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竜の民  作者: とんぼ
一章

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33/151

冒険者ギルド



翌日、イリサ様の大量食事攻撃をなんとか躱して、赤い竜に会いに行くと言うズメイを地下への階段まで見送り、私は初めて空以外の場所から外に出た。

好きな時に外出して良いと聞いてはいても、離宮に一番近い門にいる門番さんたちを無視する訳にもいかず会釈をして通れば、満面の笑みでお見送りをされたので少し居心地が悪い。

足が軽いというか、頬が熱いというか、首まで覆っているはずの口布の下で襟足がふわふわするというか。


昨日より軽い体を弾ませて門の外に出れば、一番近い場所は職人街。

それでもヴィーリンさんのいる工房とは違う景色のようで、カザンビークの地図を頼りにオドさんたちと待ち合わせている『商人街』の方へ進んだ。

カザンビークで一番広いのは職人街だから、反対方向にある商人街まではほとんど真ん中を突っ切らなければならないようだった。


ズメイがいなければ私のことはあまり気づかれないようで、冒険者らしき人たちには絡まれない。

久しぶりの一人だと気づいた時には足が竦んだけれど、カザンビーク1日目に会った男の子たち五人が駆け寄ってきて道案内をしてくれて足が進む。

あの店は人気の革防具屋、あっちの店はナイフが得意、などなど、まるで自分たちの知っていることは全て教えるのだと言わんばかりの表情が思わず目を細めてしまうほど眩しい。

なぜ眩しいのだろう。私に教えても得することなんて無いだろうに。


「ねえねえ、お姉さん!お姉さんみたいに髪が黒かったらドラゴンと仲良くなれるかな!?」

「それとも目が黒くなきゃダメかな!?」


うっかり道を逸れて自分たちの遊び場へ連れて行こうとする男の子たちを『遊ぶなら違う日にしよう』となだめ、商人街へ真っ直ぐ続く道を歩いている最中、私の両手を一人ずつ握っている男の子二人が茶色だったり薄灰色だったりする目を輝かせながら聞いてきた。

私の手を繋ぐじゃんけん勝負に負けた三人は前を歩いているけれど、頻繁にこちらを振り返っては何が楽しいのかにこにこと笑っている。

ドラゴンと仲良くなる方法と髪の色には何の関係もないと言いかけて、赤い竜の相棒であるテンジンさんのことを思い出した。


(…たしかに同じ黒髪だけど)


テンジンさんが生きていた頃には大勢いたらしい竜の民。

赤い竜からの記憶にもいた。赤い竜だけでなく、青もいれば琥珀色もいたし、鈍色というのだろうか、表現しがたい色の竜もいた。それも大小問わず。

相棒らしい人たちは皆、青い衣装を着ていたし、たしかに黒い髪が多いように思う。

けれど目の色も髪の色も、肌の色さえ様々で、性別も年齢もバラバラ。

だったら私や竜の民のように『竜と絆を結べる人間』に、体の特徴は関係ないはずだ。


「違う。色、関係ない」

「じゃあどうやったら仲良くなれる!?」

「強い冒険者になったらなれる!?」

「う、うーん…」


思わず立ち止まって返答に悩む私をあまりに眩しいつぶらな目が見上げている。

ちゃんとした答えを返してあげたいけれど、私だって『なんで私なのか』と悩んでいる最中なのだ。むしろこっちが教えて欲しいぐらいである。

口布の下できゅっと口を引き結び、視線を彷徨わせてできることと言ったら…。


「、内緒」

「「「「「えー!!なんで!!」」」」」

「え、と、…家に伝わる、から」

「…家に?」

「そ、そう」

「そっかあ…それじゃあしょうがないね」


家に伝わるから。その理由ですんなり納得した子どもたちに驚く。

けれど思い出した。『ドワーフ』の子なのだ、彼らは。

職人街を歩いていて分かったのは、どの工房でも職人たちは日々切磋琢磨しているが、あっちは剣、あっちは包丁、あっちは料理道具、といった具合に工房によって作る物が違うこと。

