第19章 日記
一方海馬の家では自分で手錠を繋いだ海馬がひたすら机に向かっていた。
「まずいなぁ。この状況。」
海馬は日記に色々な考察を書き入れていた。
自分の見た夢を時系列順に書く。
その後、紗理奈の発言、キングと呼ばれた白狼。それに、謎の男の声。
覚えている事は全て日記に書き込んだ。
(何が目的なんだろう?心琴ちゃんを使って、何をしようと企んでいる?あの沢山の犬は一体なんだ?)
考えても拉致が開かないことばかりだった。
疑問点ばかりが増えて行く。
(敵の目的でハッキリしてるのは紗理奈が朱夏を僕に食べさせようとしていることだけ。)
そう考えて大きなため息をついた。
「参ったな・・・。情報が足りなさすぎる。」
打破する方法を考えるが何もいいアイディアが閃かなかった。
(さっきの話から考えるに・・・心琴ちゃんは大学病院にいる。エリの発言から、パラサイトの気配がしたってことはもう、敵の手の中だと考えるのが妥当かも。)
思ったことと同時に殴り書きでペンを走らせる。
(鷲一と朱夏とエリの3人で心琴ちゃんを助ける事が出来るか・・・?さらにいうと相手の目的を暴いて阻止することができるか?一か八か僕も一緒について行くべきか?)
疑問に大きく丸を書いて海馬は再びため息をついた。
鏡をみると耳が伏せている。
忌々しい耳をじろっと睨んで海馬は再び日記に向かった。
(犬対処法・・・警察犬の訓練の時みたいに腕に布団のような防具を巻く・・・とか?)
思ったことをざっくばらんに書いていると体に違和感を感じて手を止めた。
持っていたペンが持ちにくくなるのを感じる。
「なに!!何か、やばいかも!?」
海馬は自分の腕を見る。
心琴に引っ掻かれた傷跡から茶色の毛が広がって行く。
瞬く間に右手が茶色の毛で覆われた。
それが体に向かってどんどん伝染するかのように毛の面積は増えて行く。
「ぅ!!ぐぁっ!!」
海馬は身体を駆け巡る痛みに唸った。
(やばい!まだ朱夏に夢を伝えていない!!)
海馬は痛みに悶えながら左手で筆箱を漁る。
(・・・ペン!油性ペンだ!あった!)
海馬は何とかキャップを開けて日記帳を開く。
一枚千切ろうとするが中々上手くいかない。
その時、一際大きな痛みが海馬を襲った。
「うがぁ!!!」
思わず身体がくの字に曲がる。
その拍子に海馬は日記を床に転がってしまった。
(や・・・ばぃ・・・なんとか・・・朱夏に・・・伝えなきゃ!)
背骨がビキビキと言う音を立てて歪み始めるのを海馬は感じる。
「ぐぁぁぁ!!」
あまりの痛みに海馬は叫んだ。
(何か!!何か書くもの!!)
それでも海馬は伝言を書き記せる何かを必死に探した。
しかし、日記は床に転がり、ノートを取ろうとしたが鞄の中で、その鞄を取ろうとしたが、今度はおもちゃの手錠に阻まれた。
(失敗した!こんな物つけなきゃ良かった!)
普段ならボタン一つで開くおもちゃの手錠だが、犬の手になりかけて指が曲がったままの海馬には押すことさえ出来なかった。
(手に書くか!?いや、毛で覆われたら意味が無い!どうする!?)
今度は足が歪み始める。
「・・・うぐぁぁぁあっ!!」
海馬は変わりゆく身体の痛みに耐えながら必死に考える。
その瞬間、キラリと光る物が目の端に止まった。
そしてついに、指が曲がったままの手でそれを力任せに掴んだ。
(これ、しか、無さそうだね。)
皮肉な事に、海馬が手に取ったのは紗理奈から貰ったプレゼントのペンダントだった。
海馬は徐々にペンを持つことも難しくなり最後は口で噛んで何とか文字にする。
そして、そのペンダントを首に掛けた。
「ぐぁぁぁぁぁぁあ!!!」
最終局面を迎えて更なる痛みが海馬に降りかかる。
そこまで気力だけでやってのけて、海馬はとうとう意識を失った。
その身体はもう、人間の形をしてはいなかった。
◇◇
心湊を送り届けてすぐ、朱夏は車に駆け込んだ。
「丸尾さん!早く、早く海馬君の家へ!急いで!」
先程までの落ち着いた様子は全くない。
その様子を見て鷲一は嫌な予感がした。
「鷲一さん。早く!」
鷲一が車に乗り込んだ瞬間、車は発進した。
「ど、どうして?」
今まで心湊のいる手前、平静を装っていたのであれば大した演技力だと鷲一は思う。
いつもとなんら変わらない朱夏にこんなに慌てる程の不安を押し殺していたなんて鷲一は全く気づかなかった。
「事情は、後で話します。とにかく、海馬君が心配です。」
「は?海馬が?どうし・・・うわっ!!」
急に曲がり道を曲がった車の遠心力に負けて鷲一は体制を崩した。
車には法定速度を大幅に超えて街を駆け抜ける。
「鷲一さん。話さないで。舌を噛みます!」
「も、もう遅いけどな。」
鷲一は片手で手すり、もう片方の手で口を押さえた。
噛み付けてしまった舌が痛い。
「止まるよ!掴まっててね!」
キキィィィ!!!
