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第28章 檻の中

大学の獣医学部では、ボコボコに痛めつけられて動かなくなった死神を口に加えた白狼が大部屋の檻に乱暴に放り投げた所だった。

「ここで大人しくしてろ。」

「っ・・・!!」

乱暴に投げ出されても死神は叫ぶ気力も動く気力もない。

「うわ!!」

霊魂となり死神のお腹に括られた心琴も一緒に投げ出された。

白狼は心琴の魂がここにある事を知らない。

「死神君!死神君!しっかりして!閉じ込められちゃう!!」

心琴は必死に話しかけるが、死神はピクリとも動かない。

無情にも檻の扉は閉められた。

白狼は人間の姿に変身する。

「えぇ!?狼が人になった!!どう言う事!?」

心琴は驚いて声をあげたが白狼には届かない。

人間になった狼は白衣のポケットから鍵を取り出す。

静かに檻の鍵が閉められ、白狼は大部屋を出て行った。

しばらくして、死神の意識が戻った。

うっすらと目を開けると心琴は心配そうに覗き込んだ。

「ん・・・。」

「死神君、大丈夫?」

頭がボンヤリとしているのか死神は中々反応しない。

「死神、君?」

「か、体中が・・・痛え。」

死神は体を動かす事が出来ない。

それは無理もない事だった。

何度も壁や床に身体を叩きつけられた。

爪による傷は何箇所もあり、出血も沢山していた。

「ここは、何処だぁ?」

視線が定まらないまま死神は心琴に聞く。

「さっきの大部屋の檻の中、だよ。」

「チッ!!」

それを聞くと、死神は舌打ちをした。

「鍵は白狼が持って行ったよ。」

「そうかぁ。」

死神はそれを聞くと何分もかけて何とか体を起こした。

何も手伝えない心琴は死神を見守る事しか出来ない。

ようやく死神は胡座をかいて心琴の隣に座る。

「横になってなくて大丈夫?」

心琴は心配そうにそう言った。

「床が硬くて痛え。座ってた方がまだマシなんだぜぇ。」

死神はようやく意識がはっきりとして来た。

軽くため息をつく。

「鷲一の奴、逃げ切れたかなぁ?」

弱々しく死神はそう溢す。

「死神君が咄嗟に機転をきかせてくれたから、きっと大丈夫だよ。」

心琴は明るくそう言った。

その明るさに死神は少し元気をもらう。

「だと、良いなぁ。」

やんわりと笑う。

そう言うと死神は窓から空を見た。

太陽は徐々に傾きかけていて、夕方になりかかっているのが見えた。


「グルルル・・・」


急な呻き声がして、ふと、隣の檻を見た。

そこには頭だけが金髪の狼がいる。

「これ、確か・・・海馬!?」

死神は先程鷲一と見た狼を覚えていた。

「え、えええぇ!?」

心琴は口を手で抑えて驚いた。

「ん?待てよ?」

死神はある事を閃いた。

「ちょっと、海馬の奴に触ってくるぜぇ。」

「死神君!?あ、危ないかもしれないよ?」

心琴は目の前の海馬と先程の白狼を重ねつつそう言った。

死神は一度心琴を見たが、それでもゆっくりとゆっくりと海馬の檻の方に重たい体を引きずった。

「よーし・・・いい子だぁ・・・そのまま大人しくしてくれよぉ?」

鉄格子の隙間から狼に向かって手を伸ばす。

「グルルルルル・・・・。」

狼は今にでも飛び掛かってきそうだ。

心琴はハラハラして死神を見守った。

「よし・・・よし・・・あと少し・・・!」

お腹の所にもう少しで触れようとした、その時。

「グワァ!!!!」

狼が牙をむいて死神に飛びかかろうとした。