工房の中で言い争う声は聞こえていても、工房同士で話している姿はとんと見ない。

友人同士で酒を飲むことはあってもいざ仕事の話となったらぱっかりと分かれるのだ。

まるで他の工房での知識を得てはならないと言わんばかりに。


ドワーフは工房同士…いわゆる『家』同士の知識の交換をしないものなんじゃないか。

その予想は当たっていたらしく、我ながらうまい言い訳を言ったものだと胸を撫で下ろす。

その数秒後『私に弟子入りしたら教えてもらえる』と判断した子どもたちに、さらに詰め寄られることになるのだが、目の前に待ち合わせの場所が見えたので案内のお礼を言って逃れた。



職人街と違って商人街の方はメルグと似た雰囲気がした。

人が多いことには変わりないけれど、綺麗に掃除された店先と行き交う人々がドワーフより人間の方が多いから。

待ち合わせ場所は小さな噴水の前。ズメイとよく似ている竜が翼を広げている彫刻が噴水の中心に施されていることから改めてカザンビークの竜に対する扱いを感じる。


(もし、シドニアに住めなかったら)


その時は本当にカザンビークに戻ってくるのも良いかもしれない。

そう思いながら大きく口を広げて噴水の水を流している彫刻を背にして、噴水の縁に腰を下ろす。

待ち合わせ時間にはまだ早かっただろうかと伸ばした足をぶらつかせてぼんやりと虚空を見上げていると、シシーじゃないか、と驚きつつも優しい声がした。


「あ」


声がした方に顔を向ければ、大きな箱を何個も乗せた荷車を引き、額から汗を流しているヴァンドットさんがいる。

朝の挨拶をして駆け寄れば、荷車を止めて首にかけている布で汗を拭いつつ笑顔を向けられた。

彼もオドさんたちのように『壁』があったはずだが、今は綺麗さっぱり感じない。


「買い物かな?」

「ううん。オドさんたち、待ってる」

「まだ来ていないようだね」

「私、早かった、みたい」

「そうか。なら私も待っていてもいいかな?渡さなきゃならない書類があってね」

「うん」


止まらない汗を落ち着かせるためなのか、噴水の水で顔を洗ったヴァンドットさんは、さっきよりさっぱりした顔をして隣に腰を下ろす。

違和感だったり拒絶感だったりは、ない。本当にあの『壁』は何なのだろう。

一人首を傾げていると、穏やかに笑っているヴァンドットさんは『カザンビークはどうか』と聞いてきた。

素直に、良い人たちばかりで良い国だと伝えると我がことのように喜ばれる。

それだけこの国が好きなのだろう。


「ドラゴンも泊まれる宿はあったかな?」

「今、王宮の離れ、いる」

「王宮に!?はあー、すごい所に泊まってるんだね」

「私も、そう思う」

「だったら王宮の宴会はすごかっただろう。お酒、飲まされてないかい?」

「……飲んでない」


昨日の給仕のお姉さんといい、なんで大人はお酒に対して敏感なのか。

たしかに私の体は細いかもしれないが、病弱というわけではないのに。

変な間をあけて返事をした私に敏感に反応したヴァンドットさんは、笑っているのに怒っている雰囲気を滲ませる。


「シシー?」

「……ちょっと、飲んだ」

「もうダメだよ。大人になってからだ」

「…分かった」


息子と娘が一人ずついるらしいヴァンドットさんは一気に父親の顔になって、子どもがしてはいけないことを懇切丁寧に諭してくる。

行き先を告げずに遊びに行ってはならない、お酒はもちろん煙草を吸ってはならない、暗い場所に子どもだけで行ってはならない、見知らぬ人についていってはならない、などなど。

