第32章 美味しいお肉
朱夏と三上は大学にむけて移動していた。
白いワゴン車のトランクにはブルーシートが引かれ、焼かれたお肉が山盛りになっている。
「・・・この匂い・・・お腹がすきますね。」
ボソッと朱夏がそういうと三上は笑っているようだった。
「これが終わったら食べましょう?皆様の分もちゃんとありますから。」
「本当ですか!流石三上です!」
朱夏は嬉しそうに三上に笑った。
後ろを見ると後部座席いっぱいに肉が積んである。
「これ、何キロ用意したのですか?」
朱夏はその量に少し驚いている。
「そうですね、30kgといったところでしょうか?」
普通の事を言うように三上がさらっとそう言った。
「30kg!?」
朱夏は驚きを隠せない。
この短時間でどうやってそんな量の肉を準備したというのだろうか。
「近くの精肉工場へ交渉へ行きました。」
「・・・流石です。」
そんな疑問を一瞬で解決してくれる答えを三上はすぐに出してくれる。
徐々に中央南山大学が見えてきて緊張が走った。
獣医学部の近くまで車を寄せる。
そこには白い軽自動車に角田が乗っていた。
こっちを見て軽く手を上げて挨拶を交わした。
「さて・・・ここですね。朱夏様は車で待っていてください。」
車を止めるとさらりと三上はそう言った。
「いいえ。私も一緒に行きます。」
「そう言うと思っていました。でも、今回ばかりはダメです。」
じっとりとした目で三上は朱夏にそう言った。
「朱夏様が怪我をしてしまうと、海馬様は悲しみますよ?」
「ぅ・・・。」
実際、夢で自分が死ぬのを見たというだけで、あれだけ取り乱している海馬を思い描いて朱夏は口をつぐんだ。
「とにかく・・・。私は角田に話を聞いてから、鷲一様と桃の所へ行って援護してまいります。」
「わ・・・分かりました。」
「絶対に車から出ないでくださいね!!」
朱夏に釘を刺して言うと三上は角田のいる車に話をしに行った。
その様子を朱夏はそわそわした様子で見守る。
(何もできないというのは・・・性に合わないですね・・・。)
すでにあたりは真っ暗。
空には十五夜のお月様がまん丸く光っている。
(今は21時・・・ですね・・・。月が見えていると言う事はそろそろなのでしょうか?)
詳しい時間の情報がないのでいつ敵の奇襲が来るか分からない。
朱夏は神妙な面持ちで三上と角田が話すのを見守った。
すると・・・突然角田の車のエンジンが響き渡る。
「え?」
角田の車は急発進でその場を去って行った。
その様子を呆然と見ていると、三上が走ってこちらへ戻ってきているのが見える。
「え!?え!?!?」
慌てた様子の三上は全力で車に乗り込んだ。
「まずいです!!敵に見つかりました!!」
三上が車に飛び込んだその瞬間、あたりに低い声が木霊した。
「ハウンド・マスター・・・・。」
「今の声は・・・!?」
三上はあたりを見渡すがそこには誰もいない。
「きっと、桃と鷲一さんが言ってたS-03・・・白い狼です!!」
「って事は、後ろから来たトラックに・・・そのS-03が居ました。」
角田は発進した時とは正反対の方向からトラックが戻ってくるとは思っていなかったのだ。
そして、角田の車がここに停まっていたため、三上はここに車を停めた。
結果、二人は思いっきりキングと紗理奈に見つかってしまったのだ。
「侵入者っしょ!!!」
「紗理奈、田舎町へ行くのは中断だ。こいつらを始末するぞ!!」
キングと紗理奈は見知らぬ侵入者に声を荒げている。
三上はエンジンをかけるためキーを差し込みつつこう言った。
「まずい事にたくさんの犬たちが2階から沸き出てきています!!」
死神の部屋にいた人間犬たちは、二階で一番広い部屋、実験室に野放しになっていたのだ。
先ほど、角田が見た紗理奈とキングは『空いたゲージ』を運んでいたにすぎない。
そして、再び保健所に赴き、昨晩新たに保健所に収容された“人間犬”をその『空いたゲージ』に入れて連れて帰ってきたのだ。獣医学部の入り口に停車している軽トラックには新たに収容された“人間犬”が山のように積まれている。2階から非常階段を通り地上へ駆けてくる犬の群れと、トラックの荷台からこちらへ駆けてくる犬。“人間犬”の数を合わせるとざっと60匹はいることになる。
「とにかく、逃げましょう!!!」
三上はエンジンをかけようとキーを回したその瞬間。
ガッシャーン!!!!
