第34章 D-01
獣医学部の玄関先では、心琴が桃を抱えながらその様子をじっと見ていた。
「海馬さん・・・!!三上・・・!!」
食い入るように見つめていると、後ろからエンジンの音が聞こえる。
プップー!!
その時、心琴のそばに白い軽自動車が到着する。
軽くクラクションを押されてやっと心琴はその存在に気が付いた。
中から角田が手を振って顔を出しす。
「おーい!!お団子頭無事だったか!!・・・って!?おい!そこのピンク大丈夫か!?」
一度、犬達に追われ逃げた角田が車を走らせてこっちに戻ってきたのだ。
車の中には、先ほどまで鷲一のカバンにいたポメラニアンがいる。
「こいつが急に車の前に出てくるから慌てたぞ・・・。」
「わぁ!ポム君、角田さんを連れてきてくれたワン!?」
「ワン!」
嬉しそうにしっぽを振りながらポメラニアンは鳴いた。
「・・・ワン?何かの罰ゲームか?」
角田が心琴の語尾に怪訝な顔をする。
「放っておいて欲しいワン・・・。事情があるんだワン・・・。」
心琴は口を尖らせるが、今はそれどころではない。
「まぁいい!!話はあとだ!そのピンクを乗せろ!!」
「ありがとう!角田ワン!」
心琴は急いで桃を車に運び入れる。
角田がグラウンドを見ると三上と海馬が人狼と睨みあっていた。
その傍らに、見慣れたお嬢様が倒れている。
そのお嬢様を見て角田は顔を青くした。
「ああ!朱夏様!!!なんてことだ!!早急に病院だ!!」
角田は血まみれの朱夏を見つけそう叫んだ。
慌てて車から飛び出してグラウンドを横切り、腕から血を流す朱夏を抱きかかえる。
「あ・・・ありがとう・・・ございます、角田。」
痛みに耐えながら朱夏は角田に礼を言った。
「お嬢様!!無茶のし過ぎですって!!!俺たち首飛んじゃうかもしれませんぜ?」
「すみません・・・。」
角田は朱夏を抱きかかえると、わき目も降らずに車へ向かう。
「朱夏!!!待つっしょ!!!」
紗理奈が角田に気づき、朱夏に向かって走ってきている。
「私が自分の能力を極限まで開花させた・・・ゲノム系・・・最終奥義・・・!!!」
紗理奈の目が紫に輝かしく光った。
「ゲノム・アレンジ!!!」
そう叫ぶと紗理奈の指の爪が急激に伸び始め、ドリルのような渦を巻いた。
見る見るうちに女性とは思えないほどの筋肉量になる。
「絶対に・・・朱夏っちは殺す!!!」
紗理奈は顔以外、もはや紗理奈とは呼べない姿になっていた。
圧倒的な細胞の活性化と、遺伝子変異によって異形のような姿へと変貌を遂げたのだった。
「なっ!!なんだありゃぁぁぁぁ!!!あれっ!!ええぇぇ!?紗理奈お嬢ちゃん!?」
鬼の形相で襲い掛かってくるその女に角田は見覚えがあった。
「そうです・・・紗理奈です。」
角田は幼少期から朱夏と紗理奈を見ていた。
二人は仲が良かったのを鮮明に記憶しているが、目の前の紗理奈は明らかに殺意の塊だ。
「今はとにかく逃げるぞ!!」
「お願いします!!」
角田は鍛えていることもあり朱夏を抱えてでも足が速かったのが救いだ。
グラウンドの端っこからものすごい勢いで飛ぶように近づく紗理奈よりも先に白い軽自動車に到着した。
「お団子!!ドアを開けろ!!!」
「ワン!!」
その様子を息を飲んで見守っていた心琴は一鳴きすると後部座席のドアを乱暴に開く。
角田は朱夏を心琴に投げ渡すと自分は運転席に乗った。
心琴は受け取った朱夏を後部座席にそっと置きすぐにドアを閉めた。
「お前は!?どうすんだ!?」
後ろからかけてくる紗理奈をバックミラーで確認しつつ角田は心琴に声をかける。
