第21章 能力開花
ガタンゴトン・・・ガタンゴトン・・・
この時間の電車はほとんど人がいない。
街から田舎へ行く人はいるのかもしれないが、逆方向への移動となると話は違う。
酔ったサラリーマンや会社帰りのOLに混ざって心湊は電車に乗っていた。
『次はー中央駅。中央駅です。降りる際は足元にお気を付けください。』
そのアナウンスを聞いて心湊はしっかりと足を踏みしめて立ち上がり、開いたドアから勢いよく飛び出す。
(私・・・お姉ちゃんに会いたい!!)
その一心で心湊は電車で中央区まで戻ってきていた。
スマホのナビを起動して大学までの道のりを調べる。
(駅から大学までは・・・徒歩10分くらいか!余裕余裕!)
意気揚々と中学生は暗い街の中を歩いた。
(・・・ここだ!)
到着のアナウンスが鳴り響きナビを切ると、心湊は大学を睨みつける。
そこには広いグラウンドがあり、その正面に校舎が立っていた。
その建物の左には動物たちがいるであろう納屋もある。
建物を挟んで反対側には診療センターと書かれた看板が立っていた。
(どこに・・・どこにお姉ちゃんがいるかこれじゃ分からないよ!!)
たくさん並ぶ建物に心湊は困惑した。
すると、正面玄関から誰かが出てくる。
白髪を腰のあたりで結ぶ、スラっとした白衣の男性と、これまた白衣を着た三つ編みの女性だった。
心湊は侵入しているため咄嗟に看板の後ろに身を隠す。
耳を澄ますと、会話が聞こえてきた。
「ポメ吉よりも私が先に見つけたっしょ!」
「よしよし。君は本当に優秀な助手だね、紗理奈。」
「えへへっ!」
嬉しそうに笑う女性の声は結構大きく、心湊にもはっきりと聞き取れる。
(仲、良さそうだなぁ。恋人同士なのかな?)
その様子にちょっとだけ羨ましそうに二人を眺めた。
二人は心湊がいる事に全く気付かず会話を続ける。
「それで、能力開花は順調なのかな?」
「任せてっしょ!心琴っちの両親はもう、自我のないただの犬に変わり果てたっしょ!!」
屈託のない笑顔で三つ編みの女性は白衣の男性にそう言った。
(・・・え?)
先ほどまで羨ましいと感じていた2人の人間を心湊は気持ちの悪い何かを見るような目で見た。
(今・・・なんて言ったの?自我のない・・・犬に・・・?)
思わず一歩後ずさりをする。
するとグラウンドの砂がざりっという音を立てた。
「・・・誰かいるっしょ・・・。」
その音を聞いたとたんに女性の声が低くなる。
心湊は慌てて走りだした。
しかし、その足はすぐに白い狼によって阻まれる。
「・・・お・・・おお・・・おおかみ・・・?」
心湊は腰を抜かして尻餅をついた。
「紗理奈。聞かれたかもしれない。檻へ入れておけ。」
そして、その狼は喋ったのだ。
しかも、先ほど女性と一緒に歩いていた白衣の男性と同じ声だった。
「了解っしょ!」
白衣の女性は心湊の後ろに回り込み腕をつかんだ。
「嫌!!離してよ!!離しなさいよ!!!」
「・・・うるさいっしょ。」
紗理奈は心湊のお腹を力任せに蹴った。
「あぐぅ!!!」
今まで一度も受けた事のない程の痛みに心湊はお腹を抱えて動けなくなる。
「・・・紗理奈、心琴の能力でこいつも犬にしろ。」
低い声が木霊した。
(心琴の・・・能力・・・!?)
