職人街
「温泉、気持ちよかった…」
「顔を真っ赤にして何を言う。ほらしっかり立て」
調子に乗って長湯しすぎたようで、すっかりのぼせてしまった。
今はズメイの背中にうつ伏せで脱衣所に運ばれている。
おぼつかない足取りで歩き、用意されている水をありがたくいただいた。
ほどよく冷えた水が頭に効いて、1杯、2杯と飲めば瞼の裏の赤さも引いてくる。
脱衣所に入る前に、体を震わせて水滴を払ったズメイ。
けれどまだまだ水分は取れず、床が足跡の形に色を濃くしていた。
慌てて体を拭く用の布と思われる柔らかな白い布を何枚も持ってきて、鱗の肌に滑らせる。
「こうやって世話をされるのは良いものだな」
「今まではどうしてたんだ?」
「他と変わらん。水浴びをしたらそのままだ」
「それもそうか…」
ズメイも他の竜も、人間のように細かな動きができる手はないのだから。
物を掴んだり離したりがせいぜいだし、狩りをするならそれで十分だろう。
食事だってだいたいが丸飲みだ。
私が賢明に拭いているというのにズメイは専用の水飲み場に首をもたげている。
文句の一つも言いたくなったが、彼の口調がいつもより浮ついているので、少しのぼせているのかも。
(竜ってのぼせるのか…?火を吹くのに?)
浮き上がった疑問は考えてもしょうがない。のぼせたなら、そういうものなのだ。
そういうことにして最後に尻尾を磨き上げ、自分の体もついでに拭く。
あの日狩られた髪はようやく肩ぐらいになった。
それでも不揃いだけれど、すぐに乾くので便利だと思う。
これから伸ばすかどうかはともかくとして、カザンビークにいる内に切りそろえて貰う方が良いだろう。
脱衣所に設置されている鏡を見つめる。
久しぶりに見る、自分の姿。
以前見た時は包帯が体中に巻いてあった。
足元を見る。左の太ももに爪痕1つ。
左腹部には、爪痕ではなく何かの刺突痕のような傷跡がある。
(そういえば倒れた時に何か一緒に落ちてきたような?)
狼型の魔獣に飛びつかれた時、その魔獣に当たって割れたか砕けた尖った何かが私にも当たった、と思う。その時の傷だろう。
左肩、爪のある手に掴まれ、引っかかれた傷。
これらを見れば左側を押しつぶすように魔獣が乗りかかっていたのが分かる。
最後に顔。
右から爪が振りかぶってきて、耳の一部を刈り取りながら横に一線。
本当に、よくもまあ生きていたものだと思う。
引きこもっていた生活でやけに白い肌にこの傷跡だ。余計にむごたらしく見える。
(……うん、結構落ち着いてるな、私)
傷跡を自分で見て半狂乱にならないことを確認した。
良いことだ。これから生きていくのに、自分の姿が反射しない物を見ずに済むなんてありえないのだから。
肋骨が浮いている自身の体に周りの人たちが『痩せすぎ』と言っていた理由が分かっただけで、傷の大きさにも多さにも取り乱していない。
自分の心に何が起きたか分からないけれど、一時のことを思えばずいぶんと成長したようだ。きっとズメイのおかげだろう。
とはいえ長く見ていたいものでもないので、鏡の前から離れて着替えを掴む。
旅の最中は様々な危険から身を守るために厚手の生地の服だが、今日ぐらいは違ってもいいと思った。
今まで着たことのない、藍色の麻でできた上衣と下衣を身につけ、上衣を腰紐で固定する。
離宮の鍵を落とさないように、鈴のついた部分の隙間に紐を通して帯飾りとして腰紐に通した。
動くたびにチリチリと鈴の音が鳴るのでより安心だ。
まだまだ湿っている髪に布を押しつけ、左右にかき混ぜる。
水分を含んだ布を取った瞬間にぼさぼさになった髪が出てきたので、簡単に手ぐしで整えた。
最後にいつもの口布を頭から被り、耳に引っかけて固定すれば着替えは終わりだ。
ちょうどその時、たらふく水を飲んだズメイが『次はどうする』と聞いてくる。
温泉に入った、お腹は空いていない、このまま離宮に戻って休んでしまいたい気持ちもあるが、せっかく外に出たので町を見て回りたい気もする。
ううん、と悩んでズメイのやりたいことを聞いてみた。
途端、彼の黄色い目が黄金の色に変わった。…気がする。
「角飾りだ!」
この脱衣所、二足で立ち上がって尚、余裕のある広さで良かった。
うっかりすると角が天井を削るかと思ったけれど問題なさそうである。
胸を撫で下ろして自分の荷物をまとめ、最後にズメイの鞍を取った。
が、せっかく温泉に入った後の開放感を感じているのだ。
カザンビークの空を飛ぶぐらいならば鞍をつけなくても大丈夫だろうと、荷物に鞍をくくりつけて背負う。
