少女A
2/22 過去シリーズに合せてジャンルを変更し、再投稿しました。2/21に読んでくださった方、ごめんなさい。
秋はキライ。
冬に向けて何もかもが後退するばかり。そんな気がするから。
近所の銀杏並木が色づくと、学校前の街路樹は見事にすっぴん、丸裸になる。
一切の虚飾を捨てた木々の様子と言ったら、いっそ清々しいくらい。
というより、やっぱ寒々しい、かな。
深沈とした空気、死にゆく景色。
それが秋。
いい季節だっていう人もいるけれど、私は好きじゃない。
はあー。
こんな感じ。
気分が沈むわ。
そうだ、ため息の回数で救われたりしないかな。
ため息で何かが解決するなら、いくらでも吐くよ。それなら良かったのに。
ていうか、そうしてください。
神様、お願い。
ふん。
何考えてんの、私。
はあー。
自分のため息に自分で凹んだわ。
バカみたい。ちょっと笑えた。
はあー。
誰か教えて。
どうすればいいか分からないんですけど。
はあぁ・・・。
無理。
もう終わってもいいかな。
疲れたよ。
どうにかしようという気力も失せちゃった。
私の妄想は、そこから先へ進み始める。
今までは自制していたのだけれど、それも限界って感じ。
関心は、ひとつだけ。
どう死ぬか。
どのように死ぬべきか。
方法はいろいろ。目下、調査中。
それが、当面の問題ね。
手首を切る。
って、ちょっと痛そう。血を見たら卒倒しちゃう。これは無理。
もっと楽な方がいい。
飛び降り。
迷惑かけそうだな。後始末も大変でしょうし。やるにしても公道上は良くないね、うん。
首吊り?
自分の部屋でやれば楽かも。でも、両親に恨みはないからなあ。死体発見の場面を想像したら、ちょっと気が引ける。
一酸化炭素中毒がいいって、聞いたことがある。痛くないし、苦しくないとかって。
練炭か排気ガスを使えば、カンタンみたい。
でも、場所が難しい。密閉空間を作るなら車が手っ取り早いけど、こもっている間にバレそう。
中途半端に止められるくらいなら、やらない方がいいよ。
自殺も楽じゃないね。
想像しているだけで、疲れちゃった。
はあ・・・。
日本晴れだぁ。
暗鬱な私の気分とは裏腹に、秋空はどこまでも蒼く晴れ渡り、空気はヒンヤリと澄み切っている。
カサコソとお喋りしながら、枯れ葉が足元をとおり過ぎる。
朝六時。
一人きりの思索。
休日の公園は、まだ人の気配がなかった。
「こんにちは」
鈴を振るような声が聞こえた。
その声に強い磁力を感じた私は、反射的に振り向いていた。
数歩先の路上に、女の子がいる。
いつの間に?
ていうか、おはようじゃない? まだ六時過ぎだもん。
「おはよう。この時刻なら、おはよう、でしょ?」
「あ、そうか。おはようございます」
元気にあいさつをして、女の子は深々とお辞儀をしてくれた。
知らない子だけど。
ま、いっか。
私も形式的に会釈を返した。
ニコニコと笑う女の子は、たぶん十歳前後。
澄んだ瞳が印象的な、お金持ちのお嬢様っぽい。
手入れの行き届いた肩までの髪が、朝陽を受けて輝いている。
小さな唇は化粧をしたように紅い。
この季節には寒いであろう、半袖の白いブラウスにチェックのスカート。足元は渋い茶のローファー。
細い手足は、雪のように白かった。
「何かご用?」
続けて声をかけてしまった。
私は極度の人見知りなのに。相手が子供でも、それは同じ。自分で自分にびっくりしていた。
女の子は、ほんの少しだけ首をかしげ、口を開いた。
「座ってもいい?」
人懐こそうな大きな眼が私を見ている。
物怖じしない性格らしい。
「どうぞ」
私がベンチの端に身を寄せると、左隣に女の子が座った。
白い歯を見せて、女の子はヨーコと名乗った。
透明感っていうのかしら。目の前にいるけど、生身を感じさせない。幼い中にも凛としたものがある、不思議な雰囲気を持った女の子だった。
それに、とても可愛らしい。
あと二、三年もしたら、さぞ美しい少女になるでしょうね。
「ヨーコちゃん、早起きね」
「お姉さんも」
「そう?」
「だって、この時間に人と会うのは珍しいもの」
確かに。
この子は可愛いだけじゃない。頭も良いらしい。
良い意味で無邪気なのに、浮ついていない。むしろ落ち着いている。
子供にありがちな不作法とか、無遠慮とか、そういうものは感じられない。
年下の子が嫌いな私でも、なんだか親しみが湧く。
私らしくないけれど、もっと喜ぶ顔が見たいと思った。
あ、そうだ。ポケットの中に・・・・あった、あった。
甘い物は心も体も元気にしてくれる。独りで考えごとをする時は、これが利くんだよね。
「これ、よかったらどうぞ」
「ありがとう」
ヨーコちゃんは屈託のない笑みを浮かべ、チョコレートを受け取ってくれた。
さっそく包みを開いて黒く光る粒を取り出し、彼女は口に入れた。
「おいしい」
つぶらな眼が、さらに丸くなる。
「でしょ」
うわあ、笑顔が輝いている。ちょっと神々しいとさえ思えた。
ついつい、私の口元もほころんでしまう。
「ここへは、よく来るの?」
「ええと、一年に一度くらい」
「へえ・・・。それは偶然ね」
「フフフ・・・」
本当に可愛いな、この子。
こんな風に生まれていたら、私の人生も違っていたのかしら。
みんなから愛されて、幸せだったかしら。
「あ」
あ?