心湊は心の中で狼の言葉を反芻した。
「了解っしょ!直ちにしてきます!」
紗理奈は心湊を肩に担いで建物の中へ入っていった。
心湊は痛みに動けないまま、廊下の奥の部屋に連れていかれる。
紗理奈が乱暴に部屋を開けるとそこには泣きはらした心琴が居た。
心琴は心湊をみると震える手で指を差す。
「え・・・!?えええ!?嘘!?心湊!?心湊どうしてここに!?」
驚愕した目で心湊を見る心琴の目はオレンジ色をしている。
「お・・・お姉ちゃん?どうしたのその目・・・?」
よく見ると目だけではなく髪もオレンジ色の部分がある。
「心湊・・・お姉ちゃん・・・化け物にされちゃった・・・。お父さんと・・・お母さんが・・・私のせいで犬になっちゃったの・・・。」
泣き崩れそうになりながら心琴は今まで起きたことを心湊に話した。
「いや、全然わかんないし!!もっとちゃんと説明してよ!!」
そう言ったときだった。
部屋に二匹の犬がいることに気が付く。
犬種ははっきりと分からない容姿だが耳はとがった三角をしていて、しっぽはふさふさだ。
「・・・まさか。お姉ちゃん。これがお父さんとお母さんだっていうんじゃないよね?」
心琴を見て心湊は少し怒った顔をした。
「私ずっとお姉ちゃんたちが帰ってくるの待ってたのに!!こんな茶番ドッキリするために居なくなったの!?信じらんない!!!・・・お姉ちゃんバカじゃないの!?」
心湊は全然心琴の言う事を信じることが出来なかった。
自分に仕掛けられたドッキリの類だと思い込んでいる。
「心湊・・・。」
なんて説明をしたらいいのか分からず、心琴は言葉を探す。
「ねぇ、姉妹喧嘩はそこまでっしょ。」
肩の上でギャーギャーうるさい心湊を床に投げ捨てる。
「いたっ!!」
「心湊!?」
心琴は駆け寄ろうとするが手錠のせいでそこまで行けない。
すると後ろから低い声が響いた。
「ハウンド・マスター・・・」
その声が響くと同時に、両親犬は心湊を向く。
「え・・・!?え!?なに!?どうしたの!?」
唸り声を上げて心湊に近づく。
「や・・・やめて!!」
心琴は必死で叫ぶ。
「さぁ。ご両親に噛みつかれるっしょ!!」
その声を境に2匹の犬が心湊に襲い掛かった。
「痛い痛い!!!やめて!?お願い!!!」
右手と左足に噛みつかれて心湊は暴れまわる。
「心湊!!!こっち!!」
心琴は必死で叫ぶ。
心湊は呼ばれて心琴のいるベッドまで走った。
手が届くところまで来ると、心琴は腕に噛みついたお父さん犬を引き離す。
そして、手が自由になった心湊はお母さん犬を引き離した。
小型犬だったのが幸いして暴れる犬の首根っこを掴んでそれ以上噛まれるのを阻止する。
心琴は最初、両親が入っていた大き目のゲージを開いた。
「心湊!ここに!!お母さんをここに居れて!!」
「解った!」
二人は犬をゲージに押し込む。
何とか両親をゲージに押し込むことに成功して二人は安堵の表情を浮かべた。
「・・・マジであれ、うちらの親?」
犬を指さして心湊が言う。
「うん。」
心琴はそれでも大まじめだ。
「・・・。だめだ。全然信じられない・・・!」
心湊は頭を抱えた。
それは通常の人間なら当たり前の事だ。
当の本人である心琴でさえ、正直まだ実感が薄い。
心琴はそっと心湊の方に手を置いた。
「心湊、怪我大丈夫?」
心琴は心湊の手を見る。
そこにはくっきりと歯型がついて、血が滴る。
「痛い・・・。」
眉をひそめて心湊は言った。
けれども更なる痛みがそのあとすぐに待っていることを心湊は知らない。
紗理奈はゆっくりとドアから部屋に入ってきた。
2人が居るベッドの側まできて自分の指をぱきぱきと鳴らし始めた。
「・・・さてと。能力開花の時間だよ!」
「や!!!やめて!!!!!!」
心琴はその言葉にベッドの一番端まで逃げる。
しかし狭いベッド。
紗理奈が手を伸ばすとすぐに足に手が届き、引き戻された。
「お姉ちゃんをいじめないで!!」
心湊が紗理奈の邪魔をしようとするが、顔をパシンと横殴りにされて倒れる。
「心湊!!!」
「今は・・・自分の心配をした方が良いっしょ?」
紗理奈の目はどこまでも深い紫色だった。
「・・・ゲノム・ブルーミング!!!!」
心琴の胸に紗理奈の手が刺さると、心湊が暴れ始めた。
心琴の目が否応なしにオレンジに光る。
「あぁぁぁ!」
無理矢理能力を発動させられ、心琴は叫んだ。
「お姉ちゃん!?え、や、ヤダ!何これ!?」
「やめて!!やめて!!おね・・・がい!!」
力の限り心琴は叫んだが心湊は噛まれた傷口から順に犬へと変貌していく。
その様に心琴の精神は耐えられなくなった。
「いやぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
心琴は頭を抱えて叫んだかと思うと、事切れるように気絶した。
気絶と共に心琴の能力は発動を止める。
物の30秒程度の事だった。
「あ・・・やば。まだ連続して使える程、成長してなかったみたいっしょ。」
途中で気絶してしまった心琴をみて紗理奈は一瞬焦った。
しかし、横に倒れている心湊を見て再び笑顔になる。
「でも、それなりに変化速度が上がってるっしょ。順調順調!」
たったこれだけの時間で、心湊はかわいらしいポメラニアンになっていた。
(・・・おね・・・ちゃん・・・)
遠のく意識の中で心湊は心琴を呼ぶのだった。
◇◇
田舎町の鷲一、朱夏、エリはの3人は朱夏家の部屋へ移動した。
今までのなかでも指折りのピンチだった。
「ってことは最後の最後まであのアホ海馬はデジャヴ・ドリームの内容を話さなかったのか!?」
今までの流れを聞いて、鷲一は少しだけ海馬に怒った。
「海馬、どうして?」
エリも首を傾げる。
普段から秘密主義な部分はあったにせよ、仲間に大事な情報を共有しない事はなかった。
「分からないんです。でも、どうしても私と2人きりの時には話をしないって一点張りでした。」
朱夏でさえも海馬を説得できない事がある。
しかし、鷲一もエリにもその理由は分からない。
「とにかく、これからどうするかが重要だな。」
腕を組んで鷲一は2人を見た。
エリも朱夏も頷き返す。
「今、丸尾に下駄箱とグラウンドがある目ぼしい場所をリストアップしてもらっています。」
「いつ頃リストは上がりそうだ?」
鷲一は焦った声でそう言った。
すると後ろからドアが開く。
「今でしょー!!なんつって!」
丸尾がふざけながら入ってきた。
3人が白い目でそれを見る。
「いや、本当に今ですよ!?ほらほら!見てください?」
取り繕うようにタブレット端末を見せてきた。
画面には所狭しと「グラウンド」と「げた箱」で検索されたリストには150件と書かれていた。
「150件・・・。」
想像以上に大きい数字に鷲一は絶句した。
「この町全体だとそうなっちゃうんですよ。だから、他の検索ワードを聞きに来ました。」
「検索ワード?」
鷲一はおうむ返しに聞き返す。
「つまり、もっと詳しい条件はありませんか?って事ですよ。」
朱夏はかいつまんで説明を入れてくれる。
「ああ・・・じゃぁ・・・狼?」
鷲一は海馬を思い出してそう言った。
しかしすぐに丸尾は首を横に振る。
「・・・狼?・・・は0ですね。検索ワードに引っかかりませんでした。」
残念ながら、ハズレのようだった。
「それなら・・・犬はどうでしょう?」
「了解です。」
丸尾は再び検索ワードを入れる。
「桃言ってた、犬、噛み付くと犬なる!」
エリが朱夏に言うと朱夏は頷いてエリを見返す。
「それに、S-03はハウンド・マスターさんですね?つまり、犬がたくさんいる場所の可能性があるかなと思ったのです。」
「なるほど!」
エリは手のひらをついた。
「あ・・・20件くらいだなぁ。でも、ここなんてどうだい?」
そして絞られた場所の中から丸尾が導き出した答えは・・・
「中央南山大学の獣医学部・・・・?」
「心琴が・・・緊急搬送だって連れていかれた場所・・・!!!」
鷲一と朱夏は顔を見合わせた。
こんな偶然が重なるとは思えない。
「間違い・・・なさそうだな。」
「ええ。きっとここが今回の敵の本拠地に違いありません!!」
少しだけ前進した気がして皆の顔が綻んだ。
「そうそう・・・犬と言えば・・・。」
丸尾がタブレットをせっせと操作して一枚の記事を見せる。
「なんですか?」
朱夏はそのタブレットを受け取った。
3人はその画面を見ると、そこには自分たちのいる田舎町が映っていた。
「田舎町でたくさんの野良犬が現れていて、保健所がまさかのパンク状態に・・・?」
最近おかしな事ばかり起こるこの小さな町はオカルト記事記者が常駐しているのか、すぐに異変がネットの記事に上がるようになっていた。
「はぁ・・・?」
記事を一通り読んだ鷲一の口がへの字に曲がる。
「そんな一気に野良犬が増えるなんて事・・・考えにくいですよね。」
朱夏も事件との関係があるように思えてならない。
「ね?気になるでしょ?あとね・・・こんなのもあるよ?」
「何人もの看護婦が昨日から行方不明?看護婦を狙った誘拐事件か!?ですって。」
次の記事にはこの街の看護婦が何人も行方不明になっていると言う記事のようだ。
「ああ。しかも、行方不明になった人が公開されてるんだ。それが、西山の上病院の看護婦みたいなんだよ。」
「え?!」