「鞍は良いのか?」
「うん。ずっと付けてるのも邪魔だろ?あ、ただし私が落ちたらちゃんと拾ってくれ」
「任せとけ」
落とす前提のような相づちが不安だが、まあよしとする。
■
温泉街には娯楽施設のみがあるらしく、角飾りがある店はなそうだと外で待ち構えていたダゴンさんに教えられた。
そもそも角飾りがあるのが驚いたが、それも国王様の命で鍛冶師が見習いの時から作るようになったらしい。
ほとんどは売れないが、ドワーフが作ったというだけでお金のある人たちの見栄のためだったり、たまに従魔の首輪としてだったりで売れていくのだとか。
「そうだ、せっかくならばヴィーリの父の元へ行ってみては?」
「ヴィーリさんの、父」
「はい。職人街に一番大きな武器工房があるのですが、そこにいるんですよ。そこの工房師の一人として名前を連ねています。ヴィーリからの手紙も彼が受け取りました」
「こうぼうし?」
「馴染みがないですかね。工房に所属し、技と腕を磨いて『一人前』となったら独立する人が大半なのですが、たまに工房を離れず生涯努める人がいるのです。その中でもお館様に献上できるほどの品を鍛える腕を持つ人を『工房師』と呼びます」
「ダゴンさん、ヴィーリさん、父、知ってる?」
「それはもう。彼の父と私は長い付き合いなので」
それを聞いてようやく腑に落ちた。
カザンビークで指折りの鍛冶師であるヴィーリさんの父が友人なら、ヴィーリさんを呼び捨てにして親しげにするのも分かる。
そういえば120年前当時に子どもだったと。
つまりダゴンさんは100年以上生きている。
最近、長命の人たちと簡単に会えてしまうので頭が混乱してきた。
見た目と年齢が違いすぎる。
くらくらする頭を抑えながら、職人街にあるというその武器工房の場所を教えて貰う。
「ああ、彼はヴィーリンという名前です。もし他に連れ込まれそうになったら、その名前を出してください」
「連れ込まれ、…え?」
「シシー殿もズメイ殿も、すでにカザンビークでは人気者ですから」
不穏な言葉とは裏腹に穏やかに笑って見送られてしまった。
■
地図を頼りにせずとも、職人街という場所は上から見てすぐに分かった。
ヴィーリさんの家によく似た、独特の形をした煙突のある建物が建ち並ぶ地区の手前に降り立ち、荷物の中からヴィーリさんに渡された酒の入った革袋を取り出す。
なんとなくだが、今が『いざという時』のような気がしたのだ。
職人街の町並みはあちこちから金属を打ち付け合う音と擦れ合う音が響いている。
通りは買い付けだったり、注文する人だったりが大半だが、開いた店先の暗がりには、袖をまくって腕に汗をにじませている鍛冶師たちが赤い炉と向き合っていた。
カンカン、こんこん、ギインギイン。
楽譜になっていない音楽を聞いているようでちょっと楽しい。
「少し狭いな」
「違う場所で待ってるか?」
「そうする。角飾りは頼んだぞ」
「はあい」
カザンビークに入ったばかりの頃は職人街も仕事が止まっていたはずだが、すでに日常に戻っているようで、工房にいる人たちは一心不乱に手元を見つめ、店先にいる人たちだけがこちらへキラキラした視線を向けている。
その視線の中を通りたそうにしていたズメイだが、職人街というだけあって通りは狭い。
ズメイが通れば道を塞いでしまう。
職人街の入り口にある広場にいる私から離れて、太陽石の光があまり差し込まない日陰の方へ歩いたズメイはその場に丸まって顎をしゃくった。
早く行けと、そういうことらしい。
また後で、と小さく手を振り、職人街の通りに足を踏み入れる。
ざわざわとした喧噪を見渡しながら、手元の地図と道を照らし合わせていると反応が遅れて反対方向から来た男の人とぶつかってしまった。
私の頭に男の人の腕がぶつかってしまったので、普通の人間だと身が強ばる。
「おっと!」
「ごめん、です」
「ちゃんと前見て歩きな、坊主」
「はい」
軽く会釈して通り過ぎようとしたのだが、ちょっと待った、とすれ違い様に肩を掴まれた。
びっくりして反射的に一歩距離を取ってしまったのだけれど、そんな私を気にした風もなく、男の人は仲間らしき男の人たちを呼んで、その人たちと話しながら見下ろしてくる。
なんだろう、私が何かしただろうか。
「坊主が噂のドラゴンの主人か?」
主人。そう聞いてきた人たちの風貌は、どこかオドさんたちと似ていた。
手も鍛冶師の人たちと違う感じに鍛えられている。
冒険者だろうか。ならばカザンビークの人ではない?