上からとても重たい何かが降ってきたようだった。
車のフロントは見事に凹んでいて三上はキーを回すがエンジンはうんともすんとも言わない。
朱夏が恐る恐る目の前を見ると、そこには見覚えのある狼が一匹。
「海馬・・・君・・・。」
朱夏は恐怖に満ちた目で狼を見た。
「え?!」
三上は驚いて聞き返す。
海馬狼の周りには既に数十頭の犬がこちらを見ている。
その目はぼんやりと光っていて、すべての犬が唸り声を上げていた。
「マズイですね。」
冷静に三上はそう言った。
「ええ。とても、マズイですね。」
朱夏も冷静にそう言った。
二人は引きつった顔でお互いを見た。
ワオオオオオオオオオン!!!!!
海馬狼が大きく雄たけびを上げる。
軽トラックからは次々と紗理奈がゲージを開け放つ。
「どんどん・・・犬が増えています・・・。」
朱夏の顔が青ざめていく。
海馬狼は明らかに自我がない。
「エンジン・・・かかって!!!かかって!!!」
三上は何度も何度もエンジンをかけようとキーを回した。
それでもエンジンはかからない。
犬達は車に向かって突撃を繰り返している。
凄い衝撃で車は左右に揺れた。
「きゃああ!!!」
朱夏は恐怖で叫ぶ。
「お願い!!!・・・かかって!!!!」
三上は懇願するように叫んででキーを回した。
すると・・・
ブロロロロロロ・・・・・
三上の思いが届いたのか、遂にエンジンがかかった。
「やった!!!」
エンジンがかかったことを受け、朱夏は三上に指示を出す。
「三上!!!車を発進させて少し引き離してからトランクの鍵を開けてください!!」
朱夏が後部座席へ移動した。
「わ・・・わかりました!!絶対に噛まれないでくださいね!!!」
三上は車を急発進させる。
何匹かの犬が弾き飛ばされ、車は前進を始めた。
車はそのまま猛スピードで獣医学部のグラウンドへ走り抜ける。
流石に犬と車では車の方が早い。
グラウンドの真ん中あたりまで来ると、少しだけ犬との距離ができた。
「今です!!!」
「はい!!!」
三上はトランクを開けるレバーを引いた。
ガコン!という鍵が外れる音がする。
朱夏がその音を合図にトランクの扉を大きく蹴り飛ばした。
目の前には数十頭のよだれを垂らした猛犬たちがついて来ている。
朱夏はその犬達目掛けて肉を投げつけ始める。
「これでも!!食べてて!!くださぁぁぁい!!」
お嬢様は叫びながら犬達に肉をばらまいた。
服は肉の油でべとべとだが、今はそんな事はどうでも良かった。
グラウンドには大量の肉がばらまかれていく。
犬達は本能に従った。
本能に従って、おいしそうな匂いのするお肉をむさぼり始めたのだ。
「なんだ!?何が起こっているというんだ!!」
軽トラックでグラウンドまで付いてきたキングは驚きの声を上げる。
「解らないっしょ!あの車から大量の肉が出てくるっしょ!!」
紗理奈も驚きを隠せない。
こんな量の肉は予め用意しておかないと絶対に準備などできない。
しかも、本能を揺さぶって犬に命令を下すハウンドマスターの能力を知っている者でないとこんな芸当は不可能だった。
そして、肉をばらまく人間をみて、紗理奈は固まった。
「あれって・・・朱夏っち・・・?」
紗理奈はこの時はじめて、朱夏の事を認識するのだった。
◇◇
獣医学部校舎一階。
死神のいる部屋から離れた鷲一と桃は心琴が最初に収容されていた窓のない部屋へ行ってみた。
「あ・・・いた!!心琴だ!!」
心琴は乱暴にベッドに置かれていた。
「鷲一、行くよぉ!あいつら、いつ帰ってきてもおかしくないからさ!キャハッ!」
桃はそう言うと心琴を背中におぶった。体力が戻り切っていない桃はフラフラと歩き出す。
「わりぃな・・・。本当はこういうの俺の役目なんだが・・・。」
申し訳なさそうに鷲一は言うが、松葉杖をついた状態では心琴を持ち上げることはできなかった。
「そう思うんなら、早く怪我を直しなさぁい?・・・貸し2ね?キャハッ!」
桃は再び勝ち誇った笑顔で鷲一を見た。
「げ・・・。末恐ろしい女だな、お前。」
鷲一は再び口をへの字にしたそう言うのだった。
二人はそんな言い合いをしながらすぐさま死神のいる大部屋へと移動した。
「お、戻ってきたぜぇ。良かったな、心琴ぉ。」
死神は誰もいない所に向かって話しかけているように見える。
「そこに居るんだね?」
