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竜の民  作者: とんぼ
一章

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21/151

新しい同行者



依頼人である商人の護衛の帰り道だった。

行きは晴れが続いていたので湿地のぬかるみもマシだったのだが、今日は朝早くに通り雨が降ったようで足場が最悪で。

今夜は野営なしでこのまま湿地を突っ切った方が安全だろうとなるべく急いで馬を走らせて貰っていたのだが、やはり荷台の後輪が泥に捕まった。

車軸に絡まった草を取り除いて、後ろから荷台を押していると背後から大きな羽ばたきの音と共に到底自然とは思えない風が吹いてきたので、武器を構えながら慌てて振り返った先に…


黒い鱗の、ドラゴンがいた


小型ではあるんだろう。ドラゴンにしては。

けれど大人3人分はあろう大きさは十分大型の魔獣だ。

むしろ爛々と光っている黄色の目のせいでより大きく見える。


「こんなとこに何でドラゴンなんて…!」


隣にいる弓手のニーチェが、小刻みに震えながら矢を番えて弦を引き絞っていた。

いつもはお調子者で話が途切れないニコも、しっかり短剣を手に持っているが、くすんだ金の前髪の隙間から冷や汗を垂らしている。

かくいう俺も、柄を握っている手はじっとりとした汗にまみれていた。


いつ襲いかかってくるか分からない上に、俺たちは身動きが取れない。

せめて依頼人だけでも逃がしたいが、今逃げればドラゴンがそちらに行くかもしれない。

俺たちではどうしたって敵うはずのない相手だ。

どうする、どうする、と考え続けていると、ドラゴンの方から子どもの声がした。


「助け、いるます、か?」


戸惑い、とは違う途切れ方だ。

まるで言葉自体、使うのに慣れていないというべきか。

見るからに禍々しいドラゴンから子どもの声。しかも拙い。

混乱する以外に何もできなかった。ニーチェとニコも、突然聞こえた声に目を丸くして口を開けている。


(子ども…子ども?このドラゴンが?…いや)


いまだ思考は混乱し続けているが、子どもの声でいくらか正気に戻った視界がドラゴンの角に付けられているベルトを見つけた。

あの大きな爪では付けられない、人間が使うのと同じ大きさの金具のあるベルトだ。

琥珀色の宝石が月明かりを受けて、ちらりと瞬く。

その瞬きの背後に、人影があった。


「…さっきの声は、お前か?」


ちょうどドラゴンの背中辺りが揺らめき、ドラゴンのすぐ側に降り立ってようやく、人影が輪郭を得る。

黒髪、黒目の、黒服の子ども。

斜め向きについた襟のある上着を腰にある紐でくくりつけている服は東の国のものだったはずだ。

東の人がこちら側に来るのは珍しい。

その上に作りは珍しいものの、よく見る皮製のベストをつけていて、印象としては『ちぐはぐ』だ。


一番に目が行くのは、ゴーグルを外しても取られない顔半分を隠す口布。

その下にあるであろう唇が、何かを伝えるようにモゴモゴと動き、しばらくしてコクリと頷いた。

剣は構えたまま、子どもから側にいるドラゴンに目を向ける。

小さく鼻息を鳴らしたけれど、その口から火が吹かれることも鋭い爪がついた腕が上がることもない。


(…ひとまず、武器を下げても良い、はずだ)


