第10章 予知夢
心湊が看護婦さんに案内してもらったのは病院の奥の入院病棟だった。
静かな入院病棟のその奥にある個室に心琴はいるらしい。
「先ほども言いましたが、部屋に入ることはできませんので。」
案内している看護婦さんはピシャリとそう言った。
「・・・?」
海馬は話を聞いていなかった為理由が解らない。
「ここです。」
そこは特殊な病室だった。
カーテンがかかっており、そこを開くとガラス越しに中が確認できる。
「今は鎮静剤で眠っています。」
「・・・。」
そこにいる心琴は全身を拘束具でくくられていた。
両手はベッドの端にくくられて、口にもさるぐつわがされている。
何本ものベルトで全身をベッドごと縛られている。
「お・・・お姉ちゃん・・・?」
心湊はその様子に愕然とした。
あまりにも厳重な拘束具に異常さを感じた。
心琴はうなされて暴れているように見える。
「あ、あの・・・心琴さんはどうしたんですか?」
朱夏が胸の前で手を結んで看護婦に尋ねた。
「それが・・・私達でもわからないんです。ただ、血液検査の結果、炎症反応がひどくて・・・。数値的には髄膜炎や脳炎の可能性もあるくらいですが・・・。」
「・・・な・・・。なんであんな事になっているんですか?」
海馬も慌てて聞きただす。
「ああしないと、暴れてしまって・・・。そのせいでろくに検査ができていないんです。今は対処療法で炎症止めや鎮痛剤を投与しています。」
看護婦は無意識だろうが腕をさすった。
7分袖の下からは包帯がちらっと見えた。
それを海馬は見逃さなかった。
「その腕どうしたんですか?」
海馬に指摘されると看護婦も腕を見た。
「え、あ・・・はい。昨晩拘束具を取り付けるときに引っかかれてしまいました。ご両親も沢山ひっかき傷があったようで、手当してから帰っていきましたよ。」
「え!?それはいつ頃ですか!?」
心湊は両親が帰ったという報告に驚く。
「そうね・・・昨晩3時過ぎくらいの事です。」
「・・・!?」
皆が顔を見合わせた。
両親はとっくに帰ってきていてもおかしくない時間だった。
「戻られてないのですか?」
「は、はい。」
心湊は困惑を隠せないまま頷く。
「おかしいですね・・・。でも、もう病院にはいないと思いますよ?」
「そう、ですか。」
心湊は心配に肩を震わせた。
「心湊ちゃん・・・大丈夫ですか?」
朱夏が心配そうに見守る。
「大丈夫な訳ないじゃん・・・。お姉ちゃんはぐるぐる巻きだし、お父さんもお母さんもいなくなっちゃったんだよ!?」
そう言うと心湊は涙をこぼし始める。
昨晩からずっと玄関で待っていたくらいだ。
もう、心は限界なのだろう。
そんな心湊に海馬も朱夏も顔を見合わせた。
「困った・・・ね。」
「ええ。どうしましょう・・・。」
二人が考えあぐねる。
「それでは、私は失礼いたします。」
「あ、はい。ありがとうございました。」
看護婦はせかせかと元の廊下を引き返していった。
泣く心湊に困惑する海馬と朱夏。
そんな中、エリは心琴をじっと見ていた。
「・・・心琴・・・?」
「・・・エリ?どうしました?」
じっと心琴の事を見ていたエリはある事に気が付いた。
「・・・パラサイト・・・。」
「へ?」
一瞬、何のことか分からずに朱夏は聞き返す。
するとエリは目を見開いて海馬と朱夏に振り向いた。
「今・・・心琴から・・・パラサイトの気配、感じた!」
「え・・・!?」
「なんだって!?」
思ってもみない言葉に、海馬と朱夏は同時に声を上げる。
「・・・?」
心湊だけが言っている意味が解らずこちらを見ている。
「パラサイト・・・?何それ?」
「あー・・・いや。端的に言うと・・・。体に寄生する・・・生き物?」
「ふーん?」
海馬は一般人の心湊に「常識の範囲内」の言葉だけを選んでそう言った。
心湊ははぐらかされた感じに目を細めるがとりあえずそれ以上は何も聞かなかった。
「エリ、詳しくはあとで聞きます。ひとまず、ここを出ましょう。」
「・・・わかった。」
エリが眉をしかめて頷く。
病室を後にするとき、海馬は酷い拘束状態の心琴をもう一度だけ見た。
「鷲一、連れて来なくて良かったかもな・・・。」
そうぽつりとつぶやく。