いくつかがモンロニアにいたころに私がやっていたことに当てはまってしまって耳と胸が痛い。

一通り注意し終わったらしいヴァンドットさんはきちんと話を聞いていた私に『シシーは良い子だ』と大きく頷いて私の手に小さな包みを落とした。

丸い玉に蝶のような羽がついているそれは飴らしい。


甘いものをあまり口にしてこなかったので目に見えて喜んでいるのが分かったんだろう。

特別な時に食べようと思って鞄にしまおうとする私を止めて、追加で3つくれた。

お礼を言ってその場で包みを広げると、光を反射して艶やかに輝く飴玉が木苺のような香りを漂わせている。

そっとつまんで口に放り込むと、飴の甘さと木苺の酸っぱさが合わさってとても美味しい。

やっぱりお酒より甘いものだ。舌で転がしているだけで幸せな気持ちになれる。


「甘いものが好きかな?だったら後であそこの店に行くといい」

「?」


ヴァンドットさんが指差した方には、白と桃色が交互に彩っている屋根の店。

そちらからはメルグで行ったことのあるカフェからした匂いとそっくりの匂いがして、甘味処だと分かる。

最近できた店で、甘いお菓子が人気なんだそうだ。

飴だけでなく『けえき』なる柔らかいお菓子も売っているそうで、今も待ちきれないと飛び跳ねる子どもと母親らしき婦人たちが列を成している。


「持ち帰りの店だからそう長く並ぶことはないと思うよ。裏で商品を作っているから、売り切れもない」

「行く、必ず。教え、ありがとう」

「ああ、うちの娘もシシーぐらい素直だったら良いのに。いや、もっと小さい頃は素直だったはずなんだ…」


今にも泣き出しそうな顔をしているヴァンドットさんに慌てた。

娘さんと仲が悪いのだろうか。いや彼に限ってそんなことは。

そういえば姉も父と喧嘩しているような時があった。すぐに収まったけれど。

きっとそういうお年頃なのだ。嵐が過ぎ去るように待てば元通りになるはず。

けれどこれが西の言葉で説明するのが難しい。『お年頃』とはどう言えばいいのか。

いくら悩んでも上手い言葉が出てこないので、説明するのは諦めた。


「ヴァンドットさん、優しい、大丈夫」

「そうかな…そうだと良いんだが…娘というのは難しいね…」

「きっと、すぐ、仲直り」

「頑張るよ…そうだ!シシーは何をプレゼントされたら嬉しいかな」

「ぷれぜんと?」

「ああ、分からないか、贈り物のことだよ。もうすぐ娘の誕生日でね。去年はぬいぐるみを贈ったんだが、そんな年じゃないと怒られてしまって」


上がりかけた気分が下がってしまったようだ。

がっくりと肩を落としたヴァンドットさんを今度こそ元気にするべく、贈られて嬉しい物を考える。

モンロニアでは新年の祝いと一緒に同じ年に生まれた人が一斉に年をとっていたから誕生日が分からないが、誕生、というぐらいだから生まれたことを祝う日だろう。

ならば贈られる側が欲しいものを贈るのでは。


(私が欲しいもの)


今は武器が欲しい。ミルメコレオの駆除のためにも、今後のためにも。

けれどそれはヴィーリンさんに作って貰っているし『必要だから欲しいもの』だ。

さっきヴァンドットさんは『嬉しいもの』と聞いた。

前から欲しかったもの、欲しいと思っていなかったけれど手元にあると嬉しいもの、だろうか。

そう思えば形として欲しいものは今はないように思う。

今はズメイがいる。オドさんたちがいる。ヴァンドットさんもいる。

一日の時間があっという間に終わってしまって、願うことならこんな日々がずっと続いて欲しいと。


(『昔』は)


