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竜の民  作者: とんぼ
一章

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29/152

竜の幽霊



黒い宝玉の中心に、黄色い流れ星が閉じ込められているような、綺麗な目だった。

目一つだけで私の身長ぐらいはあるんじゃないかという大きさだけれども。

蘇ったと思った赤い竜の体は、正しくは肉である部分が透けている。

骨格のある幽霊といった感じだろうか。


ズメイがくわえていた私を赤い竜の光る肉体のすぐ側で離した。

爪先から着地した足は驚きによって力を失って立ったままでいられず、赤い竜の目の真下に腰が落ちる。

私の姿を追いかける黒い目が、睨み付けるように弓の形に細まった。

けれどこの目の形が、悪い感情から来るものではないことを知っている。

ズメイと比べると大きさは雲泥の差だが、これは笑っている顔だ。


―――、――


今朝、庭で聞いた時のような鈴の音。

ところどころ澄んでいて、ところどころ錆がついたように鈍い、音の波。

ズメイ曰く、この音が赤い竜の『声』らしい。

後悔の念が魔法の力を借りて形を得て、幽霊になっている。それが今目の前の姿。

喜んでいるらしい。とても、とても。

かつての自分と相棒と同じように、人間がこの国で竜と言葉を交わしているのを見つけて、ずっと呼んでいたと。

ようやく声が上階に届いたのが今朝だったようだ。


ズメイのように言葉になっていない音の波だが、ズメイにはきちんと機微まで伝わっているらしくぶっきらぼうながらも訳してくれている。

骨の形をその身に透かさせたまま、赤い竜は嬉しそうに、懐かしむように、首をもたげた。

高く低く、歌うように喉を震わせながら芯が入っていない翼を広げて、言葉にならない鳴き声を上げる。


不意に赤い竜が息を細く長く吐いたかと思うと、苔の上を息が滑って光の渦を作る。

そうして目の前に人間の形が、赤い竜の体と同じく光の幽霊になって現れた。

ただし、意志があるようには見えない。

誰かに話しかけている様子だが、こちらと目が合うこともなく、声も聞こえない。

まるで目の前の人間には私たちが見えていないようだ。


男の人だった。モンロニアにもいた遊牧民族のように、ふわふわとした長毛の毛皮が袖口や襟、裾に添えられ、なめされた毛皮を青く染めた見頃を着ている。

下履きは見頃より濃い藍色。全体的に何かの模様があるけれど、足下に行けばいくほど光の粒となっているのでよく分からない。

黒髪、黒目。私と同じ。けれど肌だけが日に焼けたように浅黒い。

長い髪を後ろに全て流してまとめ、額に青い布を巻いている。

民族衣装のせいでかさが増して恰幅が良く見えるけれど、細身の体はよく鍛えられている気がした。


赤い竜がその男の人に鼻先を寄せて、触れられないはずの手の平に押しつけるように動く。

幽霊、幻。そんな存在には到底見えない男の人が、見えているはずのない視線の先にたしかに赤い竜を映して、手を伸ばして左右に揺らした。

私がズメイを撫でるのとそっくりの手つきに、『ああ』と腑に落ちる。


記憶なのだ。赤い竜が持つ、とうの昔にいなくなった『人間(あいぼう)』との記憶、その再現。


最後に快活に笑った男の人がすうっと足元から光の粒となって消えていく。

赤い竜にもいたのだ。その背に乗せて誇りと思う人間が。


「竜の民…」


ヴィーリさんが言っていた、カザンビークのドワーフたちが言っていた、竜と共に生きていた人たち、その名前を呟いた。

できることなら相棒と最後までいたかったと、赤い竜がズメイに囁く。

けれど人間の寿命は短く、その体が動かなくなるまではさらに早い。

一人で飛ぶ空も嫌いじゃないが、それでもやはり、その背に乗せていたかったと。

昔はもっといたそうだ。かの人や私と同じ、竜と絆を交わした人間が。

己の寿命が尽きようという時にはもうそんな人間は周りにいなくなって、自分に触れる者は潰えた。


――、―


ゆっくりと瞼を閉じて寂しそうな鳴き声を出した赤い竜が言う。

この地を守ることに後悔はないが、誰もが自分を神のように崇めるのでつまらなかったと。

そこに私たちが来て、もう一度、相棒のような人間と自分のような竜と話がしたかったらしい。

ちゃんと目を合せて、他愛もない話をしたかったそうだ。


「どうする、シシー」

「どうするったって、そんなの」


私で良ければ、だ。

この竜はただ昔を懐かしみたかっただけ。

今際の際にまで人々から崇められ、拝まれ、祈られて、そんな遠い存在で終わりたくなかっただけ。

そんな最後の望みが私で叶えられるなら、いくらでも話そう。


赤い竜の鼻先を撫でる。さっきの男の人よりずいぶん小さい手だが、撫でる場所は変わらないようめいいっぱい腕を伸ばして。

黒い瞳が三日月型にうねる。

ズメイが赤い竜に寄り添うように腰を落ち着け、顎と横顔を赤い竜に擦りつけた。

動物がよく挨拶としてする仕草に、竜も変わらないのだとなぜか口端が緩む。


さあ話をしよう。

生憎、そこまで話題は多くないけれど、話を聞くのは得意だ。

ズメイよりずっとずっと長く生きていて、山のように大きいその体が横に揺れる。


「ずっと喜んでるぞ。見た目と違って穏やかなメスだ」

「…メスなのか!?」

「何を言ってる?」


どこからどう見てもメスだろう、とズメイに呆れられてしまった。

口布の下で自然と口がぱかりと開く。

あまりの大きさと威厳にてっきりオスだと思っていたのに、メスだったのだ、この赤い竜は。


(シドニアに行ったら竜の記録を付けた方が良いかも…)


