが、と付け足したオドさんは黄色い目に睨まれて小さく謝りつつも、訂正はしない。

ちらと隣にいるズメイを見て思う。

たしかに最初は怖かった。けれど、言葉を交わす内に怖さはなくなった。


「ズメイ、は、助けてくれた、から」

「、そうか」

「あの人たちは、その、故郷の人たち、似てる」

「だから怖かったのか?」


低い声でも優しさの滲むオドさんに頷く。

言えなかった。国を追放されたのだと。あの国の人たちは罪人には冷たかったと。

この優しい人たちなら聞いてくれるだろう。もしかしたらズメイと同じように怒ってくれるかもしれない。

国を出て良かったと言ってくれるかもしれない。


けれどもし違ったら


そんなもしもを想像して、さっきとは違う恐怖で身が竦む。

上衣の裾を握りしめて待つこと少し、うん、と頷いたオドさんが『分かった』と言った。


「前にもあんな風になったことはあったか?」

「…ない」

「見境なく、に見えたが、俺たちは投げ飛ばされなかった。何でだ?」

「、分からない。…けど」

「けど?」


陽炎のように揺らめく記憶を遡る。

頭の中でずっと【戦え】と声がした。【負けるな】とも言っていた。

目の前は真っ白なような真っ暗なような、不思議と凪いだ世界だったけれど、嫌じゃない匂いがした。

だからそこだけは『安全』なのだと、なんとなく分かっていた。

ちゃんと伝わるだろうかと不安でたまらない。

それでも感じたままを話せば、匂いって、とニコさんが呟く。

いつも明るく朗らかな彼の目が、血走ったまま私を見た。


「匂いって何だよ!?そんな野獣みたいな理由で安心できるか!ずっと一緒にいなきゃ俺たちも襲われるってことじゃねえか!なあ、リーダーだって気づいてるんだろ!?」

「っ、やめろ、ニコ!」

「出会った時からそうだ!シシーは、見た目は『ちゃんと』人間なのに」


目の前に『野生の動物』がいる気がする!


そう言われる意味が今度こそ分からなかった。

見た目は人間なのに、動物がいる気がする?何だ、ニコさんは何のことを言っているのか。

私が?動物?当たり前だ、だって私は『人間』なんだから。人間だって『動物』だ。

混乱したままの頭でニコさんからオドさんを見れば気まずそうに逸らされ、ニーチェさんを見れば『だから何者かって聞いたのよ』と苦々しげに。


「最初は犬や猫みたいな小動物みたいな子どもだと思ったわ。けど野営をしている最中、あなたのいる場所に矢を向けた。魔獣か、獣か、どちらかが襲ってきたと思ったの。…危うく矢から手が離れるところだったけど、シシーが眠っている場所だと気づいて踏みとどまった」

「さっきだってそうだ。まるで別人みたいに目つきを変えて、気配だってドラゴンみたいな感じがした。シシー、さっきのことちゃんと覚えてるか?ちゃんと俺たちだって分かってて、襲わなかったのか?」


ちゃんと覚えているか、その答えは『否』だ。

ちゃんとオドさんたちだと分かっていたか、その答えも『否』だ。

だって嫌じゃない匂いがしたから手が伸びなかった。ただそれだけなのだから。

私はおかしいんだろうか。おかしいんだろう。

匂いで敵味方に区別をつけるなんて、本物の『獣』に違いない。


薄気味の悪い、人の皮を被った獣


あれが侮蔑の言葉ではなく『本当のこと』だったなんて。

どう答えたら良いのか分からない。

私の答えを待っている三人を順々に見るも、三人が答えを出してくれるはずはなく。

ズメイを見た。けれど彼も、ゆっくり首を横に振るだけで答えはなく、結局私は沈黙するしかできなくて。


「…ニコ、ニーチェ、やめるんだ」

「でも、!」

「このまま一緒に仕事なんて出来ないわよ!?」

「…………それはこれから話し合う。シシー、今日はもう王宮に戻りな。疲れたろ、色んな事があったから混乱してるはずだ」

「、うん」


腰を上げてニコさんとニーチェさんの腕を掴みながら歩き出したオドさんとすれ違う。

すれ違い様、少し足を止めた彼を不思議に思って見上げれば、私とは視線を合わせないまま、精悍な顔つきに皺をつけながら言った。


「たしかにシシーといると『野生の動物』にずっと見られてる気がして落ち着かない。最初は気のせいだとごまかせても、長く一緒にいると自分が獲物になった気分になって…どうしても距離を取っちまう」

