第16章 耳としっぽ
(鷲一・・・)
熱にうなされていた心琴は2日ぶりに意識を取り戻した。
そこは見た事の無い場所だった。
動こうとしたが動けず、あたりを見渡すが天井しか見えない。
自分の身体中を拘束具で縛られてる事に気がつく。
更に言うと猿轡をされていて喋る事さえ出来ない。
(何、これ?どうなってるの!?)
身動き一つ許されない状況に心琴は困惑する。
そして、身体中に痛みを感じた。
手を見ると拘束具の跡が青紫に変色している。
(い、痛い!手が・・・足も!!どうしてこんなに縛られてるの!?)
目を見開いて困っていると、誰かがこっちに駆け寄ってきた。
「おぉ!この子、意識を取り戻したっしょ!」
ベッドの淵から初めて聞く声が聞こえた。
ひょっこりと顔を覗き込んできた人は白衣を着た三つ編みの目が細い女の人だった。
光に当たると女の人の髪の毛は紫に光る。
(お医者さんかな?私の名前を知らないみたい。・・・もしかして、あのまま気絶して誰かに病院へ連れて来られたのかも。)
心琴の意識は公園の遊具で止まったままだった。
けれども、女の人をみているとただの医者とは違うような気がしてくる。
この女の人はどう見ても若い。
自分と大して年が違わないように思えた。
「そうか。良かった。死んでないな。」
低い男の人の声も遠くで聞こえた。
(他にも誰かいる・・・)
目線を動かすも、視界が狭すぎて何も見えない。
会話は心琴を置いてどんどん進んでいく。
「うん!いやぁ、冷や冷やしたっしょ!ポム吉が間違った人に『パラサイト』を入れちゃうから!!」
その言葉に心琴は急に汗が吹きだした。
やはり犬に噛まれた時、自分の体内に入ったのは『パラサイト』だったのだ。
(この人たち・・・組織の人達・・・なの?)
パラサイトという言葉が出た以上、それは間違いなさそうだった。
ふいに、自分の体に何か丸い毛玉のような物が上って来るのを感じて心琴は目線をお腹に移す。
(あ!!!あの時のポメラニアン!!)
心琴の体には心琴に噛みついたあのポメラニアンの姿があった。
「ご、ごめんッス。でも、本当にこの子からあの匂いがしたッス・・・。」
「もう、その言い訳は聞き飽きたっしょ!」
(え!?あのポメラニアン・・・喋ってる!?)
心琴は目を丸くした。
「もう、お前がややこしい匂いしてるせいで、俺が怒られちゃったじゃないか。」
ポム吉と呼ばれたポメラニアンは怒った口調で心琴を睨む。
「ポム吉。次、失敗したら・・・首だからね?」
男の人の低い声でポム吉は姿勢を正して座りなおした。
「ごめんなさい!キング、許してください!!」
ポム吉は伏せをして謝った。
(声の低い方がキング、そして、ポメラニアンのポム吉・・・。)
心琴は冷静に名前を把握する。
「あっはっは!良かったね。今すぐに首じゃなくって!私らの場合、首ってそのまんまの意味だもんね!」
「ひ・・・・ひぃぃ!!」
ポム吉の耳は倒れ、しっぽは内側に巻き付いている。
「こらこら、紗理奈。いじわるは良くないな。」
キングは低い声を響かせる。
(女の子は・・・紗理奈・・・だね!)
とりあえず敵の3人の把握は出来た。
「おっと!ポム吉、ごめんっしょ!」
紗理奈と呼ばれた少女は平謝りでポム吉を見た。
「さて・・・この子・・・どうするの?」
「・・・このパラサイトは貴重だ。能力が発現するように・・・大学へ持ち帰ろう。」
(だ、大学!?)
心琴は声を出せないが精一杯心の中で驚きの声を上げた。
「紗理奈、手続きもろもろお願いしていいかな。」
「お安い御用っしょ!じゃ、病院の責任者の所に行って来るっしょ!」
そう言うと、紗理奈は部屋から出ていくような音がした。
「ポム吉。」
「は、はい!!」
「お前は・・・もう一度奴を探してくれるね?」
「はい!!!」
(奴・・・?奴って誰の事だろう!?)
