第11章 桃と死神と杏
心琴の家を東へ行った先。
その先に商店街はある。
その中華屋には昼時と言う事もあって元気な声が響いていた。
「桃ちゃん!オーダー行って!」
「はぁい!今いくね!キャハッ!」
「哲也は3番片付けて!」
「了解だぜぇ。」
商店街の中華屋さんはそれなりに繁盛している。
桃も本名で呼ばれている死神も、そして裏方では死神の妹の杏も一生懸命働いていた。
ピークが過ぎた午後2時頃、中華屋さんのおばちゃんは表の2人に声を掛けた。
「ご苦労様。休憩だよ。2人は昼ご飯食べておいで。」
「おばちゃん、ありがと!ちょっと行ってきます!キャハッ!」
ももが三角巾を外すと桃色の髪が現れる。
「あぁ、そうそう。杏ちゃんにも休憩入るように伝えておくれ?」
「おぅ。じゃぁちょっと行ってくるぜぇ。」
死神も三角巾をぬぐ。
こちらの少年は半分は普通の黒髪だが、もう半分は髪が白い。
「今となっては見慣れたけど、あんたらの頭は相変わらずすごいね?」
おばちゃんは笑いながら言う。
「染めた方が良いかぁ?」
少し心配そうに死神は聞く。
「染めるのも金がかかる。地毛なんでしょ?そのままで良いよ。」
「おばちゃんありがと!ママの次に大好きだよ!」
3人が優しい中華屋さんに出会えたのは偶然だった。
◇◇
前回の「幽体離脱事件」の後、魔女に解放されたのは良いものの、3人は行く宛がなかった。
死神兄妹の両親は魔女に殺された。
桃も実の家族に捨てられたから魔女の元にいたのだ。
今では寄生していたパラサイトが居なくなり、魔女は改心し現在は刑務所の中にいる。
なので、子供3人でフラフラと行く当てを探して彷徨っていた。
事件後、朱夏は家に泊まる事を提案してくれたが、あの豪邸で世話になるのは憚られた。
3人は提案を断ってしまった事を後悔しながら、商店街を歩いていた。
お腹が空いて商店街の中へフラフラと歩いている時、中華屋さんのバイトの張り紙を見つけたのだ。
すぐに3人は面接を受けた。
そして、あっさり断られたのだった。
面接官はここの店主のおじちゃんと奥さんのおばちゃんだ。
「君たち、中学生だろ?募集要項に高校生以上って書いてあるでしょ?」
店主は壁紙を指差す。
「お願いします!3人で1人分の給与でも良いから!!」
この中では最年長の桃が深々と頭を下げる。
桃は年齢からすると中学3年生に値する。
ちなみに学校には通っていないが、死神は中学2年生、杏は小学4年生だ。
死神はこんな必死な桃を見たことがなかった。
「ごめんね?流石に無理だよ。せめて、髪を元の色に戻してから面接受けなさいな。」
おばちゃんも困った顔でそう言った。
「あの。これ、地毛なんです。」
杏が悲しそうな顔でそう言う。
「え!?」
おばちゃんとおじちゃんは普通に驚いた。
「こんな髪の子は初めて見たよ?日本人だよね?本当に地毛なのかい?」
「そ、その。ストレスで!ストレスでこうなっちゃったんです!」
杏は困った顔で嘘をついた。
けれども、夫妻もにわかには信じられない。
「ええ!?こんなに綺麗に半分だけ?」
「それについては俺らが知りてぇくらいだぜぇ。」
パラサイトに寄生された時、普通の日本人だった筈の死神と杏は髪の毛が半分だけ白くなった。
それだけではなく、目も赤い。
さながらどこかのロックバンドの様な見た目だった。
店主達は困って顔を見合わせる。
「親御さんは?」
「死んだ。身内が1人もいないんだぜ。だから、せめて杏と桃だけでも何か食べさせてやりたいんだ。」
死神は真剣に店主とおばちゃんに言った。
「だめだダメだ!それなら尚のこと然るべき施設にお世話になるべきじゃ無いのか?」
この時の店主が言う施設は児童養護施設や孤児院の事だった。
しかし、3人は長い事パラサイトの実験施設に幽閉されていたため、顔が青ざめる。
杏は震えて叫んだ。
「や、やめて!施設からようやく解放されたのに!2年以上狭い部屋に閉じ込められて、首輪をされて!!毎日首を絞められた。施設なんて絶対に嫌!!!」
「落ち着け!杏!大丈夫だ。施設なんかには行かせないから!」
死神は慌てて杏を宥める。
杏は死神に抱きついた。
「な、なんだって?」
想像を絶する言葉と、杏の異様さに店主は眉間にシワを寄せる。
「ご、ごめんなさい。その、出て行きます。行こう、死神、杏ちゃん。」
「あぁ。」
死神は杏の肩を抱いて席を立つ。
「なぁ、あんた?」
おばちゃんは3人が可愛そうな境遇にいる事だけは分かった。
店主のおじちゃんに声をかける。
「俺だって、慈善事業じゃなきゃ考えるが。」
おじちゃんも困った顔をした。
「お邪魔しました。」
