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竜の民  作者: とんぼ
一章

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30/152

シシーのこと


ズメイの頭に乗せられて部屋に戻るやいなや、やっぱり吐き気を堪えきれなくて備え付けの浴室に駆け込んでしまった。

もう吐き出すものがなくなってふらつく足と共に寝台に仰向けに倒れ込む。

全身が痛いとか、目の奥が焼けるということはなく、ただただ胸焼けが続いているように気持ち悪い。

目を閉じてじっとやり過ごそうにも、先ほど見たものとまた違う赤い竜の記憶がちらついてゆっくり休めない。


「なんで赤い竜が記憶を…?」

「俺たちの話を聞いて、戦い方が分からないならと自分の記憶を飛ばしたようだ。まだあの竜が俺より少し体が大きい頃の記憶だから、役に立つと思ったんだろう」

「もうしないって言ってる…?」

「応えない。目が覚めたら聞いておこう」

「頼んだ…うう、なんでこんなに気持ち悪いんだ…」

「シシーは小さいからな」


ちゃんと体を鍛えておけばここまで酔いはしなかった、とからかい混じりの声がしたので、八つ当たりも含めてたくさんある枕の一つをズメイの方へ投げる。

腹立たしくも軽々と避けられてしまったようで、枕が絨毯の上に勢いよく落ちる音がした。

深くため息を吐き出しながら、竜の魔法について聞いてみる。

黙ったままやり過ごせるような気持ち悪さじゃない。

話をして気を紛らわそうと、仰向けだった体をうつ伏せにして、組んだ両腕の上に額を乗せた。


「ズメイもあの魔法を使えるのか?」

「あれはダメだな。『(おさ)』と同じ格の竜が使うものだ。とはいっても、あれは魔法というより魔力そのものに近い。死んだ後だからか生前の魔法とは違うやり方になっている」


本来は、竜の息吹が幻となって過去を再現する魔法だそうだ。

それはズメイが『長』と呼ぶ竜も使うことができ、竜をまとめる立場の個体じゃないと使えない魔法。

故郷の山にいる『長』はズメイが生まれてからほとんど眠っているので、実際に見たのは初めてだそう。

見たことがないのになぜ知っているのかと聞けば『理由は知らん。知っているから知っている』と言われてしまった。

本能のような何かが竜にあって、それが『知識』となっているんだろうか。

不思議、の一言に尽きる。まだまだ竜について知らないことがありそうだ。


「赤い竜も長?」

「ずいぶん前だが、そうだろうな。あの大きさに育つまでに200年、ここで死んだのが120年前、もしかしたら500年は生きていたかも」

「500年か。…テンジンさんに会ってみたかった」


瞼の裏でちらつく背中の影はとても大きい。

思わず全てを委ねたくなるような尊敬と、そんな人間になりたいと思う憧れが詰まっているような、そんな背中だった。

もし実際に会えたなら、教わりたいことがいっぱいある。


どうやったら空から落ちるのが怖くなくなる?

どうやったら竜と共に戦える?

風の中の走り方は、槍の握り方は?

どうすれば殺されるかもしれない時の身が竦むような恐怖を乗り越えられるのか。


赤い竜からの記憶の中で、テンジンさんはいつも笑っている。

小麦色の頬に皺を作り、歯をむき出して、喉の奥が見えるんじゃないかと思うぐらい大きく口を開いて。

あんな風な笑い方は、どうやったらできるんだろう。


少しも落ち着かない胸から空気を押しだしつつ、一つ一つの戦いの記憶を読み解いていく。

決して古いものから見れるわけじゃない記憶を必死で整理していると、まあ、とズメイの声が響いた。


「これで俺たちに合った武器が分かったな」

「それは…でもテンジンさんの武器じゃ?」

「初めてちゃんと、まともに戦うんだ。使いにくく感じたら変えればいい」

「、じゃあ」

「『槍』に決まりだ」


楽しみだな、と絨毯に落ちた枕を鼻先ですくい上げて寝台へ放り投げたズメイが、私の頭を撫でるように前足を動かす。

撫でるというよりかき回す、押しつぶす、こねくり回す、の3つが合わさったような表現が正しいけれど、ぼさぼさになってしまった髪がくすぐったくてそのまま放っておいた。

槍、槍だ。テンジンさんもかつて使っていたような、槍。

基本的に投げて使っていたようで、何本も予備を持っていたのが記憶から分かる。

折りたたみ、いや、何かの仕掛けで真ん中を中心に伸び縮みするような槍は、前を使っても後ろを使っても鋭く貫いていた。


普段は水を入れる竹筒を細くしたような短い棒を何本も腰帯に差していたようだ。

さっきは竜の背から離れて落ちていく光景ばかりに意識が集中していたが、改めて観察すると、自身の槍を投げては拾い、拾っては投げ、たまに捨て置くような戦い方である。

確かに何本あっても足りないだろう。

重さは無くて良いのだ。丈夫であれば。

なぜなら竜と絆を結べば筋力が上がる。何も鍛えていない私だって大の男一人をぶん投げてしまったのだから。

この腕力と、『見本』となるこの記憶があれば、少しはミルメコレオとも戦えそうだった。


「少し休んだらヴィーリンのところに行くぞ」

「うん!、ぇ、う…」


ようやく見えてきた自分の未来、初めて『あんな風になりたい』と思った姿に気分が明るくなり、胸焼けも落ち着いたと思った身を起こすと、急に動いたからかまた吐き気がぶり返す。

