1-14-1 久しぶりの高揚感
1-14-1 久しぶりの高揚感 耳より近く感じたい
--3月最初の土曜日(7日)
学校は休みの日なので、成斗は久し振りに一人でレンタルスタジオに行く。
場所は戸島区にある、「スタジオぱたん池谷店」というところである。
このスタジオは、ドラムのペダルが選べるし、他の楽器もレンタル出来るので、楽器を持ってきていない社会人などが、仕事帰りに利用したりもしているのだ。
片山が高校生になってからは、他のスタジオよりは、このスタジオを利用することが多くなった。
今回は2時間の予約を取っていたので、まずは肩慣らしにドラムを叩く。
その後、スマホで曲を流しながらベースを練習する。
指が慣れてきたところで、ギターを弾く。
これで大体時間が過ぎる。
その後は、DOSE.(ドース)や色々なジャンルの曲を叩いたり、他の楽器で気ままに遊ぶ。
こういう時は、自分一人しか居ないので、好きなように練習出来る。
この片山の様子を、小さな小窓から誰かがジッと見ている。
…ずっと、見ている。
片山が見られているのに最初に気づいたのは、部屋に入って40分経過した頃だった。
その時は気にも留めなかったが、スタジオに入ってから1時間以上経過して、小窓の方に視線をやると、さっきの人がまだ見ている。
(せっかく一人で好き勝手演ってるのに…)
片山は段々と気になってきて、いい加減痺れを切らし、重いドアをほんの少しだけ開けて声を掛ける。
「あー、アンタ、さっきから何?
俺の事、ずっと見てるけど、何か用?」
やっとドアを開けてくれたことに嬉しく思いつつ、外で見ていた人は片山に話しかける。
「キミ、凄いな! 一人で3つも演奏できるんだ。
本命はどのパート?」
自分の名前も名乗らずに、いきなり質問を浴びせられて、片山は若干その人を警戒しつつ、ぶっきらぼうに答える。
「あー、本命はドラムだけど…。
てか、アンタいきなり何?」
その人は嬉しさの余り、自分が自己紹介をしていなかったことに気付く。
「ごめんなさい、オレ鰐淵って言います」
先ほどとは違い、片山に敬語で話しかける鰐淵。
片山と鰐淵の年齢差は、差ほど無いように感じる。
だが、この”オレ”と名乗る鰐淵の容姿は、女? に見える。
ツインテールの髪型に、スカート? のようにも見える服装をしているからだ。
「オレ」とは言っているが、本当は女子かもしれないと片山は意識し、更に鰐淵を警戒するが、鰐淵は気にせず片山に話しかける。
「オレ、好きな服がこんなだから、よく女子に間違われるんですけど、中身はちゃんと男だし、ちゃんと付いてます。
確認します?」
「いや、確認とか…いい、いらない。
俺は、片山です」
片山は、鰐淵が男と判定出来てホッとする。
「キミが片山? あの? 本当に? 超感動だ! 本物に会えるなんてオレ凄い!」
いきなり興奮しだす鰐淵に、片山は戸惑う。
それに、少ししか開けていないドアの所で話すのもどうかと思ったので、片山は鰐淵をスタジオに入れる。
「ここで立ち話じゃ、音が漏れるから、中に入って」
「いいんですか? やった!」
片山は不思議に思う。
もしかして、この鰐淵は、兄の大智と自分を間違えているのではないかと疑う。
だが、違った。
鰐淵と話すうちに、「片山成斗」本人として認知していることが分かってくる。
「オレ、ずっとSNSでDOSE.(ドース)の事を追いかけてて、去年の軽音祭でやっと片山くんの演奏2曲観れたんだよね。
もう、惚れちゃってさ、サポートでくすぶってるなんて勿体無いよ。
自分もバンドとか組まないの? ですか?」
片山は、自身のバンドを持つかどうかには答えずに言う。
「あー、敬語とかいい、です。
俺の歳、16だから」
「えっ? 高校生なの? 本当に?」
鰐淵は凄く驚いている。
「なんだ、そんなに変わらないんだ。
片山くんって、ステージで映えるんだな、背も高いし」
「あー、そうなの? 自分ではよく分からない。
下の名前、成斗でいいよ。
鰐淵さんは?」
「オレは梓、18歳。
つい何日か前に、高校を卒業した」
続けて鰐淵は言う。
「オレのことは、”アズ”でも、”梓”でも、”梓ちゃん”でも、”わっちゃん”でも、好きに呼んで。
片山のことは、”セイ”か、”成斗”か、”せいちゃん”か、”ナル”って呼ぶから」
「あー、好きに呼んでもらっていいから」
片山は、手をヒラヒラとさせて言う。
鰐淵は、出逢ったこの機会を逃すまいと、片山を誘う。
「オレ、お前の後に時間を予約してるからさ、一緒に演奏してみない?
