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第33章 朱夏の想い

獣医学部グラウンド。

犬達は肉に夢中でもはや朱夏と三上を狙ってはいない。

そんな犬達には目もくれず、紗理奈は軽トラックを降りて朱夏の方へ歩いて行った。

「朱夏っち・・・?朱夏っちなの!?」

驚いた表情の紗理奈とは裏腹に、朱夏は紗理奈を睨んでいる。

「・・・海馬君を・・・返してください!!」

普段の朱夏とは思えない強い口調で紗理奈にそう言った。すぐに紗理奈の顔は歪んだ。

「ふーん。どうしてかな?どうして、私が海馬ちゃんを所持しているのを知ってるの・・・?教えるっしょ!!!」

紗理奈も朱夏の様子に早速本性を露にする。

「海馬君が教えてくれました。全部です!!」

「は?海馬ちゃんが?・・・どうやって?」

紗理奈はもちろん言っている意味が分からない。

「紗理奈・・・私は、昨日まであなたを親友だと思っていました。けれどもそれは独りよがりの間違いでした。もう、私はあなたを親友だと思わない!!」

そこまで言われて紗理奈はいびつな笑みを浮かべて笑った。

「親友・・・?親友だって!?笑わせないで!!私はあんたが憎くてしょうがないっしょ!!!」

一切迷いのない声で紗理奈は朱夏へ言い放った。

「・・・紗理奈・・・。」

朱夏はその様子に悲しい気持ちが押し寄せる。

そして非常にも紗理奈は朱夏にこう告げた。


「もういい。死んで。」


紗理奈の目が紫色に光った。

「・・・やっぱり・・・あなたも・・・パラサイトなんですね?」

憐れんだような目で朱夏はつぶやく。

「あんたのせいよ。」

「・・・え?」

そう言われて紗理奈の顔を見ると、紗理奈は悲しい顔をしていた。

その理由が解らず朱夏は眉を顰めた。

「紗理奈・・・それってどういう事・・・?」

聞こうとしたが紗理奈はまたいびつな笑みを浮かべている。

「海馬ちゃん!!こっちへおいで!!」

紗理奈が指示を出すと、肉をむさぼる犬の中から海馬狼が姿を現す。

頭だけ金色の狼は朱夏を見据えて低く唸っている。

「紗理奈・・・。その人を返して!!」

真剣な声で朱夏は紗理奈に叫んだ。

「人?あんたはこんな姿になった獣を見ても人だと言えるの?生粋のバカっしょ!!」

その様子を紗理奈は鼻で笑う。

それでも朱夏は真剣だ。

「いいえ、言えます。そこにいるのはまぎれもない・・・海馬君です!」

しっかりとした目で朱夏は紗理奈を見つめた。

そこまで言われて紗理奈は一度だけ目の前の狼を見た。

「・・・。」

少しだけ眉が動いた気がしたが紗理奈はゆっくりと前を向く。

「紗理奈・・・。やはりこの町には・・・強い者が多いな・・・。」

後ろからゆっくりともう一匹の狼が現れた。

その毛は本来白いが、満月の光を浴びて黄金に輝いているように見えた。

「キング・・・。」

その様子に紗理奈はうっとりとした表情を浮かべている。

キングは海馬の横にゆっくりと座った。

「他の町にはない、心の強い者が多い。君も・・・少しだけ殺すのが惜しいな。」

黄金に輝くキングはそっと朱夏を見てそう言った。

すると紗理奈は解りやすく不機嫌な顔をした。

「紗理奈、あの子も犬にできるかい?」

「・・・この狼に噛まれれば。」

紗理奈はそう言われ答えるが、とても不服そうだった。

「ほぉ・・・。噛みつかれれば・・・!それはそれは・・・。」

嬉しそうにキングは言った。

「・・・死んでしまうね、残念だ。」

鼻で笑ってキングはそう言う。

紗理奈もそれを聞いて笑顔が戻った。

きっと、紗理奈は朱夏を仲間には入れたくないのだろう。

そして今度はそれを聞いた朱夏が不愉快な顔をした。

「朱夏様!!狼から離れて下さい!!」

三上は不穏な空気を感じて車から出て来ようとする。