声の方を振り向けば、変わった風体の男性が、こちらを見て口を開けていた。
驚いているような、困惑しているような。そんな感じ。
痩せていて、顔色が悪い。
着ているのは、ええと、あれは何て言うんだっけ。
そうそう、半纏だ。
半纏、股引、草履履き。
江戸時代の行商、棒手振りの定番スタイル。社会科の授業で習ったから知っている。
さすがにチョンマゲじゃないけどね。おまけにリヤカーを引いていた。時代錯誤も甚だしい、って感じ。
顔の皺が深い。年齢は五十より上、だと思う。お父さんより老けているもん。これはもう、おじいさんだね。
猫背で伏し目がちに歩み寄る様子が、なんともしょぼくれていた。
「ヨーコ」
オジサンは、彼女の名前を呼んだ。
どうやら家族みたい。
父親かな。それとも祖父かな。
でも、顔は似ていない。
可愛らしいヨーコちゃんと、男性の暗い面差しには、全く共通点が見いだせなかった。
「おや、ヨーコ、何を食べているのかね」
「チョコレート」
「なんと」
男性の様子が俄かに変わった。
びっくりしているというか、慌てているというか。
「お姉さんにもらったの」
男性は皺に埋もれた眼を見開いて、唖然としていた。
ちょっと大げさね。
そんなに驚くこと?
もしかして、大切な子供に何を食わせたって顔かしら。
言っておきますけど、変な物じゃないですよ。
ゴディバですから。
オジサンが子供を叱るのかと思い、私は身構えていた。彼女は悪くない。責任は私にある。
ところが、オジサンは眉尻を下げてボソボソという。
「他人様から、もらってはいけないよ」
「・・・はい」
躾が厳しいんだ。
シュンとするヨーコちゃんが気の毒で、私はつい口を出してしまった。
「あのう、すみません。私が余計なことをしたみたいで」
「ああ、いえ。こちらこそ、ヨーコが御迷惑をおかけしました」
男性から見れば、ヨーコちゃんと変わらないであろう年頃の私に、彼は深く腰を折った。
こんな大人もいるの、と私は少し目を瞠った。
「貴方様には、ヨーコも私も、見えていらっしゃるようで」
おかしなことを言う人ね。
見えるに決まっているじゃない。
すぐ傍にいるんだもん。
「・・・はい」
男性は小さく息をついて、ほろ苦い笑みを浮かべた。
「これも何かの御縁でしょう。ヨーコがお世話になった御礼を差し上げたいと思いますが、いかがでしょうか?」
お礼?
たかがチョコレート一個で、お礼ってなに?
「あの・・・結構です」
「はあ、左様でございますか。ですが、貴方様にはお困りの御様子。無理にとは申しませんが、まだお若いことでもありますゆえ・・・・」
気がつけば、オジサンは目の前に迫っていた。
「ひっ・・・」
「どうかこれを、お受け取りくださいませ」
オジサンの手が伸びてきて、本能的に私は身を引いた。
しかし、オジサンは私の手を取り、半ば強引に何かを握らせた。
「これを、お持ちなさいませ。御守りでございます」
「いらないってば」
男の手を振りほどこうと、私はベンチから腰を浮かせた。
しかし・・・。
「あ、れ?」
誰もいない。
雀が一羽、目の前に降り立ち、首をかしげて私を見ては、チュンと一声鳴いて飛び立ってゆく。
さわさわと風が吹き抜ける公園は、見渡す限り無人だった。
「夢・・・?」
そこにいたはずの二人は、もうどこにも見えなかった。
私はベンチに腰を落とした。
「でも、確かに今・・・・・こわっ」
そそくさと立ち上がり、思わず後ろを振り返って、誰もいないことを確認しながら、私はよろめくように走り出した。
今のはなに?