心琴は身動きが取れないまま耳を立てるしかできない。
するとふわっと獣の匂いが漂った。
耳元で声が聞こえる。
「君。君は、これから僕らの仲間になるだろう。なりたくないと言っても君に権限はない。僕に従ってもらうことになる。・・・これからよろしく頼んだよ。」
その言葉に心琴は顔が青ざめる。
パラサイトと呼ばれる被検体のエリや桃、そして死神の過去を知っている。
誰一人としてまともな生活を送ることはできていなかった。
先ほどの話から推測すると、自分は誰かと間違えられてパラサイトを入れられ、そのパラサイトが貴重だから生かされているだけに過ぎない。
これから普通の人間として扱いを受けることは無いに等しかった。
(やばいよ!!やばいよ鷲一!!私・・・私・・・もう二度と会えないかも・・・。)
そう思うと心琴の目には涙が溜まった。
(鷲一に・・・会いたい!!!)
そして、その涙は橙色に光ってしまった。
この時、心琴の能力は感情の高ぶりに呼応して発現したのだ。
(・・・ドッグ・インフェクション・・・?)
心の中に浮かび上がる言葉を思い浮かべると体の内側のパラサイトが反応した。
「な・・・なんだって?!能力が・・・こんなに早く発現するとは・・・!?」
キングは驚きの声を上げた。
「・・・なんの特殊能力も持たない普通の女子が・・・?ククッ・・・これは研究しがいがありそうだ!!」
その声を聴いて心琴は怖くなる。
感情の高まりは恐怖に変わり、能力はその一瞬で途切れた。
「・・・ふむ。まだまだこれからと言う事かな。クククッ・・・。」
そう言うと最後まで姿を見ることが出来なかったキングは姿を消した。
心琴はとにかく怖くて、怖くて目を瞑って祈った。
(鷲一が・・・鷲一が助けに来てくれますように・・・。)
それは丁度、昼の12時をまわった頃の事だった。
◇◇
一方海馬の家では今は朱夏が持ってきた紅茶を飲みながらひと心地ついていた。
海馬はあれからだいぶ落ち着いた様子だった。
「それで、話は出来そうでしょうか?」
朱夏はようやく落ち着いた海馬の様子をチラチラと伺いながら聞いた。
「う・・・うん。」
まだ少し辛そうな海馬の返事に強く聞くべきか悩んだ。
そう考えてから、朱夏は取り留めの無い情報から聞き始めることにする。
「まず、いつの夢ですか?」
「分かんない。ごめん。」
「場所は?」
「檻が沢山あって、犬が沢山居るところなんだ。下駄箱みたいな所があったよ。あと、広いグラウンド?」
海馬も出来る限り思い出して話をするが、どれも決定打に欠ける。
「下駄箱にグラウンド?学校の類でしょうか?でも・・・これだけじゃ場所を絞るのは難しそうですね。」
朱夏も困った顔をする。
そして決断してこう言い放った。
「埒が明きません。やっぱり、起こった事をありのままに聞いても良いでしょうか?」
海馬も今のやり取りに観念した。
ゆっくりと思い出しながら時系列順に話を始める。
「う・・・えっと・・・まず。僕は檻に閉じ込められてたんだ。」
「檻ですか・・・。」
その時点でもう普通ではない。
「隣の檻には死神が居たんだ。で、僕は狼で・・・。」
「・・・はい?」
朱夏は言葉の意味が解らない。
「ごめんなさい。「僕が狼」の意味が解りません。」
「言葉のまんまなんだけど・・・。」
そう言いかけた時、正午を知らせる時計の音が聞こえた。
「・・・・!?」
海馬は突然言葉に詰まった。
「どうかしましたか?」
朱夏が怪訝な顔でこちらを見ている。
(・・・た・・け・・て・・・)
「こ・・・心琴・・・ちゃん?」
海馬の頭の中で心琴の声がかすかに聞こえた。
「え?心琴さんがどうかしましたか?」
朱夏も意味が解らずに聞き返すが、海馬はどこか遠くを見たまま動かない。
(たすけて・・・!!!助けて!!!!)
