第23章 大学潜入
次の日の朝。
エリの予知夢当日の朝だ。
鷲一は、すがすがしい朝に冷や汗をかいた。
「・・・何も・・・何も覚えてねぇ・・・。」
頭を抱えるが夢の内容がさっぱりと思い出せない。
「やっぱり・・・ダメなのか?」
拳を握って苦虫をかんだような顔をする。
「・・・いや、まだだ!今までだって、最後の最後で状況が変わることはあった。」
鷲一は自分を鼓舞するように立ち上がる。
パジャマを私服に着替えながら頭でいろいろと考えた。
(七夕の日は心琴と海馬が記憶を引きついで当日に記憶のない俺を訪ねてきて状況が変わっていった。それに前回は・・・「夢と反対の事」をエリ達がしたおかげで桃の気持ちが変わり助かった。)
服を着替え終わると洗面台へ行き、歯を磨いて顔を洗う。
(今回だって・・・何かがあればきっと変わる。でも・・・その何かって・・・何だ!?)
頭の中でごちゃごちゃと考えるが焦る気持ちばかりが先行する。
(海馬が・・・何があったかを・・・教えてくれていれば・・・。)
コーヒーを入れていつもの場所に座るとお父さんが部屋から出てきた。
「おはよう、鷲一。」
「ああ。おはよう。」
コーヒーを見つめたまま挨拶する鷲一にお父さんは何かを察した。
「また、悩んでるね?今度は何を悩んでいるんだい?」
優しいお父さんには鷲一は何でも話せる。
「俺・・・今日・・・死んじまうかも・・・。」
自分でも驚くくらいすごく落ち着いた声がでる。
最近、そういう状況が続きすぎていて麻痺しているのかもしれないと思った。
「なんだって?!自殺はダメだよ!?」
お父さんは驚いてそう言った。
「自殺はもう二度としねぇよ。なんつーか、殺されそうなんだ。誰にかは分からないけど・・・しいて言えば犬なのかな?」
普通の人が聞けば変な目でしか見られないような発言でもお父さんは否定しない。
「ふむ・・・。どうしてそう思っているんだい?」
「どうも・・・心琴が叔父のいた組織の人間に捕まってるみたいなんだ。きっとあの両親も。」
そこまで言うと鷲一はお父さんの方を見た。
心配そうな目でこちらを見ている。
『叔父』というキーワードは2人からすると『否応なしに降りかかる災厄』と言う事だった。
「助けに・・・行くのかい?」
お父さんは静かに聞いた。
「ああ・・・。でも、敵の親玉が・・・犬を操るらしくて・・・。」
「それで犬に殺されると思ったんだね?」
鷲一の隣にお父さんは座る。
じッと鷲一の顔を見つめて、ゆっくりと紡がれる言葉を待っている。
「・・・まだ決まったわけじゃねぇけど・・・。そうなりそうで・・・。でも・・・俺。心琴を・・・助けたい。」
しっかりとした目をして言う鷲一にお父さんは頷いた。
「わかった。けれど今の状態では行かせられない。」
「な!?」
珍しい一言だった。
いつも自分の意思を尊重してくれるお父さんはいつも鷲一の背中を押してくれた。
「い、行かせられないって?」
鷲一は驚いて聞き返す。
「そりゃ心配だからさ。息子が死ぬほど危険な場所へ行こうとしているんだよ?僕だって止めたいさ。」
そして、今度は文字通り鷲一の背中をポンと叩いた。
優しい力加減に鷲一はそっと押された。
「だから、そんな弱気な鷲一は行かせられないよ?絶対に生きて帰ってきて。解ったね?」
優しいお父さんは優しい目で鷲一の前に拳を突き出す。
「・・・。あはは。そう・・・だよな!こんな弱気で・・・どうすんだって話だな!」
鷲一は拳をお父さんに合わせた。
「俺、絶対に心琴を助けて帰ってくるわ!」
「ああ。絶対だよ。」
仲のいい父子はそう言うと朝のコーヒーを並んで飲むのだった。
◇◇
一方エリと朱夏も絶望に暮れていた。
「え・・・えり。」
「朱夏・・・もう・・・ダメなの?」
そんな絶望感が二人を包み込んでいる。
二人共夢の内容をさっぱり覚えていなかった。
「エリ、デジャヴ・ドリームを使った気配はありますか?」
エリはただただ頷いた。
「・・・。こういう時・・・海馬君なら・・・どうしたでしょうか・・・。」
布団を握る手に力が入る。
いつも隣にいてくれた策士はいないのだ。
「朱夏。きっと、心琴なら「大丈夫!」って言う!」
「え?」
エリの顔をみると笑っていた。
それはいつも心琴が私たちにしてくれる、元気になる笑顔にそっくりだ。
「こんな時、絶対、大丈夫!言う!」
「ふふっ!そうですね!!心琴ちゃんならきっと!!」
二人はそう言うと笑いあった。
心の中にいる心琴のおかげで前を向く事が出来る。
遠くにいる仲間を近くに感じた。
「最後の最後まで・・・頑張ってみましょう!きっと、心琴ちゃんも苦しんでます!」
「エリと朱夏、心琴助ける!」
「ええ!!」
二人は意気込むとベッドを出るのだった。
◇◇
駅までのみちのり、鷲一はぶつぶつ言いながら歩いている。
(俺が何も知らなかった場合・・・会社に行くよな・・・?)