横殴りの重圧にジェットコースターにでも乗っている錯覚を覚えたかと思うと、今度は急に車は止まった。
5分もかからない内にあっという間に海馬の家に到着した。
すぐにドアを開け、2人が車を急いで降りたその時には既に聞き覚えのある声が窓から漏れていた。
「ぐぁぁぁぁぁぁあ!!!」
2人はその声を聞いて一瞬で顔が青ざめた。
「今の!海馬か!?」
「海馬君!!?」
朱夏は呼び鈴さえ鳴らさずに海馬の家に駆け上がった。
二階への階段を駆け上がって海馬の部屋のドアを乱暴に開け放った。
「あ・・・う、嘘・・・。」
目の前には、頭部だけ金色の毛で体は茶色い毛でおおわれた狼が一匹こちらを見て唸りを上げている。
朱夏は一瞬でこの狼が海馬である事を察した。
見たことのあるペンダントが首からぶら下がっている。
しかし、鷲一は事情を知らない。
「なっ!!何だこの犬は!?」
「鷲一さん!気をつけて!この狼はかい・・・」
「狼!?」
朱夏は海馬と言いかけたが鷲一は狼である事に驚きの声を上げてしまう。
さらに、狼は唸りを上げて牙を向いた。
バタン!!
鷲一は咄嗟にドアを閉め押さえつける。
ドンドンと言うドアからの衝撃が力の強さを物語っている。
「くそ!海馬は何処だ!さっきの狼に襲われたのか?」
力の限りドアを押さえつけながらも鷲一はあたりを見渡す。
「違うんです!鷲一さん!海馬君は部屋にいます!そこです!」
朱夏は狼の居るところを指差すが鷲一には伝わらない。
「何だって!?なら、狼を倒さなきゃまずいよな?海馬が喰われちまう!!」
「ダメです!倒さないで!!」
朱夏はその言葉に慌てて首を振る。
「はぁ?海馬が危ねぇってのに!?」
鷲一は海馬が心配で今すぐに狼を倒した方が良いと思った。
「鷲一さん!お願い!話を聞いて!?」
「あぁ!?」
訳の分からない事ばかり言う朱夏に、半ば本当に怒りながら鷲一は朱夏を睨みつけた。
しかし、いつもの気丈なお嬢様の姿はそこには無い。
その代わりに、目が涙ぐんでいる女の子が目の前にはいた。
「な、なんだよ。」
余裕がちっとも無い朱夏を見て鷲一の怒りは心配に変わった。
目から涙が溢れて頬をつたったが、朱夏はそれでも鷲一をしっかりと見ている。
「あれが、あの狼が海馬君なんです・・・。」
ようやくその言葉が鷲一に届く。
「う、嘘だろ?土壇場で頭がおかしくなったのか!?」
けれども、鷲一は俄かには信じることが出来ない。
「本当なんです!!そ、そうだ!これを見てください!」
朱夏は昼間に撮った画像を鷲一に見せる。
そこには尻尾と耳が生えた海馬の姿があった。
中には動画もあり、耳も尻尾も生きているように動いた。
「なっ!?は!?・・・ど、どうして?」
それを見てようやく鷲一は信じてくれる。
「分かりませんが、今回のデジャヴ・ドリームでは海馬君が私を食い殺します。」
涙だけがポロポロと流れていく。
しかし、朱夏の表情は一切崩れない。
しっかりと鷲一を見て言葉を紡ぐ。
そんな朱夏に鷲一はまた驚いた。
「朱夏って、すげぇな。」
「へ?」
突然褒められて朱夏は目が点になる。
「いや。自分の感情と表情がまるで合ってない。いつもそうやって我慢してるのか?」
鷲一は朱夏の感情と表情や仕草が一致しないのを、ありのままに感情を表現する事が許されない厳しい環境で育ったからに違いないと思った。
確かに子供の頃から家柄や母の病気もあり我慢の多い環境だったのかもしれないが、朱夏にその意識はなかった。
「え?我慢ですか?」
驚いて聞き返す。
ただただ、お父様の足を引っ張らない令嬢になりたい。
その事だけを目指して生活をしていただけに過ぎなかった。
鷲一はそんな朱夏に首をかしげて率直な意見を言った。
「なんつーかな?心琴の逆なんだよな・・・もっと、自分の思ったまま泣いたり笑ったりして良いんじゃね?」
その一言に、朱夏は昔「あの子」に言われた一言を思い出す。
【朱夏っちはさ、もっと素直になるべきっしょ!泣きたきゃ泣こうよ!!そして・・・】
昔の紗理奈の声が朱夏の頭をよぎった。
「そんなことを言ってきたのは、生まれてこのかた・・・2人目ですよ?」
涙をぬぐい、愁いを帯びた表情で笑う朱夏に今度は鷲一の方が戸惑うのだった。
3秒ほどの沈黙が流れる。
朱夏はドアに向かって耳を傾けた。
「・・・海馬君は静かになりましたね。」
気が付けばドアをドンドンと突進することもなくなっていた。
「一回、そっとドアを開けてみるか。」
「ええ。」
二人は音を立てないように細心の注意を払って、ほんの少しだけドアを開けた。
するとそこには・・・何もいなかった。
「え?狼は・・・どこだ!?」
「海馬くん!?どこ!?」
部屋を見渡すと風が吹いてフワッとカーテンが揺れた。
「まさか・・・?!」
慌てて鷲一は窓から外を眺めた。
そこには悠々自適に道を歩く海馬狼の姿があった。
「ま!!!まって!!!!」
朱夏は大きな声を出すが、海馬狼は見向きもしない。
「海馬・・・君・・・。」
「追いかけよう!!」
二人は急いで海馬の部屋を後にする。
その部屋には、事の顛末が書かれた日記が転がっていることも知らずに。




