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竜の民  作者: とんぼ
一章

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27/151

ミルメコレオ



『国潰し』の話が気に入ったようで、さっきからズメイが嬉々としてその予想図を立てまくっている。

ズメイだけでは何日もかかるから故郷の竜にも手伝ってもらおうとまで言い始める始末。

皇族どころか皇都含め、近隣の村や町まで焼き討ちにしようそうしようと言うズメイに人間の私が頷けるはずもなく、気持ちだけ受け取っておくと必死でなだめている最中だ。

そりゃあ痛い思いをさせられた人たちがいるにはいるけれど、そんなの数人だ。

何千何万という無害な人たちに思うところなどあるわけがない。


モンロニアにしかない宝石がある、貴重な腕を持つ職人も、ドワーフにだって引けを取らない金細工だって、と必死で金銀財宝の話で引きつければ、ようやく『本当に復讐したくなったら言うんだぞ?』と翼を畳んでくれた。

本当に、その気持ちだけで嬉しいのだ。

血の繋がった家族たちだってここまで怒らなかっただろう。

いや、私に対して『不出来』『金食い虫』と怒っただけでそもそも皇族の理不尽には怒らなかったかもしれない。

改めてズメイに怒られて、皇族だってもっと他にやりようがあったのでは?と思い至ったぐらいで、他には何も思わなくなった。

事実、私と動物たちしかいないあの小さな離れで過ごし、誰とも知らない男を夫として死んでいくぐらいなら、ズメイの背中から落っこちて死ねる方が幸せだ。

まだまだ大勢の目や、大人の大きな手には怖さはあるけれど、全てを打ち明けてからはモンロニアに対して恐ろしいとは感じなくなっている自分に驚く。


(一歩前進、かな?)


『理想の自分』というものがまだ分からないが、ズメイに相応しい自分に近づけた気がした。

再び絨毯の上に寝転がって、今夜の宴はどんなものだろうかと話をする。

カザンビークにしかない魚はいるんだろうかとか、料理はどんなものだろうかとか、いろいろだ。

ずいぶん話し込んでしまい、窓の外から夜風独特の匂いが入ってきた頃、重厚な扉が叩かれ入室の許可を求める声がする。

温泉に行く前に声をかけた女性の声だった。

あの人以外にも数人分の足音がある。


「どうぞ」

「失礼します、シシー様。宴がそろそろ始まりますので、こちらをお召しください」

「おめし、えと、着替え?」

「はい!」


にこりと笑った女性のふくらと盛り上がった頬がなぜか赤い。

頬紅とは違う赤さに首を傾げていると、色とりどりの西の服が衣紋掛けに吊り下げられて運び込まれてきた。

若い人、年かさのいった人などなど、同じ制服を着た人たちもまた、最初の女性と似たような顔でニコニコと笑っている。


「シシー様は東からお越しでしょう?なるべく似た造りのものをご用意いたしました。こちらの桃色のドレスはいかがでしょう?」

「盛大な宴ですし、せっかくだからめいいっぱい着飾って!」

「ああ、水色も似合いますね!」

「「「さあどれにされますか!?」」」


これは逃げられないやつ。

やけに頬が赤いなと思ったら高揚していたかららしい。

彼女たちは手に櫛や髪飾り、桃色と水色の布を携えて今か今かと待ち構えている。

せっかくだから受け取っておけ、と念で伝えてくるズメイの声が笑いを含んでいる。

睨み付ければそっぽを向いて鼻歌を歌い始めたので、小さく奥歯を噛んだ。


そうしている間に、あれやこれやと布を当てられ服を引っぺがされそうになったので、慌てて一番肩が出ていない、赤い一着を掴んで、いつの間にか立てられている衝立の向こうに飛び込んだ。