あんなに近くにいる子どもが襲われていないのだ。

ゆっくり剣を下げて鞘に収めれば、ニーチェとニコも俺に倣って腕を下げる。

まだ顔色は悪く、その目は警戒の色に染まっているけれど。


「…あー、君、どうしてここに?というかその、なんだ、何でドラゴンがいるんだ?」


何から聞いて良いか、そもそも聞いて良いのか分からず、考えるより先に口から出てきたのはドラゴンのこと。

今一番の問題はドラゴンなんだから間違ってはいない。

2度3度、目を瞬かせた子どもは何の躊躇いもなく黒い鱗の頭に手を伸ばし、犬か猫を撫でるように動かす。

ニーチェの方から小さい悲鳴が聞こえた。無理もない。


「私、の、仲間…相棒?ずっと、一緒」

「………相棒?」

「はい」

「………………ドラゴンが?」

「?はい」


沈黙。きっかり3秒、たっぷり3秒の、沈黙。

その後、『子どもとドラゴンが相棒同士』という事実がしっかり思考の海に刻まれて、喉が限界まで大きく開いた。


「はあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

「ちょ、リーダーうるさ、うるさいって!」

「そうだよ、!ドラゴンの機嫌が悪くなったらどうするんだよ…!?」


慌てて口を塞ごうとニーチェとニコが俺の口元に手を伸ばしてきたので口を閉じ、改めて子どもを見れば、隣にいるドラゴンと何やらクスクスと笑っている。

その表情に恐れはなにもない。

むしろサプライズが成功したかのような、子どもらしい顔。


滅多に人前に出てこないドラゴンが目の前にいるというのに、流れる空気はどことなく穏やか。

そして最初の『助け』を申し出てきたのはこの子だとようやく理解し、一歩一歩と一人と一頭に近づいていく。

背後で仲間の二人が止める気配を感じたが、近づいても攻撃される様子はない。

ならば、と勢いをつけて子どもの前に来てみた。

ドラゴンの方を横目でちらちらと見つつ、子どもと視線が合うよう腰を曲げる。


「俺は冒険者のオドっていうんだ。君の名前は?」

「私の、名前、シシー。ドラゴン、は、ズメイ」

「シシーと、ズメイ、だな。さっきは剣を向けて悪かった」

「問題、ない。いつも、と、同じ」

「…そうか」


いつもと同じ。

拙い言葉だから詳しいことは分からないが、こうやって人に話しかけることがあったんだろう。

不安そうに揺れる黒い目を真っ直ぐ見つめれば、素直に見つめ返された。

それに安心する。

盗賊や犯罪者の場合、罪悪感からか見透かされている感じを嫌うからか、逸らされることが多いもので。

こんな子どもがそうだとは思いたくないが、念のためだ。

だって明らかに力の強いドラゴンが子どもの味方なんだから。


「ちゃんとお礼はするから、助けてくれるか、シシー」

「はい」

「「リーダー!?」」


手を上に下に、慌てているのをそのままジェスチャーにしたらこうなるんだろうな、と言わんばかりの動きを落ち着かせ、二人の前にシシーを案内する。

シシーの後を追うようにドラゴンがのっそのっそと歩き出し、その分だけ泥が爪にえぐられていくのを、見なかったことにした。

ちゃんと受け止めてしまうと自制心が決壊しそうだ。


「俺の仲間だ。弓の姉ちゃんがニーチェ。金髪の兄ちゃんがニコだ。あっちにいるのは雇い主」

「にーちぇ、さん。にこ、さん。やといぬし、さん」

「ああ、違う違う。雇い主は名前じゃなくて…あー、俺たちに金をくれる人だ」

「やといぬし…あ、雇う人」

「そうそう!」


子どもではあるが、それなりに体は成長しきっていた。

その体から発せられる言葉が拙いので幼く思うが、すれ違ったドラゴンの背中に旅道具一式が乗っているので、もしかしたら大人かもしれない。

自分が頭一つ飛び抜けて背が高いので、東の人はよほどのことがない限り幼く見える。


叫び声も上げずに腰を抜かした依頼主は、湿地の泥の冷たさですぐに飛び上がり、恐る恐る俺たちの背後に身を隠した。

何度でも言おう。無理もない。


シシーに導かれ、彼女の呟きに一つ頷いたドラゴンは、太い爪のある前足2本を馬車の後ろに引っかける。

その重みの分だけ車輪がさらにぬかるみにはまった。

ついでに荷台もミシミシと音を立てたので、色んな意味で冷や汗が止まらない。

そんなドラゴンを置いて前方に回り込んだシシーはといえば、前足を立てて荒ぶる馬を瞬く間に落ち着かせ、その首を撫でながら馬車の後方に声をかけた。

東の言葉だ。何を言ったかは分からないが、よし、の合図をしたんだろう。


ドラゴンの前足がかかった荷台が、ドラゴンが動き出したのに合わせて前に動く。

その動きに合せて馬を前へと移動させたシシーは、荷台を比較的乾いた場所まで移動させてしまった。

荷台には、食料や日用品はもちろん、到着地で販売する重厚な絨毯や武器防具が山と積まれている。

3人では動かすのに一苦労な重さの荷台を、こうもあっさり動かしてしまうとは。

もう何度目か分からない。理解しきれなくて口が開くなど。


「終わり、良い?」


最後に荷台からドラゴンの前足を外させた子どもはやりきった空気を全身に浮かばせながら駆け寄ってきた。

その声に我に返って、なんとか浮かべた笑顔で礼を言う。

固まったままの仲間二人と依頼主を肘で小突けば、バネのように体が曲がって口々に礼の言葉を続けた。

ぎこちない空気が流れる。

その空気に少し首を傾げたシシーは、グルル、というドラゴンの唸り声に眉を下げて、別れの手を上げ離れていこうと背を向けた。


「待っ、!」


咄嗟のことで掴んでしまった腕。

俺の手の平がぐるりと回りきってしまうほどの細い、子どもの腕。

旅の汚れなのか、それとも湿地の泥なのか、袖の隙間から覗く肌は汚れていた。

