最初の喧嘩
「なるほどのう、角飾り。これはベルトじゃな。センスは悪くないが味気ないのう。石はそのままで、新しく作ってやろう」
「良い、ですか?」
「もちろんじゃとも。ズメイ殿は他にどんな飾りがお好みかな」
場所は変わって、ヴィーリンさんのいる工房に。
工房の裏手には小さい庭があり、ズメイぐらいの大きさならば入れる大きさだと言われたので、通りを行く私を目印に飛んで移動してもらう。
裏手に降り立った竜に鍛冶師の皆さんは浮き足立ったが、ヴィーリンさんの一喝で蟻の子のように散っていった。
その一喝があまりに大きかったので思わず耳を塞いでしまう。
あんなに色んな音がしている建物の中なら、これぐらいの音量を出せないといけないのか。
ズメイが話すのを通訳しながらヴィーリンさん手で描かれていく角飾りの図案を覗き込むと、お楽しみじゃと隠された。
その仕草もヴィーリさんそっくりだ。
大人しく離れて、図案を楽しみにしている最中、ズメイが念話で話しかけてきた。
『さっき妙にざわついた感じがしたが、何かあったか』
『…ちょっと人に絡まれただけだよ。問題ない』
『絡まれた?』
『一人、投げ飛ばした』
『クックッ、そいつは良い。ようやく動けるようになったか』
『動けるように?私が?』
『気づいてなかったのか。シシーは、大人の男と会うと体が固まる。特に自分より大きいとな』
図星だった。
そんなことない、と意地を張ることもできない指摘に視線を落とす。
喉を震わせながら額を擦りつけてくるズメイは慰めてくれているようで、礼を言う代わりに鱗を撫でた。
座っている私の膝に頭を落ち着けたズメイの、ほどよく冷えてきた肌が心地よい。
鉛筆が紙の上を滑る音だけがする中、ふとさっき思ったことを話してみようと思う。
『ズメイ』
『ん?』
『私、戦えるようになりたい』
頭を膝に乗せたまま黄色い目だけを上に向けた彼をしっかり見つめた。
竜は返事をしないまま、視線を前に戻して瞼を半分下ろす。
ふう、と呆れなのか諦めなのか分からない息が、ズメイの鼻から漏れた。
庭に伸びている尻尾の先は、迷いを告げるように左右に揺れている。
『…やっぱり無理か、私みたいな泣き虫は』
『…………………無理じゃない』
自嘲を混ぜて無理矢理笑えば、長い長い間を開けて竜はそう言う。
戦えるようになる。それ自体は悪くない、と。
これから私には色んな悪人がついて回るだろう、ズメイが側にいない時には必要なことだ、と。
その言い方が、まるでズメイ自身の迷いを伝えてくるようで。
なぜ迷うのかと思う。そこまで分かっているなら、やっぱり私は戦えた方がいいのに。
不機嫌そうにいななくズメイをなだめながら、なぜ、と聞いてみる。
その答えは私には分からない言葉だった。
『傷を癒やす手が血に汚れたら、シシーが傷つく』
『…私が?』
血に汚れるからなんだというのか。治療のためには血に触れることは当たり前なのに。
驚いて固まれば、膝の上でゆっくり頭を振ったズメイが『分かっていないな』と。
『戦いを覚えたらその終着点は生きているものを殺すことだ。もし牙がかすっただけだとしても、火が燃え移っただけだとしても、結果死んでしまえば、爪を突き立てるのと変わりは無い』
『生きているものを殺す…』
『今まで人間を助けよう、動物を助けようと動いているお前ができるか?もっとよく考えろ、シシー。お前の手は、命を癒やす手だ』
『…』
『お前が戦わなくても俺がいる。俺が戦って傷ついたらシシーが治す』
『……でも』
『?』
『あんな奴らに怯える私は、ズメイに相応しくない、だろ』
ズメイは強い者が好きだし、そんな者を背に乗せるのが誇りだ。
今の私は全く強くない。
暗い場所でも明るく見えるようになった。
遠くにある音をはっきりと聞こえるようになった。
矢が飛んでくるような速い動きもしっかり目で追えて、手で触れるぐらいの反射神経にもなった。
火の魔法を使えるようになった。力持ちになったのは言わずもがなだ。
けれど、それら全てはズメイと絆を結んだからできるようになったことで私自身の力じゃない。
癒やしの力は本来の力だとしても、使い方も分からないならいざと言う時、意味が無いように思う。
言葉使いだけはズメイに足るようにと気をつけているが、ふとした瞬間に前のようになってしまうし。
私は『恩人』だから彼の背に乗せて貰っているのだと、ずっとずっと感じている。
今は昼なのに視界がぼんやりと形を無くしていくような気がした。
涙は出ない。ただただ気分が沼の奥底に沈んでいくような気がするだけだ。
そんな私の頭の後ろを、黒い尻尾が強かに打ち付ける。
スパァン!と張り手のような音が響いたので、さすがに鉛筆を走らせていたヴィーリンさんも目を丸くしてこちらを見上げた。
「命が救われたぐらいで背になんぞ乗せない!」
「でも「見くびるな俺を!」っ、」
念話ではない、ズメイの怒鳴り声が降ってくる。