心琴は間髪入れず助手席に乗り込んだ。
「私も一緒に行きます!今は桃と一緒じゃないと私、死んじゃうんだワン!」
「はぁ!?」
角田はエンジンをかけながら、上ずった声で驚いた。
「いま・・・その・・・魂が切り離されてるワン・・・。」
困った様子で心琴が言うと、角田は眉を顰めながらながら叫ぶ。
「うー!!お前らのその超常現象話にはうんざりだが・・・今は良い!とにかく、朱夏様とピンク頭を病院へ連れて行く!!いいな!?」
「はい!!お願いします!!!」
バックミラーを見るとすごいジャンプ力で紗理奈が飛び込んできている。
ドリルのような爪を振り上げている紗理奈が見え、角田はアクセルをべた踏みした。
車は急発進をはじめ、狙いがずれた爪は朱夏がいるところより少し後ろのトランクを一刀両断した。
「げぇぇ!?危なっ!!朱夏様が真っ二つになる所だった!!」
角田は急に見晴らしがよくなったバックミラーに冷や汗をかきながらもスピードは緩めない。
紗理奈は追撃を試みたが、流石に猛スピードで走り去る車には手が届かなかった。
「待ちなさい!!朱夏!!!しゅかああああ!!!」
取り残された紗理奈は憎しみに満ちた顔で怒り叫んだ。
「お前だけは・・・お前だけは絶対に許さない!!私が殺して見せる!!!!」
声高らかに車に向かって紗理奈は叫んだ。
「・・・紗理奈・・・。」
その声を聴いて朱夏は眉をひそめて涙をためた。
こうして、角田の運転する車で、桃・朱夏・心琴・ポム吉は獣医学部から戦線離脱することになるのだった。
◇◇
紗理奈が車を追いかけている間、キングと海馬達も緊張の瞬間を迎えていた。
「ククッ。君がここに戻ってくるとは思わなかったよ、向井鷲一。」
キングは鷲一に向かって笑いかける。
「最後にもう一度だけ聞こう。我の仲間にならないか?」
その目はしっかりと鷲一を見据えていた。
「な、なんだって!?」
「え?」
海馬は驚いた表情で鷲一を見る。
鷲一はキングを睨んで叫んだ。
「断ると言った筈だ!」
その迷い無い回答に海馬は少し安堵する。
断られたはずのキングはその返事を分かっていたかのようにニヤリと笑う。
「そうか、それは残念だ。・・・D-01よ。」
「は?D-01??」
鷲一は聞き慣れない呼び名に首を傾げた。
「・・・D-01、向井鷲一。お前の事だ。」
キングは歯を見せて笑った。
牙が鋭く光る。
「・・・は・・・?」
鷲一は突然自分の名前が出てきて意味が理解できずに固まった。
「はぁぁぁぁ!?!?」
数秒固まった後に改めて驚きの声をあげた。
「あぁぁぁぁぁあ!!!!」
それに対して、海馬は何かを思い出した時に出すような驚きの声をあげた。
【被験者番号D-01 向井鷲一】
「ああぁ!!そうだ・・・。あの紙に・・・お前D-01って!!」
海馬は鷲一に振り返り叫んだ。
「なんだ!?何の話だ!?」
話に置いていかれ鷲一は混乱している。
「僕・・・てっきり叔父の被害者リストだと思い込んでいた!!」
海馬も大分慌てている様で中々説明が出てこない。
「だから何の話なんだ!?」
「脱線事故の時、星祭りの当日、お前の叔父が持っていた被験者リストを僕は見たことがあるんだよ、鷲一!!そこの一番最初にお前の名前があったんだ。」
七夕の時に父親から一度見せてもらったことがある重要書類。
そこに書いてあった文書を海馬は思い出したのだ。
「・・ま・・まさかぁ?・・・俺が?」
鷲一はそう言われてもさっぱりだ。
「髪の色も目も普通の日本人だし・・・何の能力だってねぇぞ?」