自分の腕を掴んでいる俺の手から、肘、肩、最後に俺の顔を見た子どもが、少しだけ見開いた目で首を傾げている。


「あ、あー……ええっと、その、…そう!俺たちは、これからカザンビークに行くんだが」

「…カザンビーク」

「そう!カザンビーク!それでもしよかったら、あー、今回の礼で一杯奢らせてくれ」


旅の話も聞きたいし、と普段接している奴らと同じ言葉をシシーに投げかければ、しばしドラゴンと目を合わせた後、こちらに振り返って頷いた。

それにホッとして腕から手を離す。

そういえば力を込めたつもりはないが痛くなかっただろうか。


「あー、もう!怖がってるのが馬鹿馬鹿しくなってきちゃった!君、シシーちゃん?だよね?腕大丈夫だった?リーダーは力が強いから」

「リーダー、黙ってたら怖いんだからもっと笑わないとさ~この前だって転んだ子どもに手を貸しただけで泣かれただろ~?」

「なん、お前らなあ…!」


黙りこくる俺を見かねたらしいニーチェとニコが、さっきまでの怯えようはどこへやら、あっという間にいつもの賑やかな調子に戻り、わいわいとシシーに群がる。

当の本人は、言葉が聞き取れないのかどう返事をしたら良いのか、そのどちらもか、戸惑いを目に浮かべながら両の手の平を体の前に置いて、二人の防波堤にしていた。


「にしてもシシー、お前凄いなあ!ドラゴンを従魔にしてるなんて!」

「じゅう、ま?」


もう怖くなくなったらしいニコがゴーグルのついた頭を撫でくり回しながらドラゴンについて褒めれば、聞き慣れない言葉だったのかいち早くシシーが反応した。

従魔とは、その名の通り人間と主従の契約を交わした魔獣のことだ。

その多くは冒険者が引き連れているが、国によっては従魔を扱う人間のみで構成された軍隊もあると聞く。


特に資格だったりが必要なものではなく、人間と魔獣の相性が良ければ、また、契約魔法を知っていれば誰だって魔獣を従えられるのだ。

農民だって水やりや荷運びのために魔獣と契約することもある。

無理やり契約するなら、魔獣の強さより主人となる人間の魔力が強い必要があるけれど。

『この魔獣はちゃんと管理されている』ことの証として、アクセサリーだったり首輪だったりをつける決まりなので、黒いドラゴンもそうだと思ったのだ。

だって角に飾りついてるし。鞍もあるし。荷物を乗せているし。

一通りそう説明してやれば、東の言葉で何かを呟いた後、うん、と小さな頭が揺れた。


「ズメイ、じゅうま、そうする」


そうする。その言い方に何か引っかかったけれど、従魔の証もあるので、気にしないことにした。

ドラゴンを従えられる人間がいるなんて聞いたことがないし、シシーは西に来たばかりのようだ。

言葉も拙いし、言い方を間違えただけだろう。


「シシーちゃんたちはこれからどこに?」

「私、と、ズメイ、も、カザンビーク」

「おっ、一緒じゃん!じゃあ一緒に行こ!良いっすか?ヴァンドットさん」

「えっ」


いきなり話題を振られた依頼主の商人、ヴァンドット。

カザンビークに店を構える個人商店の主で、主人だというのに気弱なのが玉に瑕だ。

今回の商談では相手の求めるものを全部揃えて行ったのに『やっぱり要らない』とされた可哀想な人でもある。

しかも帰り道でドラゴンと遭遇。言い直そう、ある意味不憫な人かもしれない。


被っていた帽子を手に掴んでもみくちゃにしている彼は、黄色に光るドラゴンと目が合って大きく肩を跳ねさせたかと思うと、何度も大きく首を縦に振った。

やはり相当怖いらしい。


「待て待て、シシーの意見も聞け。二人は空を行くだろう。俺たちの速度に合わせてたらかなりゆっくりになる。迷惑じゃないか?」

「…話、する」

「「「話?」」」

「ズメイ」


ぴちゃぴちゃと、泥が靴につく音をさせてドラゴンに走り寄っていった背中は、とてもじゃないがドラゴンを従魔にできるだけの大きさに見えない。

何も知らなければ子どもが食われかけていると思って攻撃していただろう。


(そういえば、ドラゴンは人の言葉が分かるんだったか)


実際に話したことがないので疑問だったが、シシーの話を頷きながら聞き、時に目を細めたり、からかうように鼻息をわざと立てたりしている様子を見るとちゃんと分かるらしい。

生きてたらこんなこともあるんだな、と中々長い冒険者の経験に1ページ加わったのに感慨深くなる。

相談が終わったのか、こちらに戻ってきたシシーは、えと、と言葉を思い出すよう指をこめかみに当てて返事をくれた。


「ズメイ、空飛ぶ。ついてくる。ぐるぐる回る。私、馬車。馬車止まった時、助ける。それ良い、なら…?」

「大丈夫よ、伝わってるから」

「要はシシーちゃんは俺たちといて、ドラゴンは空を飛んでくるってことでしょ?」

「空から見張りもあるなら安全だな。むしろ助かる。よろしく頼む」

「こちら、こそ」


丁寧に頭を下げられた。

不揃いかつ中途半端な長さの黒髪の隙間、右耳についているイヤーカフに、ドラゴンのベルトと同じ琥珀色の宝石がついているのが、さらなる安心感に繋がる。

これは心強い同行者ができたと、まだ少しばかり挙動不審なヴァンドットさんの背中を慰めるため、力強く叩いてやった。





沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。

とても励みにさせていただいています。


不定期更新で申し訳ないですが、

必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。

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