丁寧に3人は頭を下げた。
その様子におじちゃんの心が揺らぐ。
「ちょっと待ちな。」
「え?」
呼び止めたのはおじちゃんだった。
そして、裏方に行くとどんぶりを3杯持ってくる。
そこには山盛りのチャーハンが乗っている。
チャーハンの上には大きい焼豚も乗っていた。
黄金に輝くチャーハンからはとても良い臭いが漂う。
「飯、食って行け。」
「!!」
3人は踵を返してチャーハンに貪りついた。
もう3日間は何も食べていなかった。
「美味しい!!こんな美味しいチャーハン初めて食べた!キャハッ!」
桃が頬っぺたに手を当てて笑う。
「そうかい。そうかい。」
おばちゃんも嬉しそうだ。
「うめぇ!温かい食べ物なんて一体いつぶりか分かんねぇぜぇ!?」
死神も口いっぱいに頬張った。
「・・・お母さんの味がする。」
杏は泣きながらチャーハンを食べる。
それを聞いて死神がニヤニヤと杏に笑いかけた。
「いや、お袋のチャーハンはベチャベチャだったろ。頭ん中で美化し過ぎだぜぇ?」
死神はギザギザの歯を見せて笑ったら、杏は死神を睨み返した。
「お兄ちゃんヒドイ!!でも・・・そうだったかも!あはは!」
久しぶりの食事に自然と笑みがこぼれる。
「いいじゃない!桃のママが作るチャーハンなんてこの世の物とは思えない味だったもの・・・。」
桃は思い出して目線を逸らす。
「なんとなく想像ができるから嫌だぜぇ・・・ってか料理を作ってる姿が怖すぎるっての・・・。」
ちなみに、桃の言うママとは元パラサイトの幹部の通称、魔女だ。
「あー!またそうやってママを悪く言う!」
けれども桃はママが大好きなのだ。
「・・・ママ・・・会いたいな。」
桃は少しぼーっと天井を眺めた。
「・・・。いつかまた会えるだろ。お前のママは死んでねぇんだからよぉ。」
前回の事件、魔女の魂が空へと飛んでいく所を死神が最後の最後で助けたのだった。
現在魔女は警察に自首をして逮捕されているが、発覚しているだけで26人殺害容疑がかかっているため、本当は一生かかっても刑務所を出ることが出来るかわからない。
そんな普通じゃない3人の会話に店主は頭を抱えた。
おばちゃんは奥の部屋から年季の入ったそろばんをおじちゃんに渡した。
おじちゃんはそれを受け取るとなにやらカチャカチャと計算を始める。
しばらくして3人はチャーハンを食べ終わると、再び中華屋さん夫婦に向き直って頭を下げた。
「ごちそうさまでした!おいしかったです!」
すると店主のおじちゃんが一枚の紙を持ってきた。
そこには雇用契約書と書かれている。
「3人で1人分だからな?」
「へ?」
鳩に豆鉄砲を食らったような顔になる桃におじちゃんは付け足した。
「給与だよ。3人で1人分が出せるせいぜいだ。そもそも、アルバイトは1人しか募集してねぇんでな。・・・その代わり、独り立ちした息子の部屋で良ければ使えや。・・・家、無いんだろ?」
おじちゃんは鼻を描きならがそう言った。
おばちゃんも笑っている。
「え!?いいんですか!?ありがとうおじちゃん!キャハッ!!」
「せ、精一杯はたらくぜぇ!!本当に恩にきります!!」
「私も!!何でもやります!!!ありがとうございます!!」
3人は深々と頭を下げた。
「あらあら、あんたずいぶん気前のいい。」
「うっせーやい。」
おじちゃんとおばちゃんは急に子供が3人で来たような気分だった。
こうして、3人は住み込みでバイトをできる中華屋さんに住まわせてもらえるようになったのだった。
◇◇
「んー!!!今日も精いっぱい働いたね!」
杏が死神と桃に話しかける。
まだ働ける年じゃないので「お手伝い」なのだ。
忙しい時に皿を洗うのを手伝っている。
「んぁー!相変わらず賄いのチャーハンうめぇし!!」
死神はあれ以来すっかりチャーハンにはまっていたりする。
ほぼ毎日食べているはずのチャーハンはとても美味しくて飽きる様子はない。
「おじちゃんもおばちゃんも優しいし・・・なんだろう・・・“普通”になれた気がするね?キャハッ!」
3人は普通の人生を歩み始めたことに本当に喜びを感じていた。
「それはそうと…生命線つながった?」
桃は死神と杏にそっと聞く。
“生命線”とは魂と体を繋ぐ光る線の事だ。
霊魂と体を繋ぐ生命線なのだが、前回の戦いの時に死神と杏と魔女はその線をぶった切った。
「いや・・・まだだ・・・。わりぃ。」
「謝る事じゃないって!」
その線を桃は自身の能力インサート・ソウルで体と魂を「吸着」させている。
「それに、言ったじゃない?根性見せてあげるって!キャハッ!!」
能力を使うのはそれなりに体力も気力も必要だった。