しかし、その瞬間、紗理奈の目が光った。

途端に車の下から沢山の草木が生い茂る。

車のドアは生い茂ったツタに挟まれてしまった。

「今から楽しいショーの始まりなのにあんたは邪魔っしょ!」

「こ、これは!!ドアが開かない!朱夏様!逃げて!!」

三上は必死に車から叫んだ。

「三上・・・大丈夫です。」

しかし、帰ってきたのは静かな落ち着いた声だった。

「朱夏様!?」

三上は驚きの声を上げる。

朱夏の目の前には海馬狼が徐々に距離を詰めてきている。

「グルルルルルッ」

狼と対峙して尚、朱夏は動こうとしなかった。

「『海馬君』は・・・絶対に大丈夫です。」

海馬狼から目を離さないようにしながらも朱夏は三上にそう言った。

それは、海馬への厚い信頼のようだった。

「・・・グッ!!早く、ドアをこじ開けなくては!」

三上は本来ボディーガードとして“ストイック”に働くタイプの人間だ。こんな形で朱夏を危険に晒す事になるとは思っても見なかった。

力任せにドアを蹴る。

視線を戻すと、グラウンドでは海馬狼が朱夏に迫っていた。

「いくが良い、狼よ!!!」

キングの低い声が辺りに轟いた。

「ガァァァァ!!!!!」

海馬狼は解き放たれたかのように、朱夏の元へ走っていく。

そんな海馬に向かって、朱夏は手を伸ばしたのだ。

「海馬君!!私です!!朱夏です!!」

けれども海馬狼の勢いは止まらない。

「グアアアアア!!!」

「キャッ!!!」

朱夏は海馬狼に簡単に押し倒されてしまった。

それでも、穏やかに朱夏は海馬に微笑みかけた。

「ふふっ・・・海馬君って・・・本当は誰よりも狼だったんですね。」

朱夏は先日海馬とパフェを食べに行った時のことを思い出してそう言った。

海馬の事を「そこら辺の狼みたいな人とは違う」と表現したのが記憶に新しい。

けれども、今の海馬は「そこら辺の人」よりもよっぽど狼だった。

鋭い牙と鋭い爪が容赦なく朱夏を襲う。

「ガァ!!!」

「キャァ!!」

鋭い牙で噛みつかれそうになって、咄嗟に朱夏は腕の防具で回避した。

防具のおかげで牙は朱夏の腕に届かない。

けれども、海馬狼は、そのまま朱夏を力いっぱい振り回した。

「ウッ・・・!!あぅ!!!!」

地面に何度もたたきつけられて朱夏はボロボロになっていく。

「お願い・・・海馬くん!!目を覚まして!!!」

朱夏はそれでも海馬に手を伸ばした。

すると今度は肩を抑えるような形で上に飛び乗られた。

肩に爪が突き刺さる。

「ああぁ!!!」

朱夏は思わず大きな声で叫んだ。

「朱夏様!!!」

「だ、大丈夫です!」

三上がドアを蹴り飛ばすと少しずつ隙間が生まれた。

「くそ!早く!早く開いて!!」

それでも三上が通れる程の隙間は未だに開かない。

朱夏の肩からは血が滲み、何度も噛まれそうになるが、防具でなんとか凌いでいる。

時間が経つにつれ地面に何度もたたきつけられて朱夏はぼろ雑巾のようになっていった。

それを紗理奈は愉快そうに眺めて笑う。

「あっはっは!!朱夏っち!!マジ・・・惨めっしょ!!」

心底気分良さそうな紗理奈に、キングも尻尾を揺らした。

「かい・・ば・・・くん・・・。」

徐々に力が無くなっていく朱夏はそれでも手を伸ばす。

「グルルルルッ!!!!!!」

狼は呻くばかりだ。

「おね・・・がい・・・!!」

朱夏の涙が零れ落ちた。

「私が・・・・わからないの?」

「ガゥ!!ぐああ!!」

「キャァ!!!」

再度引っかかれてひらひらのワンピースが引き裂かれる。

お気に入りのリボンもほどけて髪は泥だらけだ。

それでも、朱夏は海馬を見る。

体中から血が流れている。

その血の匂いがさらに海馬を興奮させた。

「グルルッ・・・。グア!!!」

ついに、海馬は朱夏の首から肩にかけて大きくかみついた。