角も鱗も同じで、私としてはどうやって見分けているのかさっぱり分からないのだから。



ズメイを介して、赤い竜はいろいろなことを話してくれた。

かつての竜の民についてや、今まで見てきた景色、相棒である『テンジン』のこと。

120年も前に亡くなった故にたまに読み取れない部分はあるものの、赤い竜とテンジンさんは生まれた時から一緒で、色んな場所に旅をしていたそうだ。

夕方になると大地が燃えているように赤くなる砂漠の地、白い砂と翡翠を砕いたような色が続く海。

どうやって作ったのか検討もつかない高い高い建造物の町や、木々の間に器用に建てられ、吊り橋であちこちが繋がっている村。

強風が続いて飛びづらい日もあれば、人間の戦に参加した日々もあったという。


夢の中をまどろむように、ゆったりと進んでいく会話は次第に音が途切れていく。

赤い竜の輪郭が、テンジンさんの記憶が消えていった時のようにさらさらと光の粒となって、あっという間にうずくまった骨に戻ってしまった。

未練が無くなったのかと思ったが、眠くなった時のように力尽きただけだとズメイが言うので、まだまだいっぱい話せそうである。


赤い竜とテンジンさんは『戦える』

ならば、戦い方を聞けるのではないかと思ったのだ。


「ここに来た時より気配が薄くなった。そう長くは残れなさそうだ」

「、どれぐらい?明日?」

「さあな。ここまで大きいと残っている魔力がどれぐらいか分かりづらい。まあ、まだまだ話し足りなさそうだったから、限界まで粘るだろうさ」

「そっか…また呼ばれたら教えてくれ」

「シシーがそうしたいなら」


地下の墓地を出る階段を上がる手前、最後に一度お辞儀をして階段を上る。

暗い暗いと思っていた空間だが、下から昇っていると不思議と明るかった。

この後はどこに行こうかと話し出したズメイに、まずミルメコレオの話をする。

聞いたことも見たこともない魔獣に『今すぐ行くぞ!』と飛んでいきそうなズメイをなんとか止めて、私も行くなら武器をどうにかしたいと言ってみた。


「いつもので良いじゃないか」

「あれは解体用で武器じゃない」

「そもそも見に行くだけだ。シシーは背中に乗っているだけでいい」

「そうは言っても魔獣だろう?剣の一つぐらいあっても困らない」


不服そうに喉を鳴らされた。つんと濃い硫黄の匂いが狭い空間に充満する。

片手でそれを煽って和らげながら、ようやく見えてきた上階の明かりに足早に駆け寄った。

途端、ちりん、と赤い竜の声がする。

声がした、というのが分かるだけで詳しい内容はズメイにしか分からない。


「は?待て、シシーに何するつもりだ!?」

「え?私?」


慌てるズメイが盾になるように私と地下へ続く階段の間に立ち、大きく翼を広げて威嚇し始める。

何が何だか分からないが後ろに隠れておけというなら隠れておこうと翼の影に入るよう体を動かした時、光の矢が飛んできて黒い翼を何の苦もなく通り過ぎると、そのまま私の額を射貫いた。

射貫かれたけれど、傷はない。もちろんズメイもだ。

ともすれば矢ではなく、光の筋が体に当たっただけのような状態の中、知るはずのない光景が瞼の裏にこびりつく。


