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第18章 ドッグ・インフェクション

今日も丸尾が運転する車は西森の上病院に到着した。

「お待たせいたしました!」

朱夏は笑顔でそう言う。

「はぁ!?なんで、昨日のお姉ちゃんが来るわけ!?」

心湊は鷲一を睨みつけた。

「え・・・な・・?」

怒られている理由が解らず鷲一は朱夏に助けを求める。

朱夏も理由が分からず肩を竦めた。

「お姉ちゃんというものがありながら・・・このお姉ちゃんをアッシーみたいに使ってるって・・・やっぱり最低じゃん!!」

「ち・・・違うって!!」

心湊は朱夏に迎えに来てもらった事を怒っているようだった。

「あらあら・・・。今日だけでずいぶん仲良くなられたのですね?」

朱夏はニコニコと笑いながら両者を見た。

「これのどこが仲がいいんだ!?」

「あら?だって、お二方ともため口のようですし・・・。歯にもの着せない言い方ができる仲なのかと。」

朱夏は驚いた顔をして見せた。

そんな朱夏に心湊は呆れ顔だ。

「あはは・・・このお姉ちゃん・・・ちょっとずれてるね。」

「まぁな・・・。いつもの事だ。」

ここで鷲一と心湊は初めて意見が合致するのだった。



3人は丸尾の車で中央南山大学へ早速向かった。

法定速度で車を走らせると、30分弱で到着する。

中央南山大学はこの県で3本の指に入るほど大きな大学だった。

県の中央から外れた場所に建っている替わりに広大な土地がある。

そこは、医学部、獣医学部、看護学部などの医療系から工学部や理学部、情報学部の理系の学部や、文学部、経済学部などの文系学部まで多種多様な学部が揃っているマンモス大学。