「ええ。この姿を見たらきっと心が折れてしまいます。」
朱夏も切ない表情でそう言った。
それだけ言うと全員で先ほど来た道をゆっくり歩いて戻るのだった。
◇◇
「今日は・・・ありがとうございました。」
心湊は家の前でお礼を言った。
「ごはん、ある?」
「あ・・・はい。カップ麺とかあるので、とりあえず大丈夫です。」
心配されて心湊は困った顔をする。
「あの、何かあったら連絡ください。これ、私のLIVEのIDです。」
「あ、ありがとうございます。それでは。」
朱夏からメモ用紙を受け取ると心湊は一礼して家に入っていった。
「・・・。」
「・・・・。」
パタンと閉まったドアを見て、海馬と朱夏は少しの間沈黙した。
疲れたような不安なような。
そんな重たい感情が二人の動きを鈍くする。
「遅くなっちゃったけど・・・行こうか。鷲一の家。」
「ええ。」
そう言って車の方を見ると、エリが車から飛び出してきた。
「あれ?エリちゃん?」
「どうかしましたか?」
ぱたんとドアを閉める。
「エリ、ちょっとだけ気になる。桃と死神に話する。」
桃と死神それはエリと同様に組織に利用されていたパラサイトの事だった。
それぞれ、桃は静電気の能力、死神は魂を切断する鎌を出す能力を持っている。
前回の事件を機に解放された2人は現在、死神の妹の杏と共に中華料理店の住み込みバイトをしているのだ。
中華料理店は商店街にあり、心琴の家をまっすぐ東へ向かった先にある。
「歩いていきますか?」
「うん。これくらいの距離、大丈夫。」
フリフリのスカートを身にまとっていても、中身は元気な小学一年生。
5分や10分の移動は全然苦にならないらしい。
「解りました。私たちは鷲一さんの御宅に行きます。」
「よろしく、伝えて。」
「解りました。エリも気を付けていってらっしゃい?」
「はーい!」
元気よく返事をするとエリは東に走り去った。
「さて、僕らも移動しようか。」
「ええ。」
そう言うと朱夏は車の窓をノックした。
丸尾は窓を開ける。
「丸尾さん、どうもありがとうございました。もう大丈夫です。」
病院へ連れて行ってくれた丸尾に礼を言う。
「かしこまりました!何かあったらまた連絡くださいね。」
優しく笑って丸尾の車は去っていった。
◇
車を見送って二人は鷲一の家に向かって歩き出す。
「さぁて!!!ここからが本番な気分だよ。」
昨日の鷲一は明らかに傷ついた表情をしていた。
もしかしたら、帰り際には涙を流していたのかもしれない。
そう思うと海馬は心配で仕方がなかった。
「ええ。鷲一さん、今日は一切連絡をくださらないですし・・・。」
朱夏もあれから何度か連絡を試みていたが返事は無かった。
5分足らずの道のりはあっという間だった。
目の前にはセキュリティ抜群のマンションが聳え立つ。
「行こうか。」
「はい。」
部屋の番号を押してインターホンを鳴らす。
「出てくれるかな・・・?」
「解りませんね・・・。」
しばらく待ってみると何も言わずにエレベーターが動き出した。
「・・・あ・・・。」
このマンションにおいてエレベーターが迎えに来たと言う事は招かれていると言う事だった。
2人はエレベーターに乗り、鷲一の家の玄関に到着する。
ピンポーン
呼び鈴を鳴らす。
すると思いのほか早くドアが開いた。
「よぉ!来てくれたのか。」
思ってもみないほど普通に鷲一は出てきた。
「あ・・・ああ。その・・・。大丈夫か?」
「・・・話は入ってからしようぜ。」
せっかちな海馬を鼻で笑って鷲一は2人を家にいれた。
部屋に入ったとたん油のにおいが充満する。
リビングに入って、大きな絵が目に飛び込んできた。
「これ、描いてた。」
そこには、美術館で心琴が大きな絵を眺めている油絵があった。
「・・・すごい・・・。」
朱夏は思わず感嘆の声がもれた。
「綺麗だ・・・。」
海馬も目を丸くする。
「まだまだなんだけどな・・・。でも、粗方形になってきた。」
「え・・・お前、もしかして昨日の夜からずっとこれを描いていたのか!?」
海馬は驚いた。
てっきり凹んで布団にでもこもっていると思っていたからだ。
「ん?そうだぜ?」
普通の事のように鷲一は振り返った。
「いや・・・お前のメンタルどうなってるんだよ・・・。」
