2-7-3 「兄さんの頼みは断らない」
2-7-3 「兄さんの頼みは断らない」 耳より近く感じたい2
--6月第4週、月曜日(6/22)
昼休み、音波と片山は屋上で、一緒にお昼を食べる。
「音波、この前話してたチキンカツ、持ってきた」
そう言って、片山は箱を開ける。
「え、本当? 嬉しい。
うわぁ、美味しそう」
音波は目をキラキラさせて言う。
「食べてみて」
「うん」
音波は早速箸で取り、一口食べる。
「うん、美味しい!」
片山は穏やかな顔で、音波を見て言う。
「そう、よかった」
音波は片山に話しかける。
「土曜の配信、聞いたよ。
片山くん、途中で手伝ってたね」
「あー、兄さん時々やらかすから」
「私、大智さんがギターを弾いてるの、初めて聴いた。
アコースティックギターのBLUEも、カッコいいね。
すっごく弾き慣れてる感じがした」
「…、兄さんは元々ギターを弾いてた。
最初は修さんと一緒に、ギターユニットみたいなのを組んでた。
バンドを組んだ後、ボーカルに転向した」
「え、そうなんだ」
「…、」
片山の顔が曇る。
音波は、以前からの疑問を、片山に直接訊いてみる事にした。
「片山くん、DOSE.(ドース)のサポートメンバーだよね。
お兄さんのいるバンドだから、色々手伝ってるの?
片山くんと大智さん、凄く仲がよさそうだけど、前に、佐藤くんが言ってた。
『あいつ、兄貴には頭上がらないから』って。
お兄さんとの間に、何かあるの?」
「啓太が、”頭が上がらない”って言ったのは、事情を知ってるから」
片山はスッと立ち上がり、フェンスに手を掛け、遠くを見ながら話し出す。
「林間学校での出来事の後、俺は暫く入院してたって話したろ。
母さんは俺に触れないから、入院中ずっと兄さんが世話してくれた。
女の看護師に怯えて、時に暴れる俺を押さえつけてくれた。
兄さんのバンド、本当はツインギターでやる筈だったんだ。
でも、俺がどうしようもない状態になってしまったから、
兄さんは俺に懸かりっきりになった。
当然ギターを弾く時間も無くなった。
タイミング悪く、やっと集まったメンバーが抜けてしまった、
また探そうって時に、慎司さんが家に来て、兄さんに「歌え」って話してるのを聞いた。
兄さんがボーカルに転向すれば、メンバーが揃う。
ツインギターは諦めて、バンドを始動させることを優先させた。
その後兄さんは、俺をスタジオに連れて行くようになった。
俺は栄太郎さんにドラムを教えてもらって、慎司さんにはベースを教えてもらった。
修さんは兄さんと一緒になって、俺と啓太にギターを教えてくれた。
それで俺はバンドのサポートが出来るようになった」
片山はフェンスから手を放し、音波の方を向く。
「兄さんは俺のせいで、色んな事を諦めて、
俺のために、沢山動いてくれた。
俺があんな目に遭わなければ、
兄さんは好きな事に時間を使えたのに…
だから、どんな小さなことでも
俺は、兄さんの頼みは断らない。
何よりも優先する。
DOSE.(ドース)のサポートも同じだ。
何でもする」
「片山くん、」
眼鏡越しに見える片山の真剣な目を見て、音波は立ち上がり、片山の制服の袖を摘まんで言う。
「ありがとう、話してくれて。
辛い事思い出させちゃって、ごめんね」
片山は首を振って言う。
「謝らないで、俺は大丈夫」
「私、何か手伝えること無いかな。
片山くんの助けになること、無い?」
「音波、」
片山は音波の頭に手を乗せ、笑顔を作って言う。
「音波にはもう助けられてる。
音波に出逢ってから、俺は変わり始めた。
接触を避けてた俺が、今ではこうやって音波に触れる事が出来る。
音波が俺に触れて確かめてくれたから、この間母さんにも触れる事が出来た。
音波のおかげだ、ありがとう」
片山は音波を、ふんわりと包み込むように、優しく抱きしめる。
「片山くん…」
「…」
湿気を含んだ風が、屋上の二人を撫でて通り過ぎていく。