「キャァ!!!」

心琴は思わず顔を手で覆い隠した。

けれども悲鳴や叫び声は一切聞こえてこなかった。

「・・・・?」

そろりそろりと指の間から死神の方を見る。

「・・・あ・・・あれ?ここ・・・どこ?」

「・・・海馬さん!?!?」

死神の手には狼の体から引き出された海馬の霊魂があった。

狼の体は霊魂を失って鉄格子をつたってドスンと崩れ落ちた。

「あ・・・あぶねぇ・・・今度は腕を食いちぎられるかと思ったぜぇ・・・。」

死神は安堵から大きく息を吐いた。

「死神?心琴ちゃん!?え!?何!?どうなってるの!?!?ってか、死神ボロボロじゃないか!!大丈夫か!?」

目の前の死神はいたる所から出血や打たれた痕が腫れ上がっているのが見える。

「敵が強すぎて・・・まるで歯が立たなかった・・・。」

悔しそうに死神がそう言った。

海馬が知る限り、死神は規格外のパワーの持ち主だった。

「死神でその怪我じゃ・・・よっぽど強いんだな・・・。っていうかごめん、状況を説明してくれないか!?朱夏や鷲一は無事なのかい?」

自分の部屋で狼になってからの記憶がない海馬は何がどうなったのかまるで分らない。

「単刀直入に言うとなぁ・・・。今日が今回のXデー・・・十五夜だぁ。俺らはS-03に捕まって牢屋に閉じ込められちまったんだぁ。朱夏はここに来てないから解んねぇけど、一緒に潜入した鷲一は足が折られたけど、何とか逃げ出せたみたいだぜぇ。」

思っていた以上に状況が変わっているようだった。

「げ・・・。潜入?ここはどこだい?」

あたりを見渡しても窓から空が見えるのと檻しかない。夢で見た風景そのものだった。

「ここは、中央南山大学の獣医学部だぁ。心琴が昨日、ここに連れて来られたって聞いて潜入することにしたんだとよぉ。俺様は朝早くに鷲一に引っ張ってこられた。」

「そう・・・だったんだね?死神、大変だったね・・・。一緒に戦ってくれてありがとう。」

自分より強いと言っても死神は海馬よりも6歳年下だ。

本当なら頭を撫でてやりたいが今の海馬にはそれができない。

「べ・・・別に・・・。」

死神は今までこういう形でお礼を言われたことが無くて照れてそっぽを向いてしまった。

「あ・・・あのね、海馬君?」

「どうしたの、心琴ちゃん?」

「私・・・パラサイトにさせられちゃったの・・・。」

「え!?」

海馬はその展開を予想できていなかった。

「美術館で犬に噛まれて・・・その犬がパラサイトの運び屋だったんだって・・・。」

「なんだって!?道理で・・・あの日様子がおかしかった訳だ・・・。」

ただ犬に噛まれただけではないと思っていたが、まさかパラサイトを注入されているとも思っていなかった。

「私には“間違って”パラサイトを入れちゃったって・・・本当の目的は鷲一みたいなの・・・。転寝して、鷲一のジャケットを私が被ってたんだ。」

あの日に起きた事を心琴は海馬に伝えた。

「それで、運び屋の犬が鷲一と間違えて心琴ちゃんにかみついた・・・そう言う事だね?」

海馬も真剣に心琴の話を聞く。

状況が少しずつ見えて来た。

「そう・・・。海馬君が狼になったのも・・・私の能力のせいなんだ・・・。紗理奈っていう女の子がね、能力開発のパラサイトを使って無理矢理私にパラサイトを使わせて来るの!!」

突如でた紗理奈の名前に海馬は目を見開いた。

「なっ!?紗理奈が・・・?紗理奈が【ハウンド・マスター】じゃないのか?!僕の見たデジャヴ・ドリームでは、紗理奈の合図で僕の体が言う事を聞かなくなった気がしたんだ・・・。」

