歓迎
夜が明けて手早く荷物をまとめた後、ズメイが飛び立ち荷馬車の上空を一周してから進行方向の先を行く。
念話で魔獣がいないようだと連絡をもらった事をそのまま伝えれば、ヴァンドットさんは安心したように笑って鞭を軽く振るった。
馬が歩き出す音にも小さな石を挽き潰していく車輪の音にも慣れてきた自分がいる。
昨日野営をした場所から1時間ほど行けば、農村地帯に入った。
今はほろが上げられているので、荷台の外を眺めることが出来る。
畑の続く景色の中、たまにひょこりと人が緑から顔を出す。
ぽつりぽつりと煉瓦造りの家が、炊事の煙を屋根からくゆらせながら佇んでいた。
活気と喧噪が続くメルグとは違う、穏やかで優しい人の生活の跡に自分で気づかない内に顔が緩んでいたのだろう。
荷台の中で針仕事をしていたニーチェさんがその手を止めて、私の見ている先に首を傾ける。
「シシーの故郷と違うかしら?」
「うん…楽しい」
「そう。私には見慣れた景色だけど、シシーの故郷はどんなだったの?」
「どんな…」
どんなだったろう、モンロニアは。
私が住んでいたのは貴族が多く住む区画だった。
隣の息子が、あの家が、どこそこの使用人同士が、という話は使用人たちの囁き声で聞こえてきたけれど、本邸から離れに移った後から滅多に家から出ない私は家の周辺以外をよく知らない。
家の周辺から少し離れた場所にある田畑がこんな感じだったな、と抜け出した記憶を遡るも、稲の黄金が続く景色と色のついた実りが多い目の前の景色とでは雲泥の差だ。
最後に訪れたモンロニアの町は皇都。
暗い記憶が頭を過ぎる以外は、あまり思い出せない。
西の文化を取り入れ始めた通りの脇には街頭が等間隔に並んでいたこと。
メルグのような露店が少なく、きちんとした身なりでないと店には入れなかったこと。
皇都の広場が、世界中の人が入るんじゃないかと思うほど広かったこと。
その時の目が、本当に多くて、多くて。
(…ダメ。思い出すな、私)
大きく頭を振った私に驚いたニーチェさんに小さく謝り、人が多かった、と伝えられることを続ければ苦笑された。
都会から来たのね、と流した目の奥に陰りが見える。
その暗さが広場の視線と重なった。そしてヴァンドットさんの昨日の視線とも。
なんとなく感じていた、ニコさんのぎこちなさ。
私の頭を撫でるオドさんの手の平に宿り始めた、小さな小さな心の壁。
一週間。たった一週間一緒にいるだけで、人はこんなにも変わってしまう。
けれどそれは仕方が無いことだ。
きっと私の知らないところで、何か不快に思わせることをしてしまったのだろう。
やはり私は人との関わり方だけは分からない。
荷台の端に両腕を組んで置き、その上に顎を乗せて外を眺める。
雲の隙間からさんさんと降り注ぐ太陽の光が眩しいフリをして、久しぶりに感じる寂しさに鼻を鳴らした。
しばらくそうしていると、いよいよ山が目の前にやってくる。
鉱山なのか、樹木がほとんどない山肌がその硬さを証明するように冷たい色を浮き出していた。
その一角に半円形に彫刻が刻まれた山肌がある。その彫刻に囲まれた門…のような造りも。
大きな門の端に、馬車が2台並んで通れるぐらいの小さな扉。
それに並んでいる大行列から、これが地下王国・カザンビークへの入り口かと目を見開いた。
「大きい…」
近くに寄れば寄るほど、縦にも横にも大きい門だった。
どうやって開けて閉めてするのか分からないほどである。
入国の手続きのため並んでいる行列に荷馬車ごと並び、呆然と門を見上げた。
遠くからではよく見えなかった彫刻は、そこかしこに竜の意匠が施されている。
あれがヴィーリさんが言っていた竜だろうかと繋がっていく記憶に胸が高鳴った。