鷲一は家を出るとすぐに自分の働く会社に向かった。
(そして・・・その逆の事をする・・・それが未来を変える最善策だと・・・叔父が教えてくれた。)
いつも通り会社の鍵を開ける。
そして、鷲一はいつもはしない事を始めた。
キーケースに忍び寄ると原付の鍵をコッソリ持ち出す。
ヘルメットを2つ抱え、普段は会社に置きっぱなしの免許証を鞄にしまいこんだ。
(親父・・・マジでわりぃ・・・。本当はダメだけど原付借りるわ!)
心の中でしっかりと謝ってから、鷲一は駐車場にある会社の原付を勝手に持ち出した。
ちょっとした荷物の搬送用なので、後ろには大きめなボックスが備え付けられた原付だ。
(逆の事・・・つまり、会社から出て・・・まずは調査からだ!)
鷲一は心に強い決意を抱いて会社の原付を走らせ始めた。
「うし・・・まずは・・・商店街!」
商店街には数分で到着する。
朝早いというのに、いい匂いが漂っている。
見覚えのある中華屋さんの前に原付を止めた。
「あ・・・あれ?鷲一さんじゃない?」
三角巾で髪を隠した杏が仕込みの手伝いをしている。
隣にはもう一人ギザギザの歯を見せる男がいた。
「よぉ!死神!ちょっと面貸せや!!」
良い笑顔で笑うと死神にヘルメットを投げつけた。
咄嗟にそのヘルメットをキャッチして口を逆三角形に曲げる。
「あんだぁ!?鷲一、てめぇ。俺様これからチャーシューの仕込みだぜぇ!?」
口調と内容がまるであっていない死神の発言に鷲一は噴き出した。
「ぶっ・・・!!」
「あ!!お前今笑ったろ!?」
死神はちょっと怒ってそう言った。
「わりぃわりぃ。俺の事をぶん殴ってたお前が・・・チャーシューの仕込みとかいうから・・・つい・・・!!」
それでも鷲一は笑いをこらえている。
「てめぇえぇぇ!!まじで何しにきやがった!!!」
死神の目が少し赤く光って鷲一は笑うのを止める。
実力行使ではとても敵わない相手だ。
「ちょ、ちょっと待てって!あー・・なんだ。実はな。今日がXデーなんだよ。」
「はぁ!?」
意味が解らず眉をしかめる。
「桃からの伝言で、デジャヴ・ドリームの予知夢が表しているのが今日だって発覚したんだ。」
「なんだって!?」
それを聞いて死神が真面目な顔に戻った。
「っつーことは・・・今日死ぬ日って事なのかぁ?」
「このままだとそう言う事になるな。だから・・・回避するのを手伝ってほしい。」
今度は真剣なまなざしで鷲一はそう言った。
「・・・しゃーねぇなぁ・・・。」
死神は大きくため息をつく。
「杏。わりぃ。おじちゃんとおばちゃんに今日は休むって伝えてくれねぇか?あとチャーシューよろしくなぁ。」
「えええ?!」
杏は仕事を押し付けられて抗議の叫び声を上げる。
しかし兄は意に介さずヘルメットを被ると鷲一の後ろにあるボックスの上に座った。
「え・・・そこなのか?」
鷲一は2人乗りを想定していたためボックスの上に座り始める死神に困る。
「いや、男の二人乗りはきもいぜぇ。」
「まぁ・・・原付の二人乗りも違反だしな・・・まぁいっか。お前落ちても死なないだろ。」
「てめ・・・俺様をなんだと思ってやがる。」
人間離れした死神は口を逆三角形にして言った。
そうして、そのまま二人はぐちぐちと言い合いながら原付を発進させる。
「えーー!!!本当に行っちゃった!!!もう!!信じらんない!!」
取り残された杏は怒るが二人の背中はどんどん小さくなり、やがて見えなくなるのだった。
◇
田舎町から30分。
警察の目を免れながら2人は大学へたどり着いた。
固いボックスの上で座っていた死神はお尻をさすりながら降りる。
「け・・・ケツがいてぇ・・・。」
「だろうな・・・。だから言ったのに。」
鷲一は呆れた顔で死神を見る。
「うっせーなぁ・・・。んで?どうすんだ?」
「獣医学部を探して、潜入?」
聞かれた鷲一は首を傾げながら死神に聞き返す。
「なんでお前が疑問形なんだよ・・・!」
連れて来られた挙句にやることが曖昧過ぎて死神は少し怒る。
