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第17章 転院

鷲一は仕事を終えて真っ直ぐに病院へ来た。

時刻は18時を回っている。

「あの。松木心琴さんの病室って603でしょうか?」

受付の看護婦に話を聞くと看護婦は調べるので少々お待ちくださいと言う。

しばらくパソコンをカタカタと入力する看護婦を横目に病院内を眺めていると、そこには見た事のある顔があった。

中学生のその子は待合室のソファでボーッと外を眺めている。

(あれ?あれって心琴の妹?)

じっと見つめていると看護婦が調べ終わったようだった。

「申し訳ありません。昼前までいたのですが、急遽転院されたようです。」

「え!?」

鷲一は驚きを隠せなかった。

そんな話は誰からも聞いていない。

「どこへ転院したんすか?」

「中央南山大学附属病院ですね。」

初めて聞く名前に鷲一は困惑した。

「もう一度教えてください。」

「中央南山大学附属病院です。」

スケッチブックに鉛筆を取り出して今度はきちんと名前をメモする。

「ありがとうございました。」

鷲一は軽く礼をしてその場を離れた。


出口へ戻る途中、鷲一は散々迷ったが結局心琴の妹の所へ歩いて行った。

「す、すんません。」

突然知らない人に声をかけられて、心湊は驚いて顔を上げた。

その目は泣きはらしたのか真っ赤になっている。

「え?誰ですか?」

犬かしげな表情で鷲一を睨んだ。

「俺、その。向井鷲一って言うんすけど・・・。」

「あなたが・・・!!」

心湊は一瞬目を見開いたが、すぐにその目は睨みつけるような鋭い形に変わった。

むき出しの敵意が鷲一に向けられる。

「何で話しかけて来たんですか?」

「いや、その。心琴の妹さん、だよな?」

初めての相手と話をするのは鷲一はそもそも得意では無い。

それでも言葉につまりながら何とか話かけた。

「何・・・してるんだ?」

「放っておいてください。」or「ほっといてください。」

心湊は鷲一を拒絶した。

鷲一は一瞬困った顔をしてその場を去ろうとしたが、今度は心湊が鷲一に声をかける。

「ねぇ、どうして私を知ってるの?」

鷲一は足を止めて振り返った。

「前、心琴が入院してた時に何度もお見舞いへ来てただろ?隣のベッドだったから流石に覚えてたんだ。」

鷲一と心琴は同室の患者だった。

因みにあの時は朱夏のボディガードの角田や桃までも同じ部屋だった。

「そうだったんだ。」

心湊の目は泳いだ。

今度は鷲一が質問する。

「心琴、転院したらしいのに、どうしてここに居るんだ?」

鷲一は頭をボリボリ掻きながら心湊にそう告げた。

「え・・・?嘘?」

信じられない事を聞いたように目を見開いている。

(妹でさえ知らなかった・・・のか?)

鷲一は病院の対応に不信感を覚えた。

「信じられません。自分で見てきます。」

心湊は突然立ち上がる。

何も言わずにテクテクと病院の中へ歩いて行く心湊を見て、鷲一は追いかけるべきかそっとしておくべきかで悩んだ。

そして、心湊の背中が見えなくなりそうなその時、とうとう追いかける決断をして駆けていく。

エレベーターに乗った心湊の後について鷲一も乗り込む。

「なんで、ついて来るんですか?」

心湊は明らかに嫌そうな顔をした。

「いや、だって。あんた泣いてみたいだし、ほっとけないだろ?」

困った顔で鷲一は言う。

「そんな事言って。私もお姉ちゃんみたく乱暴する気ですか!?」

心湊はそう言ってから少し後悔した。

狭いエレベーターで2人きり。

ここで襲われたら一冠の終わりだ。

そう思って心湊は鷲一を恐る恐る覗いてみると寂しそうな顔で笑う鷲一がいた。

「そうか。そう言う事になっちまってるんだな。でも、俺、心琴に乱暴なんてしねぇから。」

その優しい響きに昨日朱夏に言われた言葉を思い出す。


「貴女が鷲一さんを見て感じてください。」


(確かに、今のところ悪い人って感じでは無いかも。)

