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第36章 逃亡

霊魂を切り落とされて動かなくなった自分の腕を見て、キングは舌打ちをした。

解放された三上は地面を張って何とかその場を脱出する。

「この期に及んでまだ邪魔をするのか・・・。」

「何度だって、向かって行ってやるぜぇ?」

ギザギザの歯を見せて死神は笑った。

「虚勢を張るのも大概にした方が良い。“D”だから生かしておいてやったが・・・こうも邪魔ばかりされては敵わない。」

そう言うとキングは片手を地面に着いた。

「死ね。」

「こいやぁ!!!」


キングと死神が再び相見えようと構える。

しかし、「その時」は突然来た。


「あ・・・あ・・・あああああああ!!!!」

豹変し始めたのは、紗理奈だった。

「え・・・!?」

目の前にいた海馬は紗理奈が急に苦しみだして驚いた。

それ以上に慌てたのはキングだ。

「さ・・・紗理奈!!!早く!!やめるんだ!!!」

「で・・・でも!!!」

「良いからやめるんだ!!!!」

急にキングと紗理奈が言い合いを始める。

「やめる・・・?何をだ?」

鷲一は驚いた顔で紗理奈を見ている。


プシュー・・・・。


紗理奈の体から突然異音が聞こえた。

「は・・・?」

海馬は信じられないものを見た。

紗理奈の体がひび割れ、崩壊を始めているのだ。

先ほどの異音は体が崩壊した際に針状の穴が体に開き、体の至る所から血が噴き出し始めた音だった。

「・・・さ・・・紗理奈?」

目の前で血に染まっていく紗理奈に海馬も鷲一も驚いて何も言えない。

「くそぉ!!!・・・能力・・・解除っしょ!!!」

紗理奈は悔しそうにそう言う。

すると紗理奈の爪も筋骨隆々の体も、あっという間に元に戻った。

そして、元に戻った紗理奈は、膝をついて倒れた。

「紗理奈!!!」

キングが死神を押しのけて紗理奈に駆け寄った。

キングは動く方の手で大事そうに紗理奈を抱きかかえる。

「無理の・・・しすぎっしょ・・・ごめん。」

「馬鹿者!!!・・・紗理奈、少しだけ待っていてくれ。すぐに終わらせる。」

キングは本当に紗理奈を心配している様子だった。

「・・・。」

その様子に海馬は心中、複雑な顔をした。

「夜もだいぶ更けてきた。そろそろ、決着を・・・つけようか。」

キングが海馬、鷲一、そして死神に向き直った。

「ぁぐ!!!」

海馬は体に更なる痛みを感じた。

(やばい・・・人間に戻りつつある。力が弱まっていくのを感じる!!急がなくちゃ!!)

内心焦りながらも海馬は死神を見る。

「・・・死神、行くよ!!!」

「ああ!!!」

ナイフを構え、海馬と死神は間髪入れずに攻撃を開始した。

死神と海馬はキングを挟むように駆け出す。

どちらから攻撃が来てもいいようにキングは耳を立てる。

死神と海馬はほぼ同時にキングに襲い掛かった。

「うりゃぁぁぁぁ!!」

「っせぇぇぇぇい!!!」

海馬はナイフを、そして死神は鎌を振りかぶる。

「なめるなあああああ!!!!」

キングはそう咆哮すると死神を蹴り飛ばす。

それから海馬に向き直ると動く方の手を振りかぶった。

「うりゃ!!!!」

海馬は咄嗟にナイフをキングの顔めがけて投げた。

キングはそれをさっとかわす。

けれども、そのナイフを反対側にいた死神がキャッチして投げ返した。

腕を振りかざすキングの肩をナイフがかすめる。

「グッ!!」

肩に痛みを感じて振り返るが、今度は海馬が蹴りを繰り出す。

キングは動かない手を動かそうとしてしまい、防御が遅れた。

海馬の蹴りをくらってキングが少しだけよろける。

「いまだ!!!!」

「おう!!!」

今度は死神がキングの背中を全力蹴り飛ばした。

「ぐあ!!!」

死神の馬鹿力についにキングは地面を転がった。

「海馬!!いまだ!!!」

「ああ!」

海馬はナイフ片手に攻撃を仕掛ける。

体を起こしただけで立ち上がれないままキングは海馬の斬撃をもろにくらった。

「ぐあ!!!」

しかし徐々に海馬の力が人間のそれに近づくにつれ、キングの体にダメージを追わせられなくなってくる。先ほどは一直線を描けていた斬撃もそこまで深い傷にはなっていなかった。

「・・・さっきよりも・・・力が弱くなってきてるな。」


――カキン!!!!