鷲一と心湊は初めて入る巨大な大学に見とれた。

「こ、ここが大学!」

「でけぇ・・・こんなにでけぇのか。」

「ほらほら、お二人共、遊びに来たわけじゃないですよ?」

あまりに素直な二人の感想に朱夏は思わず笑顔になる。

「そこがね、大学附属病院の入り口。」

丸尾が病院の入り口前にハザードを焚いて停車してくれる。

「ありがとうございました!」

「私まで乗せてもらって・・・助かりました!」

鷲一も心湊もお辞儀をしながらそう言った。

「面会時間、もうすぐ終わりだから急いだほうが良いよ。」

丸尾は皆を急かした。

「さ、いきましょう!」

「うん!」

朱夏は心湊を手招きすると病院内に入っていった。

「あ・・・あれ?」

けれども、鷲一はある事に気が付いて立ち止まる。

みたことのある建物が目に留まったからだ。

「あそこに見えるのって・・・この間の美術館だ・・・。」

そこは心琴が手をかまれた美術館のとても近くだった。

「鷲一さん!早く来てください?」

「遅い!女の子より遅いとか・・・どんくさい人!!」

心湊は腰に手を当てて怒っている。

「わ、わりぃ!すぐ行く!!」

鷲一は慌てて2人を追いかけるのだった。



朱夏と心湊は早速受付の人に話を聞いていた。

「ですから、患者様の身内であっても個人情報を言うわけにはいきません。前病院のお医者様から紹介状など貰いませんでしたか?」

受付の看護婦は終わりの時間ギリギリに駆け込んだ若い3人組を鬱陶しそうに眺めた。

「いや、そんなのもらってねぇし・・・。」

「それが・・・誰も話を聞ける人がいないまま、転院したみたいなんです。」

心湊は一生懸命に説明するがなかなか取り合ってもらえない。

「でしたら、お引き取り願います。」

看護婦は個人情報の漏洩などの問題から心琴について一切話をしてくれなかった。

「困りましたね・・・。」

さすがの朱夏もこれには参ってしまったようだ。

そんな朱夏を心湊は心配そうな目で見る。


プルルル・・・。


看護婦は受付の電話が鳴るとこちらを一瞥する。

「失礼致します。」

それだけ言って電話に出てしまった。

心湊と朱夏は顔を見合わせた。

「困りましたね。」

「お姉ちゃん・・・本当にどこ行っちゃったんだろう・・・。」

心湊はまた泣きそうだ。

朱夏はそんな心湊をベンチへ誘導しようと後ろを振り返った瞬間、看護婦の驚いた声が聞こえた。

「え、ええ!?獣医学部に・・・?」

驚いた看護婦の様子が気になり、朱夏は耳をそばだてた。

「ええ。ここと様・・・はい。解りました。」

「・・・!?今・・・心琴って言いました・・・!」

「なんだって!?」

3人は看護婦を凝視した。

看護婦は受話器を置くとため息をついているようだった。

そんな事は構わずに、朱夏はその看護婦に詰め寄った。

「今・・・心琴って言いましたよね!?」

「え・・・!?」

看護婦はさっきの3人が戻ってきたのも驚いたし、自分の会話を聞かれていた事にも驚いた。

「そ・・・それは・・・。」

たじろぐが朱夏は語気を強めてこう言った。

「言いました!聞いていましたもの!」

強気の朱夏はとても怖い。

その様子に看護婦は周りに誰もいない事を確認するかのように左右を見渡して小声でこういい始める。

「・・・“ここの患者の情報”はわたくしの口からは言えないですが・・・。」

「??」

その言い方に言い訳のような雰囲気が漂っていて朱夏は一瞬眉を顰める。

「“獣医学部”へ“救急患者”が運び込まれたようですよ。」

「な・・・なんで!?」

心湊は獣医学部という言葉に驚いた。

朱夏は益々嫌な予感がしてくる。

「狂犬病の疑いがあるそうです。現在隔離病棟が満室の為、一時的に獣医学部が引き入れると聞きました。まぁ、私はこれ以上何も話せないので今度こそお引き取りください。」

そう言うとその受付の看護婦は「受付終了」の看板を立ててカーテンを閉めた。

「・・・。」

「・・・。」

「・・・。」

3人は呆然とするしかなかった。

「あー・・・えっと・・・。どうしようか?」

心湊は呆然とする二人を見た。

心湊は看護婦の言っている意味がそこまでわかっていない。

「・・・。一回、帰りましょうか・・・。獣医学部には入れませんし・・・。」

「ああ。面会時間も過ぎちまってるしな・・・。出直そうぜ?」

朱夏と鷲一は来た道をゆっくりと歩き出す。

「うーん。なんかあの二人の反応が・・・何かを隠してる気がしてならないんだよなぁ・・・。」

そう独り言を言って心湊は後ろをついていく。

3人は再び丸尾の車で30分弱の道のりを戻った。

心湊の家に到着したのは20時を回る頃だった。

「今日もありがとうございました。」

深々と頭を下げて心湊は家に入っていく。

心湊を家に入るのを確認した2人は海馬の家へと向かうのだった。


◇◇


先程の看護婦の話の通り、今は大学の獣医学部に心琴はいた。

心琴は山の上病院よりは優しく繋がれている。

腹部のぐるぐる巻きは取られたし、猿轡も取られた。

ただし、両腕と両足に長めの鎖がされている。

体を起こすことも出来るくらいの長い鎖だった。

「逃げれない・・・なぁ。」

ジャラジャラと音を立てる鎖を引っ張ってみるもびくともしない。

心琴はベッドの上で膝を抱える。

「私・・・このまま・・・どうなるんだろう?」

込み上げてくる不安に押しつぶされそうになる。

心琴がいる部屋は心琴のベッドと簡易トイレ以外何もなかった。

窓さえない部屋に蛍光灯だけが付いている。

「・・・。」

出来ることもすることもなく心琴はただゆっくりと息をする。

(私・・・パラサイトになっちゃったんだ・・・)