着替えの手伝いに来ようとする人たちを制止して、さっさと着てしまおうと上も下も脱ぎ捨てる。


西の服は上下が繋がっているもののようで、背中側の紐を緩めて頭から被れば身につけられた。

ここまで着てしまえば背中側の紐を締めて貰うだけだと判断し、口布を指で抑えつつ衝立から頭を出す。


「背中、しめて欲しい、です」

「もちろんですよ!あら、口布は外されないので?」

「理由、宗教。家族、婚約者以外、顔見せれない、です」

「敬虔なのですね、素晴らしい!ですが口布がずいぶんすり切れていますね。似たようなものをご用意いたしますから、明日からはそちらをお使いくださいませ」


ああ、なんの躊躇いもなく嘘をつけるようになってしまった。

苦笑いで罪悪感をごまかし、背中の紐が締められるたびに体にそっていく服に驚く。

紐が前にあれば一人で着られそうである。

激しい動きにはたっぷりと布を使った長い裾が向かないが、機能的な作りなので次にこういう服を着る機会があれば前に紐があるものを選ぼうと決めた。

人に世話をされるというのが昔から慣れないのだ。


「なんて赤が似合うんでしょう!白い肌によく映えますわ~」


モンロニアの服とまるで違う。

袖は二の腕までが体に沿ったつくりで、肘から下はゆったりとした袖口になっており、下へ流れる曲線がとても優美だと、衝立と同じくいつの間にかあった鏡を垣間見て思う。

肩がそこまで開いていないものを選んだつもりだけれど、ずっと合せ襟の服を着ていた私からしたらとても開いている。鎖骨が丸見えになっている四角型の首元には、光で反射して赤い刺繍の唐草模様が浮き出ていた。

腰から足元まで伸びる布も、袖口と同じくたっぷりと布が使われている。

刺繍は首元だけにしかないのに、光の当たり具合で色を濃くなったり薄くなったりするのはなぜなんだろう。

下着の一枚を除けば、この服一枚。

少なくとも3枚は重ね着をするモンロニアの盛装より生地が重い。

ふと、いつの間にぴったりの長さの服が用意できたんだろうと疑問がわいて聞いてみれば、王宮にいらっしゃった王女様のお下がりなのだとか。

今は他のドワーフの国に嫁がれているので、着る人もいないという。

いないと言ったって王女様の物だったならば恐れ多いのでは、と緩んでいた体がガチガチに固まった。


『お下がりなら大丈夫…なのか?』

『こいつらがそう言うなら良いんじゃないか』


服を着る必要のないズメイが今だけとても羨ましい。

最後に踵の高い靴を用意されたが、こちらは大きすぎたのとはいた瞬間に転びそうになったので辞退し、踵のない別の靴に足を通した。


「次はお飾りですね!」

「おかざり…?」


言葉の意味が分からないまま肘掛け椅子に座らせられ、小さな鏡を前に次々と宝石のついた首飾りや髪飾り、耳飾りが当てられていく。

おかざりは『装飾品』のことのようで、こればかりは羨ましそうなズメイの視線が痛く、今つけているイヤーカフだけで良いと言っておく。

ズメイとお揃いなのに気づいた一人が、微笑ましそうに口元に手を当てて下がった。

そうだけどそうじゃないです。


ついでとばかりに髪を整えてくれた。

なんとまあ雑な切り方を!と怒られたのに苦笑する。

さっきから苦笑いしすぎて口の端が痛くなってきた。

長さの違う黒い髪に櫛が入り、家にいた時より丁寧に梳られる。

ふわ、と鼻先を何かの花の香りが通っていったのに気づいて口布の下で空気を吸い込めば、髪を梳かしてくれている人が『ジャスミンの香油ですよ』と教えてくれた。

花の特徴を教えてもらうと、東方でいうところの茉莉花(まつりか)だ。

あの花はこんなに豊かな香りだったろうかと首を傾げる。


「さあこれで綺麗になった!」


用意された鏡を覗き込む。

髪飾りを付けられるほど髪は長くない。

進められた首飾りはズメイが羨ましがったのもあるけれど、口布が首まで覆っているため似合わない。

少し前の自分が憧れたような軽やかな羽衣も、山珊瑚の簪もないけれど、丁寧に櫛を通された髪は今まで見たことがないぐらい艶やかで、着ている異国の服がとても綺麗で、それだけで別人がそこにいるようだった。


