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第4章 迷子

美術館を出て、心琴は痛む左手をかばいながら闇雲に走っていた。

「痛い・・・。」

見ないようにしていた左手をそっと見る。

そこには真っ赤に腫れた手の甲があった。

すでにうごめいていた緑の物体は確認できない。

「鷲一に言わなきゃ・・・。」

立ち止まって後ろを振り向くが美術館は見えなかった。

人混みから離れようと闇雲に走り過ぎて道がわからない。

「あ・・・!!あれ?ここどこだろう?」

心琴は気がつくと迷子になっていた。

スマホもカバンも美術館に置いてきてしまっていた。

土地勘が無いためナビがないと全く場所が解らない。

「まずい・・・。この歳で迷子とか・・・。」

痛む左手に、両親との喧嘩、加えて迷子。

心琴は徐々にしんどい気持ちになっていく。

ふと横を見ると公園があった。

名前も知らない公園に心琴は入って座り込んだ。


ポツリポツリ。


「あ・・・雨だ・・・!」

先ほどまであれほど心地の良かった空は黒い雨雲に覆われている。

急に凄い勢いで雨が降り出した。

「こんな時に夕立!?もう、今日は本当についてない!!」

怒りながら、山の形をした遊具のトンネルに移動し、

ひとまず雨宿りをする。

外を覗くと雨はザーザー降りになっていた。

「鷲一、急にいなくなって心配してるだろうな・・・。」

ポツリと呟いた。

雨は降り止みそうもない。

心琴は膝を抱えてその場に座り込んだ。

「痛い・・・。」

気がつけば体も熱いような気がする。

徐々に体が重くなる。

心琴はそのまま、目を瞑った。

(やばい・・・このまま・・・意識飛びそう・・・)

そう思うも、外は土砂降り。

心琴はそのまま膝を抱えて公園のトンネルの壁にもたれかかるのだった。


◇◇


「ふあっぁぁ!!」

数時間勉強机に向かっていた海馬は大きく伸びをする。

長時間同じ姿勢だったため、ギシギシと関節が軋んだ気がした。

「ちょっと、疲れたね。」

後ろを振り向くと朱夏もノートから顔を上げる。

「ええ。今日はこれくらいにしましょうか。」

朱夏も集中が切れてきたようで、軽く伸びをして教科書を畳んだ。

「今日はこれから予定あるの?」

「いえ!何もないんです。」

「それじゃぁどこか遊びに・・・。」

そう言いかけたその時。


ペポン・・・ペポン・・・


LIVEの着信が鳴り響いた。

しかも、海馬と朱夏両方のスマホから聞こえてくる。

「・・・?なんだ?鷲一からだ。」

「グループから通話しているみたいです。」

海馬は電話を繋げた。

「あ!!繋がった!!・・・これは・・・海馬か!?」

鷲一はだいぶ慌てているようだった。

背後からはあまり聞きなれないガヤガヤとした音が聞こえる。

「ああ。そうだよ。朱夏もいる。どうしたんだい?」

朱夏と顔を見合わせ、スピーカーに切り替えた。

鷲一の会話を朱夏にも聞こえるようにする。


「心琴がいなくなった!行方不明なんだ。」


スピーカーからは思いがけない一言が流れてきた。

「はぁ!?」

「ええぇ?」

二人は穏やかじゃない言葉に慌てる。

「何があったんだ?説明してくれ。」

「あ、あぁ。」

鷲一は事の顛末を話し始める。

「今日、心琴とデートで・・・美術館に来ていたんだが・・・中央区の・・・。」

「中央区?またずいぶん遠出したね。」

普段、二人の話を聞く限りでは近くのカフェやら商店街で遊んだ話が多かった。

中央区というのは初めて聞く。

「美術館のすごい絵を色々と見てたらつい、絵が描きたくなって・・・。」

「は?デート中に?」

「ああ。」

「相変わらず鷲一はバカだなぁ・・・。」

海馬の知っているデートとかけ離れていてつい呆れてしまう。

「うっせーよ。いいから聞いてくれ。」

「それでどうしたんだ?」

「心琴のやつ、途中で寝ちゃって・・・。」

「暇だったんだな。」

海馬の悪い癖だが、人の揚げ足を取りたがる。

見かねて朱夏が海馬を小突いた。

「海馬君、ちょっと黙ってましょうね?」

朱夏が睨む。

口を挟み過ぎたと悟り目を逸らす。

「ごめん・・・。続けて。」

「んで、俺さ、トイレ行きたくなって席を外したんだ。そしたら、戻ってきたら人だかりができててさ。」

「人だかりですか?」

その時点で何かがあったのは分かる。

朱夏は心配そうな顔をした。

「人だかりにいた人に話を聞いたんだ。『何があったんですか?』って。そしたら、女の子が犬に噛まれてたって・・・。きっと女の子って心琴の事だと思うんだ。それから周りを走って探してみたものの、心琴は一向に見つからなくて・・・。」

いつにない気弱な声が聞こえてきた。

鷲一の心配は電話越しでも伝わってくる。

「犬・・・ですか?野良犬でしょうか?」

「俺があたりを見回した時には犬は居なかったから解んねぇけど・・・。」

「そう・・・ですか。」

朱夏は唇に指を当てて困った顔をした。

「噛まれてたって事は怪我をしてる筈だよ。・・・早く見つけなきゃ。」

海馬も流石にふざけてられない状況を悟る。

「しかも、カバンも、スマホもベンチに残したまま走り去っていったみたいで・・・。帰れないし、美術館にも戻れない筈なんだ。」

「え!?スマホもカバンも?」

「どうしたのでしょうか?」

2人は揃って眉をひそめた。

友人が怪我をして荷物も持たずに彷徨っている。

心琴の安否が心配だ。

「駅に来たらいるかなって思ったのに・・いやしねぇ・・・。」

「おかしいね・・・心琴ちゃんなら怪我したら真っ先に鷲一に報告しそうなものを・・・。何かあった可能性が高いよ。鷲一は今中央駅にいるのかい?」

「ああ。」

朱夏は海馬の顔を見る。

海馬は何も言わずに力強く頷く。

「私たちも向かいます。」

「助かる・・・ごめんな。」

心底弱った声で鷲一は謝ったが、海馬と朱夏からはカラッとした声が返ってきた。

「謝ることじゃないだろ?」

「そうですよ!心琴さんは私達の大切な友人です!」

鷲一は2人の声を聞いて少し元気が出た。

「・・・ありがとう。」

「おぅ。またあとで!」

「中央駅で待っていてくださいね。」

そう言うと鷲一は電話を切った。

外は急に暗くなる。

夕立が街に降り注ぐ。

急な土砂降りを眺めながら鷲一は拳を握り締めた。

「心琴・・・。マジでどこ行っちまったんだよ・・・。」

心配するも、雨は降り注ぐばかりだった。


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