心湊がそう思っているとエレベーターが止まった。

それでも心湊は何も言わずに歩き出す。

鷲一は後ろをトコトコとついて行く。

「ここの階だったのか?」

「・・・。」

心湊は鷲一を無視して歩き続けた。

そして、昨日心琴が寝ていたガラス張りの病室まで来ると足を止める。

「本当だ。居ない。」

そこには空っぽになったベッドがあった。

昨日あった拘束具は何一つ無くなっている。

綺麗に整頓された部屋は心琴がいた形跡など一切なかった。

心湊は膝から崩れ落ちた。

再び涙が込み上げてくる。

「何で?何でみんな居なくなっちゃうの?」

両親も心琴も居なくなり、心湊は涙が止まらなくなる。

「あー・・・なんつーか、その。本当、心琴と姉妹なんだな。事あるごとに泣かれてたらこっちは困っちまうんだが。」

その一言に心湊は激昂した。

「泣いてる女の子にかける言葉がそれ!?信じらんない。」

怒られて鷲一はあたふたする。

元から乙女心なんてわからない。

「わ、悪りぃ。あんまりにもアンタも心琴もすぐ泣くから。ついな。」

鷲一はまたボリボリと頭を掻く。

「最低!この人のどこが良いか分かんない。」

心湊は口を尖らせて怒る。

年下の女の子の扱いがまるでわからない鷲一は困りっぱなしだ。

それでも、このままではいけないような気がしていい方法がないか考える。

「な、なぁ。もし時間あんなら・・・心琴のいる病院に連れて行くか?」

考えあぐねて鷲一は自分もまだ何処にあるかも分からない病院に心湊を誘った。

「え?分かるの?」

心湊は涙を拭って鷲一を見る。

真顔で見つめてくる心湊から目線を逸らして鷲一は付け足す。

「とりあえず、名前は聞いた。場所、調べてからになるけど良いか?」

「え。別に良いけど。病院の名前分かるならスマホで検索したら?」

心湊も最近の女の子。

それが今の常識だと言うのは分かってはいるものの、鷲一にはそれが出来ない。

「あー。その・・・スマホで調べて貰えると助かるんだが。」

超アナログ人間の鷲一は困った顔をして心湊に病院の名前が書かれたメモ用紙と自分のスマホを渡す。

心湊は乱暴にそれを受け取った。

「頼りなさすぎ!もう、しっかりしてよ!年上だよね!?」

その言葉を聞いて心湊は鷲一を白い目で見つめるのだった。

そして鷲一のスマホを受け取った心湊はさらに白い目で鷲一を睨んだ。

「今度はなんだよ?」

「めっちゃくちゃ沢山、着信来てるけど?」

心湊は鷲一に着信履歴の通知を見せた。

昼頃から度々メールやら着信やらが来ている。

鷲一はマナーモードにした事を今の今まで忘れていた。

通知はどれも海馬と朱夏からだった。

「や、やべぇ!何かあったかも知れねぇ!!」

鷲一は慌てて病院から出ようと、元来た道を走り出す。

「あ!ちょっと!!お姉ちゃんの病院は!?」

心湊も慌てて鷲一に着いて行くのだった。


◇◇


海馬と朱夏は鷲一からの連絡を待ちつつ、いつも通り勉強している。

本当は時間が勿体無いからという理由で始めたのだが、数時間も連絡が来ないとは思っていなかった。

「鷲一さんから連絡来ませんね。」

困った顔で朱夏は言う。

「ったく。何してんだろうね?もう一度連絡しようか?」

机に向かったまま海馬は言うが狼の耳は伏せている。

「海馬君、もしかして鷲一さんの事心配なの?」

そう聞くと海馬の耳はピンと立った。

「そんなことないし。どうせスマホ見てないだけだよ。」

そう言うもまたも耳は垂れてしまう。

それは、しょげている時の犬みたいだった。

「ふふっ!その耳、感情と連動して勝手に動くんですか?可愛いです!」

「か、可愛い!?男がそんな事言われるとか屈辱でしかないよ!?」

しかし、尻尾は左右に揺れる。

耳もひょこひょこと動いている。

「あ、喜んでますね?」

朱夏はそれを見てにっこりと笑った。

「や、やめて!本気で!本気で恥ずかしい!」

後ろを振り向いた海馬の顔は真っ赤だった。

振り向いた瞬間、何かがジャリッと言う音を立てる。

不信に思って朱夏は海馬をよく見ると、海馬の手には手錠がはめられていた。

手じゃない方は机の足に繋がっている。

「海馬君?それ?いつの間に?」

朱夏は驚いて手錠を指さした。

海馬は自分を机に括っていたのだ。

「まぁ、昔、買ったおもちゃの手錠なんだけどさ?無いよりマシかなって。因みに横のボタン押すと取れるから。」

海馬は耳を伏せてそう言った。

なんて事ないように言う海馬に朱夏は心配そうな顔で海馬を見つめた。

「僕自身、いつ、どのタイミングで自我が無くなるのか分からなくてさ?正直、気が気で無いんだよね。」

寂しそうな目に、朱夏もかける言葉に困る。

「あ、あの・・・海馬君?鷲一さんが来たら悪夢の話をするって言ってましたがやっぱり先に・・・」

そう言いかけた時、いつもの着信音が鳴り響いた。


-ペポン!ペポン!