「ありがとう、ございます」


そう言いながら、深く深く、お願いだからこの感謝が届いてくれと願いながら、着飾ってくれた女の人たちに頭を下げる。

穏やかな空気が流れる中、一番年かさのいった人が一歩踏み出して部屋の外へ導いた。

ズメイはゆっくり足を伸ばして後に続き、導かれるままに宴の会場だという場所に向かう。

数歩進んだところで、ヴィーリンさんに渡しそびれたお酒のことを思い出し、慌てて踵を返して荷物から革袋を掴んだ。

ヴィーリンさんも宴に来ると言っていたので、渡さなければ。

角飾りだけでなく武器まで作ってくれるというのだから、金銭以外にもお礼をしたい。


「ヴィーリン様ならきっとお喜びですよ」

「そう、望みます」


長い長い廊下が花模様の装飾から物々しい装飾に切り替わっていく。

廊下の先で色んな人が話している声がして、そのほとんどが笑い声なのに安堵した。

離宮の扉とは雰囲気が違う、簡素な石造りの大きな扉を先導していた使用人たち二人が片側に一人ずつ立って、重い音を立てながら開いていくのを見届ける。

一瞬静まりかえった室内は大広間と呼ぶに相応しい。

けれどとても広くて天井も高いのに、大勢のドワーフたちが溢れかえっているからか狭く感じた。

髭と同じように豊かな眉の下にある目がジッとこちらを見つめる。

大勢の目がこちらに向かう感覚が、私の足を凍り付かせた。

怯んだ私に気づいたズメイがより隣に近寄って、鼻先をすり寄せ翼で軽く背中を押す。


『良い匂いがする。期待できそうだ』

『…うん、そうだな』


励ましてくれている。おかげでもう足は動きそうだ。

黒い鱗を一つ撫でて一歩踏み出した途端、怒号にも似た雄叫びが大広間を満たす。

ドワーフたちで埋もれて分からなかったが、何十と並べられている長机の上にはお酒の匂いがする盃が並んでいた。

そのせいか、どう見てもドワーフたちの顔が赤い。

私が来るより先に少しばかり始まっていたものらしい。

ヴィーリさんもよく飲むと思っていたけれど、ドワーフというのはお酒を水のように飲む種族なんだろうか。


「なんてめでたい日だ!」

「ドラゴンと一緒に酒が飲めるとは!」

「しかも伝説のドラゴン乗りも一緒だ!」

「ああ、ヴィーリに先を越されるとはなんてこった!ついこの前まで鼻垂れ小僧だったのに!」


声が大きい。広い空間に響き渡るとそれこそ竜のいななきのようだ。

けれど不思議と耳を塞ぎたくはならない。

活気がある、というか。歓迎されているのが分かるからだろうか。

大広間の中央、長机でできあがる通路を進む度に声をかけられ、比較的穏やかそうな人たちからは拍手を送られた。

たどり着いた先には、一際重厚な長机が横向きになっており、その前に国王様…お館様がいる。

隣には、波打つ白髪が綺麗な女性がいた。

一瞬王女様かと思ったが、よく見ればお館様と同じぐらいの年齢のおばあさんである。


(王妃様かな…なんて呼べば良いんだろう)


そもそも宴の前になんと挨拶をしたら分からず、真正面に向かい合って手を合せ、辞儀を捧げてからは何も分からず頭が混乱した。

が、そんな混乱を無視して、お館様が両手を広げて抱きしめてくる。

セラフィーヌお姉さんがしてくれたような、親しみを込めた抱擁。

口布越しに煙草の匂いがするのだけが彼女との違い。

背中を数度軽く叩いて距離を取ったお館様は、会った時と同じ満面の笑みを浮かべてズメイに向き直り、そちらに深く辞儀をした。


「今宵はカザンビークにとって最上の日。じゃが政も国も関係ござらん。どうぞ気軽に飲み食いしてくだされ」


緊張していたのはバレていたらしい。

ズメイと目だけを見合わせ、くすりと笑い『ご馳走になります』と言えば、それが宴の始まりだった。


王妃様はイリサ様というらしい。

本来ならば『御守殿(ごしゅどの)』と呼ばれるそうだが、彼女本人から名前で呼んで欲しいと言われてしまった。

イリサ様に手を取られて、お館様たちが座る席の隣に座る。

ズメイはお館様たちとは反対の場所だ。椅子の代わりに重厚な絨毯が敷かれていて、その絨毯には金糸が織り込まれている。

何から何まで有り難い。ズメイというか、竜の好むものがここにはたくさんある。

目の前に赤いお酒の入った盃が置かれた。


知っている、これは『わいん』と呼ばれるやつだ。

盃の取ってを持って鼻を近づけると、酒精と一緒に果実の匂いがする。

匂いからすると甘そうだし、飲みやすそう。

ドワーフたちが飲んでいるものとは別のようで、これなら舐めるぐらいなら飲めそうだ。

ふとズメイの方を見やれば、その前には大皿のような器に同じお酒が入っていて、彼も興味深そうに鼻の穴を広げている。


(そういえばズメイってお酒飲めるのかな)


飲めないことはないだろうけど、もし酔っ払ったら怖い。

ほどほどに、と念で伝える前にカンカン、音が響く。

お館様が指につけている金の指輪が机に当たるように鳴らせば、ざわざわとしていた室内が再び静かになった。

示し合わせたように手に盃を持ったドワーフたちが、お館様の声を待っている。


「再びドラゴンを迎えいれられたことに感謝を!」

【感謝を!】

「お越しくださったズメイ殿と、その乗り手、シシー殿に敬意を!」

【敬意を!】


乾杯!