膝の上から身を起こして上から見下ろしてきた彼を視線で追いかけることは気が引けて、ぎゅう、と膝の上で握った拳が服に絡みついた。
ヴィーリンさんからはギャアギャアという鳴き声にしか聞こえていないだろうけれど、何かに怒っているというのは分かったようで、神妙な顔をして固まっている。
ああ、困らせてしまった、申し訳ない。
そう思って視線をさらに深く落とした時、シシー、と私の名を呼ぶ声がした。
「たしかに俺は強い奴が好きだ」
「…」
「本来なら、あんな小さい火しか灯せないやつは好きじゃない」
ああほらやっぱり。
体がどんどん冷えていく。
次の瞬間、髪をられた時のような決定的な言葉が飛んでくるのではないかと、幾通りものそれを想像すればするほど、爪が白くなっていった。
もう一度、私の名前を呼んだズメイは、うなじ辺りの襟に爪先を引っかけて無理矢理私を立たせ、前足二本でわし掴むと、鼻先近くに両目を近づける。
怒りに染まった竜の目は恐ろしいのに、なぜか切ない気配を漂わせていて。
ガア、と耳が拾った竜の声が告げる。
「俺は、俺がそうしたかったからシシーと絆を結んだ」
「…………ズメイ?」
「相応しくない奴と絆なんて結ばない。シシーが弱いのは当たり前だ。こんなに骨と皮がくっつくような体で、強いなんてあるはずがない。戦えるはずもない」
「え、…え?」
「戦えるようになりたいだと?ならまずその体を太らせろ。話はそれからだ。全く…何だって戦えないことと相応しくないことが一緒になるんだ?」
ズメイの体に抱き込まれ、頬ずりされ、いくら滑らかな凹凸だとしてもこれだけ力を込められれば痛くもなる。
うっかり洗濯板の気持ちが分かってしまったけれど、ひりひりと痛む肌はきっとすぐ痛くなくなるだろう。
一頻り体を擦りつけて満足したらしいズメイだが、両足から私を解放することはなく、ずっと握りしめられている。
真っ黒な鱗を撫でながら、やはり思う。
ズメイがそうしたいから私と絆を結んだというのなら、私もそうしたい。
相棒なのだから。
いつか危ない時が来るかもしれないし、来ないかもしれないけれど、絆を結んだ時の誓いは今も続いていて『ズメイがしてくれたように』私も彼を守りたいのだ。
「やっぱり私、戦えるようになりたいよ」
「お前はまた「ずっと」…何だ」
「ずっと、ズメイと一緒にいたいから」
「……………まずはもっと太れ。そんなんじゃ猪に突っ込まれて骨が折れるぞ」
「ふふ、うん、分かった」
長い長い間を空けて、ようやく納得した竜はやっぱり私を手放してくれなかったけれど、握りしめる力が少し緩んだ。
心配してくれてありがとう、と念で伝えれば、拗ねる時の鼻息と共にそっぽを向かれてしまう。
「……あー、喧嘩かの?」
ヴィーリンさんの戸惑ったような声が響いて、我に返った。
彼からしたら私がいきなり尻尾で叩かれたし、独り言を言っているように見えたし、いきなり竜が吠え始めるしで驚きの連続だったろう。
突然巻き込んで申し訳なく、素直に謝って『喧嘩のようなものだ』と伝えれば、一つ頷かれた。
「若いからの。喧嘩の一つや二つ、した方がええ」
「そう、ですか」
「ああ、そうじゃとも。…ところでシシー」
「?はい」
戦えるようになりたい、と言ったな
その時のヴィーリンさんの目の輝きをどう表現できるだろう。
さながら狼が枝葉の隙間から獲物を定めた時のような、そんな輝きだったとだけは言えるのだが。
■
「ドワーフの執念怖い…」
「角飾りより熱心に聞いていたぞ、あいつ」
どうやらヴィーリンさんは武器を中心に作る鍛冶師らしく、私が『戦えるようになりたい』と言った瞬間に饒舌になったのだ。
話しながらも手の大きさを測られ、弓が良いか剣が良いか、いや槍か、と悩まれ、いろいろ質問される中で力持ちになったことがヴィーリンさんにばれてしまい、オドさんが持っているような大剣を持り込まれた時にはさすがに遠慮した。
あの大きさは、経験がまるでない私には無理だ。
同時に、ズメイと同じように『太れ』とも。
戦うにはまず体。何より体作りが必要になると。
服を着ていてもヴィーリンさんの二の腕と私の腕では明確な差があるので、たしかに、と頷いたけれど、太るのと体作りは違う気がするのだが、筋肉を得る以前に体が小さいということだろうか。
武器も作るからな、とヴィーリンさんが言い切ってからはさっさと工房に入って行ってしまったし、時間もかなり経っているので一旦離宮に戻ることにした。
今は宴のお迎えが来るまで部屋でくつろいでいるところだ。
「あの調子なら、剣どころか弓も槍も持ってきそうだぞ。どれか一つに選んでおいた方がいい」
「選ぶっていっても…やっぱり剣かな…」
「その細腕でか?解体するのとは訳が違う」
「じゃあ、槍?」
「背が小さすぎる」
「じゃあどうすれば…」
絨毯の上でゆったりと寝そべっているズメイの隣で私も絨毯に寝転がっている。
