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第4話 未来への誓い

 梅の枝から降りてきた少年は、どこか好奇心を抑えきれない様子で紫歩の姿を見つめていた。その少年の様子に内心で首を傾げながらも、紫歩は少年に問いかけた。

「貴方、央雅の者ではないの?」

「央雅ってここ……水忌の長の事だよね? 違うよ。この村の事情とかルールとかに疎いのは、この村で育ってないから」

「……この村の出身じゃないのに、央雅に出入りできるの?」

 頭に疑問符を浮かべていながらも当然のように返された答えに、紫歩は驚きながらも訝しげに少年を観察した。素性の知れない少年が入り込んでいるのは、紫歩が守るべき央雅の姫の住む、央雅の屋敷の一角。


 紫歩の瞳に不信感が表れたのがわかったのか、少年は慌てたように胸の高さで両手を振った。

「や、オレの母さんがこの村……えっと“もりびと”? の家の出身で、オレは外で生まれた。まだ小さい頃にこの村にいたらしいけど、覚えていない。今は西家せいけのさ……さい……西條? に養子に入ったことになっている」

「“今”?」

 ポツリ、と呟いた紫歩の言葉が聞こえたのか、少年は首を縦に振って肯定を示した。

「本当ならオレは死んでいるはずだった。でも何か能力が高いから生きることを許されて、オレが村のために働くなら、村には連れてこられなくても、妹の命は保障してくれるって言うから」



ドクン



 少年の言葉に、紫歩の心臓は鷲掴みされたかのように震えた。鼓動が、跳ね上がった。「似ている」直感的にそう感じた紫歩は、無意識のうちに口を開いていた。


「……貴方のお母様は、西家出身なの?」

(聞いてどうなるというのだろう、いまさら)


 紫歩の言葉に混ぜられた本音には気付かない様子で、少年はただ首を傾げた。

「どこって言っていたかな……覚えてないけど元々は西家とは関係ない所で、でも家は断絶したって聞いた」

 だんだん激しくなる動悸に、紫歩は無意識のうちに胸元を握り締めながら、続けられた少年の言葉を聞いていた。

「それにオレ、基本的に村の外で仕事をすることが多くなるから、どの家に所属していてもあまり変わらないって……妹を引き取ってくれたのが西家の遠縁だし」

 少年の言葉を耳にしながら、紫歩はいつの間にか視線を下に向けていた。どうしようもなく胸が痛くて、少年の顔を視界に入れることができなかった。


(引き離された、幼い妹と。妹を守るために、彼は水忌に足を踏み入れた)


 決断したのは少年自身。けれど少年は、彼は、紫歩のせいでこの地に連れられ、妹のために水忌に従事することになる。


 罪悪感からか、紫歩の鼓動は痛いくらいに暴れていた。

 そんな紫歩の様子に気づいていないのか、少年は無邪気に紫歩の顔を覗き込んだ。

「お姉さんのその目って自前?」

「え? 目?」

 紫歩にとっては唐突とも思える話題の転換と、突然視界に入ってきた少年の顔に、紫歩は驚いて顔を上げた。

「その目の色」

 再度少年に訊ねられた紫歩は、頷いていた。

「そう……父親が村の外の人間だから、黒髪碧眼はそのせいだって聞いているけれど」

「そうなんだ」

 紫歩の言葉に、少年は目を輝かせた。

「オレの姉さんも黒髪碧眼なんだ」

 少年の言葉に紫歩は息を呑み、胸元をさらにきつく握り締めながら、平静を装って声を絞り出した。

「お、姉さん?」

「そう。……オレの両親は結婚を反対されていたのに、駆け落ちしてオレと姉さんを生んだ。見つかって一度この村に連れ戻されて、逃げたけど……その時に姉さんだけ置いてきちゃった、って」

「……」

 少年の言葉を、紫歩はただ胸元を握り締めながら聞いている事しかできなかった。


 全員死んだ、と紫歩は聞かされていた。

(生きているはずが、無いのに……)


