第26章 勧誘
「なるほど。人間を駆逐して狼を復興させたら、狼の楽園が出来上がるって訳か。壮大な夢だな。」
導き出した答えが現実離れし過ぎていて鷲一は目を細めて白狼を見る。
「だが、現実的に可能になったのだよ。心琴の能力で狼が生まれた。それは紛れもない事実だ。さぁて、話はここまでだ。何故我がこんなにペラペラと話をしたか分かるかい?」
そう聞かれて鷲一は困った顔をした。
確かに普通敵にするような話では無い。
「君にも仲間になってほしいのだよ。S-01の甥、向井鷲一よ。」
「は?」
突然の勧誘だった。
「我の鼻に狂いは無い。お前が向井鷲一だろう?」
そんな声をかけられるとは露にも思っておらず、鷲一は豆鉄砲を食らった鳩のような顔をしてしまう。
「ふざけるなよ!?誰が仲間になんかなるか!心琴をあんな目に合わせておいて!!」
鷲一は怒りがこみ上げて叫ぶ。
「ふむ。まぁ、そう言う反応になるだろうとは思っていたが。冷静に話を聞いてくれそうにないなら・・・力強くで捕まえるだけだ。」
あくまで穏やかな口調で白狼は言う。
狼の目が鷲一は捕らえたままだ。
鋭い牙と爪がこちらを向くのを感じた。
低い呻き声が廊下に木霊する。
「我の仲間となれ!!」
「断る!!」
そう叫んだ瞬間、目の前の狼は視界からいなくなった。
「はっ!?」
あたりを見渡すがあんなに大きな体の狼を鷲一は一瞬で見失った。
そして、次に感じたのは左足の激痛だった。
「い!?いっっっってぇ!!!」
気がつくと、白狼が左足に噛み付いて居た。
まさかの出来事に鷲一の頭は混乱を極める。
力強くで足を引っ張られ、鷲一は二匹のポメラニアンを投げ出した。
そのまま地面に頭を撃つ。
「キャン!キャン!」
「ワン!ワン!」
二匹は投げ出されて慌てて走って行った。
白狼はポメラニアンが逃げたのも構わない。
鷲一の足に噛み付いたまま、激しく頭を左右に振った。
足に突き刺さった牙がグリグリと肉を抉る。
「ぐぁぁぁ!」
あまりの痛みにされるがままに叫ぶ。
鷲一は力を振り絞りもう片方の足で白狼の鼻を蹴り飛ばすが、白狼はびくともしない。
(マジでやべぇ!このままだと、足が喰いちぎられちまいそうだ!?)
鷲一は何とか引っ張られないように廊下のタイルに両の手の平をつけて突っ張る。
しかし、痛みによって全身にかいている脂汗のせいで無情にも手はズルズルと滑った。
そのまま、足を噛まれたまま、海馬のいるゲージだらけの部屋に引きずり込まれていく。
牙がどんどん深く刺さり、遂には骨にまで達してしまう。
「ギャァァアァァ!!!」
鷲一は耐え切れずにのけ反って絶叫した。
引きずられた跡には血の線が出来ている。
それでも最後の力を振り絞り、入り口の縁に手を掛けて何とか抵抗しようと踏ん張った。
「しぶとい!!」
流石の白狼も苛立って更に足を振り回す。
ボキッ!!
鈍い音が足から聞こえる。
「グァァァァアア!!」
遂に、鷲一の足は曲がってはいけない方向へ曲がってしまったのだ。
それでも狼は足を離さない。
「ああぁあぁぁぁぁ・・・。」
あまりの痛みに鷲一はなす術がない。
力の抜けた手はドアの縁から力なく解けていく。
鷲一がとうとう大部屋に引きずり込まれたその時、廊下の奥から人が走ってくる足音が聞こえた。
その足跡は血の線を辿って大部屋に飛び込んできた。
「や、やめろぉぉ!!!」
ドアの方から死神の声が響いた。
「鷲一!!ひっ!?」
心琴の声も聞こえる。
鷲一を見て小さく悲鳴をあげた。
「・・・俺に構わず・・・逃げろ・・・!!」
何とか振り絞った声で2人に向かって叫んだが、その様子は逆に2人の心を強く引き留める。
「やだよ!!置いていける訳ないじゃない!!」
「鷲一、悪りぃ。手錠切るのにてこずっちまったぁ。今、助けるからなぁ!!」
赤い鎌を振りかざす死神の姿が見えたかと思うと、白狼は鷲一の足に噛みつくのをやめて死神の鎌を避けた。
「次から次へと!邪魔ばかり!!」
白狼は死神に向かって大きく飛び込んだ。
鎌の柄を白狼の口に突っ込み噛まれるのを何とか防ぐ。
1人と1匹は廊下に揉み合いになりながら廊下へ出て行った。
心琴はその隙に鷲一の所へ駆け寄る。
「鷲一!!」
「・・・逃げろ!!マジで・・・逃げてくれ!!」
懇願するように鷲一は心琴に言う。
そんな鷲一の体を心琴は抱き抱えるように起こした。
オレンジの瞳は潤んでいる。
「イヤだよ!!お願い、鷲一。一緒に逃げよう!?」
その顔に鷲一も泣きそうな気持ちになる。
けれども自分の左足を見た。
左足は弁慶の泣き所の辺りから90°曲がったまま床に転がっている。
「・・・無理なんだ。足が・・・折られちまった。」
心琴も直ぐに足の異常な傾きに気づく。
それでも心琴は諦めない。
鷲一の手を自分の背中側から回すと鷲一を背負ってよろよろと立ち上がる。
「ぐぁぁぁ!」
足を動かされ鷲一は心琴の背中で叫んだ。
「ご、ごめん!でも、今だけは我慢して!!」
「ぁ・・・あぁ。」
必死に自分を背負って歩く心琴の気持ちに鷲一は従った。