質問の意図が分からず黙ったままでいると、怯えていると思った彼は作ったような笑顔を浮かべて距離を縮めてきた。
「悪い悪い、怖がらせたな。今日入ってきた奴らから聞いたんだよ。ドラゴンを従魔にしたらしい、顔を隠した子どもがいるってな」
「…」
「そう怖がるなって!そうだ、良い場所に連れてってやるよ!」
「…用事、ある」
「後で済ませりゃいいさ、な!」
一人が背後に回って背中を押してくる。
その手の平の感触が不快で、寒気の走った背筋をもう一度翻し、男の人たちからもっと離れた。
眉間を潜ませた男の人たちは尚も諦めず私を連れて行こうと手を伸ばす。
谷の近くで会った、私を蹴ってきた男の人たちと姿が重なった。
引きつった喉を鳴らして、伸びてくる手から踵を返して走る。
ズメイと絆を結んで体力も上がった体は、ちょっと走ったぐらいでは息も切れない。
慌てた声を上げた男の人たちが追ってくる足音がしたので、さらに速度を上げようと足に力を入れたのだが、カン!コン!コン!という金属がぶつかる高い音で止まってしまう。
その音と同時に追ってくる足音が途切れて『いてえ!』と3重の叫び声が聞こえた。
振り返ると、さっきの男の人たちが地面に膝をついて頭を抑えている。
その周りを大勢の人たちが取り囲んでいた。
工房にいた鍛冶師も、店先で取引をしていた人たちも、人種問わず目に怒りを称えている。
どうやら頭を叩かれたらしく、叩いたと思われる人は女ドワーフで、低い身長と相容れぬ気迫でお玉を握りしめ、男の人たちの前で仁王立ちしていた。
私の方からは見えないけれど、緩く巻かれている黒髪の先が浮いている気がする。
それに彼女の背後に炎が見える気もする。
「ってえな、何しやがる!」
「あんたたち!あの子に手ぇ出すんじゃないよ!」
「何だと!?俺たちはただ声かけただけじゃねえか!」
「いーや違うね!さっき連れ去ろうとしてたのをはっっっきり見た!連れてって何しようってんだい!?」
圧が、圧が凄い。
走り続けようとした足を止め、追いかけて来た人たちが今後分かるようちゃんと見ようと、人混みに近寄って人影の隙間から眺める。
さっき見せた作り笑いはもうなくなり、いっそのこと盗賊と言った方がいいんじゃないかと思う悪そうな男の人たちが、聞かれたくないことだったのか視線を逸らした。
「どうせあの子を使ってドラゴンを従えさせたら大儲けできると思ったんだろうが、そうはいかないよ!ここカザンビークはね!ドラゴンを道具にしようなんて許さないんだから!」
女の人に同調する人だかりは全員カザンビーク出身の人たちらしい。
今にも手が上がりそうな緊張感の中、男の人たちの一人と目が合った。
青ざめていた顔が一気に赤くなり、地面に手をついていた彼が砂と一緒に手を握りしめたかと思うと、人だかりをかき分け私に飛びかかってくる。
怒りに染まってつり上がった目、私のことを人として思っていない目。
逆光で暗くなった表情は読めないけれど、これから何をしようとしているのかは、血走った目が教えてくれた。
「お前が大人しくしてれば…!」
伸びてきた手が私の腕を掴んだ時、ひねり上げようと動いたのに反抗する。
反対方向に自分の腕を回して振り払っただけなのに、私を掴んでいる手に男の人の体が引っ張られて浮き上がり、そのまま空中で一回転し、最後には背中から地面に落ちた。
そう、落ちたのだ。振り払っただけなのに。
(そうだ、力持ちになってたんだった)
メルグでも言われたではないか。
『こんな子どもが自分の体より大きな荷物を持てるなんて』と。
背中から落ちた衝撃で気絶した男の人の、力の抜けた手から自分の腕を引き剥がす。
予想外のことに心臓がドクドクしているが、あのつり上がった目に少しでも報いれたのかと思うと妙な達成感がある。
ズメイの言っていた、力持ちなことと戦えるということは違う、という意味を理解する。
同時に、あの目に身が竦むようではズメイに相応しくないとも思った。
鳴り止まない心臓を深呼吸で落ち着けながら、どうにかしないと、とゆっくり瞬きをする。