言葉を失って見上げている私に、ヴァンドットさんが門について説明してくれる。
門自体は建国当初からあるものだが、あの彫刻は守ってくれた竜を称えて彫られたものだということ。
あの彫刻には魔法も込められていて、害ある者の侵入は拒まれるということ。
だから悪い人はこの中には滅多にいないよ、とぎこちなさのない笑顔を向けられた。
これはきっと本心だ。まだ完全に壁を作られていないのだと少し安心する。
「シシー。騒がしくなると思うが、そろそろズメイを呼んだ方が良いぞ」
「…ここ、で?」
「ああ」
あと数組で入国手続きならぬ、入国税と審査が始まるという時、オドさんが荷馬車から降りながらそう言った。
オドさんから聞いてはいたのだ。
カザンビークは竜を敬っていて、竜がいつ訪れても良いようにと専用の宿があり、もし訪れた時には国王にすぐ連絡が行くようにもなっているんだとか。
国の人たちも、ヴィーリさんからも聞いていた通り、『竜を狩るためだ』と宣言された武器は作らないし売らないんだそう。
竜を受け入れる国なんて聞いたことがなかったため本当かどうか分からないが、もしこれが本当ならずっとズメイと一緒にいれるし、ズメイも堂々と国に入れる。
初めて会った時の谷の人たちの記憶が体を駆け巡ったが、一緒にいたい、という欲が勝った。
(もし危なかったらズメイに乗って逃げれば良い、はず)
ようやく決心がついて、空を見上げて降りてきて欲しいとお願いする。
私の不安なんて知らない、明るい返事が返ってきたかと思ったら程なくして荷馬車の隣にズメイが降り立った。
そこからはもう、阿鼻叫喚である
ズメイの姿を見て、正体を理解した人たちはまず叫んだ。
今までで一番の大声だったので耳が痛い。
並んでいた大行列の中には腕に覚えがある人たちもいるようで、そういう人たちは手にそれぞれの武器を手に取り一斉に距離を取って警戒し、戦えない人たちは固まったまま動かない。
驚き怯える人たちと、不遜に鼻息を立てて左右をぎょろりと見下ろしているズメイ。
もっと驚かせようという魂胆なのか、口の端から火の欠片がちらちら見える。
まさに一触即発。
これはまずいと荷馬車から飛び降りてズメイの元に駆け寄り、手綱を握る。
睨むな火を吹くな、と手綱を引っ張れば、いやいやと首を振りながらも最後は頭を擦りつけて光り物を要望してきた。
それは最初から買うつもりだったけれども。
ここで言うかと呆れながら了承し、機嫌が元に戻ったズメイの頭を撫でる。
「………ドラゴンの従魔?」
「嘘だろ、あんなん見たことねえぞ」
「本当にドラゴンか?人前に滅多に姿を見せないって話だろ?」
「だからってワイバーンでもないし…あんな子どもにドラゴンが従えられてるっていうのか…?」
私という存在が現れたことで、距離を取りつつも武器は収めてくれた。
良かった。本当に。これでズメイが暴れ出したらカザンビークに入れないところだった。
胸を撫で下ろしていると、オドさんの手が肩を叩く。
見上げればなぜかにこにこと笑っているので、首を傾げた。
「俺たちの番が来たぞ」
オドさんの親指が彼の背後を示す。
大きなオドさんの影から体をずらしてそちらを見ると、ヴィーリさんと同じく、口髭も顎髭も豊かなドワーフ2人が、手にしていた槍を地面に落として固まっていた。
その両手は何かを掴もうとしているかのように広げられ、小さく震えている。
心なしか彼らの顔が赤い、気がする。
顔のほとんどが髭なのでよく分からない。
オドさんの先導に従って、ズメイと共に門番たちの前に並べば、私とズメイを何度も交互に見て、はあああああああ、と深い息を吐き出した。
「本当にドラゴンが鞍をつけとる…」
