2-8-5 「金が要る」
2-8-5 「金が要る」 耳より近く感じたい2
ーー7月13日、夜、
ガチャリ、
玄関ドアが開く。
片山はバイトから帰ってきた。
大智はリビングから廊下に出る。
「ただいま」
「おかえり」
片山は靴を脱ぎながら言う。
「…話って、何?
長くなりそうなら、先にシャワー浴びたい」
「いいよ、それで」
「…」
片山は荷物を廊下に置き、直ぐにシャワーを浴びに行った。
ーー
着替えた片山はリビングに入る。
「…話って?」
キッチンに移動し、コップを取る。
「成斗、お前、親父と会ってから変だから。
この前、我慢できなかったって言ってたし。
何か言われたのか?」
片山は表情を変えずに言う。
「…別に、いつも言われてること。
問題起こしてないかとか、遊んでないかとか、成績とか進路とか」
コップに注いだ水を飲む。
大智は、取り敢えずホッとする。
「夏休み中バイト増やすって言ってるけど、何で?」
「…暇だから」
「暇って…、ルリと話したのか? バイトの件」
「あー、話した。
明日、場所を見に行く」
そう言って、片山はリビングに移動し、ソファに座る。
大智はテーブルを挟んで、弟の前に座る。
「さっき暇って言ってたけど、友達と遊ばないの?」
「…遊ぶことは遊ぶ、多分」
「じゃあ、何で?」
片山は少し沈黙した後、兄に答える。
「…、もっと金が要る」
「金? もっと?」
大智は、成斗がなぜ金を必要とするのか分からない。
「理由をちゃんと話せよ、成斗
兄ちゃんだってバイトしてるし、仕送りは毎月きちんと入ってる。
今月分も入ってたし、ずい分早いけど、もう来月分も振り込まれてる。
お前だって、今も週5でバイトしてるじゃないか。
何で金が要るの?」
片山は下を向く。
「…病院行くのに…お金が、いくらかかるか分からないから」
「病院? 何処か悪いのか?」
大智は、思いもしない言葉に狼狽える。
「…俺の、この症状が出なくなるように」
「成斗、お前…」
「…調べた、ネットで色々。
病院とかにも電話して、聞いてみた。
問診とか最初の検査とかでも、金かかりそうで…
どれ位の頻度で病院に通うのかも分からない。
だから、金を稼がないと俺は…、
いつまで経ってもみんなに迷惑かけて、」
(音波にも応えてあげられない…)
片山の肩が震える。
「成斗…」
片山は下を向いたまま言う。
「この間の配信の後、慎司さんに言われた。
今年の軽音祭は当日のサポートだけでいいって。
だから、休みの間に少しでも多く金を稼いで、病院に行こうと思って、
…年が明けたら、もう受験とかで時間が取れるか分からないから。
もう、接触を避け続けるだけじゃ駄目だ。
音波とは少しずつ触れ合えるようになったけど、
今のままのペースだと遅い。
早く病院に行って、少しでも改善しないと、
でないと、先が見えない…」
「焦るな、成斗」
「…こんなことなら、もっと早い段階でやれば良かった…
曝露でも何でも、やっておけば良かった、
失敗とか逆効果とか、副反応とか、もっと酷くなるかもって思ったら怖くて…避けてた。
あの時、俺は逃げたんだ、
しんどくて、耐えられなくて
現実から…怖くて、拒絶して…逃げた」
片山は頭を抱え込む。
大智は弟の隣に行き、背中を擦る。
「もう言うな、成斗、自分を責めるな。
ここまで来るのにお前が一番頑張って来たじゃないか。
あのときは、もう一杯いっぱいだったんだから。
お前も、俺も、母さんもだ。
大丈夫だ、成斗…今からでも遅くない。
今から始めるんだよ。
夏休み前だから、学校は午前だけだろ?
病院を探して、一緒に初診受けに行こう。
先ずはそこからだ」
片山は兄を見て、申し訳なさそうに言う。
「兄さん、軽音祭前なのに…ごめん、」
「心配するな、今回は慎司が練習の日程を組んでるから大丈夫だ。
なあ成斗、ルリのバイトの話、もしやるなら、あんまりシフト入れすぎるなよ。
通院日が無くなっちまうから。
20日からって言ってたから、今週中に病院探して行こう」
「わかった」
「それと、26日は叩きに来いよ。
そんで、発散しろ。
考え過ぎると、空回りしちまうから。
栄太郎も修も会いたがってる」
「…わかった」
片山はコクリと頷いた。
「よし! 何か食べよう。
兄ちゃんが作るから」
大智は立ち上がり、キッチンに向かった。