焼ける様な痛みに、朱夏は悲鳴を上げる。

「アアアアアァァ!!!」

「朱夏様!!」

三上はその悲鳴に渾身の力を振り絞ってドアを蹴飛ばした。ようやく、車のドアを押さえていた木が折れ、扉が開く。

三上は全力で朱夏に向かって走り始めた。

そこで三上は信じられないものを見る。

朱夏は未だに海馬に手を伸ばして笑いかけていたのだ。

「・・・海馬・・・くん!!!」

「グルルルッ!!」

精一杯の優しい声で朱夏は笑った。

朱夏は笑ったまま涙を溢す。

その涙は海馬の鼻に滴り落ちた。

海馬狼は朱夏を噛むのをやめ、突然落ちてきた涙をペロリと舐めた。


「もう、怖がらないで・・・大丈夫。」


その時、しっかりと狼と朱夏は見つめあう。

朱夏のうるんだ瞳はとても綺麗だった。

とても強くて優しい目に狼の本能が揺り動かされる。


「クウン・・・。」


とうとう、海馬狼はそっと朱夏を噛みつくのをやめた。

朱夏は優しく海馬の首を両手で抱きしめた。

「海馬君一人にすべてを背負わせたりしないよ。」

海馬の大きな顔が朱夏のお腹にうずくまる。

先ほどまでたっていた耳が伏せてくる。

「グルルッ・・・。」

「そう・・・いい子ね。」

朱夏は喉の下を撫でてあげる。

徐々に海馬の闘気が弱まっていく。

「クゥゥン・・・・。」

海馬狼はついに犬のように朱夏に頭を垂れた。

「よしよし・・・。怒ってないよ。大丈夫。」

朱夏は優しい聖母のような笑顔を浮かべている。

「これ、海馬君の大事なペンダントでしょ?返しますね。」

そう言うと、朱夏はポケットから千切れたペンダントを取り出して海馬の首に結んだ。

長さの短くなったペンダントはまるで首輪のようだった。


「す・・・すごい・・・。」

三上は朱夏の愛が、本能を越えたと思った。

海馬狼の目はもう鈍く光ることは無くない。

朱夏の事を主人のように慕っている犬のようだった。


朱夏が三上に気が付いて後ろを振り向くと、笑顔で笑いかけた。

「ね、海馬君は大丈夫だったでしょう?」

「ええ・・・。流石です。お嬢様。」

三上は朱夏に言われて困った顔で笑い返した。

「三上・・・海馬君にもお肉をお願いします!空腹感があるとまた暴れるかもしれませんので!」

急に凛とした指示に三上は慌てて敬礼する。

「はっ!!直ちに!!!」

慌てて、ワゴン車にある残りの肉を取りに行くのだった。


その様子を一部始終見ていたキングは紗理奈に向かって鋭い視線を送っていた。

「ねぇ、・・・?紗理奈?どういう事かな?」

「ごめん!!!何が起こったのか私にもわからないっしょ・・・!!」

キングの怒りに紗理奈は慌てて謝る。

「ふぅん。紗理奈にもわからない事なんてあるんだね。」

「キング、本当にごめん!!!」

誠心誠意謝るとキングは紗理奈頬をペロッと舐めた。

「いいよ、紗理奈はいつも頑張ってくれてるし。」

「キング・・・。あぁ、キング!!やっぱりあなたが大好きっしょ!!」

紗理奈はまたもやキングに惚れ直した。

「さて・・・。あの狼は徐々に人化を始めているようだ。狼としての匂いが薄くなっていく。」

「人化?どういう事っしょ?」

紗理奈にもさっぱり分からない。

「もしかすると・・・S-06は死んだのかもしれないね。」

「え!?」

その言葉に話を聞いていた朱夏は驚いた。

「それじゃないと話が合わない。どうして急に犬化のパラサイトが発動を止めたのか・・・。きっと、D-09に霊を切られ、遂に息絶えたのだろう・・・。忌々しい!!」

キングは死神のせいで心琴が死んだと思い込んでいるようだった。

朱夏は事実を知っているが、もちろん何も言わない。

「せっかくパラサイトをここに運んだのに・・・。間違った人に入るわ邪魔は入るわ・・・。我と今回のパラサイトの能力が合わさったら・・・最強のタッグだと思ったんだがね・・・。」