「しかもこんな小さい子どもが…」
「「すごいのう」」
まるっきりヴィーリさんと同じ反応である。
なんだか懐かしく思って小さく笑えば、その声に反応した二人が慌てだした。
いそいそと腰から書類を取り出し、ヴァンドットさんに手渡している。
入国の手続きをすることは忘れていないようで、その手は規則正しく動いているが、顔だけはこちらにずっと向いていた。
「私、手続き、する」
「お?お、おお!そうか、ヴァンドットとは別のグループじゃったか」
「途中で合流したんです。ぬかるみにはまった僕たちを助けてくれて」
「そうか、すごいのう、すごいのう!」
「お金、いくら、ます?」
「そんなのいらんいらん!」
「馬鹿お前!それだけはダメだとお館様が言ってたろうが!」
目に見えてにこにことしている門番たちが、一人は入国税はいらないと言い、もう一人はダメだと言い、殴り合いの喧嘩になってしまった。
背の高さは私と同じぐらいだというのに、その腕から放たれる一撃は重そうで、あっという間に二人の頬が腫れていく。
止めようとしたけれど聞く耳を持ってくれないので、オドさんがため息を吐きながら実力行使に出るべく一歩踏み出したけれど、突然火の一筋が門番の髭をかすめていった。
殴り合っていた二人は一気に後ろに飛び退き、唖然とこちらを見ている。
髪が焦げる匂いに驚き、火を吹いたであろうズメイに顔を向けた。
「ズメイ!ダメだろ!門番さんなのに!」
「知るか。こいつらがちんたらしているからだ」
「これからお世話になる国の人なのに!」
「だからといってここにずっといる気か?」
うろんとしたズメイの目が一方向に向く。
さっきまで大行列を成していた人たちが、ものすごく後ろに引いて遠巻きにこちらを見ていた。
(あ、止めちゃってる)
怯えの他に、早く動けという苛立ちも見えている人だかりに、大きく頭を下げて、入国税はきちんと払うと決着をつける。
一人は渋々といった体だったが、書類を確認して門の向こう側へ誘導した。
門の向こう側は、ぽつぽつと両側にランタンが付けられている道が続いている暗闇がある。
洞窟と言って良いほど広い道のりは地下から吹いてくる風が反響して、大きな魔獣が口を開けているようだ。
オドさんたちは慣れたもので、再び荷台に乗ってゆったりしている。
一人は門番の仕事へと戻り、もう一人が私に駆け寄ってきて『お願いがある』と言われた。
「どうか町に着くまで、飛んでいってもらえんじゃろうか」
「良い、けど、なぜ?」
「そりゃあ国中の奴らにドラゴンが来たと知らせんとの!」
「知らせ…うん、わかった」
竜が国に来たら王様にも連絡が行くと言っていたが、住んでいる人たちにも知らせなきゃいけない法律でもあるのだろう。
素直に頷いて、荷馬車にいる一行に向き直る。
事情を説明すれば快く頷いてくれ、ヴァンドットさんともオドさんともここで一旦お別れだ。
『一杯奢る』の約束を覚えていてくれたのか、料理が美味しいと評判のお店の名前と場所を教えてくれる。
後でそこで合流することを約束して、ズメイの背中に飛び乗った。
わあ、と誰かが上げた歓声が壁に反響する。
「また後でな!シシー!」
ニコさんが口に手を当て、声を張り上げた。
その声に頷いて手を振りつつ、ぎゅんと浮上したズメイの背中に抱きつく。
ランタンの続く道のりが、どんどん後ろに流れていった。
慌ててゴーグルを目元までずらす。
流れていく視界をよく見れば、壁には掘削の後があり丁寧に整えられている跡から天然のものではなく、人の手によって作られた道なのだと分かった。
この大きさの道を地下まで掘り進めるだなんて、どれだけの時間がかかったのだろう。
(すごい、なあ)
