ベル怒る
ユリネお姉ちゃん達の気配を見つけた。
気配が三つある。きっと迷子のシウちゃんを見つけたんだ。
でもその時、襲ってきた狼の魔物と同じ気配、けど、気分の悪くなる大きい気配が近くにあるのも見つけた僕は、自分が泣こうがお構い無しに速度を上げた。
警鐘がなりやまない。焦りが凄く生じる。
別の意味で泣きそうになる。
到着したときに見るものが最悪の結果なんて絶対に嫌だ。
何のために赤ちゃんの身でこっそり抜け出したと思ってる。
危険な事態から守るためだろう。
速く、速くと焦りばかりが先行する。
そして、もうすぐ到着という所で狼の魔物の気配がユリネお姉ちゃん達に近づいて行く。次の瞬間、ユリネお姉ちゃん達の方に僕の魔力感知が引っ掛かった。
魔法で対抗しようとしてる。
魔力が弱い、牽制にしかならない。でも、避けられ歩みも止まってない。
このままじゃ、ユリネお姉ちゃんもロゼさんもシウちゃんも死ぬ!
まだ一ヶ月ちょっとだけど、ユリネお姉ちゃんは僕を凄く大切に想ってくれてる。溺愛過ぎるほどにだ。
とても温かくて、優しい。
そういう家族のもとに生まれたいと頼んだのは僕だけど、そんなのはもう関係ない!
ロゼさんだってそうだ。今日出会ったばかりだけど、凄く優しくしてくれた。
この短期間でユリネお姉ちゃんもロゼさんも僕にとって既に掛け替えのない存在なんだ。
そんな二人が守ろうとしている女の子の命を奪おうとするな。
だから、僕から大切な人を奪うな。それに、誰にもその権利を与えるやるつもりは毛頭ない。
ドクンと脈打つ。
その瞬間奥底から感情から煮えたぎるものが溢れ出てくる。
これは怒りだ。
僕から大切なものを奪おうとする奴に対する憤りだ。
「あうあーーーーーーーー!」
木々を抜る目前の所で気配感知を頼りに僕は〝ウィンドカッター〟を放った。
抜けた瞬間、僕が出会ったのより二間割ほど大きい狼の魔物が後ろに退いた。
そして、僕は魔物が向かおうとしていた場所の前に浮いたまま立ち塞がった。
「ベル?」
ユリネお姉ちゃんが僕の名前を呟く。
きっと驚いているだろうなぁ。
「ベルくんがどうして……」
震えて少し上ずった声。動揺するのは当然だよね。
だって赤ちゃんなのにこんな森の中に来てるんだから。
「偶然…と思いたいけど……」
偶然じゃない。
助けに来たんだ。
僕は精一杯の睨みをきかせながら魔物から目を離さない。
赤ちゃんの体の影響で精神が引き摺られて怒りが抑えられない。
感情の緩急が常に極端だからだ。
こいつが、こいつがユリネお姉ちゃん達をと煮えたぎる感情に自分でも蓋をすることが出来ない。このまま例えると蒸気が熱くて近づけないような感じだ。
片眼だけじゃこいつは逃げない。今も敵意を剥き出しにしているんだから。
その敵意を向けたまま狼の魔物が僕に向かって地を蹴った。直後、魔物の姿が消えた。
気配はある。消えていても消えていなくても関係ない。
お前はだけは許さない。
…落ちろ!
その瞬間、僕の頭に無意識に一つの魔法陣が浮かび、その魔法を行使した。
それはこの一ヶ月と少しの間で、一度だけ半眠状態で偶然お母さんが読んでいたであろうページ。
それがどんな魔法なのかは分からない。
使うのなら、一度だけユリネお姉ちゃんに見せてもらって使った〝ウィンドカッター〟の方がよかったかもしれない。
でも、浮かんだのが何故かその魔法陣だった。
浮かべた次の瞬間、目の前にいた魔物が上から雷に呑み込まれた。
衝撃と共に爆風が辺りに巻き起こり僕もお姉ちゃん達の方まで吹き飛ばされた。
「ベル!」
名前を呼びながらお姉ちゃんが僕を受け止めてくれた。
でも、そこで僕の意識はプツンと途切れた。
*
「ユリネ、ベルくんは」
ロゼはシウを連れてユリネとベルの元へ歩み寄る。
「寝てる」
「そうですか」
ロゼはホッと胸を撫で下ろす。
それから二人はベルが傷を負っていないかを確め、何事もない事を確認して安堵の息を漏らした。
「魔物は!?」
ロゼの言葉と同時にユリネも雷の落ちた方に顔を向けた。
砂煙が晴れて現れた光景は折れた木々、雷でできたクレーター、その対象の中心であるフォレストヴォルフは黒灰となり原型を留めていなかった。
ただそれが何かだったという事だけ。
だが、それがフォレストヴォルフだということをその一部始終を見ていたユリネとロゼはすぐに理解した。
「おねえちゃんとおねえちゃんへいき?」
「ええ、平気ですよ」
「もう大丈夫、よく泣かなかったえらい」
「う、うぁああああん!」
安心だと言われてシウが泣き出した。
本当はユリネとロゼも泣きところだが、シウを慰めるべく笑って慰める。
それが出来たのは、驚愕が泣きたさよりも上回ったからだ
ベルがやったことに二人とも驚きを隠せなかったのだ。
だが、それよりも嫌な予感に身震いをさせられた。
突然現れ、ベルはユリネ達を助けようと前に出た。
その瞬間は二人にとって、命がいくらあっても足りないくらい最悪な事だった。
守られた事がではない。命を顧みないような行動をした事に対して恐ろしくなったのだ。
まだ赤ちゃんなのにだ。
だが、二人が貴族ながら教育を受け六歳である程度知識を持つ子どもとはいえ、そこまで自分の感情に対して理解はできていない。
ただ〝恐ろしい〟と感じただけだ。
誰が見てもベルは凄い存在だろう。
赤ちゃんながらに魔法を詠唱もなくイメージだけで使えるのだから。そんなベルが魔物の前に出るという危険行為をした。なら、物心が付いた時、ベルは窮地に立たされた者を見たとき同じようなことをしてしまうのではないか。
そんな恐怖に堪らなく襲われながら二人は思った。
それで救われる人は多いかもしれない。しかし、いずれ限界が訪れてベルの命に危険が及ぶ事になる。
一人にしてはいけない。
ベルの隣にいて支える者が必要だ。
今の自分達では無理だ。
歯痒い、とても悔しい。
二人は決意した。
ベルを守れるように強くなろうと。
互いに気持ちを語ることは無かったが、何を考えているのか、何故かそれが同じ考えな気が、二人はした。
それから暫くして、ベルの使った魔法の衝撃音に反応して駆け付けてきた、シウの捜索に出ていた騎士達によって保護された
ベルの最強な片鱗を見せた話でした。