ついにナイフが固いキングの皮膚に弾かれた。

最早、海馬の力ではキングを切ることはできない。

「はぁ・・・はぁ・・・。」

海馬は・・・ほぼ人間の形に戻ってしまった。

耳もしっぽも無くなり、体を覆う毛だけがまだ多少残っている。

キングは海馬の頬を裏拳で殴り飛ばした。

海馬はいとも簡単に数メートル吹っ飛ばされる。

「あぐっ!!!!」

「海馬!!!!!」

人間に戻ってしまった海馬は吹っ飛ばされて相当なダメージを追っているようだった。

キングは悠々と立ち上がると膝の埃をはらった。

「海馬!?チッ!!うおりゃぁぁぁ!!!」

吹っ飛ばされた海馬を見て、死神が追撃を繰りだす。

死神は鎌を振り下ろそうとしたが、手の鎌が限界を迎えて空中で分解した。

「げ・・・!?!?」

死神も焦るが、もう遅い。

「力を使い果たしたな!!!!」

キングがにやりと笑うと死神の腹に思いっきり蹴りを放つ。

「ガハッ!!!!」

死神も数メートル吹っ飛ばされた。

「あぐっ!!!!」

吹っ飛ばされた死神は海馬に直撃して二人は土ぼこりを上げて転がった。

「や・・・やめろ!!!!」

鷲一だけが何もできずに叫ぶ。

キングは転がった二人を眺めて勝利を確信した。

そんな鷲一の元にキングは歩いてくる。

「さぁ・・・お前は我と来るのだ。」

「・・・っ!!!」

鷲一は最早逃げ場がない。

それでも、片足で立ち上がり、拳を作る。

「・・・この状態でもまだ、我に逆らうか・・・。」

「あったりめぇだ。誰がお前の仲間になんかなるか。」

その様子にキングは苛立った。

裏拳で鷲一を軽く払うと鷲一は地面にたたきつけられる。

「アグッ!!!」

鷲一は赤子の手を捻るように倒された。

「人間は本当にもろい生き物だな。」

「だろ・・・?」

鷲一はキングを見るとにやりと笑う。

「?」

「・・・そうだろ。人間ってもろいんだよ。お前みたく強くねぇ。」

「どうした?打たれて頭がおかしくなったか?」

土壇場で力強く笑う鷲一に不信感をあらわにした。

「だからこそ・・・。力を合わせてくれる、仲間がいるんだよ!!」

「・・・なっ!?」

そう言われてキングは吹っ飛ばしたはずの死神と海馬の方を見た。

けれどもそこにいたのは死神だけだった。

「いけぇぇぇえ!!!海馬ぁぁぁぁ!!!!!」

キングはあたりを見渡すが、海馬の行方が分からない。

「うおりゃぁぁぁ!!」

雄たけびが聞こえてキングは真上を見た。

「なにっ!?!?」

海馬は上から降ってくるようにナイフを振りかざしている。

「上・・・だと!?」

海馬はバカ力の死神に、ナイフ片手に空高く投げ飛ばされていた。

「・・・この高さからなら・・・ナイフも刺さる!!!」

そのナイフは海馬の落下と共にキングの背中を一直線に切り付けた。

「ぐああああ!!!!」

キングの背中から真っ赤な血が噴き出した。海馬は高い所からの落下に体を打ち付けて地面に転がった。

「キング!!!!」

それを見ていた紗理奈から悲鳴のような声が聞こえる。


「ぐるるるる!!!」


背中を切りつけられたキングは狼の姿に戻った。

そして、突然目の前の鷲一に襲い掛かる。

「グアァァァァァア!!!!!」

「ウワアアアアア!!!」

突然の襲撃に鷲一も海馬も動けない。

あっという間の事だった。

白狼は地面に転がったままの鷲一の足に噛みついて思いっきり引っ張った。

既に骨折して骨が砕かれている足はいとも簡単に引きちぎられた。

「あ!!!!」

鷲一は桃の能力によって痛みを感じていないのが幸いだった。

自分の左足を見ると、膝から下が無い。

瞬く間に足からはおびただしい量の血が流れる。

明らかにこの出血量はヤバかった。

「鷲一!?あ・・・足が!!!足が!!!」

「ああ・・・やばいな・・・。」

海馬の方が顔が青ざめている。

キングは引きちぎった足を咥えたまま紗理奈を向く。