世界にはこんなに凄い国もあるのだと、そっと口布の下で息を吐き出す。
人口の洞窟は緩やかに曲がっては下がってを繰り返していて、緩やかならせん状になっているのだと分かった。
私の見える視界ではそこまで先は分からないが、暗闇をも見通すというズメイには何の問題もない様子。
「すごいな、ズメイ。どこまで見えるんだ?」
「シシーにだって見えるぞ」
「え?」
「目を閉じて俺と呼吸を合わせてみろ」
呼吸を合わせる、とは。
いや、説明を求めてもちゃんとした答えが返ってこないのは知っているので、大人しく目を閉じ、翼の音とズメイの鼓動に意識を集中する。
しばらく暗闇の中で風を受けていたら、ちか、と瞼の裏側が光った。
「!」
もう町が近いんだろうかと目を開くと、まだまだ洞窟は続いていた。
けれど、見えるものがさっきと違う。
明るい。壁の掘削跡だけでなく、壁の下の方、ちょうど人が立っている時の頭の高さに、壁画があるのも見える。
ズメイにお願いして下の方を飛んでもらうと、その壁画はどうやらカザンビークの歴史らしい。
速度が速すぎてちゃんと見えないけれど。
「竜の目だ。意識すれば使える」
「竜の目…ズメイの目ってこんななんだ」
すごい、とまた口にすれば、さらに上機嫌になったズメイが翼を大きく振るう。
もっと速くなった勢いに、再び背中にぴったりくっつけばどこからか笛の音がする。
腹の奥底まで響くような音に、何だろうと顔だけを前に向ければ、ようやく洞窟の終わりなのか白い光が半円状に広がっていた。
大きな笛の音はそこからしている。
「何だろ、この音」
「さあな。まあ、俺たちを捕まえようとか考えてるなら馬鹿な奴らだが」
「ヴィーリさんの故郷だし、それはないと思うけど…」
ズメイは威嚇の音と捉えたものらしい。
一抹の不安が過ぎったけれど、半円状の光の中に飛び込んだ瞬間、その不安はかき消えた。
人。人の波。
洞窟から町への道のりはまだ続いているけれど、速度を上げたズメイと一緒ならあっという間で、石造りの家が所狭しと並んでいる町に着いた。
地上には降りず、手を振り、中には国旗だろうか、何かの紋章が刻まれた旗を振りながら、通りから窓から身を乗り出して歓声を上げている人たちの姿を見下ろす。
「…皆、ヴィーリさんみたいだ」
男の人たちは立派な髭に、豊かな髪。中には金槌を持って声を上げている人もいる。
女の人たちには髭はないけれど、細かく曲がっている髪は男の人たちのそれとよく似ていた。
一様に背が低いのも、年齢が分からないのもヴィーリさんと同じドワーフの証明だろう。
ちらほらと私の知る人間の姿がある。
ドワーフの国と聞いていたけれど、普通の人間もいるようで少し安心した。
そういえばここは地下なのに明るいのが不思議で、竜の目のせいかと意識して止めてみる。
普通の目で見ても明るい。
上の方から光りが届いているのに気づいて上を見れば、水晶のような透明の石が、まるで太陽のように光っていた。
これがカザンビークの『太陽』らしい。
それにしても大きい。ズメイの何十倍だろうか。
彼も興味が出たのか、水晶の近くに寄っていく。
石のすぐ下を旋回してくれたので、手を伸ばして石に触れてみた。
こんなに光輝いているのに、手に伝わった温度は冷たく、つるりとした表面だ。
「太陽石か。こんなに大きなものは初めて見るな」
「これが太陽石…」
図鑑で見たことがある。
自然に漂う微量の魔力を得て、昼は輝き夜は消える。
その光には太陽と同じ力があって、大きいものだと不作の地で豊穣をもたらすんだそうだ。
文字通り『太陽』になっている石をしばらく観察し、そろそろ下に降りようかとズメイの背中と軽く叩く。
そして気づいた。
「どこに降りれば」