残念そうにキングは言う。

「・・・パラサイトごとに能力が違うって事でしょうか・・・?」

朱夏はよく解らなかったので聞いてみる。

「そうですよ、お嬢さん。・・・まぁ、死ぬ人にそんなことを言っても無駄ですけどね。」

ゴミでも見つめるような目でキングは朱夏を見下した。

「へ!?」

朱夏は目の前の狼をあんぐりとした口をあけて眺める。

キングの体がメキメキと変貌し始めたからだ。

たったの数秒でキングは狼と人間の中間のような、筋骨隆々の化け物と化したのだ。


「今宵は満月・・・我は・・・人狼なり!!!」


正真正銘、本物の人狼は朱夏目掛けて走り出した。

「海馬様、お肉です!!って・・・来てる来てる!!化け物が来てます!!朱夏様逃げて!!!」

三上は肉をその場に投げ捨てて血相を変えて朱夏の元へ急いだ。

そして、海馬は朱夏をそっちのけで三上が投げ捨てた肉に向かって駆け出した。

「え!?・・・ええええええええ!!!」

急に一人取り残された朱夏は恐怖と混乱で立ち尽くしている。

その目の前には人狼が迫っていた。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


朱夏は今日一番の大声で叫ぶ。


これが、先ほど鷲一達が大部屋で聞いた朱夏の叫び声である。

「朱夏様!!!」

三上はいつも身に着けているナイフを人狼に投げつけた。

人狼は軽くそれを手ではじくと朱夏に向かって腕を振り上げる。

朱夏はその一瞬の隙に何とか腕の防具を体の前で固め、防御しようと試みた。

しかし、朱夏でも装備できる防具は人狼相手では役割を果たさない。

血肉を抉るように朱夏の細い腕に3本の線ができあがり、さらにその力によって大きく吹っ飛ばされる。

「ッ!!!」

痛みに朱夏は声が出ない。

左腕を見ると防具は紙のように3枚に引きちぎられていた。

腕からは大量の血が流れ出る。

「嘘・・・。でしょ・・・。」

あまりの力に朱夏は足がすくんだ。

三上が朱夏と人狼の間に割って入るように応戦したが、一瞬で吹っ飛ばされるのが見えた。

人狼は朱夏にゆっくりと近づいてくる。

「S-06が生きていれば君も犬になれただろうに・・・残念だったな!!死ね!!!」

「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」

朱夏は死を覚悟した。

しかし、人狼が大きく手を振り上げると後ろから、静電気の弾がかすめたのだ。


―パァン!!


大きな音が鳴り響く。

「何者だ!?」

キングは新手の攻撃に驚いて振り向いた。

「キャハッ!!・・・最後の一発だったのに・・・はずし・・・ちゃった・・・。」

そう言うと、桃が力を使い果たして倒れてしまった。

「げ!?やっぱり、テメェも無理してたんじゃねぇか!!こんなところで倒れるな!!!」

急に倒れこむ桃を鷲一はキャッチした。

桃は能力の使い過ぎで、既にギリギリの状態だったのだ。

「おい!!起きてくれ!!」

桃を抱きかかえようとした時ショルダーバッグがつぶされ、慌てたポメラニアンがキャンキャン言いながら走り去った。

鷲一は仕方がなくその場に桃を横にする。

「心琴、わりぃ!!ここで桃を看ていてくれ。」

足の遅い心琴は一番最後に建物から出てきた。

「うん!わかったワン!!」

その様子を見て、キングは目を見開いた。

「S-06!?貴様!!死んだのではなかったのか!?」

「えええ!?心琴ッちが生きてるなら、どうして能力解除されちゃったわけ!?!?」

紗理奈もどういう状況か全く意味が分からない様子だった。

心琴にそっと桃を託すと鷲一は狼の方へ松葉杖をつきながらも駆けだした。

「向井鷲一・・・。せっかく逃げ出したのに、殺されに来たのか?」

キングが鷲一に向かって笑みを浮かべる。

しかし、鷲一が向かった先はキングではなく海馬狼の方だった。


「目ぇ覚ませこの馬鹿犬があああああああああああああ!!!!!」


―ゴツン!!!


事あるごとに飛び出す鷲一のげんこつが海馬狼の脳天を直撃する。

「いってぇえぇぇぇぇ!!!!!」

「お・・・!げんこつが効いたか?」

その瞬間、海馬狼が喋った。

その声を聴いて鷲一はニヤッと笑った。

「あ・・・あれ?!ここは?!って僕まだこの姿なの!?」

人間化が進んでいることもあり、海馬狼は鷲一のげんこつによって自我が戻ったのだ。

けれども状況がまるでつかめない。

そんな海馬にも鷲一が真剣な顔をしている事だけは解った。

「戦ってくれ!いま・・・お前以外に戦える奴が居ねえんだよ!!」

「まじで!?」

突然戦えと言われてあたりを見渡した。

目の前には金色の人狼がいる。

「何あれ・・・まさか・・・あれと戦うの!?」

「そうだよ!!!桃が倒れた!!死神も檻の中なんだ!あいつは規格外の筋力だ。人間じゃまず無理なんだ!お前しか頼れねぇ!!」

焦りながらも鷲一は海馬に必死に頼んだ。その様子はもう、ほかに手段が残されていない事を物語っている。グラウンドの傍らには倒れる朱夏の姿があった。

「朱夏・・・!?・・・どうやら、腹、括るしかなさそうだね・・・!!!」

目覚めて早々に大ピンチな海馬は狼のように構えた。

「海馬様・・・私も微力ながら戦います!」

一度ふっとばされて泥だらけの三上もナイフを構えて本気を出す。

「三上・・・!?・・・君と共闘する日がこようとは思ってもみなかったよ・・・。」

海馬は元からインドア派だ。

三上と肩を並べて戦えるような人間ではない。

しかし、今は狼だ。

「でも・・・行くしかないね!!!」

「はい!!」

三上と海馬は勇ましく人狼に立ち向かっていくのだった。

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