私だけのものが欲しかった。

上等でなくていい、裾がほつれておらず、黄ばんでもいない服が。

宝石の欠けていない、金具がくすんでいない簪が。

何度も洗濯され、色落ちのしていない靴が。

脳裏に過ぎったのは、蝶がたゆたうようなひらひらした裾や、淡い色の上衣、山珊瑚に翡翠、真珠のあしらわれた簪がしゃらりと擦れて髪を彩る姉と母の姿。


「…簪、とか」

「かんざし?知らないな…どういう物なんだい?」


それほど前でもないのに『昔』と言ってしまえるほど、モンロニアの全てが遠い自分に気づきつつも寂しくはならない。生まれ育った場所という認識すら薄い。

不思議なことがあるものだ。

簪を知らないヴァンドットさんに説明すると、西の方ではない髪飾りらしくしばし考えた後、うん、と頷いて頭を撫でてくれた。


「娘の髪は長いから、髪留めは良い案だ。助かったよ、ありがとう」

「良かった」

「そういえばズメイも角飾りをつけていたね。あれもシシーの案かい?」

「あれ、腰帯、ベルト」

「…ベルト」

「ズメイ、光るもの好き」

「……………そうか、いや、大変だな、ドラゴンと一緒だと」


無理をしてはいけないよ、と再び父親の顔になって両肩を強く掴まれ迫られたので神妙に頷いておく。無理というのがよく分からないが。

ちょうどそこでオドさんたちの姿が視界の端に見えたので、手を振って合図をする。

私とヴァンドットさんの姿を見つけた三人が小走りで近寄ってきて、昨日ぶり、と挨拶をした。


「シシーはともかく、ヴァンドットさんはなぜここに?」

「荷運びの途中でシシーに会ってね。君たちに渡すものもあったし」

「「「渡す物?」」」

「依頼完了の書類を受け取らずに新しい仕事に行ってしまうから渡しそびれてね。ギルドじゃ預かってくれないから。確認してくれるかな」

「おっと、すっかり忘れてた」


書類を受け取ったオドさんを見留めたヴァンドットさんは、彼が引くには重そうな荷車に腕を伸ばして小さく会釈をする。

手伝おうかと聞いたけれど、これから行く冒険者ギルドとは反対方向だから辞退された。

歩き出した瞬間の重さだけ手伝って、えっちらおっちらと人波に消えていったヴァンドットさんの背中から視線を外す。

書類を受け取っていなかったことをニーチェさんとニコさんに怒られているオドさんの背が丸まっていてなんだか可愛い。

輪になっている三人の一歩後ろからお叱りが終わるのを待っていると、シシーがいるから、と曖昧に笑ったオドさんがさっさと話を切り上げ、私の体を逞しすぎる二の腕に抱え上げた。

