2-13-2 ”兄”として
2-13-2 ”兄”として 耳より近く感じたい2
モデルの女性が撮影に戻った後、音波は飲み物を片付け給湯室に行く。
只野が給湯室に来て、声を掛けてきた。
「君、」
「はい、何でしょう?」
スタッフたちに見えないように、只野は音波に紙を渡して言う。
「この撮影の後、時間が空いたから自宅を見せてあげられる。
急だから、君の都合がいいなら、来ればいい。
悪ければ、次回ってことで。
変な噂をたてられるから、一緒には行動しない。
僕の自宅の住所だ、ナビを使えば一人で来れるだろう。
どうする?」
「え、今日ですか?
今日は、戻ってデスクワークがあるので伺えません」
音波は、只野にいきなり今日と言われ戸惑う。
「…わかった、じゃあ今日は無しにしよう。
次に時間が取れたら、また教えるよ」
「はい、すみません」
只野は給湯室から出ていき、音波と一緒に来ている会社のスタッフと少し話した後、撮影に戻っていった。
音波は思う。
(そうか、男性の写真家って大変なのかな。
沢山の女性を撮影するから…噂に敏感なのかな)
--
帰りの車の中で、運転しているスタッフが音波に話しかける。
「オトハちゃん、弘幸さんと何を話してたの?」
「え、今日自宅の作業場を見せてくれるって言われたんです」
「何、断ったの?」
「はい、いきなりだったし、会社に戻って作業があるので」
スタッフは、チッ、と舌打ちをした後、音波に言う。
「弘幸さんの機嫌、あまり損ねないでくれるかな、
でないと、あの人仕事しなくなるから。
そうすると、会社の企画がポシャる事になるかも」
「えっ?」
「そうしたら、あなたのお兄さんが責任を取る事になるんだよ。
どうせ夏休みの間だけなんだし、ハイハイって言う事聞いといてよ。
次は断らないでよ」
「…はい、」
会社のスタッフに、兄が責任を取らされると言われ、音波は不安になる。
オフィスに戻ってきた音波は兄の姿を探すが、居ない。
外出中のようだ。
そこへ、清香がやってくる。
「音波ちゃん、撮影現場はどう? 困った事は無い?」
「…はい、大丈夫です」
「そう、樹が居ない時は私に相談してね」
「有り難うございます」
「それと、今日は少し残って作業してもらうから。
帰りは樹に送ってもらって」
「はい、分かりました」
(清香さん、優しいな…美人だし、凄く丁寧に教えてくれるし。
仕事出来る女性って素敵だな)
音波は清香に対して、憧れの気持ちを抱く。
--19時過ぎ
オフィス内は、音波以外のアルバイトは既に帰ってしまっている。
後は、同じ部門で残っているのは清香だけだ。
ガチャリ、
ドアが開く音がするが、音波はヘッドホンをつけて作業に集中しているので聞こえていない。
「…とは、音波、」
肩を揺すられ、音波は気がつく。
「あ、樹お兄ちゃん、おかえりなさい」
「ずい分集中してたけど、この作業がそんなに楽しいのか?」
「うん、数秒の映像がどんどん繋がって、一つになっていくのが楽しいよ」
「そうか」
清香がアイスコーヒーを樹に渡しながら言う。
「音波ちゃん、呑み込みが早いから、教えるのが凄く楽だった。
誰に似たのかしら? お父さんかしら?」
「ああ、ありがとう清香。
そうだな、きっと父さんに似たんだろうな」
コップを受け取り、樹は言う。
「樹が戻ったから、私はそろそろ帰る」
「清香、送っていくから一緒に_」
「遠慮する。樹、たまには兄妹2人でご飯でも食べれば?」
「…ああ、そうさせてもらうよ」
「それじゃ、お疲れ様」
清香はバッグを持ち、オフィスから出て行った。
「音波、家に連絡するから、食事をして帰ろう」
「うん、わかった」
音波は作業を終了し、パソコンをシャットダウンする。
オフィスを出て、樹の車まで歩く。
樹が音波に尋ねる。
「音波、撮影現場の方はどうだ? 楽しいか?」
「えっ、うんっ、楽しいよ」
「そう、なら良かった。
共同で運営してる先輩が決めた企画だから不安だったけど、
上手くいっているなら安心だ」
樹のホッとする横顔を見て、音波はスタッフに言われた事を話すのを止める。
車のロックを解除し、樹は運転席に乗り込む。
音波も助手席に乗る。
「音波、土日は基本休みなんだから、友達と遊びに行かないのか?
…服をくれた子とか、軽音祭に一緒に行った子とか、」
「え、」
樹が言う『服をくれた子』とは、片山のことだ。
去年の軽音祭に一緒に行ったのは梶だが、今年は片山に会える。
音波の顔が、少し赤くなる。
「今ね、軽音祭前で忙しいし、アルバイトもしてるから。
軽音祭ではみんなと会えるから、多分ご飯食べて帰ると思うんだ」
「そう、だったら挨拶しないとな」
「え?」
音波は樹の顔を見る。
樹はシートベルトを着けながら言う。
「今年の軽音祭は、俺も一応運営メンバーに入ってるから」
「そうなんだ」
音波もシートベルトを着ける。
「ああ、音波と仲良くしてくれてるんだ、どんな子たちか興味もあるしね」
「う、うん」
樹はエンジンをかけ、車を発進させる。
暫く進み、赤信号で車が止まる。
樹は音波の方を向いて、訊く。
「音波も もう高2か、好きな子とかいないのか?」
「えっ、//」
兄にいきなり聞かれ、音波の顔が真っ赤になる。
「!! …そうか、好きな子がいるのか」
樹は前を向く。
ハンドルを持つ手に力が入る。
「音波、…その子と付き合ってるのか?」
「うん」
「その子は、軽音祭に来るのか?」
「う、うん」
「それじゃあ、猶更会って挨拶をしないとな、
音波の彼氏なんだから」
信号が青に変わり、樹はアクセルを踏む。
音波は兄の質問攻めに、恥ずかしがって言う。
「お兄ちゃん、どうしたの? いきなり色々聞いてきて」
「久し振りに音波と話すんだ、色々聞かせてくれたっていいだろう。
それに、”兄として”、妹の恋を応援したいから…」
「樹お兄ちゃん、ありがとう//」
嬉しそうに言う音波の横顔を見て、樹は思う。
(音波の恋人が安心できる相手なら、自分の気持ちに…完全に蓋をしよう)