 知識は、理性は、可能性を切り捨てるが、紫歩の心が訴えていた。

 彼は――


「父さんも母さんも……二人ともずっと気にしていた。姉さんはどうしているか、って」

 少年は悲しそうに瞳を伏せ、何かに耐えるかのように両手をきつく握った。

「最期まで、ずっと……ちゃんと、自分の意思で生きているかって」

「……どうして」

 思わずこぼれた紫歩の言葉に、少年は気にすることも無く、まるで懺悔するかのように続けた。

「どうしても姉さんのいる場所だけわからなくて、連れてこられなくて、何度も何度も謝っていた。……母さんは、泣いていた」

「……」

 何も答えられずにただ聞くしかない紫歩の向かいに立ちながら、少年は答えられない紫歩に気づかないのか、ただ母の代わりに懺悔するかのように言葉を零した。

「オレも……あんなに大好きだったのに、家族の記憶の中では姉さんの顔だけが不鮮明になる……村に来れば言葉を交わせなくても、見ることはできるかもって思っていたけど……母さんの実家は絶えたって聞いて……」

 信じられないようなものを見ているような様子の紫歩に、少年は首をかしげて訊いた。

「お姉さんは知らない? 姉さん……“紫歩”って言う名前なんだ」

 少年の言葉に紫歩は一瞬目を瞑り、呼吸を整えてから乾いた口を開いた。

「ごめんなさい……それだけではちょっと」

「……そっ……か」

 少年の寂しげな、哀しげな言葉に紫歩の心は痛んだが、名乗り出るわけには行かなかった。


(名乗れるわけが無い)


 積極的にそれを望んだのは紫歩ではない。けれど彼が家族を失ったのは、家族と引き離されたのは、紫歩が原因だ。

 どんな理由があっても、どんな言い訳をしても、両親も妹も、彼の元には帰ってこない。


 紫歩はその半生を“予見師”として育てられた。紫歩が生きていくためには、そうでなければならなかったからだ。

 この村で紫歩が育つにあたって、紫歩は“逃亡者”―裏切り者の娘と陰口をたたかれて育った。祖父母も、紫歩を東堂再興の駒としか見ていなかった。


 そうして、あの夜―

 “予見師”として、紫歩は初歩的なミスを犯し、全てを失った。


(けれど……)


 少年に―弟に対しての紫歩は、加害者だ。

 何の罪も無かった弟と妹は、他でもない紫歩の手によって、両親を奪われ、それまでの幸せを奪われた。



 紫歩に、言い訳なんかできなかった。



「……もしも、貴方たちの居場所を知って、話したのがお姉さんだったら……貴方は、お姉さんを恨む?」

「え」

 返された疑問の声に、紫歩は無意識のうちに自分が思っていたことを声に出していたことに気が付いた。

「あ」

 慌てて訂正しようとした紫歩を見ながら、少年は紫歩に笑いかけた。

「それが本当でも、恨まないよ。オレ、姉さん大好きだもん」

「え……」

「オレが生まれてから十一年間、父さんたちはずっと側にいてくれた。でも姉さんの側には誰もいなかった」

「……」

「母さんたちから話を聞いて、この村を見て、姉さんはずっと辛かっただろうって思った。だから、姉さんを恨んだりしない」

 紫歩に微笑みかけながら淡々と話す“弟”に、紫歩はただ自分の未熟さを恥じ入った。  自分一人の足では立てなかった、その事に。子供っぽい、不安に。

「……そっか……かっこいいね」

 心を覆っていた仮面がはがれ、紫歩は素直に少年に向かって微笑んだ。少年は頬を染めながら紫歩から視線を逸らした。

「そうだ……オレ、紫苑っていうんだ。お姉さんは?」

 記憶にある弟の名前に、紫歩は微笑んだ。

「……蒼羽そうば碧乃へきの

「碧乃さん、だね」

 紫苑は腕に巻かれている時計に視線を落とすと、どこと無く哀しげに紫歩―碧乃に視線を戻した。

「あ、そろそろ行かなきゃ……また、会おうね?」

「うん、またね」

 不安げに碧乃を見つめた紫苑に碧乃が微笑むと、紫苑も安心したように笑って門に向かって走り出した。



 後姿を見送っていた碧乃は、一つため息を吐いた。

「“碧乃”が揺らがない“最丞紫月”になれば……二人を守る力を手に入れるまで、名乗り出ることなんてできない」

 背後も見ずに声をかけた碧乃に、女性は困ったように微笑んだ。

「……えぇ、そうね……貴方が、それを選んだのなら。碧乃」

 姫密月華のその言葉に、碧乃は晴れやかに笑った。




 数年後、成長した紫苑が願っていた姉との再会を果たすが……それはまた、別の話。

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