湯あたりしたようで、今寝台に飛び込めばぐっすり眠ってしまいそうだったからなのだが、絨毯も桁違いにふかふかでよく頭が働かない。
明日オドさんに聞いてみよう、と考えるのをやめ、ぼんやりと天井を見上げる。
「天井も豪華だ…」
「うん?おお、ドワーフの手は器用だな。あんなに細かい飾りもできるのか」
金や銀が施されていないからかズメイはすぐに興味を失ってしまい、すぐに絨毯に顎を埋めさせた。
透かし彫りというのだろうか。
石材の境目なんてないのに天井一面に六角の星の彫刻がされている。
西の屋敷には、天井に絵が描かれていると聞いたことがあるが、これはまた別の意味で『絵』のようで目を奪われた。
天井も、床も、壁も、家具も、寝台も、あまりにも豪華。
しかも私たちのために宴までする。
やはり『罪人』の私が寝泊まりして良い場所じゃない。
「…なあ、ズメイ。まだ話してないことがあるんだ」
「話してないこと?」
「ズメイと出会う前のこと」
「出会う前…怪我をしていたことと関係があるのか?」
「…、うん」
ズメイにさえ話していない、私の『罪』
私目線から言えば濡れ衣。けれど『記録』は有罪のそれ。
言えなかった。言わなくとも竜のズメイなら問題ないだろうと、関係ないだろうと思って先延ばしにしていた私の弱点。
言うなら、きっと早い方が良い。
天井から視線を外し、ズメイの前で正座をする。
真面目な話をする時は正座。生まれ育った習慣というのは取れないもので、気づいたら足をたたんでいた。
興味があるのかないのか分からない黄色い目だけがこちらを向いて、暗に『言いたくないなら言わなくても良い』と告げている。
それに一度首を振って、まず顔に傷ができた時のことを話した。
第四皇子に魔獣が向かったこと。
それを阻止したら自分に向かってきたこと。
傷が酷くて意識を取り戻した時には罪人になっていたこと。
血の繋がった家族は何の助けにもならなかったこと。
一人、国を追われたこと。
追放されたこと自体は特に何も思わないこと。
今はズメイと出会えて幸運だと心の底から思っていること。
たまに言葉につまる私の話を静かに聞いている竜は何を思うだろう。
背に乗る人間がこんなで、どう感じるだろう。
もし拒絶されたら。今怖いのはそれだけ。
長いような短いような『今まで』を話すと、ズメイの喉が不機嫌一色に唸り始め、壁に埋め込まれている燭台が小刻みに揺れ始める。
やはり嫌だったか、申し訳ないな。
手を床について土下座の形で頭を下げようとした時、竜は唸り声をさらに高鳴らせて怒った。
「道理でたまに話が噛み合わない訳だ!!」
「…え?」
「何でもっと怒らない!?怒れ!道理に合わないと、理不尽だと暴れろ!なんで受け入れてるんだ!?」
「え、え?」
「まったく!!卑屈になるのも大概にしろ!いや、その自覚すらないのか?よし、これから俺が鍛えてやるからな!」
翼を広げ、尻尾をしならせて怒る様子はとても恐ろしい。
恐ろしいはずなのに、なぜだろう。もっと私に怒れという声があるからか、怖くない。
少なくとも私に対して怒っている訳ではなく、これからも一緒にいてくれる様子。
それさえ分かれば満足だと床についていた手をそのままに胸を撫で下ろせば『また変な考え方をしているだろう』と頭突きされた。
「戦えなくていいなんてもう言わない!全て取り消しだ!何が何でも戦えるようになれ!成長したらお前を追い出した奴らを痛い目に合わせに行くぞ!」
「はあ!?それはダメだ、無理だ!相手は皇族だぞ!?」
「皇族がなんだ!竜の俺の方が強い!つまりシシーの方が強い!」
「腕っ節の話じゃなくてな!?」
つい緩んでしまう口元は、今は口布で隠れている。
二度と東には行きたくないと言っていたのに、モンロニアに一緒に行くつもりなこと。
ズメイが怒る理由がまだ分からないけれど、どうやら私のためらしいということ。
何よりもそれが嬉しくて、自分が罪人であるというのはズメイの前なら忘れられそうだった。
怒りのままに今にも飛び出して行きそうなズメイをなだめるも、まだまだ炎は治まらない。
最後の最後には、復讐したいならすればいい、と声高に胸を張ったズメイに私は頷くしか出来なかった。
「人間の国の一つや二つ焼いたって、俺はなんとも思わんぞ?」
「私が怖いからやめて…」
たいっへん遅くなってすみません…
仕事だ旅行だで忙しくしておりました…
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沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。
とても励みにさせていただいています。
不定期更新で申し訳ないですが、
必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。