開いた目の向こう側には歓声の嵐があった。
男の人たちを取り囲んでいた人混みが今度は私の周りに移動し、頭を撫でられたり声をかけたりともみくちゃにしてくる。
うっかり口布が取れないよう手で押さえていると、さっきの女の人がお玉を手にしたまま抱きついてきた。
「やるじゃないか、あんた!スカッとしたよ!」
「は、え、と」
興奮で頬を赤らめている女の人の声が耳元でする。
抱きしめている腕はセラフィーヌお姉さんと違って逞しいし、どことなく煤の匂いがするけれど。
(優しい人、だ)
お姉さんと同じ温かさを感じて、さっきまでの怯えはどこかへ行ってしまった。
■
「たまにいるんだよ。ああいう、他人の力を使って金儲けをしようって冒険者がね。そんなんだからろくに仕事ができないんだろうに」
女ドワーフの人は、モーイさん。
職人街の食堂で働いているらしく、店の前で絡まれている私を見つけて飛んできたらしい。
お騒がせして申し訳なかったな、と思いつつお礼を言うと満面の笑みで頷かれた。
さっきの人混みは日常に戻り、絡んできた男の人たちは国の治安を守る治安部隊に引き取られた。
後ほど、冒険者ギルド、という仲介組合に話を通して対処してもらうらしい。
強引な手段を使って勧誘する。それは禁止行為ではないが推奨されていない行為で、さらに言うと私のようにギルドに所属していない人にそうしたとなったら、相応の罰が下されるとか。
私の知らないルールを言った後、次にもし絡まれたらギルドに駆け込め、と教えてくれた。
「カザンビークへようこそ、ドラゴン乗りのお嬢さん。まったく、こんなに可愛いのに『坊主』だなんて失礼なやつらだ!」
「か、かわいい…?」
もしかしてモーイさんは私に言ったんだろうか。
男の人に掴まれた腕を拭っている彼女は、にこにこと笑って『お名前は?』と聞いてくる。
慌てて名乗れば、何度か頷いて腕を解放してくれた。
走る途中で落としてしまった地図を、近くにいた男の子が渡してくれる。
普通の人間で、たぶん5歳くらいだろうか。
その目がやけにキラキラしているので、首を傾げた。
「お姉さん、ドラゴンに乗ってた人?」
「あ、うん」
「わあー!本物!すごいすごい!握手して!」
「う、うん」
差し出された小さな手を、なるべく力を込めないように握り返せば、さらに目を輝かせた男の子は、ありがとう!と言って手を振りながら走り去っていく。
さっきの握手に何の意味があったんだろうか、挨拶にしてはおかしいような。
一人首を傾げていると、渡された地図を覗き込んだモーイさんが『おや』と声を出す。
「ヴィーリンさんのところに行くんだね?だったらこっちだよ」
「えっ、あの、一人で」
「ダメダメ!さっきみたいなことになったら危ないんだから!さ、こっちこっち」
「…ありがとう」
「どういたしまして」
ふっくらした手が私の手に重なり、先導してくれる。
道行く人たちが私の方を見ては会釈をしたり、帽子を軽く脱いだりとしてくるのがこそばゆくて同じように返した。
モーイさんはお話が好きなのか、職人街のことを話してくれる。
また食堂に来て、とのお誘いに頷いたすぐ後、目の前には目的地であるヴィーリンさんのいる工房があった。
扉の上の方が開いた不思議な両開き扉を押したモーイさんは、跳ね返って閉まろうとする扉を押さえて中に入れてくれる。
ぎい、と鈍い木の音がして閉じた扉は、閉じた時の力が残っているのか前後にゆらゆらと揺れた。
扉の向こう側には様々な材料を運んだり、炉に入れて鉄を溶かしたり、できあがった剣を磨き上げたりで、ヴィーリさんそっくりなドワーフたちがせかせかと動いている。
ふと、ヴィーリンさんと他の人たちの区別がつくかどうか心配になった。
「あれ、モーイさん、昼の配達にはまだ早いんじゃ?」
「ヴィーリンさんはいるかい?噂のドラゴン乗りが来たって伝えておくれな」
「えっ、この子が!?はい!今すぐ呼んできます!」
ドワーフの中でも若手なのか、髭の短い一人のドワーフが小走りで奥へと消えていく。
奥には一際大きな炉があるのが見えて、それを扱っているであろう人に声を張り上げた若いドワーフが、なぜか突き飛ばされた。