噛まれた自分の手を見つめる。

心琴は普段お団子頭で生活をしているが、本当は髪の毛が結構長い。

胸の位置くらいまで伸びている髪の毛を見るとそれは見慣れた焦げ茶ではなかった。

「・・・私・・・髪の毛オレンジだ。」

桃は髪の毛全体がピンクになっていたし、死神や杏も半分だけ頭が白い。

心琴はメッシュのように一部分だけオレンジ色のラインができていた。

「まだ、オレンジで良かったかも・・・。」

オレンジなら髪の毛も茶色に染めやすい。

そんな事を考えていた。


「やっほー!君、元気してるっしょ!」


突然ドアが乱暴に開けられた。

白衣で糸目の三つ編み女子、紗理奈が大きな犬用のゲージを両手で部屋に運び入れた。

「これ、だーれだ?」

糸目の女の子は犬のゲージに入っている「それ」を見せた。

そこにいたのは・・・2匹の生き物。

体は小型犬、そして顔が人間のそれだった・・・。

「じ・・・人面犬!?」

心琴は驚いて飛びのく。

ベッドの端っこに逃げた。

「あっはっは!良い反応っしょ!!!」

それを見て紗理奈は喜んで声を上げた。

けれどもそれだけではなかった。

「こ・・・心琴!?」

「心琴なのか!?」

「・・・・え・・・・・?」

心琴が人面犬と呼んだその生き物たちの顔は、心琴の両親の顔だったのだ。

「・・・お・・・おとおさん・・・?おかあ・・さん・・・?」

おぞましい物を見るような目で、心琴は変わり果てた両親の姿を見た。

「そうよ!!お母さんよ!!!」

涙でぬれた頬が光る。

「心琴・・・お前だけでも無事で・・・本当に良かった・・・。」

お父さんも泣いているようだった。

「どうして・・?どうしてそんな姿に・・・?」

目を見開いたまま、心琴は首を横に振る。

「聞きたい?教えてあげるっしょ!」

紗理奈は嬉しそうに心琴に近づく。

そして、心琴の噛みつかれた方の手の甲を両親に見せつけた。

そこには噛まれた傷を中心に血管が波打っているのがみえる。

「心琴っちのパラサイトで両親がこうなったっしょ!!!」

「・・・え・・・?」

心琴は絶望的な顔をした。

「あー、パラサイトってのは異能力って事ね?いや、超能力?まぁ、どっちても良いっしょ!」

紗理奈は八重歯を見せて笑った。

「さっきの能力発動でご両親がこんな姿になっちゃったっしょ!」

「う、うそ!?私がやったの?」

心琴が震える手を眺める。

手の甲は脈打つばかりだった。

「そんなはずはない!!」

「そうよ!!心琴は何もしてないわ!!」

両親は紗理奈の言う事を信じなかった。

「ポム吉がね?あぁ。あなたの手を噛んだポメラニアンね?あなたの手に間違って噛みついちゃったみたいなの。しかも、あなた走って逃げちゃうし!探すの超大変だったっしょ!それでね、貴重な貴重な貴重なきちょうな貴重な貴重な貴重な!!!!・・・貴重なパラサイトがあんたの体に入っちゃったんだよ!!」

そう言うと紗理奈は急に激昂して心琴の手を捻った。

「いたい!!!いたい!!!」

本来曲がるはずのない方向に手首を捻られて心琴は叫んだ。

「やめて!!!心琴を離して!!!」

お母さんは叫んだが紗理奈はやめない。

「え・・・?なんて言ったんだ、あの子・・・。」

それを聞いて驚いた顔をしたのは心琴のお父さんだった。

あの時、鷲一と口論をした時、お父さんは鷲一が薬で心琴を衰弱させたと思い込んでいた。


【心琴さん、野良犬に噛まれて・・・。】

『ポム吉がね?あなたの手に間違って噛みついちゃったみたいなの。』

【俺だって・・・解らないんです!トイレに行って帰ってきたら心琴が居なくなってて・・・。】

『しかもあなた走って逃げちゃうし』

【ちょっと待ってくれ!?本当に何もしていないんだ!!】

『貴重なパラサイトがあんたの体に入っちゃったんだよ!!』


あの時の鷲一の言葉と目の前の女の言っていることが噛みあっている。

「ま・・・まさか・・・本当に彼氏君の言っていることは・・・嘘じゃなかった?」

「・・・彼氏君?」

心琴は首を傾げた。

「ええ。あなたが美術館からいなくなったって・・・家に送り届けてくれたの・・・。でも・・・。」

そこまで言うとお母さんはお父さんをチラリと見た。

お父さんは悔しそうに目を瞑っている。

「悪いことを・・・してしまったようだね。」

「まさか・・・鷲一に何か言ったの!?」

お父さんの様子に心琴は怒って叫んだ。

「いま・・・鷲一って言った?」

けれどもそれを遮るように紗理奈が割って入ってきた。

「もしかして、向井鷲一君?」

「・・・・!?」

心琴はその名前を聞いてドキッとした。

なんとなく真相が見えてくる。

(間違えて狙われた相手ってまさか鷲一!?)