「っ、」


それはもう、自分ではどうしようもできない気がした。

私の何がそうさせているのか。

血か、体そのものか、それとも私がズメイと絆を結んだからなのか。

いや、ズメイは関係ない。もし関係があったなら、モンロニアにいた頃から聞くはずがないのだ、『獣』なんて私に向けた言葉を。


オドさんの言うことが正しいなら、ずっと同じ場所に住んでいた家族たちもそんな感覚だったんだろうか。

家を抜け出して遊んだ子どもたちも私と会い続けていたからそんな感覚になっていたのだとしたら。


(『壁』ができたと、思うわけだ)


拒絶、忌避、人と境目を作る見えない『壁』

それが自分と違う生き物が傍にいる感覚から出来ているのなら、私にはどうしようもない。

人との関わり方が分からないのではない。

私が『人』じゃないのだ。


絶望というならこのことを言うのだろう。

足の裏から感覚が抜け落ちて、泥の中に沈んでいく気分。

爪先から頭の先まで冷えに冷えて、どうしたって抜け出せそうに無い。

呼吸が浅くなる。足元がふらつく。

私の体を支えたのはズメイか、それとも。


「だけどな、シシー、お前は悪くない。…それだけは知ってる」


最後にそう言って去って行ったオドさんは、まだ何か言いたげに私を見るニコさんを足早に引きずって、町の中に消えていった。

ニーチェさんは、私を見ようともしていなかった。

ズメイと共に残された岩しかない場所に立ち尽くす。

止まりかけた呼吸を取り戻すべく大きく息を吐き出して、上を見上げた。


私の気持ちなんてお構いなしに、太陽石が煌々と光っている


「…ズメイ、さっきの、知ってたか」

「、ああ」

「…………………何で教えてくれなかったんだ」

「言ったところでどうすることもできない」

「だからって「シシーは人と関わりたがる」……え?」

「『獣の気配がするから人の世界で生きにくい』なんて、どう言えばいいか分からなかった」

「っ、…ふ、ぅ…!」


涙が止まらなかった。

悲しいのか、悔しいのか、怒っているのか、今まで感じたことのない感情がぐちゃぐちゃに交ざって涙になって流れていく。

足から力が抜け、膝と手を地面につけば、零れた涙が土を濡らしてそこだけ色を濃く変えていった。

一つ、二つ、三つ。どれだけ地面が濃くなっても止まらない。

何も言わないズメイもその場に座って、私を囲むように丸まったのが分かった。


知っている。ズメイは何も悪くない。

言えなかっただけだ。私が傷つくと思って。

ずっとずっと、自分は『人』だと思っていた。

だから他の人と関わるのが下手なだけで、諦めることなく関わり方を学んでいけば、いつか私を、と。

けれど違った。他の人にとって私は『獣』なのだ。

少しだけ一緒にいたオドさんたちにとっても、血の繋がりのある実の家族さえも。

何が違う。私と『人間』と一体何が。


「ぁ、―――、――――!」


言葉にならない泣き声が木霊することなく消えていく。

握った拳で地面を叩いても、涙が口布をぐしょぐしょに濡らしても、砂埃が目を掠っても、ズメイだけはじっとその場に座っていた。

きっと私の感情がそのまま伝わって彼も辛いだろうに。

けれど、とてもじゃないが彼を慮る言葉は出てこなかった。

結んだ絆で繋がったズメイを慰めることは、自分を慰めることだから。



ずっとずっと泣き続けて唯一分かったのは、

私がどれだけ学ぼうとも、何をどうしようとも、

『人』として見られないということ。




沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。

とても励みにさせていただいています。


不定期更新で申し訳ないですが、

必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。

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