聞き慣れない音頭に、初めての宴。

盃を上へ上げてから口元につけたドワーフたちに倣って、ぼんやり見ている場合ではないと慌てて同じように動かす。

口布をずらして盃を斜めにし、舐め取ったお酒はとてもとても飲みやすい。

唇についたお酒の滴を舐め取り、もう一度盃を傾ければ、次々と運ばれてくるご馳走がお酒しかなかった長机の上を満たしていった。


魚の丸焼きはもちろんのこと、豚の丸焼きに様々な種類の燻製肉、パン、チーズに梨や林檎の果実まで。

乾杯の合図からは、小説で読んだような宴が目の前で繰り広げられた。

わいわいガヤガヤとドワーフたちが話し、ことあるごとに盃をかち合わせ、モンロニアには馴染みのない西方の音楽が大広間を満たす。

蝋燭がたくさんついた燭台が天井からつるされていて、ドワーフたちの笑い声が響くたびに小さく火が揺れていた。


まるで物語の登場人物になったようだ。

この大広間の壁に宝石が埋め込まれている訳でもないのに、ずっと目の前がキラキラ輝いて見える。

声を聞いて、音楽を聞いて、見ているだけでとても楽しい。


「美味いぞ、シシー!お前も食え!」

「う、うん!」


ズメイはと言えば、目の前に用意された器から酒を飲んでは魚を食べ、爪先にパンを突きさしてものすごい勢いで食べていた。

その食べっぷりに私は若干引いたのに、ドワーフたちは憧れを見ているように『良い食いっぷりだ』と褒めるばかり。

それで良いのか、と思わないでもないけれど喜んでくれているなら良いのだろう。そういうことにしておく。

もっと太れと言われていたのを思い出し、ひとまず目の前にある豚の丸焼きを見たのだが、どうやったって切り分けられない。

ようやく使うのに慣れてきたナイフとフォークを手に固まれば、イリサ様がお付きの人に命じて切り分けてくれた。


「ありがとう、ございます」

「ふふ、カザンビークでの食事は初めて?」

「は、はい」

「男たちの騒がしさは無視して良いわよ。いつものことだから」


この喧噪はやはりいつものことなのか。

気を取り直して、取り分けられたそれをさらに一口台に切って口に入れる。

舌に乗った瞬間に香辛料のピリッとした辛さと、次いでやってくる肉汁の甘さが、食べているのに涎を出させてきた。


「美味しい…!」

「良かったわあ。さ、どんどん食べてちょうだいな。娘のドレスがよく似合うけれど、もっと食べた方が似合うようになるわ」

「あ、えと、ドレス?の用意、感謝、です」

「東の方からいらしたのでしょう?生憎そちらの衣装は疎くて、お気に召したかしら?」

「はい、とても、素敵」

「ふふふ、あなたみたいな可愛い子に着てもらえて服も喜んでいるわ。よかったら差し上げるから、どうぞ着てちょうだい」

「え」

「あら、遠慮しなくて良いのよ?」

「そうじゃそうじゃ!なんなら新しい服を用意しよう!」

「良いわね!日を改めて採寸しましょう!」


いやさすがにそこまでしてもらう訳には。

お館様もイリサ様もいかにも好々爺という感じだがこれに馴染んではいけない。断じて。

カザンビークを治める人たちなのだ。いくら優しくとも、私などを特別扱いしてはいけない。

そう言いたかったのに、目の前に積み上げられる料理と、矢継ぎ早に話しかけてはどんどん先へ進んでいく話題に『はあ』『はい』『そうですね』しか言えず。


(ヴィーリさんだけが押しが強いわけじゃないんだな…)


