2-13-3 舐める様な目
2-13-3 舐める様な目 耳より近く感じたい2
--8月第3週、金曜日(8/14)
この日は外での撮影。
モデルは既に到着している。
前回の外現場同様、皆準備に取り掛かっていると、只野がやって来てモデルに言う。
「君、体調悪いの?」
「いえ、大丈夫です」
「…本当に?」
「はい」
「…、ならいい」
音波はこの時、只野が何故モデルの体調を気にしたのか分からなかった。
撮影が始まって、10分程経過した時、冷たい風が吹く。
只野が空を見上げた後、カメラを下ろして言う。
「今日の撮影は、やめだ。終わりだ」
ザワッ、
スタッフたちが焦りだす。
「どうしたんですか? 弘幸さん」
只野はモデルを見て言う。
「もうすぐ雨が降る、それに、モデルは体調管理ができていない。
具合が悪いなら最初から言ってくれないと。
あんなひきつった顔じゃ、天気が回復してもいい写真は撮れない。
別の日にしよう、“俺”は嘘をつかれるのは嫌いだ」
只野は自分の道具を片付け始める。
スタッフがなだめるが、只野が撮影する気はもうない。
「あーぁ、弘幸さんヘソ曲げちゃったよ、今日はもう無理だ」
スタッフが話している間に、空が曇ってきた。
遠くで雷もなり始める。
天気が相手ではどうしようもない。
皆、直ぐに片付け始める。
音波が片付けていると、只野が声を掛けてきた。
「君、今日は時間が空いたから、来るなら来ていいよ。
どうする?」
音波は少し考える。
撮影の後はデスクワークはないので、そのまま帰っていい。
社用車で途中まで戻り、その後は電車で帰る。
『次は断らないで』
スタッフの言った言葉が脳裏に浮かぶ。
音波は応える。
「はい、お伺いします」
「じゃあ15時頃においでよ」
「はい、分かりました」
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15時、音波は只野の住むマンションに到着する。
エントランスで部屋番号を入力し、呼び出しボタンを押す。
「…はい、」
「あの、円井です」
「ああ、どうぞ」
ロックされていた自動ドアが開き、音波は進む。
只野の部屋のチャイムを押す。
ガチャリ、
ドアが開いた。
「ようこそ、上がって」
「はい、お邪魔します」
音波は緊張しつつ、部屋に入る。
リビング手前のドアを開け、只野は言う。
「ここが、編集する部屋だ」
「わあっ、凄い!」
大きなモニターにハイスペックパソコンだろうか?
室内の熱をとるために、冷房の温度を下げているのか、部屋の中は肌寒い。
「カメラはリビングに置いてある」
そう言って、只野は音波の背中に手を当て、リビングへのドアを開け誘導する。
壁の棚に奇麗に飾られている数々のカメラ。
音波が感動しながらカメラを見ていると、只野が尋ねてきた。
「君、モデルになればいいのに、どうして写真を撮っているんだい?」
音波は答える。
「子供の頃、ある写真を見て、凄く感動したんです。
こういう写真が、自分も撮れたらいいなって。
私は、自分が撮られるんじゃなくて、撮る方が好きなんです。
私が撮った写真で、見た人の気持ちを温かくする事が出来たらいいなって思うんです」
只野は、少し皮肉っぽく言う。
「今の時代は本物か偽物か区別がつかない程、技術革新が進んでいる。
加工してない写真を探す方が難しい。
モデルだってそうだ、写真と実際に会ってみるとじゃ、えらい違いだ。
みんな、どれだけ盛ってるんだよって辟易するね」
只野のいう事も尤もだ。
確かにスマホアプリでも、自分の顔を簡単に加工できる。
只野はキッチンに移動し、飲み物をトレーに乗せて持ってくる。
「はい、どうぞ」
「有り難うございます」
ここで、音波は違和感を感じる。
音波に出されたのは炭酸のオレンジジュース、只野はホットコーヒー。
先日梶に言われた言葉が、この時何故か思い浮かぶ。
ソファーに座ってコップを持つ。
音波は口元のストローを指で隠して、ひと口飲んだフリをした。
それを見て只野は、わざわざ音波の隣に座り、目を見て言う。
「君、俺のモデルにならない?」
只野の口調が変わった。
初めて只野と会った日の、あの舐める様な目。
モデルと言われ、音波はゾクッと寒気を感じる。
「さっきもお話したように、私はモデルになりたいとは思ってません。
撮る方が好きで_」
「だったら何で今日来たの?
今回の話、最初から乗り気じゃなかったんだよな。
止めようかな」
「え?」
「途中で俺が降りたら、君んとこの会社、困るだろうなぁ。
まぁ、君の返事次第じゃ、このまま続けてもいいかもね」
「そんな、」
「君を撮らせてくれってだけだよ。
安心しろよ、高校生相手に手は出さないし、同意の上でしかヤらない。
俺も不味い飯は食いたくないし。
ただ写真は別だ、撮れば作品になるからな」
突然、只野に脅されるようなことを言われ、音波はどうしていいのか分からず、直ぐに言葉が出ない。
只野は、音波の顎に手をかけ、くいっと上げる。
「ひゃっ、」
「おどおどした顔も、いいねぇ。
真面目に撮りたくなった。
でも俺が撮りたい君は、この顔じゃない」
只野の顔が音波に近づく。
「いやっ!」
バッ!
音波は自分の顎にかかっている只野の手を払い、ソファーから立ち、離れる。
「フッ、今のは冗談だよ。ちょっと脅かしすぎたかな。
何にも考えずにホイホイ捧げる女が多いから、君の反応は新鮮でいいな。
今度の撮影までに、返事を聞かせてくれ」
そう言いながら只野はソファーから立ち上がり、リビングのドアを開ける。
そして、手を玄関の方へ向ける。
「お、お邪魔しました」
音波は青ざめた顔でバッグを持ち、足早に只野の前を通る。
只野のマンションを出て、音波は震える体を自分の手で抱きしめる。
(どうしよう、私が断れば企画がとん挫する。
夏休みの間だけしか居ないバイトの私のせいで、迷惑はかけられない。
だけど、モデルをしたら…どんな写真を撮られるのか分からない)
「折角お兄ちゃんが私の為に、写真の事を学べるようにしてくれたのに、
こんな風になるなんて…」
音波は悔しさと歯がゆさで、唇をくッと噛んだ。
憧れていた写真家の理想が、
思い描いていた自分の夢見てた世界が、
音波の中でガラガラと壊れていくような音がした。