自分の夢では紗理奈が合図を送っているように見えていた。違うとなるともう一つだけ思い当たる節があった。

「まてよ・・・って事は低い男の声・・・?」

もう一人の声の事を思い出す。

「ああ。きっと、しゃべる白狼がS-03、つまり【ハウンド・マスター】だとおもうぜぇ。俺がボコボコにされたのはそいつのせいだぁ。」

普通、狼がしゃべることは無い。

死神も先ほど、狼がしゃべっているとは最初は気づけなかった。

加えて心琴も手を上げてこう言う。

「さっき、死神君が気絶している時に狼が人間に変身したの!!白い髪で、スラっとしてた白衣の男だったよ!」

「なっ!!それだ!桃が言っていた特徴に似てる!!あいつ・・・人間になれるんだな・・・。」

ようやく話がつながってきたように思えた。

けれども状況は何一つ変わっていなかった。

「なんにせよ、まずいね・・・。このままじゃ心琴ちゃんも“D”として組織に利用されることになりかねない・・・。心琴ちゃんの能力は「人間を狼に変える」って事は相手の手ごまを増やす能力。偶然とは思えないよ!」

海馬が腕を組んで悩むと、その発言に心琴は訂正を入れる。

「それが・・・紗理奈が、私の事を“S-06”って・・・そう言ったの。」

それを聞いて海馬は手のひらをポンとたたいた。

「ああ!それでか!それで、死神は心琴ちゃんの魂を切り取ったんだね?」

「・・・まぁな。」

海馬は死神に笑いかけている。

死神も海馬に笑いかけていた。

「え!?え!?どういう事!?」

心琴だけ一人理解が追い付いていない。

「なんでわかんねぇんだよぉ。鷲一もガチ切れするし、バカなのかぁ!?」

先程鷲一が激怒したのを死神は思い出してため息を吐いた。

「あー・・・。心琴ちゃんの魂を切って・・・キレたのか・・・相変わらずバカだよなぁ・・・。」

海馬も首を横にふって呆れている。

けれども、心琴には何のことかさっぱり分からない。

「え!?ちゃんと説明してよ!!解んないよぉ・・・。」

心琴もまた、理解力のある人間とは言い難い。

「つまりね?心琴ちゃんの体に注入されたのは“D”と違って・・・“S”って事さ!」

海馬が意地悪くにやにやしている。

わざと分かりにくい説明をしてみせる。

確信犯に違いない。

「わかんない!!!もう!!海馬さん、またからかってるでしょ!!」

「あはは!心琴ちゃんも意外とからかいがいがあるね!」

プリプリと怒る心琴を見て、海馬は満足そうに笑った。

その二人のやり取りを最年少の死神が呆れた顔をして、見かねた彼は心琴に説明してくれる。

「心琴・・・。ばばぁの時を思い出すんだなぁ。Sであるババァの魂を切り取った後、どうなったぁ?」

ギザギザの歯を逆三角形にして死神は理解を促す。

「えっと。確か・・・あああ!わかった!!あの緑色の気持ち悪いのが魔女の体から出て行った!!それって、パラサイトなんだよね?」

そこまで言われて心琴はようやく気が付いた。

そして、心琴の魂を何故死神が切り取ったのかもようやく理解するのだった。

「そう言う事。「S」はパラサイトが体に生きたまま入ってるらしいから、魂を切り取ったらパラサイトが出て行く。って事は心琴ちゃんの魂を切り離したから、パラサイトが出て行ってくれるはずなのさ。もちろんそうなれば、異能力からも解放される。そしたら組織も心琴ちゃんに用はなくなるはずだ。・・・いまごろ心琴ちゃんの体からも出て行ってくれてると良いんだけど・・・。」

