第29章 赤い鎌
朱夏と鷲一は三上が運転するワゴン車に乗って移動を開始していた。
鷲一の怪我の応急手当はあの後朱夏がした。
三上は前回の怪我の時に利用した松葉杖を鷲一に持たせた。
骨折した足には丸尾が手配した例の犬対策用の防具を当てて固定。
簡易的なギブスのように利用している。
常備薬の痛み止めや炎症止めを服用して無理やり体を動かしているのが現状だった。
「うっ!!」
車の細やかな揺れにも鷲一は痛みに声を漏らす。
「鷲一さん、やはり無理です!病院に行きませんか?」
心配そうに朱夏はもっているハンカチで鷲一の汗を拭う。
先程から酷い汗だ。
顔も心なしか土気色に近い。
「だめだ。絶対に。桃を連れて戻らなきゃいけねぇ。」
それでも鷲一はこの一点張りだ。
頑固な鷲一に朱夏もそれ以上強く言えなかった。
「到着です。」
ワゴン車は中華屋さんの目の前で停車した。
車の音を聞きつけ、エリが二階の窓から顔を出した。
「朱夏!桃が目、覚ましそう!」
笑顔でエリが報告して来た。
「へへっ、良かった・・・。」
三上に肩を担がれ何とか車から出る鷲一は安心した顔だ。
けれどもその鷲一を見て店先から叫び声に近い声がした。
「きゃぁ!!鷲一さん!?何があったの!?お兄ちゃんは!?」
店先からは飛び出て来たのは杏だ。
鷲一は手当てはされていたが服は着替えていないので、血塗れには変わりなかった。
「杏、悪りぃ。死神は、俺を逃すために・・・」
そこまで言うと杏は血相を変えて鷲一に飛びついた。
「嘘!!お兄ちゃんを見捨てて来たの?信じらんない!!最低!!」
それを聞いた杏は勢いに任せて、鷲一のお腹に両手で突き放した。
「ぐっ!!」
小学生の女の子が放った弱い衝撃で鷲一は倒れそうになり、慌てて三上が支えた。
「え?」
その様子に杏も鷲一が瀕死だと気がついた。
「だ、ダメです!!今、鷲一さんは気力だけで動いているんです!!」
朱夏も慌てて杏の肩を抱えるように引き離した。
「悪りぃ・・・。」
鷲一は謝る事しか出来なかった。
「そ、そんな。」
杏は気持ちの整理がつかない。
大好きなお兄ちゃんはどんな敵だろうとあっという間にやっつけて帰ってくると思っていた。
目に涙を溜めて走り出す。
「あ!!杏、待つ!!」
その様子を見ていたエリは二階から駆け下りて、杏の走って行った方向へ向かって行った。
「エリ!!すみません!杏ちゃんを頼みました!!」
朱夏はエリに声を掛ける。
「うん!!」
エリはそれだけ言うと全力で駆けていく。
「私達は桃の所へ行きましょう。」
朱夏は辛そうな鷲一を一瞥してから三上にそう言った。
「かしこまりました。」
「・・・。」
鷲一は一言も発さずに三上に肩を貸されながらゆっくりと桃の元へと移動するのだった。
◇◇
一方で、大学の獣医学部。
死神はしっかりと自分の【ソウル・リッパー】の先に心琴の生命線をくくりつけた。
「マ・・・マジでやるのかぁ・・・?」
「うん。もう、これしか方法は無いよ!!」
心琴は固い決意で死神にそう言った。
「これのどこが『良い案』なんだぁ・・・?」
先ほどの自信に満ちた海馬の口から出た作戦はこうだった・・・。
―数分前
「心琴ちゃんを朱夏ちゃんの元まで飛ばす『いい案』があるよ!!」
海馬はふてぶてしい笑みを浮かべて心琴と死神にそう告げた。
「な・・・まじでか!?すげぇ!どうすりゃ良い?」
死神は自分では全く思い付かなかった。
心琴もきっと同じだろう。
二人は海馬の霊を食い入るように見つめた。
そんな二人に海馬はさらっとこう告げる。