正直海馬はメンタルが強い方じゃない。
きっと昨日みたいな罵声を浴びせられたら3日は引きこもる。
「・・・俺さ。嫌なことがあると絵に没頭するようにしてるんだ。」
「・・・あ。」
その一言に鷲一が昨日の出来事を「嫌な事」と感じていないはずがない事に気づかされる。
それでも、一生懸命前を向いているだけだと海馬は悟った。
「この絵をみたらきっと心琴ちゃん喜びますね!」
「だと・・・いいな。」
朱夏は絵をみながら笑っている。
少し照れながら鷲一は心琴を想った。
「で・・・行ってきたんだろ?心琴の家。」
鷲一は二人の行動をお見通しだった。
「・・・。」
「・・・。」
急に本題に入り、二人は顔を見合わせた。
言葉に詰まっている様子を見て鷲一も目を逸らす。
「そうか。」
鷲一はそうつぶやく。
「いや、まだ何も言ってないだろ・・・?」
「沈黙が物語ってるっての・・・。状況悪いんだろ?」
鷲一は後ろを向いてしまう。
下を向いたまま動かない。
海馬も何を話したらいいのか迷ってしまう。
そんな背中に向かって朱夏が話を切り出した。
「あの・・・心琴ちゃんからパラサイトの気配がしたってエリが言ったんです。」
「なんだって・・・!?」
思ってもみない方向の報告だった。
「今、エリちゃんは桃と死神の所へ行って相談に行ってくれてる。」
「ちょっと待ってくれ・・・野良犬は!?」
鷲一の中では心琴が野良犬に噛まれて発熱しただけにとどまっている。
それが、パラサイトが関連してくるとなると話は全然変わってくるのだ。
「野良犬に噛まれた事実とパラサイトがどう関係しているのか私たちもまだわからないんです。」
「そして、もう一つ・・・。心琴のちゃんの両親も居なくなった。」
「はぁ!?!?」
次から次へと問題ばかりが沸き起こる。
こういう時、大体あの能力が発動してもおかしくないのだが・・・。
「エリは?デジャブ・ドリームは発動してないのか?」
いつも自分たちを助けてくれるあの能力だ。
人の不幸を予知する夢は毎回自分たちの行動の指針となる。
「それが・・・エリは解らないっていうんだ。」
「解らない?」
鷲一は首をかしげている。
今までにないパターンだ。
「エリ曰く、自分も夢で死ぬと記憶が引き継がれないらしい・・・。だから、死んだら能力を使ったかもしれないという「疲れ」くらいしか手掛かりがないらしい。」
「え・・・それって・・・まさか。」
鷲一の顔が引きつる。
海馬は鷲一の顔の目の前に指を1本立てた。
「考えられるパターンは2つだね。1つは本当にデジャブ・ドリームが発動していないパターン。」
そして2本目の指を立てる。
「もう一つは、全滅して誰も記憶を保持しなかったパターンだ。」
「・・・!??!?!」
「前者であることを祈るしか・・・ないよね。」
海馬は自分で言っていて今日の夢を振り返る。
一番そう願っているのは他でもない海馬だった。
「あと・・・「犯人」も生き延びていたら記憶が残るんですよね?」
朱夏に言われて、海馬の体はビクッと飛び跳ねた。
「え?」
「あ?」
二人はいぶかしげに海馬を見る。
「・・・どうした?」
「いま・・・なんでビクッとしたんですか?」
「な、何でもない。」
目を逸らして顔を引きつらせながら笑う海馬にますます2人は海馬を注視する。
「海馬くん!?」
「海馬!!!」
二人が海馬に詰め寄る。
「本当に・・・なんでも・・・なくなは・・・ないよね・・・。」
明らかにバレバレな自分の嘘に海馬は観念した。
「やっぱり!今朝からなんか変だと思ってたんですよ。何を隠しているんですか!?」
「いや、朱夏・・・僕は今朝、話そうとしたからね?」
海馬はペンダントに気を取られ会話が中断したことを忘れてはいない。
「・・・僕が見た悪夢の話だよ。」
今朝言いかけた悪夢の話。
そのことを朱夏は思い出した。
「あ・・・あああ!!!だから、今朝エリの様子を聞いてきたんですね!」
お嬢様はポンと手の平をグーで打った。
「待て・・・海馬・・・お前・・・。」
けれども、事の重要性に先に気づいたのは鷲一の方だった。
「・・・なんで「犯人」の話で飛び跳ねやがった・・・。」
「・・・。」
海馬は目を逸らす。