太陽石の光を受けてはっきり見える町並みはまだまだ歓声に満ちている。
全員が全員、こちらを見上げて私たちの行く先を見守っているようだった。
正直言ってあの群衆の中に堂々と降り立てる度胸も、十分な場所もない。
「…………………あっちでやたらと旗を振ってる奴がいるな」
「行って、みる?」
「そうするしかない」
最後にもう一度太陽石の下を旋回したズメイは、点々とある一段高い建物の上で振られる旗の一つを目指していく。
近寄れば、あちらに!と次の旗へと誘導されるので、このまま竜も泊まれる宿に案内してくれるのかもしれない。
言われるがまま旗の道を辿っていけば、誰かの声が私たちを呼んだ。
「シシー!ヴィーリから聞いたぞー!」
「ズメイ殿ー!ようお越しなさったー!」
その声はどんどん伝播していく。
どれもこれもが私たちを歓迎する声と笑顔。
ヴィーリさんの名前が聞こえたから、彼から手紙を受け取った誰かがいるんだろう。
その人にも会ってみたいとズメイに話しかければ、歓迎の声に満足したズメイが何の要望もなく『会いに行こう』と頷く。
留まる所を知らない歓声を受けつつ、旗の終着点にズメイと共に降り立った。
円形に広がるそこは広場というより庭のようで、ここが宿だろうかと背中に乗ったまま辺りを見渡す。
きょろきょろとしていると、駆け足の音が小さく聞こえてきた。
最初は軽いものだったそれが気づいたらドタドタと騒がしいものになり、その足音と共に一番近くにあった建物の扉が両側に開く。
そこから出てきたのは、町の人たちより豪華な服を纏い、白い髪に銀色の冠を被ったドワーフ。
そのドワーフの後ろにいる人たちもドワーフのようで、そちらはといえば兵士のような鎖帷子と防具を身につけていた。
まさかズメイを狙って、と二人して身構えた時、『お館様!お待ちください!』と兵士のような人たちの誰かが冠を被っているドワーフに腕を回す。
お館様
オドさんが言っていた。
カザンビークの国王は国一番の鍛冶師で、民から『お館様』と呼ばれ慕われていると。
ならばつまり、銀の冠は『王冠』ということで。
「ええい離さんか!ドラゴンが再びわしの御代に訪問されたのだぞ!」
「だからといってお館様自ら行かれては威厳というものが!」
「威厳も何もあるか!普段のわしを知っとるだろう!」
ああ、この勢い、とてもとても懐かしい。
お別れしてたった2週間なのに、この慌ただしいというか賑やかというかな感覚が懐かしい。
思わず遠くを見てしまうと、ズメイもそうだったようで『ふすー』と長い長い鼻息がこぼれ落ちた。
飛びつく兵士たちを千切っては投げ、千切って投げをしながら私たちの前にやってきた人は、両手を広げて目を輝かせている。
言葉にしなくとも伝わる感情に面食らったが、この人は国王、と我に返って、慌てて鞍から降りた。
ゴーグルを上に押し上げて、右手で左の拳を包み込む。
そうして腕で作った輪の中に頭を入れた。
カザンビークの最敬礼は分からないが、これがモンロニアの最敬礼だ。
主に皇族や仕える家の当主にやるものだが、私はやったことがない。
なんせ最初で最後に皇族に会った時、私の両手は後ろでに縛られていたもので。
礼儀は問題ないだろうかと、近づいてくる人影が地面に写るのを見つめながら心臓を跳ねさせていると、突然、両肩を叩かれた。
これも、ヴィーリさんとよく似ている。
痛くはないが中々の衝撃だったので思わず頭を上げれば、目尻に涙をうっすら浮かばせながら、髪と同じく真っ白な髭を歪ませて、鼻をすする国王の顔があった。
なぜか数度頷いた国王は、やがてその場に片膝をつき、西から来た物語で『騎士』と呼ばれる人たちがやるような辞儀を捧げ。