「死神、君の鎌はすべての物を通過できるだろう?心琴ちゃんを鎌の柄にしがみつかせて田舎町まで伸ばすんだ!」
自信に満ちた顔だった。
「それなら…可能かも!!!」
「いや・・・無理じゃね?」
心琴と死神は真逆の反応を示した。
「え!?だって、死神君の鎌って町全体を切っちゃうくらい伸びたじゃん!」
思ってもいない反応に驚いて心琴は死神に聞いた。
あれだけ長い鎌があれば届く思ったのだ。
「あぁ?ありゃ、大体20kmくらいの長さだ。ここから田舎町まで・・・どんくらいだぁ?」
死神は本当は距離の話をしていたわけではないのだが、心琴に言われて首を傾げた。
「多分30kmくらいだよ。」
「30km・・・きつそうだなぁ・・・。」
そもそも辛そうな話に口角が下がる。
「距離もそうだが、方向が解んねぇだろぉ?角度が少しずれただけでだいぶ違う方へ行っちまうんだぞ?」
死神は自分がなぜ無理だと思ったかを説明した。
けれども、海馬はそのことに関して全然心配している様子はなかった。
「大体の方向ならわかると思うよ。」
「な・・・なんでそう言えるんだぁ?」
死神には理由が解らない。
「・・・野生の感さ!」
「・・・信じてもいいのかぁ?」
海馬は冗談を言ったつもりで笑ったが、死神は不信感を抱いただけだった。
「冗談だよ!心琴ちゃん、時計の短針を太陽に向けてくれないかい?なるべく水平を保ってね。」
心琴はいつでも腕時計を身にまとっている。
それは霊体でも変わらないらしかった。
「・・・え?こ、こうでいいのかな?」
心琴は見様見真似で海馬の指示に従った。
海馬は心琴の時計を見て斜め後ろを指さした。
「あっちだな。あっちが南。田舎町の方角になる。」
「な!?なんでわかんだよ?」
死神も心琴も自信満々に言う海馬の発言が理解できない。そんな二人に海馬は心琴の腕時計を指さした。
「時計の短針は太陽の倍速で移動するんだ。短針から文字盤の12時位置までの角を1/2に分割する線の先が南。つまり、田舎町の方角って訳なのさ。」
さも当たり前のように海馬は言う。
けれどもここにその言葉を理解できる人は誰もいなかった。
「・・・信じてもいいのかぁ?」
「説明してもさっきと同じ反応じゃないか!!」
海馬はついつい大声で突っ込んでしまうのだった。
◇
そして時は戻る。
「マ・・・マジでやるのかぁ・・・?」
「うん。もう、これしか方法は無いよ!!」
今、まさに心琴を田舎町に向けて飛ばそうとしている所なのだ。
「ねぇ、死神君?細かい事はノックをするね?」
そう言うと死神の鎌を心琴はコンコンと叩いた。
その振動は死神に伝わる。
「物理干渉しねぇから、遠くても多分大丈夫だと思うが・・・どうするんだぁ?」
心琴は少し考えてからこう言った。
「1回ノックしたら右へ振って欲しい。2回は左へ振って欲しい。3回はもっと伸ばしてって事にしようか。そして4回は到着!でどうかな?」
「えっとー・・・1回が右で・・・2回が左な?前と、止まれ。ああ。覚えたぜぇ。」
死神は言われたことを一度反復すると頷いた。
「あ、あと帰りたいって時は5回だね!じゃないと、いつ帰ってくればいいかわかんないもんね?」
「確かにそうだなぁ・・・鎌伸ばしっぱなしは辛いしなぁ?」
そう言うと死神は肩をすくめて笑った。
心琴は先ほど海馬の言った方向を向いて鎌を掴んだ。
「いつでも・・・良いよ!」
決意に満ちた声が響く。
「心琴ちゃん・・・朱夏ちゃんによろしくね。頼んだよ!」
「うん!絶対沢山お肉用意してもらうからね!任せて!」