膨らんだ膀胱が、早く早くと帰宅を急かす。
ほんと、今が朝で良かった。
これが夜なら、恐怖に負けて漏らしちゃったかも。
家に着いて、ホッとするのも束の間、私はトイレで激しく動揺していた。
手の中に、小さなビー玉を握っていたのだ。
夢ではなかったと分かって、薄気味が悪くなり、私はビー玉を捨てようとした。
でも、男の「御守り」という言葉が、頭の片隅に残っていたのだろう。なぜか捨てられなかった。
掌の上の小さな球体から放たれる、どんよりとした七色の輝きを見ているうちに奇妙な安堵感を覚えた私は、玉の始末に困って制服のポケットへ入れてしまった。
その日の晩、私は夢を見た。
説明するのが難しい、奇妙な夢。
朝になっても、夢の景色が瞼の裏に残っているという、妙に生々しい夢。
眼を開けると、私は横たわっていた。
天井が近い。そして暗い。
背中に当たる感触が、ゴツゴツとしていて固い。
続いて恐ろしいほどの悪臭が、鼻腔を刺した。屋内だというのに、息をするのも辛いほど、激しい臭気が立ち込めている。
起き上がってみると、地面に薄いビニールシートが敷いてあるだけの、粗末な寝床だった。
全身がだるい。
私は体を支えられずに、また横になった。すぐに意識が遠いてのく。
おかしいよ。身体が動かない。
寒い。誰か、助けて。
「私、死ぬの?」
朦朧とする私は、消えかかる自我をなんとか保ち、自分が誰かを思い出した。
・・・マリア。
そうだ、私はマリア。もうすぐ十六歳になる。
そして、ここは巨大なゴミ山の一角にある、私たちの家だ。
ハッ
私は咄嗟に起き上がり、辺りを見回した。
部屋の中は薄暗い。
ピンク色のカーテンから光が漏れている。
床には同色のラグ。
木製の机、その隣には本棚。ハリーポッターの背表紙が見える。
自分の部屋だと分かるまでに、少し時間がかかった。
机の上に、開いたままの教科書が。
クローゼットの扉に、冬の制服が掛かっている。
「・・・・・」
夢だった。
殺伐とした景色と悪臭、それだけの夢。
怖いことなど、なにもない。
化け物が出るとか、人が死ぬとか、そういうことは起こらない。
でも、なんだろう、この絶望感は。
背中を伝う冷や汗に、自分が驚いている。
「ただの夢でしょ」
私は自分に言いきかせ、ベッドから起き上がり、頭を振って洗面所へ向かった。
まったくもう。
夢を怖がるなんて、バカバカしい。
私は勢いよく顔を洗って、盛大にため息をついた。
「休みたいなあ」
朝ごはん時の恒例行事を、今日も私は繰り返した。
さしたる理由もなく休ませてはもらえないと、自分でも分かっている。私の両親、特に母は理性的、かつ合理的な考え方をする人だから、要求が通る可能性はゼロに近い。
それでも、つい言ってしまう。
「休みたい」
「なにを言っているの。ダメです」
当然そうなる。母の返事もまた、分かっている。なんとなく休むなんて、絶対に許してもらえないよね。
だって、私は両親の反対を押し切ってまで、自分の希望した高校へ進学したのだから。成績も校風も度外視、制服が可愛いという、それだけの理由で。
今となっては、自分の選択が恨めしい。
「早く支度して行きなさい」
「はーい」
私は朝食を半分残し、自室に戻ってノロノロと着替えた。
ファッション雑誌に何度も紹介され、近隣の中高生が憧れるデザイナーズブランドの制服。あれほど好きだった制服が、ここ最近は囚人服に見える。
通学中、良くない想像ばかりが、頭に浮かんでは消えた。
今日もまた、無言の嫌がらせが続くんだ。
有形無形の嫌がらせが、また今週も始まるんだ。
気が重い。
足が重い。
死にたい。
メッセージをスルーしたとかしないとか、そんなことでお互いを傷つけあう意味が、どこにあるの?
暴言のやりとりに、何の救いがあるというの?
バカにしたり、されたり、無視したり、されたり。その繰り返しが楽しいの?
考えただけで、胃の辺りが重くなる。
ここから逃げ出せるなら、命を差し出してもいい。
半ば本気で、私はそう思った。
ポケットのビー玉を無意識に握りしめた。
あれ、なんだろう。
そこはかとなく明るい気持ち・・・?
まあ、いいや。気のせいでしょ。
校門の服装チェックを通過して教室に入った私は、周りの一切をシャットアウトした。
学校なんて、早く終われ。
はあ・・・・。
いつものことだけれど、週明けはキツイなぁ。心身ボロボロで、なんとか生還。
私は夕食もそこそこに、手早くシャワーを浴びて自室にこもった。スマフォの電源はオフ。
月曜の晩は、早く寝るに限る。
けど、疲れているのに目が冴えて眠れないことって、珍しくないのよね。でもって、眠れないと、これまた嫌なことを考えちゃうんだよね。デススパイラルってやつ?
嫌いなクラスメートの顔、無関心な担任の顔。
罵詈雑言の数々。
マジ最悪。思い出したくないのに、目に浮かぶ。耳によみがえる。
嫌だ。
苦しい。
ほうっておいて。私は悪くない。
私はベッドで転々と寝返りを打った。
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