「うっせーな!!こういう作戦事は今まで全部海馬の奴がやってたんだよ!!」
鷲一は困った顔をしてそう言った。
「そういや・・・いねぇのかぁ?海馬の奴。」
前回は二人そろって実験施設に乗り込んできていた坊主は今日は姿を見ていない。
「・・・狼に・・・なった。」
「はぁ?」
「わけわかんねぇけど・・・茶色い狼になってどこかに逃げて行った・・・。」
「はぁぁぁぁあぁぁぁ?」
聞けば聞くほど意味が解らなくて死神は首を横に振った。
「なんだそりゃ。」
「俺が聞きてぇよ。何が起こってるんだよ。そう言う能力者がいるんじゃないのか!?」
「そんな能力者聞いたこともねぇぞ!」
死神と鷲一は半ば口論に近い形で話を進める。
しかし分かったことは「何も分からない」と言う事だけだった。
「・・・時間の無駄だ。その理由を知りに来たんだ。」
「そうだぜぇ。目の前に本拠地があるんだぁ。さっさと行こうぜぇ。」
看板を見て、獣医学部と書かれている建物の一番大きい校舎に向かって二人は原付を押しながら歩いた。
獣医学部周辺は平日の朝だと言うのに誰もいないように思えた。
そこには立ち入り禁止の文字の立て看板が何箇所にも置いてある。
「ん?工事中につき立ち入り禁止だぁ?」
「でも、心琴が搬入されたのは獣医学部、つまりここしか無いよな?」
あたりを見渡すが他の建物は別の学部の名前が書いてある。
「ますます、怪しいぜぇ?」
「行こう。」
広めのグラウンドを通り抜ける。
鷲一は原付を玄関の正面にとめた。
入り口はガラス張りのドアがあり、中には下駄箱が並んでいる。
二人は誰にも見つからないようにこっそりと入った。
「・・・なんだかやたらと騒がしいぜぇ・・・?」
「ああ。犬の声がそこら中から聞こえる。ってか、ゲージが廊下にまで出てるって・・・すごいな。」
二人は小声でやり取りをした。
昨晩、キングと紗理奈が引き取ったすべての犬がここの校舎にいる。
とりわけ、玄関から見て一番奥の部屋から犬の鳴き声がたくさん聞こえる気がした。
その一番大きな部屋をじっと見ていると鷲一はあることに気づいた。
「・・・?」
鷲一が死神を突っついて、部屋の方を指さす。
「どうしたぁ?」
「今何かが光った気がした・・・。」
鷲一と死神は細心の注意を払って犬たちの沢山いる大部屋へ入った。
そこには、見る限りのゲージが積まれている。
「うわ・・・ざっと30匹はいるかもなぁ・・・。」
「きっと、桃の言ってた「ハウンド・マスター」の手ごまの犬達だろ。」
死神はこの犬たちが牙をむいて襲って来るかと思うとゾッとした。
「さっき光った何か・・・何か??あ!!!」
そこには見覚えのあるペンダントが奥の一番大きなゲージの前に転がっていた。
鷲一はそれを手に取る。
そこにはいびつな文字が油性マジックで書かれていた。
「・・・にっきみろ?」
ひらがなで書かれたそれを見て一瞬首を傾げた。
「え?日記見ろだぁ?何のことだぁ?」
「ああ。そうか、『日記を見ろ』か・・・。」
死神が鷲一の言葉を繰り返してはじめてそのひらがなを「日記見ろ」だと認識した。
「グルルルル・・・・」
野太い唸り声が響いて、鷲一はハッっとゲージの中を見た。
「あ・・・あああ・・!!!!!」
唸り声を上げるそれを見て、鷲一は思わず声を出して驚いた。
そこには、頭だけ金で他は茶色の狼の姿があった。
「・・・か・・・海馬・・・なのか?」
この特殊な色は間違いなかった。
「は!?これが海馬だって!?」
鷲一は昨日、海馬の部屋で見た狼を見る。
そして、次に手に持っているペンダントを見る。
「これは・・・まさかお前からの・・・メッセージなのか!?」
けれど、狼は何も話さない。
「・・・。」
「ほ、本当に・・・海馬かよぉ?」
死神は半信半疑だ。
「って事はよぉ・・・ここに居るの・・・もしかして全部元人間なんじゃねぇかぁ!?」
あたりを見渡して死神は恐怖を覚えた。
(元人間・・・?人間が・・・犬になってる?)