もう口布なんて気にしていられなくて取り去り、少し眠ろうと再び寝台に突っ伏して息を吐き出した。

やれやれ。呆れ混じりのズメイの声がして、こめかみの辺りを爪の先で突かれる。


「こんなに弱くて戦いたいというんだから、シシーは面白いな」



赤い竜に記憶を注ぎ込まれたシシー(あいぼう)がようやく歩けるまでに回復したのは、人間で言うところの午後3時。

地下から戻ってきたのがいつか分からないが、ずっと胸の真ん中をさすりながら唸り続けていた。


(本物の戦いを見て怖じ気づくかと思ったのに)


シシーの感覚は他の生き物と、いや、他の人間とずれている。

何をされたか分かった後、シシーの『心』が壊れるんじゃないかと不安だった。

竜だけでなくあらゆる生き物に対して優しい奴だ。

同族の人間が死んでいく様を見るのも、もう関わることができない動物たちが巻き添えになっていく様を見るのも耐えきれないと思った。


けれどシシーは、槍に貫かれる人間を見ても、竜の息吹に焼かれる影を見ても、発狂どころか涙も流さない。

『心』がない、訳では無い。もし心が無かったのなら、今頃俺はあの谷で死んでいただろう。

おそらく、ものの考え方が違う。

自然界の掟、いや、『本能』で生きるものの考え方と、シシーの考え方はよく似ている。


弱肉強食


弱い生き物は強い生き物に負ける。

母親の狼が子どもの狼を守って生き延びることがあっても、傷ついた熊がたまたま生き延びたとしても、食われる時は食われるし、生きる時は生きるのだ。

食われたくないから『自分に関係のない』縄張りには立ち入らないし、もし立ち入ったとしても逃げようとする。

シシーはそういう感覚が強い。

だからこそ、自分に関係のない同族が死んでいく様子を見ても狂わなかった。


自分の身の危険は分かるはずだ。

初めて俺を見た時は腰を抜かし、ガタガタと身を震わせていた。

だというのに、俺が怪我をしているのを知って近づいてきた。

やったことのない手当てをしようと、俺の爪も牙も目の前にあるのに手を伸ばした。

痛みから暴れる俺に飛びつき、自分の傷を晒してまで落ち着かせたあの時のシシーに、思わず圧倒されたのを思い出す。


あの目だ。あの目があったから、絆を結ぼうと思った。


自分の手でなんとかできるならば助けたいと、切に願うあの目に心臓が脈打った、あの感覚は何度思い出しても満足感がある。

動物とシシーが違うところはそこだ。『助けよう』と動く心がある。

それを成し遂げれるだけの知識がある。

生来の『癒やし』の力があるとしても、それが無くてもきっとシシーはあの時の俺を手当てしていただろう。

10年ちょっとしか生きていない子どもが戦うなど想像もできなかったが、あれだけの数の戦いを見ても泣かないなら、少しぐらい後押ししてやってもいいかもしれない。


とはいえ、人間の世界では生きにくいだろうと思う。

人間は特に『強者が弱者を守る』ことを誇りとする。

中にはそうしない奴もいるけれど、俺が知る限りの人間は、強者は弱者を守って当然だし、弱者は守られて当然だと思っている。

シシーのような子どもならともかく、人間の大人でも強い弱いで分けられているのはなぜなのか。

ずっと故郷の山で暮らしてきた。

故郷の山はいくつもの山が連なる、元は火山だった場所。

山の周りは雪に覆われ、俺としては暮らしやすい気候だが、人間たちにはそう簡単に歩き回れないほど寒いらしい。

俺と絆を結んだシシーは大丈夫。ならば、相棒(シシー)が人間にまた傷つけられるようなことがあったなら、山に籠もれば良い。


(だが、どうせなら少しぐらい奴ら(モンロニア)に仕返ししたい)


シシーがふらつく足に力を込めて立ち、俺に鞍を付けて背中に飛び乗る。

カザンビークは強い風が吹かないからか、命綱をつける音がしない。

仕方が無いのでゆっくり飛んでやることにする。


「槍はしっかり見えたか?」

「たぶん。模様までは見えなかったけど、説明はできるはずだ。あ、そうだ。今日、オドさんたちとお店で会うんだ。ズメイはどうする?」

「店?…いや、やめておく」


たしか食事をする所だったか。職人街のこともあるし、きっと俺が入れるだけの空間は無いに違いない。

店の前まで送ったらどこか適当な場所を見つけて休んでいる、と伝えれば少し不安そうながらも頷くシシー。

無理もない。あの冒険者たちと別れる間際、シシーとの間には『壁』があった。


人間の世界では生きにくいと思う理由は、何もシシーの考え方だけではない。

むしろ『この理由』があったからこそ、彼女の感覚にも納得がいったのだ。

いつ言おうか。そもそも言って良いものだろうか。


(お前の『気配』が『獣』そのものだなんて、どう伝えたら)


そして生まれながらの人間と違う『気配』があるからこそ、人間と長く付き合えないだろうということも、人間のことをよく知らない(おれ)が言って伝わるだろうか。




早くシドニア騎士王国編に入りたくてワクワクしています。

だいたいのプロットは組めているので、あとは文章を埋めるだけ…!引き続き、よろしくお願いします。


ーーーーーーーーーーー


沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。

とても励みにさせていただいています。


不定期更新で申し訳ないですが、

必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。

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