「紗理奈!!撤退する。一応、こいつを殺すな。次こそ、そいつを仲間に引き入れる。」

「はぁい・・・。仕方がないっしょ!!!キングの頼みだもんね・・・。」

紗理奈は仕方がなさそうに鷲一に歩み寄った。

「なっ!?何をする!?」

逃げたくても片足で這いずるも意味はない。

鷲一は背中を踏みつけられ、紗理奈の目は紫に光った。


「ゲノム・ブルーミング!!!!」


鷲一の切断された足に紗理奈が指を突っ込む。

「やめろ!!!」

あまりに衝撃的な状況に鷲一は叫ぶが、さらに異常なことが起こりすぐに絶句する。

なんと、千切れたひざ下の傷口から見る見るうちに新しい足が生えてきたのだ。

「な!?な!?え!?」

鷲一は訳が分からずにされるがまま生えてくる足を眺めた。

けれどもその足は、鷲一のそれではない。

「・・・女の・・・足が生えてきた・・・。」

気持ち悪いものを見る目で鷲一はその足を見た。

「あはははは!!!私の遺伝子を配合したっしょ!!!これで・・・どこへ居ても、あなたの場所は丸わかりっしょ!!!あっはっは!!!」

鷲一の左足は紗理奈の足と同じものが生えている。

「も!!もどせ!」

鷲一は焦って叫ぶが紗理奈はキングの元へ走っていく。

「無理!もう一回足引きちぎったら、考えてあげるっしょ!!」

いびつな笑みを浮かべて紗理奈はキングの背中にまたがった。

キングの口には鷲一の足が加えられたままだ。

「行くぞ、紗理奈!!」

「はぁい!!じゃ、またね!!」

白狼に戻ったキングと紗理奈は瞬く間にその場からいなくなっていった。

「逃げたぜぇ!?」

死神が驚きながら去って行く二人を指さした。

「まて!!おい!!」

「海馬様!追わないほうが!!」

海馬は、二匹を追おうとするが、三上に止められた。

振り向くとそこには、怪我人しかいなかった。

「そ・・・そうだね・・・。深追いは禁物だね・・・。」

真剣な顔で、海馬はキングと紗理奈が去った方向をにらんだ。


その真剣な様子とは裏腹に、三上はすこし顔を赤らめている。

「・・・あ・・・あの・・・海馬様・・・その言いにくいのですが・・・。」

「え!?なに?」

三上のいつもと違うその様子に海馬は慌てた。

「お召し物の用意は・・・流石になくて・・・。」

「あああああ!!!!!!」

自分を見ると、体はほぼ人間に戻っている。体を覆っていた毛がどんどんと無くなっていくことに気が付く。

「って・・・やば!マジで人間化し終わったら僕全裸じゃん!?」

辺りを見渡すと、犬化していた一般人も徐々に人間に戻っている。

しかも大半が看護婦・・・つまり女性だった。

「ここに居る人々全員全裸とか!!それはそれで別の意味でマズイ・・・!僕、着れる服探して来る!!」

「わかりました!!」

海馬は慌てて、大学の中へ走っていった。

「それにしても・・・劣勢になった瞬間に足を持って行くなんて・・・。頭おかしいぜぇ。」

死神も流石にへとへとでその場に座り込みながらそう言った。

「きっと・・・培養・・・するつもりだぜ。」

「は!?」

思ってもみない言葉に死神は聞き返す。

「俺の体の中にあるらしいパラサイトの原型?・・・で欲しい能力のパラサイトが作れるようになる・・・らしい。」

「それって・・・まずいって事だよなぁ。」

死神にもまずいと言う事だけはよく解る。

「ええ。とても大変なことになりました。今後、敵があなたやエリの能力を使用してくる可能性もあり得ます。」

三上は地面を向きながら困った顔でそう言った。

「まじかぁ・・・。相当やべぇな・・・。」

「ああ・・・。」

死神と鷲一が顔を見合わせていると、海馬はすぐに帰ってきた。

その手には大きな段ボールに白衣が大量に入っていた。

「すみませーん。こっちの段ボールから各々白衣を持って行ってください!!」

人間に戻りつつある人々は駆け寄ってきて各々白衣を身にまとった。