「ようお越しくださった、ズメイ殿、その相棒、シシー殿。我らカザンビーク王国一同、心より貴殿らを歓迎いたす」
えっ、という小さな叫び声は、国王様に続いて膝をついた兵士たちの足音にかき消えた。
さすがのズメイも驚いて固まっている。
が、先に我に返ったのはズメイだったようで、尻尾の先で頭をスパンと叩かれた。
肌に広がる鈍い痛みを抑えながら、頭を上げてもらうようお願いする。
「私はカザンビークの国王、バーリンガム。再びドラゴンと相まみえることができ、感謝の極みじゃ」
ゆっくりと腰を上げた国王様は、目尻の涙を指で拭いながら右手を出してきた。
握手、だろうか。
求められていることが分からないが、国王様からの握手なら応えない訳にはいかないと恐る恐る握り返すと、見た目とは裏腹の力でぎゅうと力が込められる。
痛くはないけれども。
「さて、敬語はええかの?悪いが堅苦しいことは苦手でな!」
「は、はい…」
「よしよし、手紙通りの子のようじゃ。ヴィーリから話は聞いとる!カザンビークにおる間はここに泊まるとええぞ!」
「…………ここ、って」
「もちろん、この王宮じゃ!」
王宮。
その言葉に辺りをもう一度よく見る。
芝生も生け垣も綺麗に整えられた庭、町の建物より凝った窓の装飾と造りの建物、そして国王様が出てきた扉の上を見上げれば、なんで見逃したんだろうかと思うほど荘厳な造りの、西でいうところの『城』の姿。
口布の下で確かに口がぱかりと開いたのが分かった。
握手をされたままふらりと揺れた私の体を、反対側にズメイが来てくれたことで持ちこたえる。
お城に、泊まる。ズメイが、私が、罪人の、私が。
(待ったそれまずいんじゃ!?)
血の気が引くなんてものじゃない。
いっそ凍り付いたように体が冷えた。
慌てる私の手を力強く引く国王様は、飛び跳ねそうなぐらい上機嫌で『こっちじゃ』と兵士が両隣を固める道を通りぬけて王宮の中に引き入れる。
ズメイも後を続いた。
「こんなに喜ばしい日はないのう!」
「え」
「夜には宴じゃからの!」
「え」
「む、ズメイ殿のつけている鞍はヴィーリが作ったものか。ほうほう、オカミーの革、なるほどのう、うまいこと作るもんじゃ」
「あの」
「近くで見てみたいのう、シシー殿、ズメイ殿に近寄ってもよいか?」
「は、あの、えと、ズメイ、どう?」
「……まあいい。ドワーフの中で偉い奴なんだろう、この騒がしいのは」
実際にそんな会話をしているとは露とも思っていない国王様が、私とズメイのやり取りだけを見てまた感動に震えている。
良いみたいです、とギリギリ敬語で返事をすれば、目にも留まらぬ早さで竜の体に近寄り、鞍を横から見て下から見て満足げに頷き始めた。
その時間が、いつまで経っても終わらない。
「申し訳ありません。お館様はああなると止められなくて」
「は、はい」
兵士たちの中で一番上等そうな衣服を着ている男のドワーフが、顎髭を撫でつけながら話かけてくる。この人は常識人っぽそうだ。
全員が全員ヴィーリさんみたいだったらどうしようと思っていたのだが、ちょっと安心した。
「もう少しあのままでいさせてやってください」
全てを諦めた目をしたその人は、やれやれと頭を振りながら何かを指示し始める。
助けてくれと、ズメイの声が頭に響いた。
『頑張って、ズメイ』
それ以外に、何を言えるというのか。
沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。
とても励みにさせていただいています。
不定期更新で申し訳ないですが、
必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。