一人で遊ぶのつまらないからさ、相手してくれると嬉しい」
片山は、自分の時間も少なくなってきたので、鰐淵の誘いを受けることにした。
「いいよ、ドラムやればいいの?」
「うん、先ずは、俺が好きなドースの曲で合わせてみるかな?
BLUEって曲、成斗いける?」
「当然」
そう言って、片山はバッグからスティックを取り、ドラムセットの方に移動する。
「ギター用意するから待って」
鰐淵はShakeStarのエレキギターを取り出し準備する。
鰐淵が片山に声を掛ける。
「いつでもカウント取っていいから」
「わかった」
カンカンカンカン、
ジャジャン!
…鰐淵の出だしは完璧だった。
兄のメンバーと音を合わせる以外では、佐藤と同じくらい気持ちが良い。
片山は、ゾクゾクしながらドラムを叩く。
一方、鰐淵の方も同じだった。
初めて音を合わせるのに、こんなに息が合うなんて滅多に無い。
鰐淵は思う。
片山と組みたい、バンドやりたい…と。
気分が乗っている時程時間が経つのが早い。
次の予約の人が小窓から片山と鰐淵を覘く。
そして、息をのむ。
終了15分前のブザーが鳴る。
二人とも汗だくだ。
片山は鰐淵に言う。
「あー、もう時間だ。 今日は凄く早く感じた」
「オレも思った。 成斗と演るの、凄く気持ちいいな!
また今度、一緒にスタジオ入ろうぜ」
片山の顔が、曇る。
「あー、俺、兄貴のバンドのサポートしてるし、頼まれたら断らないから…」
と、最後の言葉を言った後、片山は黙る。
(初めて会った人に、つい内情を言ってしまうなんて…どうしたんだ俺は、)
鰐淵は、黙る片山を見て、サポートの重要性を知っているかのように言う。
「急に呼び出し食らって、助っ人で弾いてくれって頼まれた事、オレもあるから。
特にお前の場合はお兄さんのバンドだからな、断れないよな。
でも連絡先はさ、教えてくれよ。
で、時間が合えば一緒に入ろうぜ」
「ああ、分かった。
あと、俺、ガキの頃からずっと一緒の奴がいるんだけど、そいつもギターなんだ。
次があるなら、そいつも連れてきていい?」
片山の前向きな返答に、鰐淵は大喜びする。
「本当か? 次が楽しみだなぁ」
二人は片付けを終え、スタジオ部屋を出る。
と、店長が片山に声を掛けてきた。
「セイ、今日は一段と乗ってたじゃないか」
「あー、まぁ、そうですね、楽しかったです」
「ワニと組んだら、面白いだろうな」
「…はぁ、」
片山は、自分がバンドなんか組むことは無いと思っているので、店長には曖昧な返事をした。
(自分の為に沢山動いてくれた兄、
兄の願いは、全部断らない。
昔は思ったりもしてた、自分の夢…でも今はバンドなんて考えられない、
それに俺は、欠陥持ちだから…
俺が何かをする度に、迷惑をかけるのは…もう嫌だ、)
片山と鰐淵は、連絡先を交換し、池谷駅で別れた。
鰐淵と別れた後、片山は考える。
(3月末には兄さんのバンドのライブがある。
鰐淵って人も来るのかな?
でも、その日は4人で観る事にしてるし、音波もいるし…
ライブ前なら、啓太と1回一緒に会ってもいいかな?
バンドとか関係なしに、遊ぶくらいならいいだろうか…?
どうせ啓太と2人か、独りでスタジオ入ってるし、)