それなのに、心琴は部屋を出ると、一瞬で立ち止まらざるを得なくなる。
目の前には血塗れで倒れる死神と頭を踏みつけている白狼の姿があったからだ。
「くそがぁぁぁぁ!!」
力任せに叫ぶが、頭を持ち上げる事はできない。
「死神君・・・!!」
最早立っているのは心琴だけだった。
「ククッS-06?どこへ行くんだい?・・・コイツを殺されたくなければ、すぐに向井鷲一を床に下ろせ。」
白狼が心琴に命令する。
心琴は首を激しく左右振った。
「い、イヤ!!ど、どっちも殺さないで!!」
「なら、さっさと鷲一を床に下ろせ。そいつは檻に入れておく。それとも心琴がそのまま檻へ運んでくれるのか?」
心琴はどうしたら良いか分からずその場で立ち尽くす。
「心琴、大丈夫だ。コイツは俺を仲間に入れたいらしい。殺されはしない。けど、死神は分かんねぇ。だから・・・」
「だ、だからって鷲一を置いたら死神を助けてくれる保証なんてないじゃん!だ、ダメだよ!!やっぱり下ろせない!!」
そのやりとりに白狼は苛立った。
「お前も、痛い目に遭わないと分からないのかな・・・?」
唸るような声に血の付いた牙がギラリと光った。
「心琴!いいから、置け!!」
その一言に焦った鷲一は心琴の背中で暴れる。
元から力が強くない心琴は背中で暴れられて鷲一を落すように下ろした。
「アグッ!!!」
床に落ちて鷲一は小さく悲鳴をあげた。
白狼はその様子を見てニヤリと笑う。
けれども、その様子を見てにやりと笑ったのは白狼だけではなかった。
「・・・スピリット・リッパー!!!」
頭を踏まれたまま、死神は手の平を掲げて叫んだ。
咄嗟に白狼は掛け声に反応して避けた。
そして、避けてから後悔した。
死神の手は白狼では無い方向に伸びていた。
「・・・へ?」
「なっ!?」
鷲一と白狼は同時に声を上げる。
魂を切断する「スピリット・リッパー」は、仲間であるはずの心琴のお腹を貫いていたのだ。
心琴の体は魂を切断され、ドスンという音と共に崩れ落ちた。
そして、死神は起き上がると空中で“何かをつかむような動作”をすると、“自分のお腹に巻き付ける動作”をした。
「これで・・・心琴は目を覚まさねぇぜぇ!!!!」
死神は勝ち誇ったように白狼に笑って見せるのだった。
「や・・・やられた!!魂を切断したのか!!」
白狼の顔は怒りに歪んだ。
「てめぇぇぇぇぇぇ!!!!死神!!!なんでだ!?なんで心琴を攻撃した!?」
鷲一は真横に来た死神にしがみつき無理やり体を起こして胸ぐらをつかんだ。
「・・・心琴が【S】だからに決まってるだろうがよぉ・・・。」
死神は真面目な顔でそう言い放った。
「なっ!?」
死神は確かに前回まで自分たちの命を狙ってくる相手だった。
けれども、こういう形で裏切られるとは思っていなかった鷲一は心底悔しそうな表情をする。
「D-09は心琴が新しい幹部だと知って、早々に手を打ったというのか!!・・・大誤算だ!!」
白狼も死神に激しく怒っている様子だ。
そんな白狼はお構いなしに、死神は鷲一に向かってギザギザの歯を見せて笑った。
「・・・鷲一、乗ってきた乗り物が原付で良かったなぁ?」
「ああ!?何もよくねぇよ!!!心琴を!!心琴をよくも!!!」
それでも鷲一は死神の胸ぐらを力任せにつかんだ。
その様子にため息をついて、今度は死神が鷲一の手を力尽くで引き離す。
圧倒的な力の差で鷲一をそのまま上に向かって引っ張り上げる。
「足を使わなくてもいいもんなぁ!?風にでもあたって、頭冷やしやがれ!!」
もう片方の手を鷲一の腹に添え、死神の頭の上に鷲一は掲げられた。
「なっ!!何をするんだ!!や、止めろ!!!」
そして、死神は鷲一の耳元で白狼に聞こえない声でこう言った。
「明け方までに桃を連れて戻ってこいやぁ・・・。本当に心琴が死んじまう前になぁ。」
「・・・!?!?」
その一言を聞いて、鷲一はさっきの動作が何を意味しているかを悟った。
鷲一にも、白狼にも見えていない心琴の霊魂を死神は“空中で掴んで”、その生命線を“自分の腹に巻き付けた”のだろう。
けれども、それが解ったところで、鷲一は死神に掲げられたままだ。
「ま、まて!!どうする気だ!?」
「こうするに決まってんだろ!?」
そう言うと死神は、廊下の一番端から、玄関に向かって力いっぱい鷲一を投げた。
「うわああああああああああ!!!!!」
鷲一は玄関ホールのガラスを突き破って外へ飛び出した。
「なっ!?!?」
これには白狼も予想外だった。
白狼はすぐに鷲一を追おうと思ったが、そうさせまいと死神はすぐに手から鎌を出す。
「今度はテメェがくたばりやがれ!!!S-03!!」
「こ・・・小癪な!!!!」
応戦せざるを得なくなった白狼を横目で見て、鷲一は這いずるように乗ってきた原付にまたがった。
「い・・・いてぇ!!!けど・・・!死神が作ってくれたチャンス・・・逃すわけにいかねぇ!!」
鷲一は全速力で大学の獣医学部から退散した。
背中で死神と白狼の激しい攻防の音を感じながら・・・。