そう言うと小さな拳を作ってガッツポーズをして見せる。
「じゃぁ・・・いくぜ!?」
その声に改めて鎌を握りなおして心琴は正面を向いた。
「スピリット・リッパァァァァァー!!!」
死神が叫ぶと赤い鎌は途端に伸び始めた。
「うわああああああああああああああああああああぁぁぁぁ・・・・!!!!」
心琴の叫び声は一瞬で遠のいて聞こえなくなる。
「・・・1km!!」
「は・・・はやっ!」
10秒足らずでで1kmを通過したらしい。
すると鎌からノックの振動が聞こえた。
「コンコン!」
「左だな?」
若干左へ修正する。
するとノックの音は聞こえなくなった。
「順調だね!」
「ああ。」
海馬と死神は目配せした。
「10km!!」
10kmを通過したあたりで再度心琴からノックが帰ってきた。
「コン!」
「みぎって事だな?」
死神は今度は右へ若干修正を入れる。
「15km!!」
「これで半分って事か・・・。大丈夫かい?」
「ああ。まだいけるぜぇ!」
死神はまだ余力がありそうな表情で鎌を伸ばし続けている。
「・・・20通過・・・だぜぇ!!!」
声に元気がなくなってきている事を感じ、海馬が死神を見ると額に汗がにじんでいた。死神の表情にも徐々に余裕がなくなってきているのを感じる。
「コン!」
「右・・・だな!」
左へちょっと修正するが立て続けにノックが聞こえる。
「コンコン!」
「げ・・・行き過ぎたか?」
鎌が伸びれば伸びる程角度によっての変化は大きくなる。
死神はほんの少しだけ左へずらす。
するとノックの音は聞こえなくなった。
「25km・・・やべぇ・・・結構・・・限界ちけぇかも・・・。」
「な!!本当かい?!大丈夫か?」
海馬が死神を見ると肩で息をしていて顔がゆがんでいる。相当辛いのだろう、死神は時折、下を向いて歯を食いしばっていた。
「こんなに鎌伸ばしたのは初めてだぜぇ・・・。」
「が‥頑張ってくれ!!」
海馬は応援することしかできない。固唾を飲んで死神を見つめた。
「ハァッ・・・ハァッ・・・・。」
徐々に息が荒くなる。
「の・・・伸びてかねぇ・・・。」
ここに来て死神の鎌は限界を迎え始めた。
伸ばしたくても鎌が伸び悩む。
そんな死神に心琴からのノックの音が届く。
「コンコンコン」
「3回・・・もっと伸ばせって事・・・だよな!・・・わかってるっての!!!ウリャァァァァァァ!!!!」
渾身の力を振り絞って死神は鎌を伸ばす。
「ハァッ!!!ハァッ!!!早く!!!到着しろおおお!!!」
その時だった。心琴から最後のノックが聞こえた。
「コンコンコンコン」
「!!」
「4回だね!!到着したんだ!!!」
海馬は嬉しそうに死神の方を向いた。
「よかった・・・。」
けれども、死神はそう零すように言うとドスンと床に倒れた。
「ちょ!?死神・・・!?」
「限界だぁ・・・。俺様の意識がなくなれば・・・海馬・・・お前も・・・戻っちまう。」
死神の目は徐々に開かなくなってきている。海馬は必死で死神に声をかけた。
「お!!おい!!ヤバくなったら僕のこと切ってくれるって!!」
「わりぃ・・・なるべく・・・そうする。」
死神の手の力は抜け、海馬の霊は生命線をたどって元の狼の元へ引っ張られる。
「う・・・うわぁあ!!」
あっという間に海馬の魂は狼に吸い込まれていった。
「この鎌消すわけにいかねぇ・・・のに・・・!!」
死神の瞼は、それでも閉じていく。
手からは力が抜け、死神の手の方から鎌は徐々に消えて行ってしまう。
とうとう、死神は限界を迎えて意識を手放してしまうのだった。