汗が滴り落ちる。

確かに、あの日ベンチでうたた寝していた時、鷲一のコートを被っていた。

けれどもお母さんはそんな事は判りもしない。

「ええ。たしか・・・向井鷲一君だったわよね?」

思い出したことをそのままつぶやいたお母さんは心琴に聞き返す。

「お、おかあさん!!!言っちゃダメ!!」

心琴が止めた時にはもう遅かった。

紗理奈はゲージを開けてお母さんを鷲掴みにして引っ張り出す。

「真由美!!!」

お父さんは叫ぶが引っ張り出されたのはお母さんだけだった。

「その人、どこに住んでるの?教えるっしょ!」

首だけで持たれたお母さんは苦しそうだ。

体が犬のためダイレクトで首が絞まる。

「わ、わからない!!住所・・・知らないの!!」

慌てて心琴が叫ぶように伝える。

「住所を言え。」

「だから!!知らないの!!!」

心琴は青筋を立てて叫ぶが、紗理奈は聞きいれない。

「う・・・上着の・・・ポケット・・・。」

苦しそうにお母さんはつぶやいた。

それを聞くと紗理奈はお母さんをベッドに投げつけた。

「ゴホッ!!ゴホッ!!!!」

「お母さん!!大丈夫!?」

心琴は慌てて小さなお母さんを抱きかかえた。

「上着のポケット・・・?ふぅん。これだね、着ていた服。」

ごそごそと上着の中をまさぐると、そこにはスケッチブックの切れ端が出てきた。


『やましいことがないなら住所と連絡先を教えなさい』


あの日、心琴のお母さんは鷲一からスケッチブックの切れ端に住所と連絡先を書かせていた。

「向井・・・鷲一君・・・。見つけたっしょ!!!」

気味悪く笑う紗理奈の目が紫色に光った。

そう言うと後ろを振り返る。

心琴は薄気味悪い紗理奈からお母さんを守ろうとギュッと抱きしめた。

「ねぇ、心琴ちゃん?はやく・・・目覚めるっしょ!!!」

けれども狙いは心琴だった。

紗理奈は心琴の胸に手を突き刺す。

「きゃぁ!!」

心琴は小さく悲鳴を上げた。

「心琴!!!」

「心琴!!貴様!!何をする!!!」

両親は罵声を浴びせる。

しかし、紗理奈はそんな事意に介さない。

「ゲノム・ブルーミング!!!!」

その瞬間、目が光ったのは心琴だった。

心琴の目は鮮やかなオレンジに光る。

それに呼応するかのように目の前の両親も苦しみ始めた。

「ぐあああ!!!」

「きゃぁあぁぁ!!!」

二人の悲鳴が部屋に木霊した。

「おと・・・さん・・・おか・・・さん!!!」

心琴は必死で抵抗を試みるも全く力が入らない。

強制的に能力が作動させられる。

「鷲一・・・たす・・・けて・・・!!!」

つぶやくが、誰も助けには来ない。

そうすること3分、心琴は信じられないものを見た。

両親の顔が・・・完全な犬になっている。

「ワン!!」

「クゥン!!!」

抱きかかえた犬は心琴の手を舐める。

「え・・・!?お、おかあさん・・・だよね?」

しぐさもまるで犬そのものだった。

「あっはっは!!あんたの能力・・・ドッグ・インフェクションはね?傷つけた相手を犬にする能力なのさ!!!」

紗理奈は爆笑しながらそう言った。

「あんた、病院で無意識に暴れまわあったそうだからね!その時に両親をひっかいたのさ!」

「・・・そんな・・・それでお父さんもお母さんも犬になっちゃったの!?!?」

自分の力のせいで自分の両親を犬にしてしまったことに心琴は絶望した。

「も、戻し方は!?」

「さぁ?無いんじゃない?もしかしたら、あんたが死ねば発動が切れるかもね?」

それを聞いてさらに絶望する。

「うそ・・・じゃぁ、お父さんもお母さんも・・・このまんま・・・!?」

心琴は焦点が合わなくなる。

「あ・・・れ?」

急に世界が回ったかと思うと、心琴はベッドに倒れこんだ。

「無理に能力発動させたからっしょ!寝ればじきに治るっしょ!」

そう言うと紗理奈はゆっくりと出口へと向かった。

「ま・・・まって・・・!!鷲一をどうするつもりなの?!」

「・・・そこまで教えてあげる義理はないっしょ!じゃ、お休み、S-06!」

そう言うと紗理奈は電気を消した。

無情にもドアが閉まる。

あたりは真っ暗闇に包まれた。

「まって・・今・・・私の事「S-06」って・・・!?」

組織では被験者番号は「D」で、「S」は幹部の番号だった。

心琴は自分の意志とは全く関係ない場所で勝手に幹部にさせられたようだ。

無論、そこに拒否権などない事は火を見るより明らかだった。 

「私・・・どうしよう・・・。」

か細い声で泣いたが、心琴を助けれる人はここには誰も居ない。

ペロペロとお母さん犬が手を舐めてくれる感触だけが優しいものだった。

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