それを桃は死神と杏と遠い所にいるママのために常時発動を続けている。
「大丈夫かぁ?しんどいんだろぉ?」
もう、その状態を続けて3週間。
「まぁ・・・ね。」
桃はこの能力が切れないように寝ている時でさえ気を張り続けなくてはいけないのだ。
「何回か空飛びかけたもんね・・・。」
杏がここ3週間を振り返る。
疲れ果てて寝てしまった桃が能力維持ができずに霊魂が宙を舞う事件が何度かあった。
そして、生命線が切れてしまった霊魂は空へ向かって飛んでいく。
空のその上には天国があるのだろうと死神も杏も思っている。
「ご!ごめんってば!!」
桃は慌てて謝る。
「いや、責めてるんじゃなくてね?・・・ありがとうって事だよ!」
「え?」
杏は桃に笑いかけた。
「杏ちゃん・・・。キャハハッ!!」
桃も杏に笑いかける。最近ではすっかり二人は仲良しだった。
「もう少しなんだよ・・・。なんか、うっすらつながってきてるんだぁ。」
自分の生命線の紐を体から取り出して確認する。
お腹の所から光る紐が出てくる。
「本当だ・・・うっすらつながってるね!良かったぁ!」
杏にも霊の類は見える。
それは生まれつきこの兄妹の特殊能力だった。
しかし桃には見えないので眉をしかめる。
「いや、そんなこと言われても・・・。ま、うっすらつながってるって事はとりあえずもう飛んでいかないって事かな?」
「そうだなぁ・・・多分・・・?」
死神は首をひねる。
「その言い方が一番困るんだよぉ。まぁ、能力の解除はもう少し先って事だよね?」
死神は生まれつき霊魂を見れるし触れる霊能力少年だった。
鷲一の叔父が自分の能力でコピーできない子供たちを集めて作った被検体Ⅾ。
その被検体にパラサイトを寄生させて能力の発現を試みる。
それが組織の実験だった。
死神のパラサイトの能力が霊魂を切る鎌を出現させる「ソウル・リッパー」なのも元の素質があってこその能力だ。
そして、桃は生まれながらの超静電気体質。
パラサイトは静電気を魂と体に帯びさせて反発させる「イジェクト・ソウル」と吸着させる「インサート・ソウル」の能力者。
ちなみに、杏はパラサイトに寄生されたが能力が得られなかった無能力のパラサイトだ。
「おにいちゃんも杏ちゃんもすごいなぁ。なんで私なんもできないんだろ?」
同じ境遇なのに一人だけ何もできない杏は不満を漏らす。
「いや、なんもできなくて本当に良かったぜぇ・・・。」
兄としては何度も実験施設で能力の実験と称して人を殺す練習などをさせられていた。
そんな地獄に妹が行かなくて良かったと心底思っている。
「あ、でもね?ぼやぁっとは何か出るんだよ?」
「あ?前はそんなん無かったろ?」
死神は初耳な妹の情報に首をかしげる。
「ほらほら。」
杏は死神のように鎌は出せない。
けれども手のひらからぼやぁとした明かりっぽい何かが出るのが見えた。
「あ・・・ほんとだ。ぼやぁっと能力っぽい何かの力は感じる。」
手の平からわずかに出る光を見て死神は目を丸くした。
「いつか、何かをできる日が来るかもね?キャハッ!」
桃もそれを見て笑うのだった。
「あ!3人、いた!!!」
そんな休憩中、走ってきたのはフリフリのドレスを身にまとったエリだ。
「あ、エリちゃんだ!」
「やっほー!」
杏と桃は手を振る。
「よぉ!D-15!!」
死神も普通に挨拶をしたつもりだ。
「D-15ってよぶ、ヤダ!!エリってよぶ!」
しかし、エリは死神に被検体番号で呼ばれてムッとした。
「あーわりぃわりぃ。で、どしたぁ?」
死神とエリは施設収容時代からの顔見知りだ。
とはいえ、エリはずっと話をすることが出来なかったので会話をし始めたのはここ最近だった。
「相談。心琴、倒れた。」
エリは単刀直入にそう言った。
「ええええええええ!?!?!?」
それを聞いて真っ先に桃が悲鳴を上げる。
桃は心琴の友達で、感謝してもしきれないほどの恩があった。
「心琴ちゃんどうしたの!?だいじょうぶぅ!?」
「桃!!落ち着く・・・!!今、病院!」
桃の髪の毛が逆立つ。
桃は興奮するとその静電気で髪が逆立ってしまうのだ。
「そ、そっか・・・。病院なら大丈夫だよね・・・。」
桃は病院と聞いて落ち着いた。
髪の毛も元に戻る。
「でも、パラサイト、心琴から感じる。酷い熱、暴れまわってる。」
「ええええええええええええ!?!?!?」
そしてその言葉を聞いて再び髪が逆立ってしまった。
「桃!!髪の毛逆立ってるよ・・・!!外じゃヤバいって!」
「エリ、俺らの部屋に来い。ここじゃ、人目に付きすぎるぜぇ。」
こうして集結したパラサイト4人は中華屋さんの2階にある部屋に入っていったのだった。




