第7章 エリの悪夢
部屋でお絵描きをしているエリはぶぅたれていた。
(もぅ!!連覇は北海道のおばあちゃんの家に行っちゃうし!朱夏は帰って来ないし!エリ、つまんない!)
あたりを見渡すも広い空間があるだけだった。
一人でいるには朱夏の部屋は大き過ぎる。
(早く、朱夏帰って来ないかなぁ。)
そんな事を思う。
ガチャ
その時、静かにドアが開いた。
エリは嬉しくてすぐにドアに駆け寄る。
「朱夏!おかえり!」
「えぇ、ただいま・・・。」
ようやく帰ってきた朱夏は元気が無かった。
それでもエリは朱夏に抱きつく。
「朱夏、聞いて!連覇、北海道行く。しばらく一人!つまんない!」
朱夏は困った顔をしている。
「そう、ですか。寂しいですね。」
どこか上の空に朱夏は言った。
朱夏はそのままパジャマに着替え始めた。
「ごめんなさい、エリ。少し疲れてしまいました。」
「えっ!?朱夏、寝る?」
朱夏は何も言わずにキングサイズのベットに潜った。
エリはほっぺたを膨らませた。
「つまんない。」
けれども、ベットからは何一つ言葉が返ってこなかった。
エリはその様子を見てため息をつくと、自分もいそいそとパジャマに着替え、部屋を暗くする。
そのままベットに潜ると、横になっている朱夏の背中側から抱きついた。
「朱夏、何かあったの、わかった。明日、話聞く。元気、出す。」
朱夏はエリの言葉を聞いて声を出さずに泣いた。
エリもなにも言わずに抱きしめる。
暫くするとエリの寝息が聞こえてきた。
朱夏もその音を聴きながらゆっくりと眠りに落ちるのだった。
◇◇
朱夏は眠りについた筈だった。
「あ、あれ?ここは?」
あたりを見渡すとそこには大きな満月が目に入った。
肌寒い秋の風が横薙ぎに吹いた。
「外!?でも、ここは一体?」
見た事のない白くて大きな建物の目の前に朱夏は立っていた。建物の反対側にはグラウンドのような広い場所が広がっていて、無数の光る物が見えた。
「何、あれ?」
呟くと手を引っ張る感触に目線を下へ向ける。
エリが必死に朱夏の手を引いていた。
手を引かれるがまま、朱夏は走り始める。
「朱夏!?朱夏!逃げる!やばい!」
「エリ、これはデジャブ・ドリームの中ですか!?」
走りながら叫ぶ。
後ろからは大量の蠢く何かがこちらへ向かっている。
「あれは・・・犬!?」
すごいスピードで走ってくる。
「建物に逃げましょう!!」
二人は建物に入り、慌ててドアを閉めた。
すぐさま鍵を閉める。
ガラス張りのドアを犬達は爪で引っ掻いた。
カリカリッと言う薄気味悪い音が辺りに響く。
中には突進してくる犬もいた。
それを見て、周りの犬たちも真似をし始める。
「グアゥ!!!」
大きめの犬が扉に突進した途端にガラス張りのドアにヒビが入った。
「まずいですね。」
汗が滴り落ちる。
「急に夢、始まった!デジャブ・ドリーム発動、でも既にピンチ。」
エリは朱夏のスカートの裾をぎゅっと握った。
「って事はエリも夢に入ったばかりですか?」
「そう!だから、何も分かんない!」
ガラス張りのドアのヒビが徐々に大きくなる。たくさんいる犬は達の目はボンヤリと光っているように見えた。
「生き残らなきゃ。この記憶無くなっちゃいますよね。」
「うん。このまま、まずい。私、死ぬ、記憶、私も引き継げなくなる。起きた時、何となく、パラサイト、発動した感じだけ残る。」
誰も頼れず、朱夏はエリを守らなくちゃ行けない状況に何とか頭を回転させる。
「エリ、今のうちに!高い所へ!」
エリと朱夏は下駄箱と思われる棚を指差した。
「わかった!」
朱夏はなんとかエリを下駄箱におし上げる。
非力な朱夏だが、なんとかエリを下駄箱にのせることに成功した。
「朱夏!!早く!!」
「う・・・うーん!!!!」
木登りをした経験もほとんどないお嬢様はなかなか登れない。エリも下駄箱の上から引っ張るが力が足りない。
その間にも犬たちはガラス戸への突進をやめようとはしなかった。
ピシッ!!!パラパラ・・・。
ついにガラスが崩れ落ちる音が聞こえる。
隙間から犬が頭を出そうとする。
その様子を見てエリが叫ぶ。
「急いで!!!」
「えええぇい!!!」
朱夏がてっぺんに足をかけてなんとか体を持ち上げたその時。
背後から大きな音が響き渡った。
ガッシャーン!!!
犬たちがなだれ込む。
「きゃぁぁぁあ!!」
もう少しで登り切るところで朱夏のひらひらなドレスは大きい犬に引っ張られた。
圧倒的な力に必死で下駄箱にしがみつく。
「朱夏!!朱夏!!」
「きゃぁあ!!きゃぁ!!!」
抵抗も虚しく徐々に引きずり降ろされていく。
「頑張って!!朱夏!!」
エリもなんとか朱夏を引っ張り上げようと体を引くが力が足りない。
「きゃぁぁぁ!!」
ドレスにぶら下がるようにして大型犬は朱夏を引っ張った。
その時・・・。
びりっ!!!