そこまで言うとキングは笑いだす。
「クックック!!!君は本当に何も知らないんだなぁ?」
「向井和弘が死んで、身辺を荒らさせてもらった。すると面白いものが出てきたのさ。今までのパラサイト・・・つまり“D”の研究結果が書かれたノートが見つかった。それによると・・・君、向井鷲一こそが・・・“D-01”なのさ。」
「はぁ!?だから・・・なんで!?」
思ってもみない事態に鷲一は驚いた。
キングは驚いている鷲一をみてさらに嬉しそうな表情をする。
「なんでって?ククッ!!君はね・・・生まれついてのパラサイトだからだよ!!」
「・・・・は?」
「えええええ!?!?」
海馬と三上はともに驚きの声を上げた。
けれども、鷲一だけがキングの言っている意味をさっぱり理解できていない。
「えっと、エリや死神のような異能力者って事か?そんなものないぞ??」
意味が伝わらない鷲一にキングは少し肩透かしを食らった。
「違う違う。あれは全く別次元の異能力だ!そうでなくて、君は・・・パラサイトの元となる生き物の遺伝子を引き継いだ人間なんだ。」
仕方がなく更なる説明を加える。
「・・・わかんねぇ。遺伝子を引き継ぐってなんだよ。」
それでも頭の弱い鷲一にはキングの言っている意味が解んない。
「・・・鷲一・・・ってたまに本当に馬鹿だよな。」
鷲一の理解力のなさに海馬はつい呆れる。
「う・・・うっせーよ!!」
海馬に言われて鷲一は怒った。
「・・・これでもわからんか。かみ砕いて言うとだな、君のご先祖様の誰かがあの緑色の生き物・・・『パラサイト』って事になる。わかったか!?」
「・・・なっ!?!?」
こう言われて鷲一はようやく意味を理解することが出来た。
けれどもそれは突拍子のないもので、信じがたい事だった。
「パラサイトが宇宙人か・・・地底人か・・・あるいはUMAか・・・それはもう今となっては解らない。けれども、それの子孫がいるのさ。しかも、人間の中に!それが君、向井鷲一のD-01たる所以だ。」
「・・・ま・・・まじで言ってるのか!?」
あまりの事実に全くついていけない。
「全て本当さ。だからね、向井鷲一よ。我は君に組織に入って欲しい!!」
それでも、キングは鷲一に手を差し出した。
「だから断るっての!!!」
鷲一はまたその誘いを断固として断った。
「そうか・・・残念だよ。お前が居れば・・・我の野望は達成できるのに!!」
本当に残念そうにキングはそう言った。
「や・・・野望??」
嫌な予感しかないその言葉を海馬は聞き返す。
「お前の細胞を培養すれば欲しい能力のパラサイトを作り出せるのだ!!」
嫌な予感は見事に的中した。
とどのつまり、鷲一を敵に渡してはいけないと言う事だ。
先程までそこにいた白い軽自動車を恋しく思って海馬の耳は伏せてしまう。
「・・・あー・・・。角田・・・行っちゃったね。」
「鷲一様を守る戦いになろうとは・・・ちょっと思って見ませんでしたね。」
海馬と三上はじッと鷲一を見た。
「悪かったな!!ったく。」
二人の視線に鷲一は口をへの字に曲げた。
「だけど・・・渡すわけにいかないね。こんなんでも大事な友達なんでね。」
海馬はキングに向き直りニヤッと笑って見せる。
「・・・!?」
その一言に鷲一は少しだけ目を丸くした。
海馬は普段そう言う一言は絶対に言わない男だ。
「さっきの一撃・・・痛かったけどサンキューな。」
鷲一を見ないで海馬はしっぽだけ振ってそう言う。
「・・・おぅ!」
鷲一は少し照れながら返事を返すのだった。
海馬狼と三上の共闘が間もなく始まる。