ズメイの背中とはまた違う不安定さに慌てて両腕を広げる。

こうすればなんとなくだが左右の安定が取れる気がするのだ。


「お待たせシシー!まずはギルドに行くか!」

「う、うん」

「ちょっとリーダー!シシーを理由に逃げないでよ!」

「そうだそうだー!」

「お前らの小言は長すぎるんだよ…後で聞くから、先に用事を済ましちまおう」

「後でたっっっっっぷり、お説教だからね?」

「…オウ」


抱え上げられているのは私だというのにオドさんの方が縋り付いてくるようだった。

小さい声でそっと『ニーチェは怒ったら怖いからな。気をつけろよ』と囁かれたので頷いておく。だって今目の前にいる彼女の目が見たことがないぐらいつり上がっているから。

そうしてまずは冒険者登録をしにギルドへ行くことになっているのだけれど、お叱り時間は終わったのに歩き出したオドさんは私を降ろす気配がない。


「オドさん、私、歩ける」

「んー…ちょっとギルド出るまでこのままでいてくれ」

「なぜ?」

「昨日の夜、変な目が多かっただろ?」

「?どう関係する?」

「うーんとだなあ…」


完全に口を閉じてしまったオドさんはどう説明すれば良いものかと悩んでいるようだ。

けれど言ってくれなければ分からない。

昨日の変な視線と、冒険者ギルドと、一体何が関係してくるのか。

黙りこくっているオドさんに対して、呆れたようにため息を吐いたニコさんが両手を頭の後ろで組みながら私を見上げる。


「シシーはさ、狙われてるんだ」

「…私が?」

「そ」

「、分からない。なぜ私狙う?」

「今まで見たことも聞いたこともないドラゴンの従魔を持っていて、カザンビーク中に歓迎されてて、しかも女の子で、だからかなあ」


ますます意味が分からない。ズメイがいることで私を利用しようとしているのは、分かる。

ほとんどの人間は竜に勝てないし、ほとんどの魔獣は竜より弱いから。

ズメイが一暴れしたら国だって滅ぼせると豪語するのだからきっと、魔獣と戦うことが多い冒険者にはさぞ魅力的な戦力なことだろう。

とはいえ、少なからず竜と行動を共にするのだから自分たちにも危険が及ぶ可能性だってある。だから命の危険と戦力とを天秤にかけて、どちらに傾くかは人によるはずだ。

なぜ、カザンビークに歓迎されていることと私の性別に関係があるのか。


ニコさんが言うには、今のカザンビークは治安が少しばかり悪いらしい。

お館様が良い報酬で依頼を出したため、手っ取り早く稼ぎたい冒険者が集まってきて、素行の評判があまりよろしくなかったり、依頼の未達成数が多かったり、依頼主から苦情が入ったことがあったり、とそういう人たちが多くなってしまったそうだ。

国に対して悪意がある人たちはそもそも地上の門で止められてしまうためそちらの心配はないのが幸いだが、国内の治安が悪くなるのは問題である。


「ヒンコーホーセーな奴だったり正義感に溢れてる奴だったりはいるけど、正直、冒険者って荒くれ者の集まりだからさ、いるんだよ。冒険者になりたての奴を上手いこと言いくるめて、こき使えるだけ使って、取り分を渡さないって奴らが。しかもシシーは女の子で、さらには国を上げて歓迎されてるだろ?ちょっと脅して従わせられるし、ドラゴンがいればミルメコレオは楽勝中の楽勝だし、依頼を出したお館様に言えばもっと値段をつり上げられるしって思ってるんだ」

「そういう奴らに今のシシーは狙われてるってこと。だから昨日の夜、変な目が多かったのはあなたを値踏みしてたのよ。さっき覗いてきたけど、いくつかのパーティーはシシーを勧誘しようとギルドで待ち構えてるわ」

「昨日の会話聞かれてたか…防音道具持って来とけば良かったな…」


なるほど。嫌な感じがして肌がひりついたのは私に対して『悪意』が含まれていたからか。

ズメイは自分のやりたいことしかやらないし、やりたくないことをやる時はそれなりの理由があるはずだ。

私の『お願い』はたまに聞いてくれるけれど『命令』なんてしたこともないし、もししたとて聞いてはくれないだろう。

私とズメイはそういう関係だと思っているから、他人からどう見えるのかなど考えたことがなかった。


(他から見たら私の言うことを聞いてくれてるように見える…よな、うん、ズメイの声も私にしか聞こえないし)