海馬も今度こそちゃんと説明してくれた。

そんな海馬を心琴は真剣なまなざしで見つめる。

「ねぇ、海馬さん?何かいい案はない?」

すがるような声で心琴は海馬に促した。

「うーん・・・参ったね。僕も狼に戻ると自我を失ってしまうんだ。また、きっと君たちでさえ襲ってしまうだろう・・・。」

そう言うと海馬は俯く。

「このままだとみんなを殺しちゃうのは僕なんだよね。」

隣に転がる狼の体をみて海馬は悲しそうにそう言った。

「死神お願いがある。」

「断る。」

海馬が言いたい事を言う前に死神は断った。

「な!?」

お願いを言う前に断られて海馬は驚いた。

「どうせお前の紐を切れっていうんだろ?」

死神の目は若干赤く光っている。

それは怒りの色のようだった。

「う・・・。」

見事に言いたい事を言い当てられて海馬は目線を逸らした。

「おま、ばかじゃねぇの?」

死神は海馬を真っ直ぐに見据えて言う。

「なんだと!?」

真剣に相談しようとしていた海馬は馬鹿と言われて怒った。

けれども、死神はそれでも尚、海馬に真剣に向かい合っている。


「おまえ・・・守りたいものがあるなら、それは本当の本当に最後に考えろよ?」


死神の光る目はどこまでも赤く光る。

「・・・!?」

心の底からの怒りに海馬はハッとした。

「俺ぁ、杏の奴を守るために血反吐吐いても死ななかった。それは、死んだら守ってやれる奴が居ねぇからだよ。」

魔女に捕らえられてからそれこそ手を血に染めながら生きてきた死神の言葉はとても重いものだった。

「・・・軽率・・・だった。ごめん。」

海馬はようやくこの考えを改めた。

死神も海馬の気持ちが分からなくも無い。

だからこそ、死神はこう提案した。

「最後の最期・・・どうしてもお前が誰かを殺しそうになった時。そん時は・・まぁ任せとけ。」

肩を竦めて海馬をみる。

それは死神なりの優しさだった。

「・・・死神・・・本当に頼んだよ?きっと、あと少しで僕はここから連れ出される。操られた僕は・・・正直、腹が減りすぎているんだ。手当たり次第に人を襲ってしまう。食べ物としてね・・・。」

その発言に心琴は目をパチクリさせた。

「海馬さん、おなかがすいてるの?」

「今は普通・・・くらいなんだけど・・・ハウンド・マスターの命令が来ると急激に耐えられないほどの空腹感が僕を襲うんだ。もう、そうなったら本能にあらがえない・・・。」

海馬は首を横に振って俯いてしまう。

「本能のまま・・・?」

心琴は首を傾げた。

「そう。本能のまま。」

聞き返されて海馬ももう一度繰り返す。

それを聞いて心琴は笑顔になっていく。

その表情を訝しげに死神は見ていた。

「・・・どうしたぁ?」

「死神!なんとか・・・何とかここから出られない?!」

心琴は身を乗り出して死神に笑いかける。

「ああ?」

死神は眉をしかめた。

「鷲一に・・・いや・・どっちかというと朱夏ちゃんにお願いしたいことが出来たの!!たくさんご飯を用意してもらおうよ!」

意気揚々と心琴が2人に笑いかける。

「え?どう言う事かな?」

海馬も突拍子もない発言に首を傾げる。

「ここに居る・・・ワンちゃん全員がお腹いっぱいなら良いんだよ!!!」

「・・・あ・・・。」

海馬は心琴の言っている意味を理解して目を丸くした。

それは心琴らしいアイディアだった。

「美味しいごはんを沢山食べたらワンちゃんは人を襲わないよね!」

「確かに、それは良いアイディアかもしれないね!」

海馬は明るい声で賛同した。

「けどよぉ・・・ここから出るって言っても、俺は体がボロボロすぎて動けねぇし・・・心琴は俺から離れたら生命線が切れちまってる以上、空に向かって行っちまうぞ・・・?」

死神は困った顔で腕を組んだ。 

「桃の所に行く手段は何か無いかな?桃に会えれば、きっと吸着で助けてくれると思うんだ!」

「そうは言うがよぉ。」

死神には不可能のように思えてならない。

「・・・一つだけ・・・あるかもしれない。」

海馬は静かにそう言った。

「僕に『良い案』があるけど、聞いてみるかい?」

海馬は特有のふてぶてしい笑みを浮かべるのだった。


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