百歩譲ってヴィーリンさんの押しの強さは親子だからと納得できたが、重鎮でさえこうなのだ。この国の人柄なのだろう。

食べては話し、話しては飲み、飲んでは食べて。

こんなに食べられないと思っていた量が底を見せてきた頃、私たちのいる席の前にある長机に二人のドワーフが飛び乗って歌い始めた。

足を踏みならす度に、机に乗っている料理が飛びはね、酒がこぼれていく。

びっくりして持っていたパンを落とすと、これも『いつものこと』だと教えてくれた。

宴が盛り上がれば盛り上がるほど、酔っ払ったドワーフたちは歌を歌って踊りにもならない踊りをする。机の上で。


衝撃的だったけれど、底抜けに明るい雰囲気に気づけば笑っていた。

ズメイも一頻り食べてひとまず満足したのか、硫黄の匂いにお酒の匂いを混ぜつつ立ち上がり、ドワーフたちと一緒に踊り始める。

踊りというよりただ地団駄を踏んでいるようにしか見えないのだが、歌に合せて動かしているからきっと踊っていると思いたい。

長机も、それと合せた長椅子も、みしみしべきべきと音を立てている。

一気に血の気が引いて止めようとしたが、お館様に引き留められた。


「あらゆる物はいつか壊れるものじゃ。ドラゴンと一緒に踊ったという思い出はずっと残る。それでいいんじゃよ、シシー殿」

「でも、あれは、さすがに」

「ええんじゃええんじゃ!物を作るのがドワーフの生きがいじゃからの!次はドラゴンに踏まれても壊れない物を作ろう!のう、お前たち!」

「おお!それは腕が鳴るな、お館様!」

「材料は何にするか、ニワトコの木か、御影石か?」

「石だと冷たくて敵わん、やはり木だ」


竜が乗っても壊れない机とは果たして机と言って良いのだろうか。

とんでもない物を作りだそうとしているドワーフたちの精神に、まだまだ私は追いつけないようだ。

頭に尻尾の先に皿を乗せて、奇怪な動きで体を揺らしているズメイを止める気は失せ、好きにすればよいと椅子に腰を落とした。



宴といっても食事だから、入れ替わり立ち替わり席を変えることはないと思っていたのだけれどカザンビークでは違うようで。

どんどん盛り上がっていく宴の中で、私は招かれるままに席を移動し、旅の話やヴィーリさんのことを話している。

今は席を変えて、ヴィーリンさんを真正面にこの国の『工房師』と呼ばれる人たち四人と一緒だ。

呼ばれた際に持ってきたお酒を彼らに渡したが、酒と聞くなり飲んでいた分を飲み干して分け合ってしまったので今の革袋はぺったりしている。

とても強いお酒だったはずなのだが、ドワーフたちからしたら『まあまあ』の強さだったようで足元がふらつくことも、気を失うこともない。

一旦、見なかったことにした。

お酒の強さに驚いている場合じゃないのだ、きっと。


「そうかそうか、ヴィーリのやつは元気か!」

「『ずっとカザンビークにおっては新しい風を吹かせられん!』と飛び出して行ったからなあ」

「元気でやっているなら何より!」

「それよりヴィーリン、子に越えられたままで良いのか!?」

「良い訳あるかい馬鹿もん!シシー!お前の武器でヴィーリを越えるからな!まだまだ息子には負けん!」

「は、はい」


私に注がれたお酒は未だ残っている。

ちびりちびりと、それこそ塩をなめるように飲んでいるのだが、肩や背中を叩かれるたびにこぼれていった。

雰囲気に飲まれないよう、たまに果実を囓りながら話を続けていると、再び私の『武器』の話に。

ヴィーリンさんだけでなく、工房師の人たちも腕を組んで一緒に考えてくれた。

そうして、今まで戦ったことはあるのか、と聞かれる。


「ない、です。魔獣、ズメイが狩る」

「そうじゃろうのう。なんといってもナイトフェアリーじゃ。ほとんどの魔獣は気配に気づく前にあっという間じゃろう」

「シシーは武器らしい武器は持ったことがあるか?」

「鉈を。解体、私の仕事」

「そうか鉈か…であれば、最初はやはり剣が良いだろうな」


全ての武器の基本となる剣術。戦ったことがないならまずはどんな大きさであれ、剣が良いと言われた。

魔獣も種類が様々で、毒を吐いてくるもの、鉄を溶かす体液があるものもいるため剣が最強、とまではいかないようだが初心者ならば剣だと。

ならばどんな剣が良いか。

そこがヴィーリンさんたちの悩みどころらしい。

なんせ私はズメイに乗る。

馬に乗る騎士たちと違って、翼があり、空を飛び、時には火を吹く竜に乗ったなら、全くと言って良いほど自分の身を守る必要がないのだ。

ならば乗っていない時に戦えるように、けれど飛ぶ時に邪魔にならない長さがいる。

その長さが悩ましいと。


