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第1章 レッテル

ある晩夏の朝、松木心琴まつきこことは今日は張り切っていた。

普段から活発な心琴はいつものホットパンツではなく、少し大人っぽいブラウスにロングスカートをはいていた。

髪の毛もお団子ではなく、背中まで伸ばして化粧も気合が入る。

(ふふっ!!今日は鷲一しゅういちとデート!楽しみだなぁ!!!)

鏡の前で鼻歌を歌っていると、妹が顔を出す。

「うわ!!お姉ちゃん!?どうしたの、その恰好!」

「へへっ!今日デートなの。どうかな?」

鏡の前でくるっと回ってみる。

「うん!良いんじゃないかな?似合ってるよ!」

「ありがとう!心湊みなと!」

同室の妹は良い笑顔で見送ってくれた。

部屋を出て、リビングへ行くとそこには心琴のお母さんとお父さんがいる。

お父さんは新聞を読みながらコーヒーを飲み、お母さんはテレビを見ながらのんびりとしているようだった。

お母さんが部屋に入ってきた心琴に気づく。

「あら・・・?心琴?どうしたのその恰好?」

「えへへ!これからデートなんだ!」

笑顔でそう言うとお父さんがコーヒーを噴出した。

「デ・・・デートだって!?」

「お、おとうさん!?」

お母さんもお父さんの慌てっぷりに驚く。

「もう・・・。ほら、ティッシュ。」

「ごめんごめん。」

2人でテーブルを拭く仲のいい姿を横目に心琴はむくれた顔をしている。

「わ、私だってもう高校3年生だよ?デートの一つくらいするよ・・・。」

「ふふっ、気合入ってるもんね?」

娘の普段しそうにない格好にお母さんは優しく笑った。

けれども、お父さんの目は吊り上がっている。

「ど、どんな男だ!」

「えっと、優しいよ?」

「身長は?」

「170くらいかな?」

「家は近いのか?」

「うん。駅の近く。」

「年は?」

「同い年!!」

怒涛の質問ラッシュに心琴の機嫌は徐々に悪くなる。

「もう!いい加減にしてよお父さん!」

ぷりぷりと怒る心琴にお母さんがそっという。

「お父さん、あなたの事心配でしょうがないのよ?」

「わかってるけど・・・。」

口をとがらせる。

「同じ高校なのか?」

「いや、違うよ?定時制通ってるって。」

そう聞くとお母さんの顔も少し険しくなった。

「え・・・定時?」

「うん、働きながら学校通ってる。」

「・・・。」

「・・・。」

暫しの沈黙が流れた。

空気が重たい。

「え?どうしたの?」

心琴は急に流れた不穏な空気についていけない。

お母さんとお父さんは顔を見合わせた。

「中学は?」

「・・・行ってない。色々と事情があって・・・。」

「事情?」

雲行きが怪しくなってくる。

二人の不安が心琴にのしかかる。

「ねぇ、心琴?悪いことは言わないわ?・・・違う人でもいいんじゃない?」

そういい始めたのはお母さんだった。

「え・・・?」

思ってもみない一言に心琴は眉をしかめる。

「ああ。中学も行ってない、高校は定時制・・・まともな職業に就けないだろ。」

「お父さんまで・・・?」

そしてお父さんは心琴の目をしっかり見た。


「悪いことは言わない。早々に別れなさい。」


心琴は自分の両親が言っている意味が解らなかった。

一度も会ってもいない人を学歴だけで判別して烙印を押しているように思えた。

「・・・ねぇ、二人とも聞いて?鷲一はとてもいい人なんだよ?何度も私を守ってくれた。」

「この間の事故ね?そこで出会ったのね?」

「う・・・うん。」

本当はデジャブ・ドリームで何度も何度も死線を乗り越えた仲なのだが、両親にそれを言ったところで信用してもらえないだろう。