「あ!鷲一のヤツ、やっと連絡よこしやがったな!」

海馬はスマホを手に取るとすぐさま電話を取った。

「悪りぃ!連絡に気づかなかった!」

開口一番に鷲一からの謝罪があって2人は少し安堵した。

「何があったのかと思いました。無事なら良かったです。今どこですか?」

朱夏は鷲一に状況を聞いた。

「西森の上病院だ。それが、心琴がいつの間にか転院してたんだ!妹さんと一緒にいる。」

「転院だって!?そんな急に?様態が急変した・・とか?」

一番可能性があるのは処置ができない程の緊急事態となり大きな病院へ転院する場合だと海馬は思った。

「わかんねぇんだ。妹の心湊にも何も連絡なく移動しちまったみたいで・・・。」

そこまで聞いて海馬も朱夏も首を傾げた。

状況はさっぱり分からないままだ。

「それより、何かあったのか?」

鷲一はたくさんの連絡が来ていた理由を聞く。

けれども、海馬は少し言い淀んだ。

「・・・心湊さんと今も一緒なのかい?」

海馬は自分の姿を鏡で見た。

そこには耳としっぽが生えた姿の人間がいる。

朱夏も海馬が何を気にしたのか悟ったようだった。

「ああ。今も一緒だ。病院のベンチに座ってたのをたまたま見つけた。」

一般人の心湊に海馬の姿を見せると言う事はこの事件に巻き込む事に他ならなかった。

耳を伏せた海馬は眉を潜めて本当の事を言うべきか悩んだ。

「転院先は聞きましたか?」

先に声を上げたのは朱夏だった。

「メモして貰った。ちょっと待ってな?えっと、中央南山大学附属病院だな。」

その一言に海馬も朱夏も耳を疑った。

「そこって僕が現役時代に受かった大学だ!」

海馬のお父さんによって急遽入学を認めてもらえなくなったあの大学の附属病院。

いよいよ、状況が悪くなって来た事を海馬は感じた。

「あぁ?お前、現役の時、大学受かってたのか?」

鷲一はその話さえ初耳で聞き返した。

「まぁ、ね。でも父さんが急に入学を認めてくれなかったんだ。この間、母さんに聞いたら組織の事を仄かしたんだ。」

海馬は暗い声でそう言った。

「心琴ちゃんが心配ですね。」

朱夏は海馬を見た。

海馬は俯いている。

「ごめん、朱夏。鷲一と一緒に中央南山に行ってみてくれないか?」

海馬の視線は自分の手にある。

その手には自分ではめた手錠があった。

「分かりました。」

朱夏も真剣な目をして答えた。

「あ?海馬はこねぇのか?」

状況が分からない鷲一は驚いた。

いつも2人は大体一緒に行動するものだと思っていた。

「あら?私1人では力不足って事でしょうか?」

「ち、ちげぇよ!そんな事ねぇって!」

電話越しに聞こえてくる朱夏の声は黒いオーラを纏っているような気がして鷲一は慌てる。

「ふふっ。それでは、私1人ではありますが、山の上病院へ迎えに行きますね?」

「あぁ!ありがとうな!」

そう言うと、朱夏はさっさと電話を切った。

「これで、良かった・・・でしょうか?」

先程までとは全然違う弱気な声で海馬に問いかける。

「あぁ。ありがとうね!とても助かるよ。」

いつも通りに笑う海馬の耳は先程から伏せっぱなしだ。

朱夏はもう一度だけ海馬の笑顔をみて、胸が痛くなる。

いつもこの人はこうやって辛い時に何でもないフリをする。

「帰ってきたら今度こそ聞かせて下さいね?」

本来なら第一に聞かなきゃいけない事だ。

それでも海馬は頑なに話をしてくれなかった。

「私を食べ殺す事を話ても尚、悪夢の話をしたがらないって事は・・・それ以上の秘密があるって事ですもんね?」

「!!」

その一言に海馬は朱夏を見れなくなる。

尻尾も耳も項垂れる海馬を横目に朱夏は部屋から出ようとする。

「海馬君は隠し事が下手過ぎますよ?」

ドアノブに手を掛けて扉を回す。

「ごめん。」

海馬は呟くように謝った。

「それでは、行ってきますね!」

最後の最後に明るい声でそう言って朱夏はドアを閉めた。

海馬は朱夏がドアを閉めたのをみて、紗理奈から貰ったペンダントを首からそっと外して机に置くのだった。

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