「どんな風に戦うか見れればええんじゃがの」

「やっぱり、ドラゴンに乗る人、いない?」

「おらんな。聞いたのはシドニアにおったという『竜の民』ぐらいじゃが、ずいぶん前に血が途絶えたと言うしの」

「そう…」


ううん、と黙りこくってしまった工房師たちを順々に見つめながらお酒をなめると『シシー殿』とお館様の声がした。

その声に振り返れば、宴が始まった時より大きくなった声が酔っ払い始めたのを告げているお館様が、少しだけ真剣な眼差しを私に向けている。

何かを察したらしい、隣に座っている工房師の一人が席を一人分ずらすと、その間にお館様がどっかと座った。

ちゃぷん。赤から飴色に変わったお酒が彼の盃の中で跳ねる。


「話を聞いてしまった。シシー殿は戦えるようになりたいと、武器を持ちたいとな」

「…はい。なりたい、です」

「そうか。ならば、物は相談なんじゃが」


そこで一度区切ったお館様は、手にした盃を煽って空にし、ヴィーリンさんに新しい酒を注いで貰ってから私を真っ直ぐ見つめた。


「ミルメコレオの駆除を、手伝ってもらえんか」


初めて聞く名前に首を傾げる。駆除と言うなら魔獣か、あるいは動物だろうか。

真剣な話であることだけは分かったので背筋を正せばヴィーリンさんたちが戸惑いの色を乗せた声を上げる。


「お館様、ミルメコレオは…」

「そうじゃ、シシーは戦ったことがない。あの数を相手にするのは無理ですじゃ」

「ああ、分かっている。だがズメイ殿がいるなら可能性はある。そうじゃろう?」

「それは…」

「そうですが…」


戦士でもあるドワーフたちがこうまで言う相手とは。

怖さもある。成し遂げられないかもしれないという不安もある。

だが、これで私が戦えるようになるのなら、もっとズメイに相応しくあれるようになるのなら、試す価値はあると思った。


「詳しく、聞く、です」


申し訳なさそうに眉を下げたお館様は、お酒に反射する自分の顔を見つめながら話し始める。

ミルメコレオ。

蟻と獅子が合わさったような魔獣。頭は獅子に似ていて、体は蟻。

性格はやはり魔獣なので、敵と見なした生物には牙を向けてきて、蟻らしい天井も床も無視した動きと獅子らしい鋭い牙で襲ってくるという。

いつもなら卵から孵る前に駆除ができる上に、孵ったとしても草も肉も食べないので勝手に死んでいく。

けれどなぜか最近、大量に出現し始め鉱物を食べるようになったという。


「地下のどこかに卵が大量に産み付けられているのは分かっておるんじゃ。じゃが、それを調べる前に親であるミルメコレオが群れとなって襲ってくる。しかもカザンビークの要である鉱物を食べながら。金も銀も原石も関係ない。あやつらは石を食べるようになった。今もわしらが掘っている坑道以外も遠慮なく食い続けとる。このまま増え続ければ、カザンビークの山さえ食いつくしかねん」


それはカザンビークが無くなってしまうということ。

王であるお館様には悩みの種だろう。

討伐隊を組んで立ち向かおうにも、鉱物を食べるようになった魔獣が相手では武器も防具も食い破られてしまう。

今は火を放って対処しているようだが、火で焼くには限界がある。

坑道以外のミルメコレオが作った道から火を免れた群れが飛び出してくるかもしれない。

初めての戦いの場、けれど絶好の機会。

きちんと考えなければカザンビークの存続に関わる。


「…ズメイに話、します。必ず」

「ああ、よろしく頼む。…さて、湿っぽい話はやめにしよう!剣だったな、シシー殿ならば多少華美な装飾をしても良いだろう!」


お館様の明るい声でその場の空気が変わった。

話題は私の武器の話になったし私もヴィーリンさんたちも楽しんでいるけれど、頭のどこかで、見たことも聞いたこともないミルメコレオの影がちらついている。

誰にも気づかれないようにそっと、左足の傷がある場所をドレスの上から撫でた。





蟻のモンスターってどんな種類があるのか、せっかくなら実際の伝承とかに残っているやつを出したい、と探した結果『ミルメコレオ』というものがありました。

聖書の誤読らしいのですが、私の想像で書いていきます。


――――――――――――――


沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。

とても励みにさせていただいています。


不定期更新で申し訳ないですが、

必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。

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