心琴の声がはっきりと聞こえた瞬間、海馬は急激に腕に痛みを感じた。
「うっ・・・ぐぐっ!!!・・・腕が・・・痛い!!!」
「え!?!?どうしたんですか!?海馬君!?」
朱夏は慌てて海馬が抑えている腕をみる。
そこには3本の爪痕のような傷があった。
その3本が橙色に光っている。
「これ・・・心琴ちゃんに・・・引っかかれた傷だ・・・。」
「え!?」
「頭に心琴ちゃんから・・・助けてって声が響いて・・・ぐぁ!!!」
あまりの頭の痛さに海馬は目を閉じた。
海馬は一瞬だけ目を閉じたつもりだった。
「かい・・く・・・!!・・・海馬君!!!!」
朱夏の声で目を開けると・・・海馬は朱夏を押し倒していた。
身長180cmの海馬が153cmの朱夏を床に押さえつけている。
それは、まるで獣が獲物を捕らえるときのような恰好で、朱夏にマウントを取っていた。
海馬が目を開けたのは朱夏の首に噛みつこうとしているその瞬間だったようだ。
口を開けたまま海馬は2秒呆けた。
「・・・?」
海馬は自分が何をしたかわからなかった。
頭が痛くなって目を瞑っただけなのに時が一瞬で駆け抜けたような感覚に襲われる。
「海馬君!!お願い!!やめて!!!」
朱夏は怯えた表情だった。
「・・・あれ・・・。僕・・・?」
「海馬君!?元に戻ったの!?」
朱夏は息を荒くしている。
どうやら無意識の時に朱夏を襲ったようだった。
「・・・ぅ・・・。頭・・・痛い。」
海馬はそのまま朱夏を押しつぶす形で倒れた。
「お・・・重い・・・です!!!」
「ご・・・ごめん!!」
海馬は何とか自分の体を転がした。
「ん?」
自分の体を転がしたはずが、何やらお尻の所に違和感を感じる。
何かを踏んずけているような感覚に後ろを振り向く。
「・・・きゃぁぁぁぁぁあ!!」
後ろを振り返った海馬を指さして朱夏は叫んだ。
「え!?ええ?!何!?どうしたの!?」
海馬はそれに慌てるが、朱夏は鏡を指さすばかりで何も言えない。
海馬は恐る恐る鏡を見た。
そこには・・・獣の耳としっぽが生えた自分が映っていた。
「なっ・・・なんだこりゃあああああああああああ!!!!!」
今日一番の絶叫は部屋いっぱいに響き渡った。
「・・・。これが・・・「僕が狼」ですね。」
信じられないものを何とか受け入れようと朱夏は口を開いた。
「・・・あはは・・・って事はやっぱり・・・僕はこのまま・・・自我を無くして・・・朱夏を食べちゃうんだ・・・あ・・・あはは・・・。」
青ざめた顔のまま海馬は笑う。
顔は引きつったままだ。
「・・・僕・・・やっぱり・・・死んだ方が・・・」
そこまで言いかけて朱夏は海馬の背中をバシンと叩いた。
「それ以上言ったら流石の私も怒ります。」
「・・・ごめん・・・。」
海馬は耳を垂れて謝るのだった。
「でも・・・本当にいつ自我が無くなるのかわからないんだ。さっきみたいに急に襲うこともあるかもしれない・・・。」
「それは・・・確かに困ります。・・・鷲一さんに連絡を入れましょうか。」
「え?!イヤだよ!!絶対僕の事笑うだろ!?」
咄嗟に海馬は拒否したが、朱夏は海馬をにらんだ。
今はそんな事を言っている場合ではない。
「かーいーばーくん?」
「・・・はい。連絡をお願いします。」
海馬はまた耳を垂らすのだった。
その一言を聞いて、朱夏はスマホを取り出すとおもむろに海馬に向けた。
「え?」
-パシャリ
「ちょ、ちょっと!?朱夏ちゃん!?」
朱夏は耳としっぽ付きの海馬の写真を撮ったのだ。
「これを皆に送りましょう?状況が一目瞭然です!」
何の悪気もなく朱夏が言った。
朱夏の天然に海馬が焦る。
「やめてください!!!後生ですから!!!!」
「え?!なんでです!?」
「お願いですから!!」
海馬は朱夏に泣きつくのだった。