そう言うとほとんどの人が学校の白衣を持って行く。

するとあっという間に段ボールは空になった。

「あ・・・あれ?!・・・やば・・・全部もっていかれちゃって僕の分がない!!」

思った以上に人が多く、海馬は焦った。

「ぶふ・・・ほらよ。俺のジャケット羽織っとけ。大き目だから腰くらいまで隠れるだろ?」

「・・・恩に切ります。」

そう言うと鷲一は笑って海馬にジャケットを放り投げた。

海馬はそれをキャッチしてそそくさと羽織るのだった。

「私、警察に連絡をします。行方不明だった人々だと思いますし・・・。」

「ああ。お願いするよ。」

三上は犬から戻った人々の保護に努め始める。

そんな中、鷲一に声をかける夫婦がいた。

「君・・・。」

「あ・・・あれ!?心琴のお父さん!?それにお母さんも!!?!?」

「・・・!?」

鷲一は今度こそ何を言われるかわからず身構えた。

それを察した海馬も鷲一の隣に立つ。

何か酷いことを言われたら言い返そうと思っていた。

けれども、心琴夫妻は鷲一にしっかりと頭を下げたのだ。

「先日は、すまなかった・・・。」

「え!?」

鷲一と海馬は驚いた。先日の態度とは真逆の反応だった。二人はその様子に顔を見合わせる。

「君が・・・心琴を助けてくれなかったら・・・娘は・・・それに私たちも犬のままでした。」

「助けてくれてありがとうございました。」

心琴の両親は半分だけ犬にされた時、心琴と話をした事を忘れてはいなかった。勘違いをして鷲一の事をののしってしまった事を心琴のお父さんは深く反省していた。

「ああぁ・・・当然のことをしたまでです。」

突然、謝られて鷲一は慌てて手の平を左右に振った。

「私達は娘が、あなたが何度も助けてくれたと言っていたのに、信じていませんでした。」

「そして、君に酷いことを言った。」


「本当にすまなかった!」


頭を深々と下げて謝まる両親に鷲一は慌てた。

「え、えと!や、やめてください!顔を上げてくださいって!!」

「いや・・・勝手に決めつけて・・・罵声を浴びせたんだ。本当に無礼なことをしたと思っている。」

その一言に、鷲一は穏やかに笑った。

一度思い込んだら真っすぐな所は、心琴に通じるものを感じた。きっと、心琴はこのお父さんに似たのだろうと鷲一は一人で納得する。

「・・・心琴は・・・本当に良いご両親に育てられたんですね。本気で愛されて、心配されて・・・。」

穏やかにそう言うと鷲一は笑った。

「・・・え!?」

両親は驚いた顔で鷲一を見る。


「心琴さん、まっすぐで・・・明るくて。いつも素直で。助けられてるのはいつも俺の方なんです。」


その一言に、両親はお互いの顔を見合わせた。

お父さんが一歩前へ出る。

「・・・君、改めて・・・名前は?」

「俺、向井鷲一です。よろしくお願いします。」

今度は鷲一が頭を下げた。今度こそ、きちんと名前が両親の心に届いたような気がした。

「・・・そうか・・・。鷲一君だね。」

お父さんはもう、鷲一を学歴だけで決めつけるようなことはしない。

鷲一に向かって手を伸ばした。

その手を鷲一も握り返す。

こうして、心琴のお父さんと鷲一は固い握手を交わした。

「今度・・・今度家に来て一緒に食事をしましょう?」

お母さんも優しくそう提案する。

「いいね。今度はちゃんと君のことを知りたい。」

鷲一は両親をもう一度見ると、心から笑った。

「・・・はい!!ありがとうございます!!」

海馬はそれを横目で見て背中をポンと押す。

「良かったな!」

「ああ!!!本当に良かった!」

安心した顔で鷲一は海馬に笑いかける。


こうして、行方不明の人々は町に戻り、大量発生した野良犬は姿を消した。

再び町の平和は守られたのだった。


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