つまり、だ。私が欲深い人たちに狙われ利用されれば、ズメイにも悪影響が出るということ。

いや、彼のことだから素直に従うことはないだろうし、怒り狂って周りを燃やし尽くし、逆にカザンビークが危ない気がする。

『ドラゴンの守護する国、ドラゴンに滅ぼされる』なんて号外は絶対に見たくない。

思わず想像してしまった最悪の未来に目の前が暗くなった。

舐められてはいけない、絶対に。カザンビークのためにも。


「私、弱い、見える?」


他人の目が分からないなら聞くのが手っ取り早い。

まずは一番近くにいるオドさんに聞いてみる。そっと視線を逸らされた。

ニコさんを見れば、さっきまで見上げていた目が前だけを見て、口笛を吹き始める。

最後にニーチェさんに顔を向ければ、目を逸らしながらも1つ頷かれてしまった。


「まあ、そうね…とても14歳には見えないし…」

「とんでもなく軽いぞ。持ってみろニコ」

「ちょっとお!女の子をそんな扱い方しちゃあ…って、ええええ、ちょ、ええええ、シシー、どこに食い物入ってんだ!?」


オドさんの二の腕からニコさんの腕の中へ。

私の両脇に手を差し入れて旗を掲げるように両腕を伸ばし、一向に降ろしてくれないニコさんは目を丸くしながら上に下にと必死で体重を量ろうとしている。

どうやら強い弱いの問題ではなく、そもそもとして『普通』の体格になるのが先らしい。


「二人とも!シシーを猫みたいに持つのはやめなさい!」


そう言ってニコさんから解放してくれたニーチェさんだって私の軽さに驚いた。

もっと食べるためにはどうしたら良いんだろうか。あんまり食べ過ぎると体が重いのに。



再びオドさんの二の腕に乗って入った冒険者ギルドは、セラフィーヌお姉さんのいる商会をもっと乱雑に、もっと賑やかにしたような場所だった。

オドさんたちと一緒に入った瞬間に突き刺さる視線を、事前に打ち合わせた通り、知らぬフリを通して受付までまっすぐ進む。

冒険者でない私を勧誘することはできないので、今は傍観しているといったところだろうか。

睨むように見てくる人たちもいれば、ニヤニヤと笑っている人たちもいる。

一瞬、モンロニアの広場が脳裏に過ぎってしまって喉が詰まり、どくどくと心臓が音を立てたけれど、もう一人じゃないのだと自分に言い聞かせ続けた。


受付担当の職員さんの前で降ろされ、長机越しに登録のための書類の提出と『口座の開設』を求められる。

口座とは何か分からなかったが、さっと説明してくれたオドさんによれば、依頼が完了したら報酬がギルドに支払われ、ギルドが冒険者に渡す際に使う『貯金箱』のようなものらしい。