桃には目視は出来ないため、死神に確認を取る。
「ああ。ここだぁ。」
桃は場所を確認して静電気ボールを作り出す。
「いくよっ!!イジェクト・ソール!!かーらーのー!!インサート・ソウル!!!」
もう、おなじみになりつつあるこの掛け声が大部屋に木霊した。
桃の背中に寝ている心琴はゆっくりと目を開ける。
「ありがとうワン!」
心琴は笑顔でお礼を言った。
そして、そのお礼の言葉を聞いて鷲一と桃は目を丸くした。
「・・・ワン?」
「いま、心琴ちゃん・・・ワンって言った?」
二人の様子に心琴は唇を尖らせる。
「・・・言ってない・・・ワン。」
自分の意志とは別に勝手に口から出てきてしまうらしく、心琴は顔を赤くして口を押える。
「ぶふっ!!!」
「キャハハッ!!!」
その様子に鷲一と桃は噴き出して笑った。
「ひ、ひどいワン!!わざとじゃないんだワン!!!」
心琴は涙目だ。
そんな心琴を横目に、桃と鷲一はひーひー言いながら笑い転げている。
「あー・・・わりぃ。ちょっと・・・犬が混ざっちまったみてぇなんだぁ。」
笑われている心琴を見て、死神は心の中で謝った。
「か・・かわいい!!心琴ちゃん、超かわいい!!!キャハハ!」
桃はお腹を抱えて笑っている。
「なんていうか・・。そのままでもいいぞ?」
鷲一まで歯を見せてニヤッと笑った。
「良くないワォーン!!!」
そんな二人に心琴は叫ぶが、今度は雄たけびのような声で叫んでしまう。
「キャハハハハ!!!」
「あっはっは!!」
それを聞いて桃も、鷲一も声を出して笑った。
「おいおい、お前ら、そこまでにしとけよぉ。心琴がかわいそうだろぉ・・・。」
死神は呆れた顔で諫めるのだった。
けれども、その和やかな雰囲気は一瞬で一変する。
「ガ・・・ガハッ!!!!」
心琴が急に桃の背中から床へ崩れ落ちたのだ。
「なっ!?」
「だ、大丈夫?!」
二人は慌てて心琴に寄り添った。
そして何が起こっているか、心琴の口を見てすぐに悟る。
「パラサイトだ!!」
緑色の気持ちの悪い生き物が心琴の口から這い出ようとしていた。
「あ・・・そうだ。これ。三上から渡された瓶だ。」
鷲一はポメラニアンを鞄から一度出して、大きめなガラスの瓶を取り出した。
桃と鷲一はお互いの目を見て一度だけ頷いた。
「いい?桃がその瓶にパラサイトを突っ込むから、すぐに蓋をとじるのよぉ?」
「ああ。いつでもいいぜ。」
真剣な空気が流れる。
徐々に口から這い出てくる緑の生き物を掴めそうなところでじっと待った。
魔女の時よりもだいぶ小ぶりなパラサイトが心琴の口でもぞもぞと動いている。
そして、もうすぐで這い出るというその時、桃はガシッとその緑の生き物を捕まえた。
「瓶!!」
「あぁ!!」
桃は鷲一が差し出した瓶に緑の生物を押し込んだ。
すぐさま鷲一は蓋をきつく閉める。
瓶の中には、見事にパラサイトが捕獲された。
緑のそれは右へ左へ逃げようとするが固く締められた蓋は開けられないようだった。
鷲一はすぐにそれを鞄に押し込むと心琴に駆け寄った。
「ガハッ!!ゴホッ!!!!」
心琴は大きくむせ返っていた。
「大丈夫か?」
「う・・・うん・・・ワン・・・。」
心琴の目はもう、オレンジ色ではなくなった。
いつもの焦げ茶色の瞳に戻ったのだ。
「あ・・・。目・・・戻った!!元の心琴の色だ。」
それを見て、鷲一は安堵した。
「へぇ!ママの時は目の色なんて変わらなかったのに・・・。ちゃんと魂に定着していなかったって事なのかなぁ?解んない!キャハッ!」
桃は少し悩んで、すぐにやめた。
「髪の毛の色はそのまんまなんだなぁ。パラサイトってのはつくづく解んねぇ事ばっかだぜぇ。」
死神も肩をすくめてそう言う。
その時・・・。
「きゃああああああああああああああ!!!!!!」
外から悲鳴が聞こえた。
「この声・・・まさか!!」
「朱夏ちゃんだワン!!!!」
「外みたい!!いくよぉ、みんな!キャハッ!!」
鷲一と桃と心琴は大部屋から走りだす。
「お、俺様は!?」
死神は慌てて檻に手をかけるが鍵がないので開くはずがない。
「あとで鍵探すから待っててね!!キャハッ!!!!」
桃がそう言うと死神は一人ポツンと檻に取り残される。
「ぐ・・・。ぜって―あいつら戻ってこれねぇよな・・・。」
死神はフラフラな体に鞭を撃ち、自分の手を見て力を籠めるのだった。