心琴は「脱線事故で出会った」風に話すしかなかった。

「それはね、吊り橋効果っていうんだ。恐怖を感じる場所で一緒にいる異性を好きになってしまう心理が働いたんだよ。」

「え!?違うよ!!」

心琴は慌ててそれを否定する。そんな単純な話じゃないのに、両親には伝わらない。

「今日のデートも・・・行かないほうがいいんじゃないか?」

「そうよ、どこの馬の骨とも知らない男の子・・・。襲われてからじゃ遅いのよ?」

「ヒドイ・・・。」

心琴の目から涙があふれる。

「お父さんも・・・お母さんも・・・酷過ぎるよ!!一度も会ったことない鷲一を学歴だけでそんな風に悪く言えるんだね!!!そんな人だとは思わなかった!!!!」

「あ、ちょっと!!心琴!!!」

「待ちなさい!!」


ーーバタン!!!


両親の止めるのを聞かずに心琴はドアを乱暴に閉めた。

「言いすぎちゃったかしら・・・?」

「いや、あれくらい言わなきゃ伝わらないだろう・・・?」

「そう・・・ですよね。」

両親は寄り添って心琴が出て行ったドアを見つめた。


◇◇


「ヒック・・・ヒック・・・」

待ち合わせの駅の広場で心琴は泣きはらしていた。

「待たせたな・・・って・・・おい・・・どうしたんだ?」

半袖のロングコートに身を包んだ鷲一が駅に到着すると心琴が泣きじゃくっているのが見えた。

慌てて近づいて隣に座る。

「なにか・・・あったんだな?」

「うん・・・。」

鷲一がティッシュを取り出して心琴に渡す。

「ありがと・・・。」

勢いよく鼻水をかむ。

それでも涙が止まらない。

「攻撃でもされたのか?」

今までの事があって、鷲一が心配したのはパラサイト達による攻撃の方だった。

心琴はゆっくり首を横に振った。

「じゃぁ、どうしたんだ・・・?」

鷲一は首をかしげる。

「ごめん・・・両親と・・・喧嘩しちゃって・・・。」

「ああ!・・・え?」

一回納得はしてみたものの、以前心琴の病院へお見舞いに来ていた家族はそれはもう仲のいい家族だったのを覚えている。鷲一からするととても喧嘩をするようには見えなかった。

「・・・ごめん・・・。もう、大丈夫。」

心琴は涙をぬぐった。

顔を両手で挟むようにパシンと叩く。

「本当か?」

鷲一は心琴が無理をしているように見えた。

心琴は困った顔で笑ってこう言った。

「うん!せっかくのデートなんだから、泣いてたら時間がもったいないもんね!」

「無理すんなよ?相談に乗れることがあったら何でも言えよ?」

鷲一の優しさに心琴は本当のことを言えなくなる。

(こんなに鷲一は優しいのに・・・。)


【早々に別れなさい】


お父さんに言われた言葉が脳裏をかすめる。

心琴はもう一度涙をぬぐって笑って見せる。

「あはは・・・うん。大丈夫!さ、行こう?」

「全然大丈夫に見えねぇよ?」

「いいから!!今日はね!絶対に鷲一が喜んでくれそうな場所見つけたんだから!」

鷲一の背中を無理やり押して歩みを進める。

「え!?ど、どこに行く気なんだ?」

いきなり背中を押されて駅に向かって歩き始めるが、行先が解らない。

「あははっ!!中央区!行先は行ってみてのお楽しみだよ!!」

「中央区!?ここから30分はかかるじゃねぇか。どこ行く気なんだ?」

心琴は鷲一の慌てようを見て嬉しそうな顔をする。

「えへへ!はいこれ、切符!」

「買っておいてくれたのか?」

今日の心琴の気合の入りっぷりに鷲一も徐々に楽しくなってくる。

「さて!電車に乗ろうか!」

「おぅ!」

二人は仲良く駅のホームへ駆けあがっていくのだった。








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