鷲一は普段はめったに使わない頭をフル回転して考える。
(そういや・・・誰かが、犬が増えてるって・・・あ!!!)
昨日の丸尾が見せてくれた記事を思い出す。
【田舎町でたくさんの野良犬が現れていて、保健所がまさかのパンク状態に!】
「そうか・・・人間が沢山犬にされてるんだ・・・。差し詰め“人間犬”ってとこか。」
鷲一はこの状況を見てそう思った。
「ああ?どういう事だぁ?どうやって人を“人間犬”にすんだよ。」
死神はまるで状況を理解できない。
けれども鷲一はパズルのピースが組み合わさるように徐々に答えが見えてくる。
「・・桃が言ってた「犬に噛まれると犬が増える」・・・もしかしたらビンゴかもしれねぇ!!」
「はぁ?」
そう説明されても、死神にはさっぱりだった。
「だから・・・“人間犬”に人間が噛みつかれるとその人も“人間犬”になっちまうって事だよ。その“人間犬”が更に別の誰かに噛みついて“人間犬”が増え、さらにその“人間犬”も別の人に・・・って感じで増えたのかなって思ったんだ。」
あたりの犬を見渡す。
小型から大型犬まで多種多様だが、中にはちらほらとネックレスやピアスをしている犬もいる。
「ほら見ろよ。普通、犬にネックレスやピアスは付けないだろう?“人間犬”なんだよこれ。」
鷲一はあたりの犬を指さしてそう言った。
「本当だ。ってか、こんなにピアスだのネックレスだの・・・女が多いのかもなぁ?」
死神が何気なくそう言った。
するともう1つ、鷲一の頭の中のパズルのピースが組み合わさる。
「・・・女性?・・・まさか看護婦!?」
「はぁ!?」
再び丸尾の情報が頭をよぎった。
【何人もの看護婦が昨日から行方不明!?】
「『心琴が居た病院』の看護婦が・・・行方不明になる事件があったんだ。」
「だ、だから何だよ。」
死神はまたもや鷲一の話に置いて行かれる。
鷲一はそんな死神に説明をせず腕を組んで眉間にしわを寄せたままだ。
「いや待てよ・・・もしかして・・・!?」
突然、鷲一は閃いた。
「海馬も・・・あの日、美術館で心琴が迷子になった日、心琴に『引っかかれてた』・・・。そしてその海馬が狼になった。あの日、心琴は暴れまわってたらしいから同じことが看護婦に起こってても不思議じゃない!!!」
もうすでに頭の中のパズルは完成しかけている。
最後のピースが脳裏をよぎる。
【心琴ちゃんからパラサイトの力を感じたってエリが言ったんです】
「・・・って事は・・まさか・・・。」
次々と鷲一の頭の中で今起きていることをつなげていくと・・・ある結論に達してしまう。
「人を犬にする能力って・・・心琴の能力なのか・・・?」
そう口にして目を見開いた。
「やべぇ!俺・・・戻らねぇと!!この事を朱夏たちに伝えねぇと!!」
そう言うと、鷲一は海馬をちらっと見た。
そして、ペンダントを自分の首にぶら下げた。
「これ、ちょっと預かるな?・・・わりぃ、海馬。俺、もう行くわ。絶対・・・絶対に助けるから。それと・・・」
ちょっと気まずそうに鷲一は頭をぼりぼりと掻いた。
「日記・・・見るからな?悪く思うなよ!?」
それだけ言うと鷲一は部屋から出て行った。