「「!?」」


びっくりしてズメイの体に飛びつけば、ズメイも同じ状態だったようで目を丸くして固まっていた。

知らない。こんな光景は知らない。

私たちを殺そうという明確な意志を持った敵が目の前にいる光景など。

殺意と呼ばれるそれらを一身に受けながらも、その牙で、爪で、手に持つ槍で立ち向かう光景など。

竜の背から単独で空に飛び上がって、突風に身を任せながら槍を操り、敵を屠っていく光景など。

落下していく体を竜にすくい取られ、そのまま敵陣に突っ込んでいく光景など、『私たち』は知らない。


見たことがないはずの光景が流れていっては切り替わる。

違う時期の、違う敵の、あらゆる光景を見た。

その時間はもしかしたら一瞬だったかもしれないが、突然フツリと切れた様々な光景たちが頭の中全部を占領して出て行かない。

情報が多い。膨大すぎて整理ができない。

頭を抱えながら、ひとまず階段を上りきろうと上を向く。


「あ、れ?」


ぐらっと傾げていく視界は、さっきも見た気がした。

赤い竜の声が聞こえるようになった時と同じ、いや、もっとずっと大きな揺れが頭の先から足まで突き抜けている。

地面が大きく波打っているんじゃないかという感覚の中、前に倒れそうになる私をズメイの頭が支えくれ、立たせようとするのではなくそのまま運び始めたので落ちないよう、力の入らない手で角を掴んだ。


「気持ち悪い…」

「だろうな。シシーが受けたことのない魔法だ」

「これが…?」

「赤い竜が使える魔法だそうだ。自分の記憶を他者に分ける」

「きおくを、?」


どうやら大きすぎる魔法がそれに慣れていない体に真正面からぶつかったため、酔ったようだった。

目の前が回る。運んでくれて助かるが、上下に揺れるズメイのおかげで腹が圧迫されてとてもとても苦しい。口の奥が酸っぱくなってきた。


「うぇ、っぷ」

「ここで吐くな!」

「ずめい、もっと、ゆっくり…ゆっくりあるいて…」


何で幽霊が魔法を使えるのかとか、光の筋に何で戦いの記憶が入っているのかとか、いろいろ聞きたいことがたくさんあるけれど、ひとまず今は出してはいけないものを出してしまいそうな口を抑えることしかできなかった。



更新予告から大幅に遅れてしまい大変申し訳ございません…

台風7号の影響で帰省の帰路が混乱し、気づくのが遅くなりました…皆さんはご無事でしたでしょうか…私は足止めをくらったもののなんとか家に戻れました…

お盆休み明けましたが、まだまだ熱さも続く様子。

熱中症だけには本当にお気を付けください…(祖父が危うく入院するところでヒヤヒヤした帰省でした)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。

とても励みにさせていただいています。


不定期更新で申し訳ないですが、

必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。

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