そう言うと、丸尾は顔写真を見せてくれる。
行方不明者の中に見覚えのある顔があった。
「ほら。この人、この間の看護婦さんじゃないかな?」
行方不明の看護婦の写真を指差して丸尾は言う。
「あ!!!この人って・・・エリ、この人私達を心琴さんの部屋まで案内してくれた看護婦さんではありませんか?」
「本当だ!!!」
エリも朱夏も丸尾もそう言うからきっと間違いない。
「なんだか色々と町の人も危ない雰囲気が漂っていますね。」
事件との繋がりは明確には分からない。
けれども犬が増えるという事も、大学の息がかかっていると噂の病院で行方不明者が多発しているのも良い事とは思えない。
「前回の事を考え・・・町の人を全員抹殺するって可能性もあるもんなぁ。」
鷲一は規模の大きさに頭を悩ませる。
「ああ!そうです!・・・あの丸尾さん、お願いがあるんです。」
朱夏が丸尾に向き直った。
「なんですか?」
「明日着で、防具を取り寄せてください。犬の噛みつきから腕や足を守れるものを・・・。」
犬が関わってくる事だけは解っている。
対策の一つは講じたいところだった。
「わかりました。そう言う事はお任せください!あ、タブレット良いですか?」
「あ、すんません。」
鷲一は見ていたタブレットを丸尾に渡す。
「実は、申し上げにくいのですが・・僕、明日はお嬢様についていけないんです。」
タブレットを回収しながら申し訳なさそうに丸尾が言った。
「え!?どうしてですか?」
鷲一は驚いてそう言った。
丸尾が居ないとなれば移動がだいぶ面倒くさい。
「明日は僕がお父様の護衛当番です。そのかわり、三上と角田はいますので。」
昨日と一昨日は三上と角田が護衛当番だった。
明日は丸尾が護衛へ行く日だった。
「ああ!そうでしたね。丸尾さん、何度も車を出していただいて本当にありがとうございました。」
朱夏が笑顔でお礼を言う。
「いえいえ。それでは、僕はこの辺で失礼しますね。」
軽く会釈をして丸尾は扉から出ていこうとする。
そして、ドアに手をかけて振り向いた。
「あ、そうだ。鷲一様にいうのを忘れていました。」
「お、俺にですか?」
急に声をかけられて鷲一は驚いた。
「心琴さんの父親についてですが・・・鷲一さんは絵が上手だと聞いております。是非その絵を父親に見せてみてください。」
「は??」
突然、心琴の父親の話になり訳が分からずに鷲一は固まった。
「それでは失礼いたします。」
けれども、丸尾はそれだけ言うと今度こそ部屋から出ていく。
「はい。お疲れさまでした。」
「あ・・・ありがとうございました!」
「まるお、またね!」
3人は背中に向かってお礼を言うと丸尾は振り返ってもう一度だけ会釈をして去っていった。
丸尾が出て行ったのを見送ったあと、鷲一は改めて2人に向き直る。
「よし・・・。今晩が勝負だ。俺、徹夜続きで未だに夢に入ってねぇからどうなるかわかんねぇけど・・・。やれるだけ頑張ろうぜ!」
力強く鷲一は笑った。
「ま、まだチャンスはあるハズです!!」
朱夏は体の前にこぶしを作って皆を鼓舞する。
「デジャヴ・ドリーム・・・力弱くなってる・・・でも頑張る!」
エリも精いっぱい手を上げてアピールした。
けれども、その一言に鷲一は目をぱちくりさせている。
「・・・弱まってるのか?」
「・・・死の察知、繰り返せる数、明らか減ってる。」
困った顔をしてエリは首をかしげる。
エリ自身も原因はわかっていないようだった。
「確かに・・・七夕の時は何度も何度も繰り返しだったのに・・・明日だもんな・・・。」
海馬の話などを考えても、繰り返せてるのはせいぜい3日程度だった。
「ごめん・・・。」
エリは自分の力不足に申し訳なさそうにする。
「あ、いや、そういう意味じゃねぇって!むしろ、エリには感謝してる!お前のおかげで皆生きてるんだ。」
「そうですよ?エリは私達をいつも助けてくれています。胸を張ってください!」
その言葉を聞いてエリは少し安心した様子だった。
「エリ・・・頑張る!!」
「ああ!」
「今夜のデジャヴ・ドリームこそ・・・生き残りましょう!!」
3人は一丸となった。
鷲一は話がまとまったのを感じてすっくと立ちあがった。
「じゃ、俺はそろそろ帰るな?」
置いていた鞄を手に取る。
「はい!また夢でお会いしましょう!」
「鷲一、おやすみ!」
朱夏とエリは手を振って見送ってくれた。
鷲一も軽く手を上げてあいさつすると、扉を閉める。
少し早歩きで玄関に向かい、外へ出ると駆け出した。
「・・・。」
その表情はとても真剣だ。
(・・・心琴。もう少しだけ・・・待っててくれ!)
心に大きな決意を抱いて、鷲一は自宅へと走るのだった。




