2-13-4 「あの時のお礼を 今」
2-13-4 「あの時のお礼を 今」 耳より近く感じたい2
最初は期待と嬉しさで通った道を、失望と落胆で帰る音波。
何とか駅に着き、電車に乗る。
電車に揺られながら、音波は思う。
(バイトなんか、しなければよかった、
そうすれば、只野さんと会うことも無かった、
その前に、お兄ちゃんが私の為に動くことも無かった、
仕事に影響を与える事も無くて…何も起きなかった)
電車を降り、自宅に帰りつく。
今日は誰も家に居ない。
父親は出張で数日帰ってこない。
母親も夜勤で帰ってくるのは明日。
兄の樹も、来る予定ではない。
ガランとした家の中が、妙に広く感じる。
音波は玄関の鍵を閉め、電気を点け、エアコンをつける。
キッチンに行き、冷蔵庫を開け、麦茶のボトルを取る。
グラスに麦茶を注ぎ、一気に飲み干す。
(…っ、どうしよう、私…どうしたらいいんだろう、)
リビングに移動して、バッグからスマホを取り出す。
今日は金曜日、片山は…バイトの日。
ホーム画面の夕焼け空を見ながら、音波は呟く。
「声が…聞きたいよ、ふっ、うぅ、」
床にへたり込み、声を押し殺しながら、泣く。
…
暫く床に座ったまま、時間が過ぎる。
何の物音もしない家で、スマホの着信音が鳴る。
ビクッ!
音波は、いきなり鳴った音とスマホの振動に驚き、スマホを床に落とす。
「ビックリした、」
スマホを拾い、画面を見る。
メッセージの通知が届いていた。
音波は画面をタップして、アプリを開く。
(…あ、)
【D:Sei☆DOSE.N
「返信 ありがとう
誤送信と思ったから
まさか返事がくるとは
思ってなかった
応援してくれて
ありがとう
お互い素性も知らないけど
困った事があったら連絡して
Namiさんを応援してる」】
「Seiさん……」
『D:コメントを入力してください』
→「……………」
音波は文字を打ち、送信ボタンを押す。
【NamiがSeiにDメッセージを送信しました】
Nami☆DOSE.ファン
「ありがとうございます」
送信した後、入力を終了させずそのままにして、画面をボーっと見る。
(今、画面の向こうにリアルにSeiさんが居るんだ。
独りは心細かったから、文字のやり取りだけでも有り難いな…)
Seiからメッセージが届く。
【D:Sei☆DOSE.N
「入力中のままだけど
どうかしたの?
何か困ってる事があるの?」】
音波が入力画面を開いたままでいるので、相手の画面には入力中と表示されたまま。
Seiが心配して、メッセージを送ってきたのだ。
音波が音楽専用アカウントでSNSに投稿すると、いつもハートや返信をしてくれるSei。
仲良くなると急に距離を縮めてくる人もいる中、Seiとは一定の距離のまま続いている。
DOSE.(ドース)のファンになった初期から、ずっと繋がっている人。
Seiから、またメッセージが届く。
【D:Sei☆DOSE.N
「大丈夫?
困ってるのはSNS? リアル?
緊急性がある問題なら
一人で抱え込まないで
Namiさんとは長く続いてるから
力になるよ」】
(Seiさん、)
音波は迷う。
今まで緩い関係で繋がっていたSeiと、個人的な事でこっちから距離を縮めてもいいのだろうかと。
それに、自分のことを話すのは恥ずかしいし、抵抗がある。
そして、相手が男か女かも分からない。
だが音波は、この時頭の中がグチャグチャで心細かったのと、Seiに嘘はつきたくないとの思いが強かったので、正直に話す事にした。
【NamiがSeiにDメッセージを送信しました】
Nami☆DOSE.ファン
「アルバイト先で知り合った会社の仕事相手の人に
自分の頼みを聞いてくれって言われて…
断ったら、今の仕事を途中で降りるって脅されて
次の仕事で会う時に返事をくれって言われて
会社に言って、企画がとん挫したら
損害がでるかもしれないし
その人の言う事を聞いて、どんなことを要求されるのかも怖いし
どうしたらいいのか分からなくて」
【D:Sei☆DOSE.N
「次にその人と仕事で会う前に
会社には早く言った方がいい
それで守ってくれないなら
辞めればいい
ボクの意見だけ聞かないで
誰か他の信頼できる人にも
相談にのってもらって
家族 友達 恋人とか
一人で悩まないで
Namiさんなら助けてくれる人
近くにいると思うから
次に会うのは いつ?
その人の名前教えて
情報が無いか
こっちでも調べる
大丈夫
たまたまSNSで
その人の名前を知って
ボクが勝手に調べるだけ
だから 安心して」】
自分が相談したものの、Seiがここまで親身になってくれるとは思いもしなかったので、音波は不思議に思い、尋ねる。
【NamiがSeiにDメッセージを送信しました】
Nami☆DOSE.ファン
「18日に会います
写真家の只野弘幸という人です
Seiさん、
私の誤送信で やり取りするようになっただけなのに
関係ない面倒な話を聞かされたのに
動いてくれようとしてくれて
どうしてですか?」
Seiから、メッセージが届く。
【D:Sei☆DOSE.N
「『The Wall』って曲
知ってるよね
Namiさんがイメージして
アップした写真が
当時のボクの感情を
現してるようで驚いた
そして支えになった
きっかけは どうであれ
Namiさんと繋がった
あの時のお礼を 今 返したい」】
(Seiさん…、)
自分が中2の時に撮った写真が、誰かの…Seiの支えになっていたとは、
自分の写真がまた、知らない間に人の役に立っていたとは、音波は思っていなかった。
音波はポロポロと涙を落としながら、文字を打つ。
【NamiがSeiにDメッセージを送信しました】
Nami☆DOSE.ファン
「Seiさん、
有り難うございます
ありがとうございます」
【D:Sei☆DOSE.N
「ゴメン 今外で
スマホの電池残量が無い
もうすぐ切れる
早めに誰かに相談して
また連絡する」】
Seiとのメッセージのやり取りが終わり、音波は幾分落ち着きを取り戻す。
「Seiさん、ボクって打ってた…男の人だったんだ…
会社に言う…明日、樹お兄ちゃんに言おう。
家族、友達、恋人、片山くんには言えない、
病院に通って頑張ってるし、軽音祭前で部活の練習も忙しいし、バイトもしてるし。
実花に話したら佐藤くんの耳に入って、片山くんにも伝わって心配かけちゃう」
音波が考えていると、再びスマホが着信音を鳴らす。