それはすなわち加害者側で生き残ったという事に他ならない。
「さっきの話だとエリは“死んだから”記憶が引き継がれていないんだよな。」
「ああ・・・。」
海馬も自分ではわかっている。
あの悪夢が本当に予知夢だとすると今すぐにここを立ち去るべきだと言う事を。
「話次第では俺はお前を野放しにしておけなくなるぞ。」
そんな海馬を鷲一は逃がさない。
「ま、待ってくれ。違うんだ・・・。ちゃんと話を聞いてくれないか?」
「・・・。」
本気の鷲一に海馬はタジタジだった。
「僕の夢は・・・きっとデジャブ・ドリームじゃないと思うんだ。」
「・・・?」
「どういう事ですか?」
二人は先ほどまでの会話の流れをぶった切るような説明に訳が分からなくなる。
「僕の悪夢の内容はね・・・その・・・。言いにくいんだけど・・・朱夏を・・・襲ってた。」
「・・・ひゃ!?」
その一言に朱夏は海馬を信じられないものを見るような目で見た。
顔は赤面している。
朱夏は海馬がピンク色の夢を見たと思ったらしい。
「おま!!!バカなのか!?」
鷲一もあまりにもダイレクトな言い方に引いている。
「違う!!違うって!!襲ってたって物理的にだよ!!攻撃の方!!」
慌てて言葉を追加する。
その一言に朱夏は胸をなでおろしていいのかどうか迷う。
どの道、目の前の男が危ない存在に思えて嫌だった。
「・・・もうちょっと別の言い方をしろよ。勘違いするぜ?」
「別の言い方にしたくないからこうなったんだよ・・・。」
困った顔をして海馬がそう言った。
「え?」
鷲一は“別の言い方”の意味が解らず聞き返す。
「つまりね・・その・・・。」
下を向いて海馬が言う。
「言いたくないんだけど・・・殺していたんだ。僕が、朱夏を・・・。」
「・・・・!!」
そう言われて朱夏の顔は今度は青ざめる。
海馬は朱夏のその様子をみてため息をついた。
「だから言いたくなかったんだよ・・・。」
「私・・・海馬君に嫌われてるんですか?」
朱夏は真剣な目で海馬を見る。
その目に海馬は首をゆっくり横に振った。
「そんな事ないって。・・・ごめんね朱夏こんな夢を見て。」
「・・・本当に嫌いなら殺す前にちゃんと話をしてくださいね?」
真剣にそういう朱夏に海馬は少し寂しくなる。
「いや、だから・・・嫌いな訳がないだろ?」
大きくため息をつく。
海馬にとって朱夏はとても大切な存在なのだ。
「僕が朱夏を殺すはずないから安心してよ。」
思いっきり優しい声で朱夏の頭を撫でた。
けれども朱夏はどこに感情を置いたらいいかわからない。
「そ・・・そうです・・・よね?」
片言で鷲一の方を振り向く。
「だよ・・・な?」
鷲一も顔を引きつらせながら首をかしげる。
「そこが疑問形なのは流石に悲しいんだけど!?ねぇ!?」
その様子に海馬は一人、地団太を踏んで騒ぐ。
「うふふっ!!」
そして、朱夏はこのやり取りさえ楽しんでいるようだった。
「もう、朱夏には本当に敵わないんだよなぁ・・・。」
海馬は口を曲げた。
それを見て鷲一がニヤリと笑う。
「こりゃ・・・尻に敷かれるタイプだなお前。」
「うるさいよ!!」
そして、3人はいつものやり取りにいつも通りに笑ったのだった。
「さぁて。どうしようか?」
頭の切り替えが早い海馬と朱夏は自分のするべきことをまとめ始める。
「とりあえず、僕は夢を確認するのが先決かな?明日朝一に連絡する。」
「そうですね。私は、今日は夜寝ないようにして、なるべくエリを観察します。」
海馬と朱夏は目を見て頷く。
阿吽の呼吸というやつだろう。
その切り替えの早さに鷲一はついていけない。
「俺は・・・どうすりゃいい?」
鷲一は何をしたらいいかわからない。
困った顔をする鷲一に朱夏は手をポンと叩く。
「絵・・・完成させてください!」
朱夏が笑顔でそう言った。
「・・・いいのか?調査とかしなくて。」
「はい。心琴ちゃん、プレゼントを貰ったらきっと喜びます!心琴ちゃんを喜ばせられるのは鷲一さんだけですよ!」
「・・・ああ。ありがとう。」
朱夏の心遣いに鷲一もはにかんだ。
「さて!また明日集まろうか。」
「ええ。」
「何かあったら連絡入れあおう。」
「おう!」
そうして3人は笑顔で解散したのだった。