朱夏のスカートが破け、急に体が軽くなる。
反動で朱夏は下駄箱のてっぺんに一気に登った。
「はぁっ・・・はぁっ・・・。」
後ろを振り向くと、犬たちが下駄箱にはよじ登れずこちらを見上げている。
「た・・・助かった・・・?」
「ひとまずは・・・ですけどね。」
冷や汗が止まらない。
幸いなことに足を噛まれなかった。
「どうしましょう・・・デジャブ・ドリームが発動したと言うことは私たちはまた狙われているはずです。」
生き残って現実に記憶を持ち帰り、犯人を探し出したいところだ。
それができなければ、自分たちはこの夢の結果と同じような運命をたどる事になる。
デジャヴ・ドリームは死を予知する夢。
つまり死の運命だ。
「とにかく・・・生き残る。大事!」
「そうですね!ひとまずこの犬達からの攻撃はこれでしのげるはずです。」
頑丈な下駄箱は犬が突進してもビクともしなかった。
犬達は恨めしそうにこちらを見る。
中には何度もジャンプしたり突進したりする犬もいるが、高さがある下駄箱のおかげで天辺までは来れそうにない。
その様子を確認すると朱夏は情報収拾に頭を切り替える。
「日付・・・何か確認できるもの・・・。」
朱夏はスマホを取り出そうとしたがカバンがない。
「そう言えば、先ほど空に大きな満月がありました。十五夜でしょうか?」
「確かに大きな月、あった。」
先ほどの広い敷地から見た空に浮かぶ大きな満月はとても綺麗だった。
「今年の十五夜の日付まではわかりませんが、その頃ということですね。」
「目が覚めたら、調べる。」
朱夏はさらに辺りを見回した。
入り口の奥の方にポスターが見える。
「よ・う・こ・そ・じゅ・う・い・が・く・ぶ・へ?」
「獣医学部?」
歓迎会のポスターが貼りっぱなしになっているようだった。
「ここは・・・もしかして大学でしょうか?」
「大学?」
「ええ。しかも、こんな大きな大学の獣医学部・・・場所も絞れそうですね。」
「うん!」
「このまま、ここにいてやり過ごしましょう?そして少しでも情報を記憶にとどめて、現実に持っていきましょう!!」
「朱夏・・・ありがとう!!」
けれども、事はそう単純ではなかった。
突然犬達が吠えるのをやめる。
「・・・え?」
急な静寂に朱夏とエリは下駄箱の下を見る。
そこには、今までの犬達とは比べ物にならない大きな犬・・・いや違う生き物がいた。
「お・・・狼・・・?」
そこには茶色の毛並みの狼がいる。
狼は頭の部分だけが金色のように見えた。
「変わった色の狼・・・。あの大きさ・・・ヤバいかもしれません。」
ボスのような圧倒的な存在感に2人は息を飲んだ。
朱夏はあたりに武器になりそうなものを見渡すが何もない。
「こっちに来そうです・・・。」
ゆっくりと歩いてくる狼は呻き声を上げている。
その目もぼんやりと光っているように見えた。
「目が・・・光りました。」
「パラサイトのチカラ・・・感じる!」
二人は息を飲む。
「あ・・・。」
狼がジャンプする。
犬達が登れなかった下駄箱に軽々とジャンプして登ってきた。
「嘘・・・。」
顔から血の気が引いていく。
下には小さい猛犬達、正面には狼。
もはや逃げ場がない。
「エリ・・・。後ろに・・・。」
朱夏はエリを精一杯かばった。
狼を睨みつける。
心の奥底で助けを求める。
(海馬・・・君・・・!!助けて・・・!!)
けれども、誰一人としてここにくる人はいなかった。
恐怖で鳥肌が立つ。
それでも、朱夏は狼を睨んだ。
「・・・・?」
朱夏が狼を見据えると首に光るものが見えて息を飲む。
「・・・あ・・・!!」
それは、朱夏がよく見ているものにそっくりだった。
「海馬君がいつもしているペンダント・・・。どうして・・・?」
狼を見上げる。
けれども目の前の獣は唸るだけだった。
グルルルルル・・・・。
次の瞬間、狼は朱夏の真上にいた。
「へ?」
あっという間に首に噛み付かれ、大量の血があふれ出した。
「っ・・・!!!!!」
声も出せないまま、エリを守っていたはずの朱夏は一瞬で押し倒される。
吹き出す血が、もう助からないことを物語っていた。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
エリはそれを見て悲鳴をあげる。
けれども、事実は変わらない。
ピクリとも動かない血まみれの朱夏を目の前で狼が食べ漁っている。
「ああっぁあああ!!朱夏!!朱夏!!!!」
手を伸ばすこともできずエリは目を見開いて涙を流した。
ある程度朱夏を食べ終わった狼は今度はエリを見据える。
エリは震え上がった。
足はすくんで動けない。
動いて下駄箱を降りたとしても、食べられる獣の胃袋が違うだけだった。
「・・・だめ・・だ。生き残れ・・・ない・・・・。」
光る狼の目に絶望を感じた。
その瞬間、狼はエリに飛びかかり、首元に噛みついていた。
一瞬で息ができなくなった。
焼けるような激しい痛みと苦しみは続く。
エリの意識が事切れるその瞬間まで。
こうして、最初のデジャブ・ドリームは誰一人記憶が引き継がれないまま終わりを迎えることになる。
「加害者」である1匹を除いては・・・。