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国ごと異世界転移・短編集

『エルフそば』

森に暮らして弓使いが貴ばれる民族が草食系な訳がない。

 最近話題の蕎麦屋に取材に行ったので、その時の様子を書いてみよう。


 信州の高原、有名な観光地からは外れた場所にその店はあった。

 『エルフの里のそば』と書かれた幟と、『生命の実』と書かれた暖簾がある。


 『生命の実』の内装はログハウスのような趣で畳席も無く、昔ながらの和風の蕎麦屋とは一見して違うと分かる。

 だがの軽井沢や上高地などの観光地がある信州である事を考えると、異質とも言えないのだ。


 筆者が訪問した時は、店内には3人ほどのエルフ客が居り、蕎麦と酒を楽しんでいた。

 店主曰く日本に住むエルフの客は多いという。信州はエルフの国と気候が似ているので、住み易いのだそうだ。


 『生命の実』は現在のところ日本で唯一、エルフの国の伝統酒を直輸入している店なので、故郷の酒が飲めるとあって常連客は多い。

 残念ながら使っている蕎麦粉は北海道と長野県のものらしいが、ゆくゆくは蕎麦の実から全てをエルフ産にしたいと語っていた。



 席に着くと、おしぼりと木のコップに入った水が出された。

 無料でおしぼりと水を出すのは日本式らしいが、ガラスのコップではなく木のコップというところがエルフ式だそうだ。


 エルフ客が多いという事もあってメニューには日本語とエルフ語が併記されており、種類は少ないものの単品料理と、幾つかの単品料理を纏めた定食もある。

 お勧めを訊ねると、生命の団子定食と神樹酒を勧められたのでそれにした。


 まずは神樹酒だ。

 名前からして神々しいが、エルフの森にある木々は精霊の加護を受けた特別なものとされており、その樹液から醸造された酒の事である。

 日本酒に比べてやや度数が高いのだが、口当たりが良くどんどん飲めてしまう。

 筆者は比較的酒に弱く、飲んでいると頭痛がしてくるのだが、そのような事も無い。

 エルフが長命なのはこの酒のお陰という話も、あながち間違いではないかもしれない。


 つまみには、定食についている胡桃を頂く。

 テーブルには酒と同時に蜂蜜の瓶が置かれ、お好みでどうぞと言われた。


 酒を飲みながら待つ事20分ほどで、盆に乗った生命の団子定食が運ばれてきた。

 蕎麦といっても、エルフそばは現代日本で一般的な蕎麦切りではなく蕎麦掻きである。

 団子というくらいだから、細長い蕎麦でない事は予想していたが、本当に団子だ。


 俵型の蕎麦団子を木製のフォークで食べる。

 これがメインである生命の団子。

 団子自体に味は付いてないが、そのまま食べても良いし、蜂蜜をかけたり、日本式に山葵をつけて食べても良いらしい。

 筆者が日本人なので、店主は気を利かせて山葵とおろし器を持ってきてくれた。


 団子は結構大きめのが4つもあるので、蜂蜜を試してみた。

 蕎麦に蜂蜜というとイメージが湧かないが、かなり美味しい。

 使っている蜂蜜自体、日本で厳選した甘さ控えめのものなので、パンにジャムを付ける感覚で、ソースとして十分通用する。


 鹿肉の蒸し焼き。

 量はそれほど多くないが、団子の量が多いのでちょうど良い。

 元々、鹿肉は信州のジビエとしてもあったが、店主の故郷の料理として取り入れたとの事。

 やや癖があるので好みがあるだろうが、臭くて食べられないという事は無い筈だ。

 肉自体は柔らかく、筋っぽさもないので食べやすい。

 これも蜂蜜をかけるか塩をふるか、日本式に山葵をつけて食べる。


 山菜のサラダ。

 これはもう、創作和食と言われても違和感が無い。

 信州の地元の山菜を使ったもので、異国料理要素と言えばハーブが入っている事くらいか。



 こうしてみると、エルフ料理は全体的に甘めだ。

 というより調味料として蜂蜜をメインに使うのでそうなるのだろう。

 蜜蜂を介さず、花蜜を直接使う事もあるそうだ。


 そして塩は使っても胡椒は使わない。

 日本でも塩胡椒が手軽になったのは近年の事だから、驚く事でもないだろう。


 店主に言わせると、エルフからすると日本の料理はしょっぱいらしい。

 日本の蕎麦屋では定番の山菜蕎麦を食べた時も、しょっぱくて驚いたとか。


 エルフの国では日本から輸入した山葵の栽培が始まっており、適した気候と清流に恵まれて高品質だというから、これからのエルフ料理では山葵も重要な調味料となっていくかもしれない。



 食べ終わる頃には、すっかりここが蕎麦屋である事を忘れていた。

 いや、わざわざ蕎麦屋なんて言わずエルフ料理屋と言えば良いのに。

 そんな事を店主に話すと、笑って答えてくれた。

「エルフ料理といっても日本人のお客様にはピンときませんよね。しかし蕎麦なら馴染み深い。だからエルフの蕎麦屋を名乗ってます。店の売りが蕎麦である事に偽りはありませんからね」


 そしてこうも続けた。

「いずれ、エルフ料理といったら生命の団子だとピンとくるようになってくれればと思ってますよ。私がその先駆けとなりたい、なれればという思いで日本人のお客様をお迎えしています」

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