冒険者になれば発行される金属の板が身分証となり、この身分証がなければ『口座』からお金を引き出せないのだとか。


報酬を貯めておくだけでなく、冒険者業以外で得た金銭も口座に入れて良いんだそうだ。

もし大金を得てしまったらメルグの時のように、使い切ることに注意しなければならない不安がなくなり、願ったり叶ったりである。

なんとか形になってきた西の文字で自分の名前を書き、職員さんがパチパチと何かを打ち込んで、穴が1つ空いた薄い銅の板を渡してきた。


「これで登録ができたぞ。良かったな、シシー」

「これ、身分証?」

「そうよ。ほら、ここに名前と、どこで登録したかが刻まれてるの。こっちは依頼完了数と、依頼を請け負った数の比率。仕事をこなせばその分だけ数が変わるわ。魔法でね」

「魔法、便利」


『シシー』

そう刻まれた板が、ズメイの相棒以外の私を支えてくれているようで嬉しい。

モンロニアにはいない私。罪人じゃない私。冒険者の私が、この板1枚で保証される。

なんと得がたい宝物だろう。冒険者になるつもりはなかったけれど、こんな宝物を持っていられるなら少しぐらい仕事をしても良いかもしれない。

鞄の中から適当な紐を引っ張りだし、板に通して首に引っかける。

落ちないように襟の間に差し込めばヒヤリと金属の冷たさが肌を撫でた。


「あー、リーダー、そろそろ…」


ニコさんが良いにくそうに囁いて親指で背後を指差す。

さっきまでの視線がさらに増えているのと、もっと強くギラギラと見られている気がした。

登録も終わったしさっさと出るとしよう。

示し合わせたように三人と頷き合い、さっと広げたオドさんの腕を掴んでさっきまでいた二の腕に座る。


周りなど気にしてないですよー、と言わんばかりに雑談をしながら通り抜けようとした時、前と後ろを見知らぬ男の人たちが取り囲んだ。

ニコさんとニーチェさんを無視して、オドさんだけ…正しくは私を抱えているオドさんだけ取り囲んでいる辺り、目的が分かりきっている。


「新しく冒険者になったその子に挨拶させてくれよ」

「先輩として色々教えてやらなきゃな」

「というか過保護すぎねえか?子ども扱いしてやるなよ、な、シシーちゃん?」


シシーちゃん、と呼ばれて背筋がぞわぞわしたのは初めてだった。

気持ち悪いの一言に尽きる感情を隠すことができず、うえ、と汚い音が口布の下から漏れ出る。どうどう、と馬をなだめるようにオドさんの手が私の膝を優しく叩いた。


「な、シシーちゃん、ちょっとお兄さんたちと話そうぜ?」

「そうそう、オドみたいな堅物と一緒にいることないって!」

「冒険者ってもんを教えてやるよ!」


オドさんは本当に背が高いんだな、と思う。

ゆっくりゆっくり近寄ってきている男の人たちより頭2つ大きい。

物理的に距離がある分、たしかにオドさんの二の腕は安全地帯かもしれない。

後でちゃんとお礼を言わなければ、と決めて、私に話しかけているであろう人たちに向かって声を出す。


「さっき冒険者になった、私シシー、よろしく。私、オドさんたちと一緒、仕事する。他の人、ごめんなさい」

「だそうだ。さ、道を空けてくれるか」


目線より上にいる位置で頭を下げることに意味はあるんだろうかと思ったけれど、下げないよりはいいから、と決まったのだが、いやこれ本当に意味あるのかな。

オドさんの威圧に負けて引き下がってくれる人たちもいるけれど、大半の人たちは、メラメラと燃えるようなきらめきを目に宿し、あろうことかグッと腰を落とし始めた。

完璧に『喧嘩』の流れである。


いざとなったら職員さんが止めてくれるとニコさんは言ったけれど、今いる職員さんたちは気弱そうな人ばかりで、慌てながらどこかに報告しに行く人、素知らぬふりで仕事をしている人、どうすれば良いか分からずおろおろするだけの人、といった具合。

とてもじゃないが頼りになりそうにない。


オドさん一人ならこの数、突っ切って逃げ出すことは出来るだろうが、私を抱えたままできるんだろうか。

そもそも私の問題なのだから三人を巻き込んじゃダメなのでは。

焦って降ろしてもらおうとした隙を見逃さなかった冒険者たちが我先にと飛びかかってくる。


その顔が本当に、本当に、判決を言い渡された時の群衆とよく似ていて。


落ち着け、大丈夫。そう言い聞かせる間もない今、今度こそ完全に体が固まってしまって、オドさんの腕から降りるのが遅れてしまった。

ああなぜ。いつになったら忘れられるのか。いつになったら怖くなくなるのか。

ズメイがいるのに、竜と絆を結んだのに、私が罪人だと誰も知らない場所にまで来たのに、何でこうも身が竦んで、呼吸さえ止まってしまうのか。

ひゅ、とようやく飲み込んだ自分の息に我に返るも、体は震えて足が動かない。

そうこうしている内に私を捕まえようと手を伸ばしてくる大きな手が眼前に迫っていた。

その手は私を罪人としてではなく、ただ利用しようとしている手だと頭では分かっているのに、どうしても『同じ手』にしか見えなくて。

きっと数秒間のできごとのはずなのに、なぜか大きな手はゆっくりゆっくり迫り、まだ私は捕まっていない。

不意に、ズメイではない、誰かの声が頭の中で響いた。


【戦え】


たった一言だけのこの声をどこかで聞いたことがある。

そう思った後のことを、よく覚えていない。


気づけば、両肩を掴まれ、揺さぶられ、眠りから覚めるように顔を上げれば、泣きそうな顔をして抱きしめてくるニーチェさんがいた。

気づけば、オドさんとニコさんが信じられないものを見るように、目を丸くして私を見ていた。

ニーチェさんの表情は分からないけれど、オドさんとニコさんのような顔は知っている。


【薄気味の悪い、人の皮を被った獣め】


二人の声じゃないけれど、二人から言われているような気がするなんて最悪だ。

抱きついているニーチェさんの体にそっと手を添え、目線を下げる。


「ごめん、なさい」


謝る以外に、私は何を言えただろう。





沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。

とても励みにさせていただいています。


不定期更新で申し訳ないですが、

必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。

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