そして怒号にも似た声がこっちまで聞こえてくる。
何があったんだろう。ここは色んな音が多くて話し声が聞き取れない。
モーイさんに視線を投げるも、いつものことだから、と説明はされなかった。
(いつもなんだ…)
大丈夫かな、角飾り売ってくれるかな、と一気に決意が鈍る。
ものすごく不安だけれど引く訳にはいかない。
ズメイはヴィーリさんの作った鞍を気に入ったのだ。彼の父だというなら、きっと良い物を売ってくれるはず。
距離を取りたがる自分の膝を叩いて奮い立たせた時、奥の炉から妙に響く足音がこっちに近づいてくる。
足音が響くたび、建物の中の人がさっと左右に分かれて、足音の主に道を開けていった。
ようやくその主が見えて、やはり親子は似るものなんだなと思う。
「お前さんがシシーか!息子が世話になったのう!どれ、まずはお前さんの相棒に会わせてくれ!鞍も見たいのう!」
「ちょっとヴィーリンさん、先に名乗りなよ」
「おお、すまんすまん!」
親子だなあ、と勢いよく振られる握手をしたままの腕に、唾が飛んできそうな自己紹介をした後、では、と場所を変える。
ヴィーリンさんの特徴は、ほとんどヴィーリさんと同じだ。
違うところといえば身長が彼よりほんの少し高いことと、髭と髪に白髪が交ざっていることだろうか。
通りの途中でモーイさんとは別れる。
ズメイに会うより先に荷物にくくりつけた鞍が目に入ったヴィーリンさんは、さっと鞍を外して抱え込み、歩きながらしげしげと眺めていた。
青く光る革のそれを一頻り褒めたかと思えば、ぬう、とか、くう、とか唸り始めるので気にくわないところでもあったんだろうか。
そんな独り言を聞きながら歩いているとあっという間に職人街の入り口についてしまう。
待っているズメイはといえば、好奇心旺盛な人間とドワーフの子どもたちに周りを囲まれて触られたり、一方的に話かけられたり、たまに鼻息を鳴らして子どもたちの髪を乱してからかったりしていた。
遠巻きに見ている人たちは子どもたちの親だろうか。
口元に手を当てているので心配しているかと思いきや『うちの子がドラゴンに…!なんて光栄な…!』となぜか感動していた。
子どもも逞しければ親も逞しい。ズメイと初めて会った時、腰を抜かした私がなんだか情けない。
私が戻ってきたことに気づいたズメイは、子どもたちからこちらへ首を動かし、ぎゃあ、と鳴く。
文字には置き換えられない挨拶に頷けば、ズメイの周りにいた子どもたちが私を見た。
その中にはさっき握手した男の子もいる。
「あ!ドラゴン乗りのお姉さんだ!」
「えっ!?」
「真っ黒だ!」
「ドラゴンとお揃いだ!」
「カッコイイー!」
黒髪と黒い目のことを言っているのだろう。
竜の鱗の輝きには敵わないけれど、お揃いと言われて悪い気はしない。
わあわあと今度は私の周りをぐるぐる回り始めた子どもたちに狼狽えていると、ヴィーリンさんがヴィーリさんよりしわがれた声をだして『それぐらいにしてやれ』と諭す。
てっきり怒り出すかと思っていただけに意外だ。
元気よく返事をした子どもたちが動きを止めて右手を差し出してきたので、さっきと同じく握手を返す。
それでようやく満足したのか、親たちのいる人だかりに子どもたちは戻っていった。
「さて、ズメイ殿。わしはヴィーリンと申す。貴殿の鞍を作ったヴィーリの父じゃ」
カザンビークへようこそ。
ここに来てから何度も言われた言葉に重みが加わり、膝をついて頭を下げたヴィーリンさんにズメイが鷹揚に頷く。
それからは、やはり親子なので。
ヴィーリさんとよく似た調子の会話が続き、ようやく角飾りの話ができたのは、広場にある時計の針が2周、回った後だった。
沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。
とても励みにさせていただいています。
不定期更新で申し訳ないですが、
必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。




